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番外編

禪院家から出たらやってみたかったことが色々あった。
何せあの家にも元居た孤児院にも娯楽らしい娯楽は無かったから、興味だけは人一倍抱いて生きてきた。
そのうちの一つとして、かき氷が食べてみたかった。

かき氷とは細かく砕かれた氷の山にシロップがかかっているアレである。お祭りとかで見るやつ。まあ、私はお祭りの類に行ったことが人生で一度も無いのだが。
そう、箱入り極めて八年だった私は夏祭りにもかき氷にも触れたことが無かった。
その事実を時雨さんと甚爾さんに言えば、彼等は「うわぁ…」という雰囲気を醸し出した。
苦笑を浮かべる時雨さんが尋ねてくる。

「じゃあ、屋台の焼きそば食ったことないのか?」
「ない」
「イカ焼きは?」
「イカ焼き…?イカと大根の煮物とかなら…」
「なんか可哀想になってきちまった」

哀れんでんじゃねえ!!!私は他人から哀れみの視線を向けられることがこの世で一番嫌いなんだよ!
つか別にそんなん食わなくても生きてこれたし、普通にお前らの知らない楽しみとか味わって来たし。
そもそもイカ焼きとか焼きそばとか、屋台の食い物って埃とか色々塗れてそうで食う気無いんだけど。かき氷は…食べたい、けども…。

「小遣い渡すから、祭りでも何でも伏黒と行って来いよ」
「一人で行けますが」
「お前みたいなのが一人でほっつき歩いて良い場所じゃないんだ、なあ伏黒?」
「まあ、なぁ…」

なんだその含みを持たせた言い方は、まるで私一人で行ったら散々な目に合ってしまうみたいじゃないか。
一応これでも術師として訓練積んできた身だ、そんじょそこらの人間に負けるわけが無い。
え?違う?そういうことじゃない??じゃあどういうことだよ、何がそんなに危ないってんだ言ってみろよ。

「お前は絶対カモられる」
「あとナンパされまくって祭りどころじゃなくなるだろうな」
「わ、私がそんなチョロそうな人間に見えるって言いたいの!?」
「すげぇ見える」

一切の間を置かず甚爾さんに言葉を肯定され、私は怒りを通り越して泣きたくなった。
惨めだ…悲惨だ……な、何がいけないってんだよ教えてくれよ、そりゃ確かに体格も顔立ちも厳つくないが別にそんな…雰囲気か?雰囲気の問題なのか?あ、着るものか!シルバーアクセ?とかを着けて、柄シャツとか着りゃあいいのか?に、似合うだろうか…私に…。

「な、ナメられない格好していく!」
「浴衣は?着ねぇのか?」
「浴衣着ればナメられないのか!?」
「浴衣着て俺が居れば絶対ナメられねぇだろうな」

よし!!じゃあ浴衣を着て甚爾さんを引き連れて夏祭りに行けばいいんだな!!
ん?良い…のか?これでいいのか?まあ…多分良いだろ、時雨さんも良いっつってるし。
よーし、そうと決まれば浴衣買って来なきゃなあ!

待ってろ祭り!!




………




紺地に向日葵の柄をあしらった浴衣を自分で着付け、白金の髪をゆるくシニョンし、そこに簪をぐっと差し込んだ夏の夜に映える星々よりも可憐に輝く少女は周囲の視線を掻っ攫った。

すれ違う人々はみな振り返り、そして隣に居るガタイの良い美丈夫を見て察する。「あ…どこかの自由業のお嬢様とお付きの人かな」と。
盛大な勘違いは屋台で品物を威勢良く売り飛ばす人々にも広がった。知らない顔だがあの雰囲気と佇まいはただモンじゃねぇ…絶対何処かのお嬢様がお忍びでいらしてるにちげぇねぇや。下手なことしたらあの男にどうにかされる…この祭り、絶対間違った真似は出来ない! という感じで屋台のおっちゃん達は下手な声掛けなどはしなかった。やたら治安の良い祭り会場の始まりである。

そんな中件の少女はと言えば、普段あれだけ心の中でボロカス言っている男の手をグイグイと引いて「あれなに」「これなに」「これ食べたい」を繰り返していた。

「バナナにチョコが掛かっているだけなのに美味しそうに見えます…」
「あっちに鯛焼きとクレープもあんぞ」
「ま、待って!どうしよう…何を食べれば正解なの!?」
「かき氷だろ、それ食いに来たんじゃねぇのか?」

ハッ!そうだった!

少女はハッとした様子で辺りをキョロキョロと見渡しかき氷屋を探した。
しかし、人混みが凄くてまともに視界確保など出来やしない。
ああクソ、人間邪魔だ。今すぐ呪って道を開けさせたい。どけ!!私は美少女だぞ!!!
そんなことを思いつつも態度には出さず、甚爾を引っ張りながらかき氷屋を探した。

「あれじゃねえか?」
「どれ!どっち!」
「あっち」
「意地悪な言い方しないでよ!もういい、甚爾さんなんて置いてっちゃいます!」

内心ガチギレしていても、表面上はプンプンッといったくらいの怒りように甚爾は離された手を自分から繋ぎ直した。
ここで勝手に行かれたらえらいこっちゃである。国は傾かないが祭り会場くらいは傾くかもしれない、ついでに保護者面をする孔から呆れられるかもしれない。少女の単独行動を許せばあとが面倒くさいことなど分かりきっていた。

「分かったから落ち着け、かき氷は手足付いて逃げていきやしねぇよ」
「分かったから手を繋ぐのはやめて下さる?貴方と仲良しだと思われたくないの」
「我儘言うな箱娘」
「変な略し方するな!」

手を離そうと握られた手をブンブン振り出した少女を今度は甚爾がかき氷の屋台まで引っ張って行くこととなった。


人混みの流れに従いながら辿り着いたかき氷屋にて、少女はシロップの種類に迷っていた。
かき氷屋は至って普通のかき氷屋である。お洒落なタイプの物ではなく、香りが違うだけで味は同じなシロップが掛かっているかき氷を提供するかき氷屋である。
それでも人生初、長年憧れ続けたかき氷に少女は目をキラキラさせテンション爆上がりだった。ついでに屋台のおっちゃんの緊張感も爆上がりしていた。ただモンじゃない奴等が来てしまって胃が痛い。

「甚爾さんはどれにするの?」
「俺はいらねぇ」
「だめ、味見したいから買って」
「同じ味だっつってんだろ」

店主の前で身も蓋もないことを言う甚爾を放って、少女はブルーハワイとレモンを注文した。理由はとくに無い、フィーリングだ。
すぐさま完成し出てきたかき氷を受け取り、二人は立ち去る。その後ろ姿が自分の屋台から遠ざかっていくのを確認してかき氷屋の店主は深呼吸をした。あの男マジでやばい、少女を覗き込んで来た一般人を目線だけで撃退してやがった…ありゃあ"本物"だぜ…。

というわけで、無事にかき氷をゲットした二人は適当な飲食スペースに隣り合って腰をおろし、冷たくて甘い、シャリシャリとしたかき氷を口に運んでいた。

「これは…確かに同じ味だ!」
「だから言っただろ」
「あ、頭…イタ……」
「がっつき過ぎだ、一気に食ったら痛くなんだよ。そんなことも知らねぇのか」

痛がりながらもパクパクと食べ進め、合間合間に甚爾の持つかき氷もつまみ食いする少女は痛みに顔を顰めながらも楽しそうにしていた。
そんな様子を見て、甚爾はコイツやっぱチョロくてアホだなと思った。
一人で来させなくて良かった、一人で来させていたら変な奴等に攫われてたかもしれない。そんなことを考えていたが、それは盛大なブーメランである。元はと言えば甚爾が攫ってきたのだから、彼も大概だ。

「はー…舌つめた…」
「青くなってんぞ」
「え!?毒!?」
「ちげぇよ、着色料」

自分の舌を見るため舌を出して下を向いている、なんともマヌケな状態の少女を鼻で笑ってから甚爾は殆ど手をつけていないのに半分消えた自分のかき氷を口にした。

甘くて冷たく安っぽいそれは、何となく今の自分達にはお似合いだと思ったのだった。
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