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人生は怒りのデスロード

季節は巡り年の始まり。

元旦から二日経った日のこと、純真無垢を意味とする白金の髪を一つにまとめ、よもぎ色の小紋の着物に袖を通し、化粧係の女中によって唇に淡く紅を引かれた少女はこれから挨拶回りと称した見せびらかし自慢大会に連れて行かれる所であった。

少女の強火ファンである着付け担当者や化粧係、それからこのクソ忙しい三が日にも関わらず一目でも良いから天使の姿を拝んでおこうとやって来た女性陣は、彼女らの本気の頑張りで完成した「私達の聖女様(挨拶回りスタイル)」を前に自然と指を組み、「ほぅ……」と恍惚とした溜息を吐いた。

私達の聖女様絶対ご利益ある、彼女に祈っておけば一年間無病息災で過ごせる気がする。科学的根拠とか無いけど絶対身体に良いオーラ出てる。なんかこの辺だけ空気も澄んでる気がする。ああ、頼むから早く当主の息子のうんこクズをやっつけて次期当主候補ナンバーワンになって下さい。

お祈りお祈り、ナムナムナム…。

あまりの"理想の聖女"っぷりに自分の前で有り難がり始めた女性陣へ、「皆様ありがとう、これで気持ちの良い挨拶をして来れます」と爽やかで美しい笑みを持って礼を言った少女は、この正月も天使のガワを立派に被っていた。

しかし、内心ではめちゃめちゃ怒り狂っていた。


ふざけるなふざけるなふざけるな、何で私が腐り過ぎて虫湧いてそうなゴミカスゲロジジババに挨拶回りなんてしなきゃならないんだよ、お前らは新年跨ぐんじゃねえカス!!!
挨拶だか何だか知らないが、そんなん当主の息子共にやらせとけよ私に頼るな。居るだろもっと他にイキるしか脳の無い実力不足の口だけ達者なマウント取るだけが取り柄の奴等とか、そいつらにやらせとけよ、私はコタツに入って寝てたいんだよ。
どうせあれだろ、養父が私を多方面に売り込んでおきたいだけなんだろ、この子今出世レースに出馬させてるんですよ〜自慢の娘なんですよ〜育ててんのは俺!清き一票よろしくねって魂胆なんだろ。は〜〜カスがよ、知るかそんなこと。勝手に泥沼サスペンス劇場やってろ、私を巻き込むなボケ共が。

どいつもこいつも揃って暇人しかいねえな、全員餅喉に詰まらせて正月終わらせとけ。


そんな気持ちを気合いと根性で飲み下し用意が整ったと養父である扇の元へ行く。
準備万端、今日も今日とて自分の理想通りに麗しく佇む義娘を前に一つ大きく頷くと、彼は客人への挨拶のため廊下に足を進めた。ちなみにこの頷きは「…よし(舞台袖プロデューサー顔)」の頷きである。これは私が育てた、生産者の顔禪院扇。

二人は共に挨拶へとやって来た家の者達の前に立ち、頭を下げて新年のご挨拶を口にした。
そうすると口々に人々は「まあ、あれが例の…」「本当に血が繋がっていないのか?」「将来の嫁ぎ先は決まっているのだろうか…」などと話題にし出す。
それを聞いて顔色には出さないが、二人揃って「黙れ三下風情が…」と思った。似た者親子である。

そんな感じで表面上ニコニコと愛想を振り撒き続けている少女に突如として災難が降り掛かった。

少女のまわりは動物園のパンダを観る客だかりのようになっており、そんな暇人観光客を掻き分け掻き分けやって来る白い頭をした背の高い男が一人。
退けどけ五条悟さまのお通りだと言わんばかりに握手会最前列まで無理矢理やって来たソレは、一目見た瞬間ハッ!とした顔をしてデカめの声で言った。


「やっば!!俺の妹じゃん!!!」


瞬間、広間は水を打ったようにシンッ……と静まり返る。
静寂を辺りが包み、同時に緊張感と幾つかの殺気が放たれた。

ピシリッ。
何処かから床か壁にヒビが入った音が聞こえる。
無数の悪意と怒りに塗れた視線が五条を突き刺した。

突如としてアイドルの握手会から禪院家怒りのデスマッチ会場へと変貌を遂げた空間に、少女はヤバすぎワロタと思って笑顔のまま固まった。挨拶がガン付けってどこの古風なヤンキーの風習だよ、呪術師一族じゃなくてヤクザか何かか?

お茶を淹れていた聖女ガチ恋オタクの女中は「殺す殺す殺す殺すお嬢様に近付いた奴は殺す…」と殺気を垂れ流しにし、護衛(自主的にやっているだけ)の男はすぐに無線で同士達に「緊急事態発生!五条悟が天使に接触!直ちに参れ!」と連絡を入れた。
そして、少女の隣でプロデューサーの顔をしながら自慢の養女を見せびらかしていた扇は顔をクッシャクシャに歪めた。この若造、何のつもりだ!という怒りが腹の中で轟々と燃え上がる。

「カラーリング的に俺の妹な気がする…いや気がするっていうか思い出と記憶が…溢れてくる…」

人はそれを、存在しない記憶と呼ぶ。

確かに二人のカラーリングは若干似ていた。けれどそれを言ったらヨーロッパの方に住んでいる人間の多くと兄弟姉妹ということになってしまう。
というかよく見なくても似ていない、顔の作りや骨格は全く違うし、色合いだってそりゃあ禪院家の濡羽のような黒よりかは五条の白に似ているが、少女の髪はどちらかと言えばグレーだ。日本名で言えば薄墨色、外国風に言うならばパールグレイと言ったところ。ついでに目は青くはない。

そのため、少女は「なんだァ?てめェ…」という気持ちであった。


どこのどいつだか知らねぇが、初対面の人間捕まえて挨拶もせずに妹だぁ?ふざけやがってクソが、脳ミソの解像度ガビガビかよ、寝言は死んでから言え。
そもそも私は7歳までは孤児院に、7歳以降はこのクソったれな家で育ったんだ。お前のことなど知るわけが無いだろ。
というか誰だよお前、名を名乗れ名を!


「あの、失礼ですがお名前は…」
「俺は五条悟、お兄ちゃんって呼んで」
「ああ…!貴方があの五条悟様ですか、これは失礼を…」
「はい駄目やりなおし〜!ちゃんとお兄ちゃんって呼んで」

五条の名を聞いた瞬間、少女はハッとした顔をした。
五条といえばあの五条、そして五条悟といえば天下に名高い五条悟である。
例え同じ御三家だとしても跡取り息子であり現代最強とも称される男と、どこで産まれたかも分からない養子の女では格が違い過ぎる。
内心は「うるせぇ知ったことかさっさと帰れ塩撒くぞ」という気持ちである少女であったが、そんなこと言えるわけもなく頭を垂れて目を伏せ挨拶を贈った。

「年のはじめにご足労頂き誠にありがとうございます五条様」
「お兄ちゃんって呼んで?」
「お言葉ですが、私の家族は養父をはじめとした、血も繋がらぬ私を受け入れて下さったこの家の方々で御座いますれば…」

少女のターン、ドロー!
長いまつ毛がけぶる伏した目をスッと横に流し、少し寂しげな顔をしながら瞳を潤ませ哀愁を乗せて静かに語る攻撃!!追加効果で着物の袖をちょっとだけ指先でギュッとしてターンエンド!!
五条に直撃!ついでに扇にも直撃!さらには控えていた少女だいすき倶楽部の面々にもヒット!!こりゃ確かにモンスターである、直毘人は正しい。こんなもん放し飼いにしといたら国が傾くかもしれない。

グッと息を飲んでたじろいだ五条は眼下にて物憂げな表情を浮かべる妹(根拠なき決めつけ)に触れようとした。抱き寄せて頭を撫でて兄力を"分からせ"たかったのだ。
けれどそれは既の所で阻止されることとなる。

「皆揃うて黙り込んで…なにしてはるん?正月早々誰か死にはった?」
「あ、直哉くん…御挨拶回り終わりましたの?お疲れ様でございます」

モンスターカード召喚!!当主の息子の皆に嫌われてるクソヒューマン!

お外に挨拶やら何やらに行っていた直哉がやって来たことにより、良い意味でも悪い意味でも養女お披露目式は終了となった。何故なら、彼が少女の腕を引っ掴んで攫って行ってしまったからだ。術式まで使って。

直哉は室内の状況を確認した瞬間「これはめちゃくちゃ面倒臭いな」という気配を察知した。
…恐らくこのままアイツ(俺の嫁第一候補)を放置しておいたら悟くんにぶん取られる。よし、ちゃっちゃと連れ出してしまおう。
ここまでの思考速度は役0.5秒、流石素早さが取り柄のクズである。

バビュンッ!!
風だけを置き去りにして二人は退出。
残された面々は「はあ?」という気持ちであった。
俺達の天使ちゃんがうんこマンに拉致られたんだが?アイツ何してくれてんねん、まだ見物料分見れてねえよ金(お年賀の貢物)返せ!

そんなこんなで年始早々、扇はクレーマー処理に追われたのであった。
ついでに五条はコネと権力を使って俺の妹(確定事項)を東京高専に連れて行く準備を整えた。

天使の皮を被ったガンギレガールの冒険はこれからだ!
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