番外編
禪院家での一幕…
朝の稽古を終え、風呂場で汗を流し、着物に袖を通した少女は次の予定をこなすべく廊下を歩いていた。
本日の予定は華道と座学、少女は他の同年代の青少年とは違い、扇による「理想の我が義娘計画」によってスケジュール管理された生活を送っている。
そのため、皆が拳を突き合わせ汗水垂らしている最中、彼女はお花を活けたりなんだりしていた。
そんなわけで花鋏や七宝、水盤なんかを自分で用意しつつ午前の穏やかな時間を過ごしていた。
今日の主材はどうしようか、やはり人間も模型も花も骨組みが大事よな…と、真面目に悩んでいた時であった。
突如挨拶の一つもなくガラリと障子を開いて現れたのはおまたせしました、禪院家ナンバーワンお坊っちゃん、クズの中のクズと名高い直哉である。
彼は花々の前で行儀良く背筋を伸ばし、品良く座る少女を見下ろしながら鼻で笑うと、いきなり足を振り上げた。
活けられるため綺麗に用意されていた花々がその足に蹂躙された。
踏み潰され、蹴っ飛ばされ、花弁を散らして無惨な姿へと変貌していく。
その様子を少女は狼狽えた表情で見ていた。
「当主になるんやったらお花で遊んでる場合ちゃうんやないの?」
「………直哉くん…酷いわ、一体何しに来たの?」
自身を見下ろす男の視線から目を反らし、見るも哀れな姿となった花々を悲しげな瞳で見ながら少女はそう尋ねた。
しかし内心ではいつも通りキレていた。
はい、始まりました〜!クズによるクズのためのカスムーヴ!!自分の自尊心を満たすために弱いものいじめをするのは楽しいかな〜?マジで失せろ、テメェに構ってる時間なんて私の人生にはねぇんだよ、死にな!
そもそも何なの?強さや実績はどっこいどっこいだけど、自分より皆から好かれている私が当主候補と影で囁かれているからってわざわざツラ拝みに来たの?暇だねぇ〜馬鹿だねぇ〜愚かだねぇ〜。
いやぁ悪いね、私の方が君より人気があって可愛くて性格も表向き良くて、さらには実力もぐんぐん伸びてしまってるばかりに焦っちゃったんだよね。
いやぁ本当ごめんね〜?私が凄いばかりに八つ当たりくらいでしか私に敵わないと思わせちゃって本当悪いね〜!ガハハッ!死ねどす!!
何してくれてんだボケが、テメェのせいで考えていた作品が作れねぇじゃねぇか。どうしてくれんだよ、私は「今日はこれにしよ」って決めた直後にプランを台無しにされるのがこの世で一番ムカつくんだよ。腹切れ腹ぁ!私が介錯してやるよ!!
という怒りを腹の中で煮え滾らせながらも、少女は被害者の顔をして直哉からのネチネチとしたいびりに耐えていた。
「女はええな、こないなしょうもないことやっとっても許されるんやもんね?当主になれるんやもんね?」「禄に術式も使わへん術師が何で俺より優遇されてんのかいな、なあ?」「女なんやさかい黙って飯でも作っときや」
などなど、人が嫌がる言葉を簡単に口にし続ける直哉は、実は現在初恋の最中だった。
お相手はまさに今自分が虐めている相手、皆からは「聖女ちゃん」「マイ・エンジェル」「空気清浄機」などと呼ばれる超絶美少女。
彼はこの少女が家にやって来た時からずっと気になっていたのだ。だって外国のお姫様みたいに可愛くて淑やかで、それでいて自分の悪口を影で言ったりしないのだ。そりゃ好きにもなる。
けれど直哉くんは現在15歳のお年頃、好きな子に「俺が当主になるさかい、お前は嫁になって俺を支えてくれ」なんて言えっこない。
彼にとって虐めるとは、イコールでアピールタイムであった。
なのでこれは鳥でいうところの求愛行動である。
彼は必死にピーチクパーチク囀って少女の気を引こうとしていた。
けれど残念ながら直哉が求愛している相手はお姫様でもなければ天使でも聖女でもない、ただのカルシウム不足な修羅である。
自分を貶し続ける人間を前に、彼女はそれっぽく悲しむふりをしながら内心「クソが、絶対許さねぇ…枕の中に剣山仕込んでやる…」とキレていた。
なんだテメェそのふざけた態度は、寝てる時に火着けて屋敷ごと燃やすぞ。
女だ何だというが、男だからって何を偉そうにしてんだか。そんなに言うなら性転換して男になってやるからお前もイチモツぶった切って来いよ、抱きまくって心も身体もメスにしてやるからよ。声枯れるまで喘がせてやるよ、クソが。
そんな風に思いながらも、クスンクスンと目に涙を浮かべながら「酷いこと仰らないで…私、直哉くんとは仲良くしていたいの」と健気なふうを装った。
「当主になんてならないわ、だってむつかしいことは分からないもの…私は父上を満足させられたらそれでいいのに…」
などと、一ミリも思っていないことをあたかも心が籠もっているように言った。
その姿はまさに父親思いの良い娘。あの神経質でプライドが高く、当主になれなかったことを永遠に根に持つ男の教育から出来上がったとは思えない素晴らしい禪院家自慢のお嬢様。
流石の直哉もホロリと美しい涙を溢し、散々なことを言った自分とそれでも仲良くしたいと言う少女に旗色が悪くなってしまった。
「ほんまに当主になるつもりはあらへんのやな?嘘ちゃうな?」
「なりません、だって偉い人達って…怖いんだもの……」
ウルウル、きゅるんッ。
必殺、エンジェル・フェイス炸裂!
真の美少女は目で殺す。
必殺技は直哉のハートに爆裂ヒット。
今までは「淡い初恋」だった恋心は形を変えて「運命」へと進化した。
運命ならば仕方無い、仲良くしてやるしかない。
直哉は勝手に一人運命を感じ、目の前で怯え悲しむ少女の目線と合うように腰を下ろした。
「はー…ほんましゃあない奴やなお前は、しゃあないから俺が守ったるよ」
「…ありがとう、直哉くん」
視線を合わせれば少女は表情を和らげふんわりと優しく微笑んでみせた。
その顔はまさに絵に描いたような麗しいものだった。
しかし内心「知らねーよハゲ、テメェは自分のケツの穴でも守ってろ」と思っていた。
こうして禪院直哉くん15歳の片想いは彼の中では実った物してカウントされた。
もうコイツは俺のもんやし、将来は結婚するし、いつまでもどこまでも一緒やさかい。離さへん。
だが悲しいことに、彼の恋は恐らく実らない。
何故ならば、相手が阿修羅か羅刹かと言わんばかりに人類全てにキレ続ける女だからだ。
人類である直哉は漏れなく怒りの対象。
運命はいつだって残酷だ。
朝の稽古を終え、風呂場で汗を流し、着物に袖を通した少女は次の予定をこなすべく廊下を歩いていた。
本日の予定は華道と座学、少女は他の同年代の青少年とは違い、扇による「理想の我が義娘計画」によってスケジュール管理された生活を送っている。
そのため、皆が拳を突き合わせ汗水垂らしている最中、彼女はお花を活けたりなんだりしていた。
そんなわけで花鋏や七宝、水盤なんかを自分で用意しつつ午前の穏やかな時間を過ごしていた。
今日の主材はどうしようか、やはり人間も模型も花も骨組みが大事よな…と、真面目に悩んでいた時であった。
突如挨拶の一つもなくガラリと障子を開いて現れたのはおまたせしました、禪院家ナンバーワンお坊っちゃん、クズの中のクズと名高い直哉である。
彼は花々の前で行儀良く背筋を伸ばし、品良く座る少女を見下ろしながら鼻で笑うと、いきなり足を振り上げた。
活けられるため綺麗に用意されていた花々がその足に蹂躙された。
踏み潰され、蹴っ飛ばされ、花弁を散らして無惨な姿へと変貌していく。
その様子を少女は狼狽えた表情で見ていた。
「当主になるんやったらお花で遊んでる場合ちゃうんやないの?」
「………直哉くん…酷いわ、一体何しに来たの?」
自身を見下ろす男の視線から目を反らし、見るも哀れな姿となった花々を悲しげな瞳で見ながら少女はそう尋ねた。
しかし内心ではいつも通りキレていた。
はい、始まりました〜!クズによるクズのためのカスムーヴ!!自分の自尊心を満たすために弱いものいじめをするのは楽しいかな〜?マジで失せろ、テメェに構ってる時間なんて私の人生にはねぇんだよ、死にな!
そもそも何なの?強さや実績はどっこいどっこいだけど、自分より皆から好かれている私が当主候補と影で囁かれているからってわざわざツラ拝みに来たの?暇だねぇ〜馬鹿だねぇ〜愚かだねぇ〜。
いやぁ悪いね、私の方が君より人気があって可愛くて性格も表向き良くて、さらには実力もぐんぐん伸びてしまってるばかりに焦っちゃったんだよね。
いやぁ本当ごめんね〜?私が凄いばかりに八つ当たりくらいでしか私に敵わないと思わせちゃって本当悪いね〜!ガハハッ!死ねどす!!
何してくれてんだボケが、テメェのせいで考えていた作品が作れねぇじゃねぇか。どうしてくれんだよ、私は「今日はこれにしよ」って決めた直後にプランを台無しにされるのがこの世で一番ムカつくんだよ。腹切れ腹ぁ!私が介錯してやるよ!!
という怒りを腹の中で煮え滾らせながらも、少女は被害者の顔をして直哉からのネチネチとしたいびりに耐えていた。
「女はええな、こないなしょうもないことやっとっても許されるんやもんね?当主になれるんやもんね?」「禄に術式も使わへん術師が何で俺より優遇されてんのかいな、なあ?」「女なんやさかい黙って飯でも作っときや」
などなど、人が嫌がる言葉を簡単に口にし続ける直哉は、実は現在初恋の最中だった。
お相手はまさに今自分が虐めている相手、皆からは「聖女ちゃん」「マイ・エンジェル」「空気清浄機」などと呼ばれる超絶美少女。
彼はこの少女が家にやって来た時からずっと気になっていたのだ。だって外国のお姫様みたいに可愛くて淑やかで、それでいて自分の悪口を影で言ったりしないのだ。そりゃ好きにもなる。
けれど直哉くんは現在15歳のお年頃、好きな子に「俺が当主になるさかい、お前は嫁になって俺を支えてくれ」なんて言えっこない。
彼にとって虐めるとは、イコールでアピールタイムであった。
なのでこれは鳥でいうところの求愛行動である。
彼は必死にピーチクパーチク囀って少女の気を引こうとしていた。
けれど残念ながら直哉が求愛している相手はお姫様でもなければ天使でも聖女でもない、ただのカルシウム不足な修羅である。
自分を貶し続ける人間を前に、彼女はそれっぽく悲しむふりをしながら内心「クソが、絶対許さねぇ…枕の中に剣山仕込んでやる…」とキレていた。
なんだテメェそのふざけた態度は、寝てる時に火着けて屋敷ごと燃やすぞ。
女だ何だというが、男だからって何を偉そうにしてんだか。そんなに言うなら性転換して男になってやるからお前もイチモツぶった切って来いよ、抱きまくって心も身体もメスにしてやるからよ。声枯れるまで喘がせてやるよ、クソが。
そんな風に思いながらも、クスンクスンと目に涙を浮かべながら「酷いこと仰らないで…私、直哉くんとは仲良くしていたいの」と健気なふうを装った。
「当主になんてならないわ、だってむつかしいことは分からないもの…私は父上を満足させられたらそれでいいのに…」
などと、一ミリも思っていないことをあたかも心が籠もっているように言った。
その姿はまさに父親思いの良い娘。あの神経質でプライドが高く、当主になれなかったことを永遠に根に持つ男の教育から出来上がったとは思えない素晴らしい禪院家自慢のお嬢様。
流石の直哉もホロリと美しい涙を溢し、散々なことを言った自分とそれでも仲良くしたいと言う少女に旗色が悪くなってしまった。
「ほんまに当主になるつもりはあらへんのやな?嘘ちゃうな?」
「なりません、だって偉い人達って…怖いんだもの……」
ウルウル、きゅるんッ。
必殺、エンジェル・フェイス炸裂!
真の美少女は目で殺す。
必殺技は直哉のハートに爆裂ヒット。
今までは「淡い初恋」だった恋心は形を変えて「運命」へと進化した。
運命ならば仕方無い、仲良くしてやるしかない。
直哉は勝手に一人運命を感じ、目の前で怯え悲しむ少女の目線と合うように腰を下ろした。
「はー…ほんましゃあない奴やなお前は、しゃあないから俺が守ったるよ」
「…ありがとう、直哉くん」
視線を合わせれば少女は表情を和らげふんわりと優しく微笑んでみせた。
その顔はまさに絵に描いたような麗しいものだった。
しかし内心「知らねーよハゲ、テメェは自分のケツの穴でも守ってろ」と思っていた。
こうして禪院直哉くん15歳の片想いは彼の中では実った物してカウントされた。
もうコイツは俺のもんやし、将来は結婚するし、いつまでもどこまでも一緒やさかい。離さへん。
だが悲しいことに、彼の恋は恐らく実らない。
何故ならば、相手が阿修羅か羅刹かと言わんばかりに人類全てにキレ続ける女だからだ。
人類である直哉は漏れなく怒りの対象。
運命はいつだって残酷だ。