人生は怒りのデスロード
少女を聖女や天使と語る人間のなんと愚かなことかと、禪院家当主である直毘人は鼻でせせら笑った。
あれが天使なものか、誰が言い始めたかは知らんがなんと愚かな見解。
まだ非術師共が言った「悪魔」という呼び方の方が当たっている。
直毘人はそう少女のことを思っていた。
それは彼女の出自を知っているからなどではなく、単純に実力で当主まで上り詰めた人間としての直感によるものだった。
しかして、その直感は見事に的中している。
少女の目には呪いが込められている。
『邪視』
対象者に悪意を持って睨み付けることによって呪いを掛けると言われる魔眼伝承の一つ。
古くは魔女の持つ呪いの一つとして言い伝えられ、悪魔の目とも呼ばれた代物。
悪意によって成立するその呪いは、時として疫病をもたらし人々を死に追いやった。
少女の持つそれは正に古き神話に連なる伝承に近しい物で、現代においては高値で取り引きされる代物の一つであった。
扇が彼女を発見しなければ、気付いたのがどこぞの三流術師であれば、彼女の両の目には今光は灯っていなかっただろう。
だからこそ恩義を感じ、扇に従う姿勢を見せている少女の姿を直毘人は面白く思った。
目だけで人を呪い殺せる女が、それをせずに嫌っているだろう相手に頭を下げて従う姿は中々に見応えがあった。
どんな心境でそうあることを選んだかは知らないが、中々にしたたかで上手い奴だと感心さえ覚える程に。
自分を超える存在を作り出し、当主へと推薦し、当主になり得たならば裏から実権を握らんとする扇はそちらに気を取られていて気付いていないのだろう。
少女はこの世の人間全てをいつでも呪える程の悪意を抱えて生きている。
まるで最初からそれしか無かったかのように、怨嗟と憤怒で心を熱く彩り生きている。
常闇に心を浸し、世界を今にも睨み出さんとしながらも今はまだその時ではないと言わんばかりに大人しくする少女は、そんな己の悪意を身の内に潜めて大人しく過ごしている。
天使などという化けの皮を被った呪いの塊は、直毘人の前でも咲いたばかりの瑞々しい花のような笑みを保っていた。
「お前は扇を利用し俺をどうするつもりだ?」
「嫌だわ、ご当主様まで私に意地悪おっしゃるの?」
「フンッ、それともこの家全てを呪い堕とす気か?俺にはその笑顔も通じんぞ」
「……まあそんな、心外です」
術師としての昇格があった知らせを届けに参った少女を引き止め、人払いを済ませてから言葉を交わす。
敢えて目は外さず、いつでも呪って来いと言わんばかりの態度を持ってして対峙する直毘人に、少女はシュンッ…と肩を落としながら哀しむフリをした。
しかし内心、彼女は直毘人の予想を遥かに上回る最悪な心理状態であった。
それもそのはず、彼女は自身の持つ呪いの影響で見るもの全てが呪いの対象としてその目に写ってしまっているのだ。それも四六時中、寝ても覚めても。何なら、例え目を潰した所で世界全てが概念的に敵として見えてしまうことは変えられない。
目から視覚情報として入り、脳にインプットされているがゆえの逃れられぬ悪意と恐怖。彼女の精神はもうとっくの昔から擦り切れ、狂気に浸り、そしてそれを受け入れコントロールしていた。
そのため、直毘人からの軽いジャブにも彼女はそう簡単に屈しはしない。
そんな程度の探りじゃこの眼は働かない。
この眼が働く時は理性が堕ちる時でも、怒りに呑まれた時でもない。ただ、自分の意思で開くだけ。
それでも彼女は望まれたように表面上在ることを信条としているので、養父も居ない席において他に優先すべき意思があるのならばと、直毘人の望む対話を続けることとした。
「私は父上を呪ったりなんてしません」
「今はまだ利用価値があるからな、しかしお前が術師として大成した時はどうするつもりだ?俺を殺しこの家を乗っ取るか?」
「そんなことしません、そんな…ええ、そんなこと…」
そんな馬鹿馬鹿しいこと頼まれたってしてやるものか、乗っ取り?支配?何それご飯にかけて食べたら美味しいの?
少女は畳の目を意味もなく見つめながら思った。
私はただ静かに平和に暮らしたいだけだ、それにはこの世界にはあまりにも邪魔な物が多すぎるが…今はまだ掃除するつもりはない。
釘を刺されずとも当主になるつもりは毛頭ない。そもそも、お前達に割いてやる時間も労力も私は持ち合わせてなどいない。
こうして家に居てやるのは養父が私を庇い守り全てを与えてくれているから。それが無くならないか、はたまた他にもっと良い環境が提示されれば出ていく程度の心積もりだ。
当主とか大成とかアホくさい、つかめんどい。興味もない。勝手に互いに足の引っ張り合いでもしながらやってろ。私を巻き込むなカス共が。
心の底で唾を吐き捨てながら、しかし表面上は穏やかに健やかに笑ってみせる姿のなんと白々しいことか。
けれど、内情を知らない人間からすれば儚げな笑みも緊張により強張った華奢な肩も、小さく握りしめられた白い指先も何もかも、純真無垢で純一無雑な、邪心や偽りの感じられない、混ざりけの無い心優しい少女に見えてしまうのだった。
直毘人すらも、もしかして本当に企みもクソもない、ちょっと思春期と反抗期と邪視による狂気がいっぺんに来ちゃってるだけの女の子なんじゃね?とちょっとだけ思わずにはいられないくらい、少女の見た目は詐欺っていた。そんなこと全然ないのに。
「私には当主になれるほどの才も心も頭もありません…父上からは期待をして頂いておりますから、それを裏切りたくは無いのですが…」
ウルウル、キュルルンッ。
美少女の涙目上目遣い炸裂!
直毘人はちょっとやりすぎちゃったカナ?と若干思った!
あちゃー、そうだよなまだ15歳の女の子だもんな、例え中身がクソヤバ怒り塗れの狂気、凶気、元気!世界は全部私の敵!な女だったとしてもまだまだ子供だもんな、そらガタイの良いオッサンから凄まれれば肩を縮こまらせてプルプルしちゃうよな………ってなるかアホが、俺は騙されんぞ。
直毘人、なんとかエンジェル・フェイス攻撃に打ち勝つ。
流石は実力で当主まで登り詰めた男、こんな程度の女の涙じゃやられやしない。
それでもやっぱり、本当にちょっとだけ心は揺れた。
彼はこの大きな一族を纏め率いて行かねばならない使命がある。そのためには一族を食い荒らさんとする可能性は摘むか飼い慣らすかせねばならない。
そして良心が痛みながらも彼は提示した、少女がこれ以上どうにかならないための提案を。
「俺の息子の妻として迎えてやる。そうすれば多少は扇も諦めが付くだろう」
「え、やだ…ほんとむり………」
「今のは素で言ったな?」
「ハッ!す、すみません!」
バッと慌てて頭を下げた少女に直毘人は流石に笑い声を溢した。息子マジで嫌われ過ぎておもろ。お前くらいのものだぞ、この女の素を引き出せるのは。
してやったりと言った顔でニヤニヤと口元に笑みを浮かべて酒を呷る。
少女は決して頭を上げようとはしなかった。何故なら、喉のすぐそこまで怒りが迫り上がっていたからだ。
アレと結婚とか何の罰ゲームだよ私が何したってんだよ、確かにお前らのこと嫌ってるけどまだ実害は与えてないだろ。アレと結婚するくらいならこのまま養父に媚びて媚びて媚び続けて側室になった方がまだ幾らかマシだ。そんくらい嫌だ、心の底から無理、無理矢理結婚なんてさせられたら流石にガチで泣くかもしれない。そんで視界に入るもの全部呪ってしまうかもしれない。それで死刑になっても悔いはねえよ…そんくらい嫌だよ。
少女は頭を下げながら神に祈るよりも真面目に扇へ救援を求め続けた。
父上たすけて父上たすけて父上たすけて父上たすけて、今すぐきて今すぐきて今すぐきて、言うこと聞くから私を助けて!!!
しかしてその声は無事届く。
何故なら扇は養女ガチ勢なので。いや別に以心伝心とかそんなんじゃない、ただ娘がいつまで経っても報告から帰って来ないので迎えに来ただけである。このあと娘は剣術のお稽古があるので。
聞こえてきた足音と同時に「…失礼」という神経質そうな声がしたかと思えば、少女はバッと顔を上げて「父上!!」と嬉しそうな表情をした。
それはもう本当に嬉しそうに。花を飛ばすように。
実際とても嬉しかった、だってうんこクズと結婚しろとかいう話になってしまったから。自害か人類絶滅かどちらかを選ばなければならない状況だった…本当に危なかった。
少女はこれ幸いとにこやかに「では、私は父が来たから行きますね!」と晴々しい笑顔で言った。
その様子を直毘人は「どんだけ息子嫌われてんだ」と面白がりながら見送った。扇よりマシだと思われていることは確かである。
こうして、少女は何とか危機を乗り越えた。
扇はめちゃくちゃ感謝された。また恩が一つ出来てしまった。
あれが天使なものか、誰が言い始めたかは知らんがなんと愚かな見解。
まだ非術師共が言った「悪魔」という呼び方の方が当たっている。
直毘人はそう少女のことを思っていた。
それは彼女の出自を知っているからなどではなく、単純に実力で当主まで上り詰めた人間としての直感によるものだった。
しかして、その直感は見事に的中している。
少女の目には呪いが込められている。
『邪視』
対象者に悪意を持って睨み付けることによって呪いを掛けると言われる魔眼伝承の一つ。
古くは魔女の持つ呪いの一つとして言い伝えられ、悪魔の目とも呼ばれた代物。
悪意によって成立するその呪いは、時として疫病をもたらし人々を死に追いやった。
少女の持つそれは正に古き神話に連なる伝承に近しい物で、現代においては高値で取り引きされる代物の一つであった。
扇が彼女を発見しなければ、気付いたのがどこぞの三流術師であれば、彼女の両の目には今光は灯っていなかっただろう。
だからこそ恩義を感じ、扇に従う姿勢を見せている少女の姿を直毘人は面白く思った。
目だけで人を呪い殺せる女が、それをせずに嫌っているだろう相手に頭を下げて従う姿は中々に見応えがあった。
どんな心境でそうあることを選んだかは知らないが、中々にしたたかで上手い奴だと感心さえ覚える程に。
自分を超える存在を作り出し、当主へと推薦し、当主になり得たならば裏から実権を握らんとする扇はそちらに気を取られていて気付いていないのだろう。
少女はこの世の人間全てをいつでも呪える程の悪意を抱えて生きている。
まるで最初からそれしか無かったかのように、怨嗟と憤怒で心を熱く彩り生きている。
常闇に心を浸し、世界を今にも睨み出さんとしながらも今はまだその時ではないと言わんばかりに大人しくする少女は、そんな己の悪意を身の内に潜めて大人しく過ごしている。
天使などという化けの皮を被った呪いの塊は、直毘人の前でも咲いたばかりの瑞々しい花のような笑みを保っていた。
「お前は扇を利用し俺をどうするつもりだ?」
「嫌だわ、ご当主様まで私に意地悪おっしゃるの?」
「フンッ、それともこの家全てを呪い堕とす気か?俺にはその笑顔も通じんぞ」
「……まあそんな、心外です」
術師としての昇格があった知らせを届けに参った少女を引き止め、人払いを済ませてから言葉を交わす。
敢えて目は外さず、いつでも呪って来いと言わんばかりの態度を持ってして対峙する直毘人に、少女はシュンッ…と肩を落としながら哀しむフリをした。
しかし内心、彼女は直毘人の予想を遥かに上回る最悪な心理状態であった。
それもそのはず、彼女は自身の持つ呪いの影響で見るもの全てが呪いの対象としてその目に写ってしまっているのだ。それも四六時中、寝ても覚めても。何なら、例え目を潰した所で世界全てが概念的に敵として見えてしまうことは変えられない。
目から視覚情報として入り、脳にインプットされているがゆえの逃れられぬ悪意と恐怖。彼女の精神はもうとっくの昔から擦り切れ、狂気に浸り、そしてそれを受け入れコントロールしていた。
そのため、直毘人からの軽いジャブにも彼女はそう簡単に屈しはしない。
そんな程度の探りじゃこの眼は働かない。
この眼が働く時は理性が堕ちる時でも、怒りに呑まれた時でもない。ただ、自分の意思で開くだけ。
それでも彼女は望まれたように表面上在ることを信条としているので、養父も居ない席において他に優先すべき意思があるのならばと、直毘人の望む対話を続けることとした。
「私は父上を呪ったりなんてしません」
「今はまだ利用価値があるからな、しかしお前が術師として大成した時はどうするつもりだ?俺を殺しこの家を乗っ取るか?」
「そんなことしません、そんな…ええ、そんなこと…」
そんな馬鹿馬鹿しいこと頼まれたってしてやるものか、乗っ取り?支配?何それご飯にかけて食べたら美味しいの?
少女は畳の目を意味もなく見つめながら思った。
私はただ静かに平和に暮らしたいだけだ、それにはこの世界にはあまりにも邪魔な物が多すぎるが…今はまだ掃除するつもりはない。
釘を刺されずとも当主になるつもりは毛頭ない。そもそも、お前達に割いてやる時間も労力も私は持ち合わせてなどいない。
こうして家に居てやるのは養父が私を庇い守り全てを与えてくれているから。それが無くならないか、はたまた他にもっと良い環境が提示されれば出ていく程度の心積もりだ。
当主とか大成とかアホくさい、つかめんどい。興味もない。勝手に互いに足の引っ張り合いでもしながらやってろ。私を巻き込むなカス共が。
心の底で唾を吐き捨てながら、しかし表面上は穏やかに健やかに笑ってみせる姿のなんと白々しいことか。
けれど、内情を知らない人間からすれば儚げな笑みも緊張により強張った華奢な肩も、小さく握りしめられた白い指先も何もかも、純真無垢で純一無雑な、邪心や偽りの感じられない、混ざりけの無い心優しい少女に見えてしまうのだった。
直毘人すらも、もしかして本当に企みもクソもない、ちょっと思春期と反抗期と邪視による狂気がいっぺんに来ちゃってるだけの女の子なんじゃね?とちょっとだけ思わずにはいられないくらい、少女の見た目は詐欺っていた。そんなこと全然ないのに。
「私には当主になれるほどの才も心も頭もありません…父上からは期待をして頂いておりますから、それを裏切りたくは無いのですが…」
ウルウル、キュルルンッ。
美少女の涙目上目遣い炸裂!
直毘人はちょっとやりすぎちゃったカナ?と若干思った!
あちゃー、そうだよなまだ15歳の女の子だもんな、例え中身がクソヤバ怒り塗れの狂気、凶気、元気!世界は全部私の敵!な女だったとしてもまだまだ子供だもんな、そらガタイの良いオッサンから凄まれれば肩を縮こまらせてプルプルしちゃうよな………ってなるかアホが、俺は騙されんぞ。
直毘人、なんとかエンジェル・フェイス攻撃に打ち勝つ。
流石は実力で当主まで登り詰めた男、こんな程度の女の涙じゃやられやしない。
それでもやっぱり、本当にちょっとだけ心は揺れた。
彼はこの大きな一族を纏め率いて行かねばならない使命がある。そのためには一族を食い荒らさんとする可能性は摘むか飼い慣らすかせねばならない。
そして良心が痛みながらも彼は提示した、少女がこれ以上どうにかならないための提案を。
「俺の息子の妻として迎えてやる。そうすれば多少は扇も諦めが付くだろう」
「え、やだ…ほんとむり………」
「今のは素で言ったな?」
「ハッ!す、すみません!」
バッと慌てて頭を下げた少女に直毘人は流石に笑い声を溢した。息子マジで嫌われ過ぎておもろ。お前くらいのものだぞ、この女の素を引き出せるのは。
してやったりと言った顔でニヤニヤと口元に笑みを浮かべて酒を呷る。
少女は決して頭を上げようとはしなかった。何故なら、喉のすぐそこまで怒りが迫り上がっていたからだ。
アレと結婚とか何の罰ゲームだよ私が何したってんだよ、確かにお前らのこと嫌ってるけどまだ実害は与えてないだろ。アレと結婚するくらいならこのまま養父に媚びて媚びて媚び続けて側室になった方がまだ幾らかマシだ。そんくらい嫌だ、心の底から無理、無理矢理結婚なんてさせられたら流石にガチで泣くかもしれない。そんで視界に入るもの全部呪ってしまうかもしれない。それで死刑になっても悔いはねえよ…そんくらい嫌だよ。
少女は頭を下げながら神に祈るよりも真面目に扇へ救援を求め続けた。
父上たすけて父上たすけて父上たすけて父上たすけて、今すぐきて今すぐきて今すぐきて、言うこと聞くから私を助けて!!!
しかしてその声は無事届く。
何故なら扇は養女ガチ勢なので。いや別に以心伝心とかそんなんじゃない、ただ娘がいつまで経っても報告から帰って来ないので迎えに来ただけである。このあと娘は剣術のお稽古があるので。
聞こえてきた足音と同時に「…失礼」という神経質そうな声がしたかと思えば、少女はバッと顔を上げて「父上!!」と嬉しそうな表情をした。
それはもう本当に嬉しそうに。花を飛ばすように。
実際とても嬉しかった、だってうんこクズと結婚しろとかいう話になってしまったから。自害か人類絶滅かどちらかを選ばなければならない状況だった…本当に危なかった。
少女はこれ幸いとにこやかに「では、私は父が来たから行きますね!」と晴々しい笑顔で言った。
その様子を直毘人は「どんだけ息子嫌われてんだ」と面白がりながら見送った。扇よりマシだと思われていることは確かである。
こうして、少女は何とか危機を乗り越えた。
扇はめちゃくちゃ感謝された。また恩が一つ出来てしまった。