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人生は怒りのデスロード

魔が差した、のだと思う。

降りるべき駅はずっと先で、それなのに私は屋敷を出るときに持って来た旅行用鞄と弁当が入った紙袋だけを持って全然関係の無い駅で降りてしまった。

普通に改札を抜け、普通にゴミを捨て、普通に駅から出た所で立ち止まる。
あれ…?私、何をやっているんだ?

何処にでも居る旅行客、もしくは田舎へ帰省してきた子供のような出で立ちで唖然とする私に声を掛けて来たのは先程の男…甚爾さんだった。

「おい、お前降りる駅ここじゃねぇだろ、何やってんだ」
「なに…?え?アレ??」
「……お前、相当疲れてんな」

薄情な笑い声を溢した男は、私の手から旅行鞄を奪ってもう片手で私の手首を掴んだ。
未だ自分の行動を処理しきれずにいた私には突然のことに思え、何も出来ずに歩き出したその後を引き摺られるように追った。

「まあこっちとしてはラッキーだった、お前を掻っ攫うのが今回の依頼だったからな」
「さら…う…?私を?」
「何も知らない箱入りお嬢様にゃ分かんねえだろうけどな、一応こっちの界隈で流れてる噂話をしてやるよ」

そう言って男は私の手を引きながら語りだす、私の知らない私の物語を。

それはまるで、御伽話に出てくる悪者みたいな成り立ちだった。




………




甚爾は語る、彼が聞かされた哀れで醜い、悪い大人達から酒の肴にされている子供の話を。

時は遡ること15年よりも前、少女がまだ母親の腹の中で微睡みに揺蕩う時の話。
彼女の母親はかくも美しき洗練された女であった、何処で運命を交えたかは知らないが呪術師の子を身籠り、子供を無事に産めれば男も女も幸せだった。

しかしそんな未来は簡単に消える。
産まれ落ちた赤子は生誕を祝われるその日のうちに呪われた。


暗く、暗く、暗く。
常闇は何処までも続くようにも思われた。
何も見えず何も聞こえず、産まれたばかりの赤子は目を瞑ったまま闇の中へと身を浸す。
溶ける、融ける、どこまでも。
泣き声すら響くことなく赤子はとける。呪いに溶けて交わり別の何かへと変貌する。

まさに、その闇の中で行われているのは蝶の蛹の真似事だった。

幼体を硬い繭で覆い被し、一度ドロドロに溶けて全く別の形へと変化し羽化する。
完全変態。赤子はその呪いにとって成虫へとなるための養分として取り込まれたのだ。
細胞組織を溶かし尽くし、特定の筋肉と神経システムの一部だけを残して食べ尽くされる。ムシャムシャ、パクリ。

産まれたばかりの優しき命はただのたんぱく質として吸収され、新たな細胞分裂の急増を促進する助けとなった。その呪いの羽根、目、そして脚となるために。

だが一つ、その呪いにとって計算違いのことが起きた。
それこそが今の少女に至る問題の要、少女にもまた強く忌まわしい呪いが生まれついて備わっていたということ。

自我もまだ無い赤ん坊はそれでも生存本能と防衛本能に従って魂で足掻いた。
言葉も無く、声も無く、命も無く、それでも生きたいと強く願い抗った。それはそう、まさに魂からの祈りであり、祈りには小さな祝福が伴われた。
そうして最期に目を開いた時、赤子は呪いをその目に封じて自分を取り戻したのだった。


『傾国の邪眼』


見るもの全てを呪い、呪った相手の意識を相手に対する悪意の分だけ我が物とする魅了の瞳。
命ある万物全てを呪いの対象としてカウントするこの瞳は、命の数だけ少女の中の呪いが"それは悪だ" "悪を呪え"と叫び続ける。
15年間、ずっと。瞼の裏から訴える。

だから目に焼き付くもの全てが彼女は憎かった。何もかも自分以外の全てを恨まずにはいられなかった。そうしないと気が狂いそうだった。

祈りという行為は呪いを封じるための手段であった。自身の制御下に置き続けるために自分を救うはずの無い神に祈りを捧げ、その行いを縛りとして強化ではなく弱体化を選んだ。



もうとっくの昔に限界だったのだ、少女と呪いの共存は。
どちらかが死ぬか、どちら共に死ぬか。
それ以外に道は無いと、少女も頭の何処かで分かっていた。
だからこそ、そんな現実から逃げるように途中下車をした。自分を攫いに来た男と共に。

語られる真実に少女は呪われた瞳を見開き己の足先を見下ろした。

「…じゃあ、この身体は人間のものじゃ……ない、の?」
「人間を元に作られた…いや、一度人間を溶かして呪いと混ぜて再び固めたようなもんらしい。あれだ、バレンタインチョコと一緒だ」
「誰が真心込めて冷蔵庫で固めただけのチョコレートですか、こちとらしっかり異物混入してるだろ現実見て言えボケが…」
「バレンタインチョコだってよく異物混入してんだろ」
「え……?」
「してんだよ、現実知っとけお姫様」

箱入り八年生、バレンタインは日頃の感謝を込めて好きな人(広義)(広義でもいない)にチョコを渡す日だと思っている。渡すチョコは勿論細心の注意を払って衛生面にも味にも見た目にも気を配ったチョコレートだ、異物なんて入るわけが無い、髪の毛も血も爪も唾液も入っていないピュアピュアのチョコレートだ。ちなみにチョコを割る時に殺意を込めるのがポイントらしい。なんて健気なバレンタイン。

なので、勿論世の中に蔓延る✝闇のバレンタイン✝なんてもんは知らない。
え?なんでバレンタインと生理が関連するんですか?お腹を壊したら私が面倒見てあげる?いや、腹壊すようなもん渡すなよ、そもそも食い物を粗末にするなよ。カカオが可哀想だろ。

世の中って恐ろしい。
もしかしなくても私が呪わずとも勝手にどうにかなってしまうのでは?少女はバレンタインの犠牲者達を呪いの対象から外すことにした。だってそっちの方がよっぽど呪いじみてるし。人間、怖い。


「家の中に居りゃ良かったか?」

肩を強張らせ考え込む少女に、愉快そうに口角を上げながら甚爾はそう尋ねた。
少女はそれに機嫌悪そうな目付きで答える。

「何処もカスだけど、同じカスなら貴方が居るとこのがマシなのでしょうね」
「分かってんじゃねぇか、賢いガキは嫌いじゃない」
「私はお前のことも他と同じ様に嫌いだけどな」

吐き捨てるように当たり前の事実を述べてから、少女は甚爾から旅行鞄をぶん取った。
地面にドカッと遠慮無く置き、バカッと中を開いて幾つかの入学に必要な書類が入った茶色い封筒を取り出すとそれをビリビリと破り始めた。
まるで紙吹雪のようになったそれを千切れていくままに地面に捨て、旅行鞄を持ち直せばすかさず甚爾はそれを持った。

「携帯も何処かに捨てとけ、それから暫く呪力は使うな」
「買ったばかりだったのに…」
「もう使う相手もいなくなるんだ、気にすんな」

そういうものかと納得し、少女は携帯を人の居ない方へ向けて投げ捨てた。

こうして綺麗サッパリ縁や義理や恩を捨て去り、少女は碌でもない男の元へと自ら堕ちた。
かたや地獄に置かれた鳥籠にて、その羽と鳴き声を讃え愛でられる金糸雀の人生。かたや日の当たることの無い人間社会の底の底。どちらの地獄がマシかと言われりゃどっちもどっち、それでも選ぶだけの余裕は与えられた。それだけで少女は社会のはみ出しものを良しとした。

少女は思う、籠の外へ出たのは自分の責任だと。


与えられる世界はきっと何も不自由の無い素晴らしい世界だった、きっと私はすぐに色々後悔して怒りに塗れることだろう。それでもその理不尽や嘆きは全て自分の選んだ道だ、自己の中で消化する他あるまい。
でもまあ、別にいいか。
寒い冬の倉庫も地獄の鳥籠も、私には少しばかり窮屈過ぎた。
息を我慢するのは今日でおしまい、明日からは瞼の裏の呪いと視線を合わせて生きていく。

でもその前に一つだけ言わせて欲しいことがある。

コイツ…この甚爾とかいう男…なんで初対面の癖に馴れ馴れしいんだ?敬語の一つも使えねえのかよ、お里が知れるぜ。それとも何だ?私が子供だからってナメてんのか?それこそふざけんなケツの穴にフリスク流し込んでやるぞ。こちとら男からナメられんのが一番の地雷なんだよ、踏まれたら最後テメェの足どころか金玉まで爆破する勢いで弾けてやるからな……覚えておけよ人間のオス共…。

一つムカつき始めたら別のこともムカつき出したな……つかなんでコイツ私のこと異常に詳しいんだよ、今思えば気色悪い語りだな、初対面なら初対面らしく振る舞えや、私は距離感がやたら近い他人がこの世で一番嫌いなんだよ。

内も外も顔の良いカスばっかだなこの業界、さっさと根絶やしになっちまえ。カスは淘汰されろ。


あ〜〜〜あ、早く氷河期でも来ねえかな。寒いのこの宇宙で一番嫌いなことだけど!
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