人生は怒りのデスロード
五条悟による「俺の妹」架空妄想宣言から一週間後の話。
あの日はあの後当主の息子と二人っきりになったかと思えば、いきなり何処からともなく現れた使用人達に周りを取り囲まれ「お嬢様、失礼します!」と別室に神輿のようにワッショイワッショイと運び込まれてしまった。直哉くんも流石に唖然としていた。
何だかよく分からないが、使用人達も水面下で色々あったらしい。
けれどまあ、そのお陰で私は無事に養父が静かな怒りを携えながらクレーマーの処理を終わらせ戻ってくるまでわりと自由に過ごせた。
戻ってきた養父はあの何処を見ているのか分からない目で私を見て、「お前は嫁には出さん」と言いながら淹れてあげたお茶を一杯飲んだあと、また部屋から出て行った。どうやらかなり忙しいらしい。そのうち倒れたりしてね、いやぁ正月早々災難だな…"一年の計は元旦にあり"なんて言うくらいだし、あの人今年一年大変な目にあったりして。まあ別に何でもいいが。
私はそれを静々と見送り、一人になった瞬間舌打ちを打った。
「あれが五条家の坊っちゃんか……」
直哉くんとどっちがマシかと言われると目糞鼻糞の勝負だな。両方無駄に顔だけは良いのが腹立つ。
だが、しかし外部との関わりを持てたことは良いことだ。何せ私はこの歳まで外部との接触が全くと言って良いほど無かった。
基本屋敷の敷地外には出して貰えず、任務は必ずや家の者の付き添いありき。勿論送迎は全て使用人がする。
唯一外に出れる機会と言えば、カトリックにおける「守るべき祝日」の日のミサのみ。その日だけは教会へ行って祈るのだ。
アンチ人間をしている私も所詮は人間だ、人間は依存先が少ないと精神のバランスを崩しやすい傾向にある。
精神医学の世界においては、依存先のコミュニティは三つ作ると丁度良いとされているほどだ、私にとってのコミュニティは禪院家のみ。そりゃあ溜まるもんも溜まるだろ。しかも四方八方カスゴミクズに塗れてんだ、やってられるかこんな人生、馬鹿馬鹿しい。
最後に自分を救えるのは神でも仏ない、自分自身だ。
だから私は外との繋がりが欲しかった。これ以上喜びも幸福も無い人生などまともなフリしてやれっこない。
五条悟に会えたのはまたとないチャンスだった。
元々媚びて気に入って貰って、彼を切っ掛けに外へ出る手段を掴もうとしていたくらいだ。なので今回の出来事は予想とは違う結果にはなったが…まあ良しとする。
すぐにこの生活がどうにかなるとは思わんが、一筋の望みくらいは持っても良いだろう。
私はいい加減、祈りだけが唯一の自由な生活に飽きてきたんだ。
………
望み、叶ってしまった。
正月が明けてから一週間弱、当主に呼び出された私は秘密裏に会話を交わした。
内容は東京高専から入学案内が来ているという内容、当主は危機感を覚える存在である私を家から遠ざけたいらしく、珍しくそこそこ好意的な態度で私へ高専に行かないかと聞いてきた。
「私めの処遇はどうぞご当主さまが望まれるままに…」
「お前とて、ここに居ることは不本意だろう、東京で嫁入り先でも見繕って来たら良い」
「ふふっ、惜しくなっても知りませんよ?」
おいこのとっつぁん言外に家からさっさと出てけっつってるぞ、珍しく意見が合うじゃねぇか、私も丁度このゴミクズファックメンの溜まり場からさよならしたいと思ってたんだ。喜んでツバ吐き捨てて出てってやるよ、大義名分をありがとな。
というわけで翌週には荷物をまとめ東京に旅立った。
周りからはグチャグチャ言われたがそんなもん馬の耳に念仏だ、聞こえても理解しなきゃただの雑音に過ぎん。
最後までニコニコと愛想良くして、家から出ればあとは一人自由気儘な電車旅。久々の娑婆の空気はうめぇことうめぇこと。
残念ながら新幹線では相席となってしまったが、それもまあ煩く無けりゃ許してやれるくらいには良い気分だった。やーい!他人を蹴落とし見下すしか楽しみの無いカス共〜!悪いが私は同じ穴の貉にはなってやらないからな〜!!
随分長く住むハメになった京都に別れを告げ、私は新幹線の中で駅で買った弁当を広げた。お供は烏龍茶、油っこいものにはこれだよね。
パチンッと割り箸を二つに割って手を合わせる。
「いっただっきまー、」
「美味そうなもん食ってんなぁ」
「ぁあ?」
食前の挨拶をしてから箸を付けようとした瞬間、それを隣の席に座る男に阻止された。
黙れ、飯の前に話掛けるな。
私は談笑しながらの食事ってやつがこの世で一番嫌いなんだよ、飯くらい静かに一人で食わせろふざけんなケツの穴に割り箸突っ込むぞ。
そもそもお前デカすぎんだよ隣の兄ちゃんよお!質量が鬱陶しいんだよ半分くらい削ってから座らんかいボケが。つか肘掛け両方使ってんじゃねえよマナー違反だぞおい、肘掛け両方使うカスは法律によって無期懲役もしくは死刑って決まってんの知らねぇのか?脳ミソ鳥レベルかよ。
あまりにも突然飯の邪魔をされたため、思わず勢いで凄んでしまった。
横を見れば黒髪黒目、口元に傷跡のある男が私…ではなく私の弁当を見ていた。おいふざけるなよなに人のもん見てんだ、絶対やらねぇぞ。
「あの、申し訳ありませんがあまり見ないで頂きたく…」
「俺、朝も昼も食ってねえんだよな」
「そうですか…車内販売がそのうち来るかもしれませんので、そちらで購入したら如何かしら?」
「今すぐ食べねえと死ぬかも、あーあ」
ウゼェしダリィなこいつ!!
人の良心と罪悪感に訴えるような言い方をするな、私にだって一応小指の先ほどはヒトノココロがあるんだぞ。
私は長旅を考え食料を無駄に買い込んであった。いや、正しく言うと普段目にしない物ばかりを前に衝動買いしまくった。なので実は駅弁があと三つほどあった。だって選べなかったんだもん…。
人に恩を売るのは生きていくうえで大切なことだ。
変に敵対するくらいなら媚びた方が生きやすい…と、私はあの家で学んでいた。
何せこちとら孤児院と禪院家しかコミュニティを知らん人間だ、世界は広いとか言われても知らんもんは知らん。だから隣人には恩を売っておく。
足元に置いておいた紙袋を持ち上げ、中身が見えるように見せてやれば男はすぐに覗き込んできた。
「買いすぎちゃったので、お一つどうぞ」と言えば、「買い物下手クソか?」と鼻で笑われた。
初対面の優しい人間を笑うんじゃねえカス!!仕方無いだろ食事を自分で買うとか産まれて初めての経験だったんだから、言っとくが弁当四つの他にパンとお菓子も買ってあるからな、本当どうすんだこの量…お店開けるぞ私のバカ。
未開封の弁当の中から和牛を使った弁当を選び(確か一番お高かった)開封し始めた男は、行儀悪く口と片手を使って割り箸を割っていた。
行儀は悪いがちょっと格好良いじゃないか…わ、私もあとで練習してみようかな…唇で抑えりゃいいのか?はむっと?それともギチッと?
「何見てんだ。これはもう俺のだ、やんねぇぞ」
「…申し訳ありません、お箸を口を使って割る方を見たのが初めてだったもので……」
「どんだけ箱入りだよ」
筋金入りの箱入りだ馬鹿野郎。
箱入り極めて八年間だぞ八年間、免許皆伝出来るわ。今まで外と繋がりなんて全く無かったからな、色々目新しくて悪いか喧嘩なら買うぞ。
内心ではいつも通りキレていたが、それでも相手から馬鹿にした雰囲気は感じ取れても見下すような視線は不思議と感じなかった。
家に居る時にひしひしとそこかしこから刺さる棘のような視線とは違う、ただ私を「子供」として見ているだろう感覚に背筋がムズムズした。
調子が狂いそうだからやめて欲しい、私には人間に再度期待出来るほどの気力はもう無いのだから。
遠慮なく口に和牛と米を一緒に詰め込み噛み締める男の隣で、私はそぼろご飯を少しだけ口にした。あまり美味しくは無かった。そりゃそうだ、普段あんだけ良い物を食わせて貰ってんだから当たり前だ。
環境がいつもと違いすぎるからだろうか、徐々にザワザワと胸の内が不安に苛まれる。
このまま高専に着いたらどうしよう。
上手くやっていける自信は全く無い。
きっと何処に居ても他人の視線を気にしてしまう、誰彼構わず嫌って恨んで満たされない気持ちを他人のせいにして、明日も明後日も未来も過去も自分以外の人に罪を押し付けて。
なんて馬鹿馬鹿しい、こんな馬鹿の祈りが届くことなどあり得ない。
新幹線がトンネルに入る。
窓の外には闇が広がり、そこには馬鹿な子供の惨めな顔が写っていた。
闇は晴れない、何処までも。
私はもう、進む他に無いみたいだ。
あの日はあの後当主の息子と二人っきりになったかと思えば、いきなり何処からともなく現れた使用人達に周りを取り囲まれ「お嬢様、失礼します!」と別室に神輿のようにワッショイワッショイと運び込まれてしまった。直哉くんも流石に唖然としていた。
何だかよく分からないが、使用人達も水面下で色々あったらしい。
けれどまあ、そのお陰で私は無事に養父が静かな怒りを携えながらクレーマーの処理を終わらせ戻ってくるまでわりと自由に過ごせた。
戻ってきた養父はあの何処を見ているのか分からない目で私を見て、「お前は嫁には出さん」と言いながら淹れてあげたお茶を一杯飲んだあと、また部屋から出て行った。どうやらかなり忙しいらしい。そのうち倒れたりしてね、いやぁ正月早々災難だな…"一年の計は元旦にあり"なんて言うくらいだし、あの人今年一年大変な目にあったりして。まあ別に何でもいいが。
私はそれを静々と見送り、一人になった瞬間舌打ちを打った。
「あれが五条家の坊っちゃんか……」
直哉くんとどっちがマシかと言われると目糞鼻糞の勝負だな。両方無駄に顔だけは良いのが腹立つ。
だが、しかし外部との関わりを持てたことは良いことだ。何せ私はこの歳まで外部との接触が全くと言って良いほど無かった。
基本屋敷の敷地外には出して貰えず、任務は必ずや家の者の付き添いありき。勿論送迎は全て使用人がする。
唯一外に出れる機会と言えば、カトリックにおける「守るべき祝日」の日のミサのみ。その日だけは教会へ行って祈るのだ。
アンチ人間をしている私も所詮は人間だ、人間は依存先が少ないと精神のバランスを崩しやすい傾向にある。
精神医学の世界においては、依存先のコミュニティは三つ作ると丁度良いとされているほどだ、私にとってのコミュニティは禪院家のみ。そりゃあ溜まるもんも溜まるだろ。しかも四方八方カスゴミクズに塗れてんだ、やってられるかこんな人生、馬鹿馬鹿しい。
最後に自分を救えるのは神でも仏ない、自分自身だ。
だから私は外との繋がりが欲しかった。これ以上喜びも幸福も無い人生などまともなフリしてやれっこない。
五条悟に会えたのはまたとないチャンスだった。
元々媚びて気に入って貰って、彼を切っ掛けに外へ出る手段を掴もうとしていたくらいだ。なので今回の出来事は予想とは違う結果にはなったが…まあ良しとする。
すぐにこの生活がどうにかなるとは思わんが、一筋の望みくらいは持っても良いだろう。
私はいい加減、祈りだけが唯一の自由な生活に飽きてきたんだ。
………
望み、叶ってしまった。
正月が明けてから一週間弱、当主に呼び出された私は秘密裏に会話を交わした。
内容は東京高専から入学案内が来ているという内容、当主は危機感を覚える存在である私を家から遠ざけたいらしく、珍しくそこそこ好意的な態度で私へ高専に行かないかと聞いてきた。
「私めの処遇はどうぞご当主さまが望まれるままに…」
「お前とて、ここに居ることは不本意だろう、東京で嫁入り先でも見繕って来たら良い」
「ふふっ、惜しくなっても知りませんよ?」
おいこのとっつぁん言外に家からさっさと出てけっつってるぞ、珍しく意見が合うじゃねぇか、私も丁度このゴミクズファックメンの溜まり場からさよならしたいと思ってたんだ。喜んでツバ吐き捨てて出てってやるよ、大義名分をありがとな。
というわけで翌週には荷物をまとめ東京に旅立った。
周りからはグチャグチャ言われたがそんなもん馬の耳に念仏だ、聞こえても理解しなきゃただの雑音に過ぎん。
最後までニコニコと愛想良くして、家から出ればあとは一人自由気儘な電車旅。久々の娑婆の空気はうめぇことうめぇこと。
残念ながら新幹線では相席となってしまったが、それもまあ煩く無けりゃ許してやれるくらいには良い気分だった。やーい!他人を蹴落とし見下すしか楽しみの無いカス共〜!悪いが私は同じ穴の貉にはなってやらないからな〜!!
随分長く住むハメになった京都に別れを告げ、私は新幹線の中で駅で買った弁当を広げた。お供は烏龍茶、油っこいものにはこれだよね。
パチンッと割り箸を二つに割って手を合わせる。
「いっただっきまー、」
「美味そうなもん食ってんなぁ」
「ぁあ?」
食前の挨拶をしてから箸を付けようとした瞬間、それを隣の席に座る男に阻止された。
黙れ、飯の前に話掛けるな。
私は談笑しながらの食事ってやつがこの世で一番嫌いなんだよ、飯くらい静かに一人で食わせろふざけんなケツの穴に割り箸突っ込むぞ。
そもそもお前デカすぎんだよ隣の兄ちゃんよお!質量が鬱陶しいんだよ半分くらい削ってから座らんかいボケが。つか肘掛け両方使ってんじゃねえよマナー違反だぞおい、肘掛け両方使うカスは法律によって無期懲役もしくは死刑って決まってんの知らねぇのか?脳ミソ鳥レベルかよ。
あまりにも突然飯の邪魔をされたため、思わず勢いで凄んでしまった。
横を見れば黒髪黒目、口元に傷跡のある男が私…ではなく私の弁当を見ていた。おいふざけるなよなに人のもん見てんだ、絶対やらねぇぞ。
「あの、申し訳ありませんがあまり見ないで頂きたく…」
「俺、朝も昼も食ってねえんだよな」
「そうですか…車内販売がそのうち来るかもしれませんので、そちらで購入したら如何かしら?」
「今すぐ食べねえと死ぬかも、あーあ」
ウゼェしダリィなこいつ!!
人の良心と罪悪感に訴えるような言い方をするな、私にだって一応小指の先ほどはヒトノココロがあるんだぞ。
私は長旅を考え食料を無駄に買い込んであった。いや、正しく言うと普段目にしない物ばかりを前に衝動買いしまくった。なので実は駅弁があと三つほどあった。だって選べなかったんだもん…。
人に恩を売るのは生きていくうえで大切なことだ。
変に敵対するくらいなら媚びた方が生きやすい…と、私はあの家で学んでいた。
何せこちとら孤児院と禪院家しかコミュニティを知らん人間だ、世界は広いとか言われても知らんもんは知らん。だから隣人には恩を売っておく。
足元に置いておいた紙袋を持ち上げ、中身が見えるように見せてやれば男はすぐに覗き込んできた。
「買いすぎちゃったので、お一つどうぞ」と言えば、「買い物下手クソか?」と鼻で笑われた。
初対面の優しい人間を笑うんじゃねえカス!!仕方無いだろ食事を自分で買うとか産まれて初めての経験だったんだから、言っとくが弁当四つの他にパンとお菓子も買ってあるからな、本当どうすんだこの量…お店開けるぞ私のバカ。
未開封の弁当の中から和牛を使った弁当を選び(確か一番お高かった)開封し始めた男は、行儀悪く口と片手を使って割り箸を割っていた。
行儀は悪いがちょっと格好良いじゃないか…わ、私もあとで練習してみようかな…唇で抑えりゃいいのか?はむっと?それともギチッと?
「何見てんだ。これはもう俺のだ、やんねぇぞ」
「…申し訳ありません、お箸を口を使って割る方を見たのが初めてだったもので……」
「どんだけ箱入りだよ」
筋金入りの箱入りだ馬鹿野郎。
箱入り極めて八年間だぞ八年間、免許皆伝出来るわ。今まで外と繋がりなんて全く無かったからな、色々目新しくて悪いか喧嘩なら買うぞ。
内心ではいつも通りキレていたが、それでも相手から馬鹿にした雰囲気は感じ取れても見下すような視線は不思議と感じなかった。
家に居る時にひしひしとそこかしこから刺さる棘のような視線とは違う、ただ私を「子供」として見ているだろう感覚に背筋がムズムズした。
調子が狂いそうだからやめて欲しい、私には人間に再度期待出来るほどの気力はもう無いのだから。
遠慮なく口に和牛と米を一緒に詰め込み噛み締める男の隣で、私はそぼろご飯を少しだけ口にした。あまり美味しくは無かった。そりゃそうだ、普段あんだけ良い物を食わせて貰ってんだから当たり前だ。
環境がいつもと違いすぎるからだろうか、徐々にザワザワと胸の内が不安に苛まれる。
このまま高専に着いたらどうしよう。
上手くやっていける自信は全く無い。
きっと何処に居ても他人の視線を気にしてしまう、誰彼構わず嫌って恨んで満たされない気持ちを他人のせいにして、明日も明後日も未来も過去も自分以外の人に罪を押し付けて。
なんて馬鹿馬鹿しい、こんな馬鹿の祈りが届くことなどあり得ない。
新幹線がトンネルに入る。
窓の外には闇が広がり、そこには馬鹿な子供の惨めな顔が写っていた。
闇は晴れない、何処までも。
私はもう、進む他に無いみたいだ。