人生は怒りのデスロード
「天使様…助けて頂きありがとうございました…この御恩、一生忘れません…!」
そう言って目の前でしっかりと腰を曲げて頭を下げたメイド女に、ベッドの上で身体を起こしていた私は品良く笑ってみせた。
そんな私の横顔をベッドに座っていた男は白けた顔をして見てきた。見んじゃねぇ見物料取るぞ。
自害するつもりで片目を撃った私は、術式が解けた瞬間すぐさま動いた甚爾さんによって回収されその場を光の速度で離脱した。
その途中、道の片隅でくたばっていた黒井さんを私の中の呪いが最後の足掻きのように救った。
この呪いにとって人間はすべからず愛情の対象だ。即ち、目の前で愛すべき相手が死にゆくことを良しとしなかったのだろう。呪いは反転術式を暴発させ、ほぼ死んだようなものだった私ごと黒井さんを蘇生、回復させた。マジで性能だけ見ればバケモンみたいに便利な奴だ、全然コントロール効かないけど。そんなバケモンに救われた事実に腹が立つ。
任務は失敗、ついでに高専に顔も割れた。
そんな状態ではあったが、私は未だ時雨さんの元に居た。甚爾さんを添えて。
十割私が悪いとは思うのだが、大人達は気を使っているのか何なのか「まあまあまあ…」となあなあに躱し、私をそこまで咎めてはくれなかった。
「五条悟普通にピンピンしてたしな」「無茶を頼んだ俺にも責任はある」「結果的に天元様との同化は無かったから良し」「金は入ったから良し」
といった感じで、事件は有耶無耶に終わった。
いっそ責めて殴って追い出してくれりゃ良かったのに、それが無いから私はここに居座り続けてしまっている。多分私が何も言えず居座るとこまで計算して言ってんだコイツら、悪い大人はとことん悪い。
そして今、暴走疲れでダウン気味の私は大人しく療養中である。
普段時雨さんが使っているベッドを占領し、グースカ寝ていたらメイドがお礼参りにやって来た。ちなみに甚爾さんが連れて来たらしい。連れて来るな、こっちは疲れてんだよ。あと3日は寝かせといてくれ。
とも言えず、私は微笑みを携えながらこれからお嬢様と海の向こうへ秘密裏に旅立つらしい彼女へそれっぽい祈りの言葉を口にした。
「お二人のこれからの旅路が、どうか幸多き旅になりますように…」
ハレルヤ、貴女達にあらん限りの祝福と勇気を。
胸の前で指を組み、無償の愛を持って旅人達を送り出す。
ああきっと、私はこれからもこうして建前だけの愛と祈りを口にしながら、誰も愛さず生きていくのだろう。
人間への強い怒りだけが私の意識を正常な状態に留め続けてくれる。
誰かを愛した瞬間、私は呪いに飲まれてソイツを呪ってしまう。
誰かを殺すくらいなら怒り続けた方がまだマシだ、だって私は誰かの生死を背負えるほどの人間じゃないのだから。
メイドが去って行った部屋には甚爾さんと私だけが居た。
遮光カーテンのせいで日差しの入らない部屋の中、彼が唐突に「で、いつその気持ちの悪ぃ祈りとやらは辞めんだ?」とニヤニヤしながら聞いてきた。
「この世から人類が消えるまでは祈り続けます」
「本音は?」
「人類撲滅ビーーーーム!!!!今すぐ滅べ、私のために!!!!」
「なんだ、元気じゃねぇか」
今ので元気八十%くらい使っちゃったからもう駄目です、私は寝ます、なのでお前はさっさとご退出下さいまし。乙女の寝顔を覗き見るなんて…万死に値する重罪だと知りなさい。
布団をボフッと頭まで被り、甚爾さんに背中を向けて眠る体勢を取った。
おやすみなさい、洗濯物はせめて籠に入れておいて下さい。
しかし、甚爾さんは少しだけ真面目な声色で私に語り掛ける。
「…なあ、一応言っとくが家に帰るなら今のタイミングしかねぇぞ」
不貞寝をしようとする私に気を使うような言葉が降り注いだ。
その言葉に、私はあからさまに何言ってんだコイツ…というような目で甚爾さんをチラリと見た。
コイツまさか「禪院家の連中より自分と居た方がマシ」だとでも思っているのか?人類である時点でどっこいどっこいだぞ、漏れなく呪いの対象だ。
というか、私は別に禪院家の全てを嫌っているわけでは無いからな。
確かにあの家はゴミと蛆の掃き溜めみたいな場所だが、それでも私が養父に命を救って貰ったことは事実であり、私はその恩を今もしっかりと脳裏に刻んでいる。
あの寒い冬から救い出してくれたのは紛れもなく養父である扇であり、私にとって養父は知識と武力を与え、温かい布団を掛けてくれた人間に他ならない。
だから、その点を鑑みればあの家全てが悪とは断じきれない。ゼロかイチかで物事を判断するほど私は子供じゃない。
少なくとも、もしもこの先禪院扇の身に何かあったのならば、私は建前ではなく本心から感謝の念を込めて祈りを捧げるだろう。
それくらいしか出来ないけれど、私は自分に出来ることを彼への恩義のために必ずするだろう。
自分の中で自分の感情を整理していた私はふと気付く。
なんだ、私にもまだ愛は残っているじゃないか。
激しい恋でもときめく愛でもないけれど、誰かに感謝する心は持ち合わせているじゃないか。
見返りを求めない、利益を出さない、本能的でも衝動的でもない愛。
神が人間に注ぐ無償のものとは比べ物にもならないが、それでも誰かを思う気持ちは確かに私の中に確かに備わっていたのだ。
しかし、それに気付いたとしても私は「帰らない」とスッパリ言い切った。
「天使にだって羽休めは必要なんです」
「直訳すると反抗期ってことであってるか?」
「誰が家出少女ですか、元はと言えばお前が拉致ったんだからな…」
「ありゃ合意だろ」
うるせーーー!!!知らねーーー!!!精神状態が危うい未成年に責任転嫁してんじゃねーーー!!!責任持たずに呪うぞ!!!!メロメロにさせるぞ!!!
なんて叫ぶのも億劫なので、私は不貞寝を再開した。
人生はままならない。
世界は一瞬足りとも美しくはない。
限りなく人類のことは嫌いだし、呪いは今も私の瞼の裏に巣食っている。
それでも私は暗闇の中を歩むのだ、自分の中にある愛が消えないように。
寒い冬が終わり、常春の果て。
私は小さな愛の蕾を自分の中に見つけられたのだった。
そう言って目の前でしっかりと腰を曲げて頭を下げたメイド女に、ベッドの上で身体を起こしていた私は品良く笑ってみせた。
そんな私の横顔をベッドに座っていた男は白けた顔をして見てきた。見んじゃねぇ見物料取るぞ。
自害するつもりで片目を撃った私は、術式が解けた瞬間すぐさま動いた甚爾さんによって回収されその場を光の速度で離脱した。
その途中、道の片隅でくたばっていた黒井さんを私の中の呪いが最後の足掻きのように救った。
この呪いにとって人間はすべからず愛情の対象だ。即ち、目の前で愛すべき相手が死にゆくことを良しとしなかったのだろう。呪いは反転術式を暴発させ、ほぼ死んだようなものだった私ごと黒井さんを蘇生、回復させた。マジで性能だけ見ればバケモンみたいに便利な奴だ、全然コントロール効かないけど。そんなバケモンに救われた事実に腹が立つ。
任務は失敗、ついでに高専に顔も割れた。
そんな状態ではあったが、私は未だ時雨さんの元に居た。甚爾さんを添えて。
十割私が悪いとは思うのだが、大人達は気を使っているのか何なのか「まあまあまあ…」となあなあに躱し、私をそこまで咎めてはくれなかった。
「五条悟普通にピンピンしてたしな」「無茶を頼んだ俺にも責任はある」「結果的に天元様との同化は無かったから良し」「金は入ったから良し」
といった感じで、事件は有耶無耶に終わった。
いっそ責めて殴って追い出してくれりゃ良かったのに、それが無いから私はここに居座り続けてしまっている。多分私が何も言えず居座るとこまで計算して言ってんだコイツら、悪い大人はとことん悪い。
そして今、暴走疲れでダウン気味の私は大人しく療養中である。
普段時雨さんが使っているベッドを占領し、グースカ寝ていたらメイドがお礼参りにやって来た。ちなみに甚爾さんが連れて来たらしい。連れて来るな、こっちは疲れてんだよ。あと3日は寝かせといてくれ。
とも言えず、私は微笑みを携えながらこれからお嬢様と海の向こうへ秘密裏に旅立つらしい彼女へそれっぽい祈りの言葉を口にした。
「お二人のこれからの旅路が、どうか幸多き旅になりますように…」
ハレルヤ、貴女達にあらん限りの祝福と勇気を。
胸の前で指を組み、無償の愛を持って旅人達を送り出す。
ああきっと、私はこれからもこうして建前だけの愛と祈りを口にしながら、誰も愛さず生きていくのだろう。
人間への強い怒りだけが私の意識を正常な状態に留め続けてくれる。
誰かを愛した瞬間、私は呪いに飲まれてソイツを呪ってしまう。
誰かを殺すくらいなら怒り続けた方がまだマシだ、だって私は誰かの生死を背負えるほどの人間じゃないのだから。
メイドが去って行った部屋には甚爾さんと私だけが居た。
遮光カーテンのせいで日差しの入らない部屋の中、彼が唐突に「で、いつその気持ちの悪ぃ祈りとやらは辞めんだ?」とニヤニヤしながら聞いてきた。
「この世から人類が消えるまでは祈り続けます」
「本音は?」
「人類撲滅ビーーーーム!!!!今すぐ滅べ、私のために!!!!」
「なんだ、元気じゃねぇか」
今ので元気八十%くらい使っちゃったからもう駄目です、私は寝ます、なのでお前はさっさとご退出下さいまし。乙女の寝顔を覗き見るなんて…万死に値する重罪だと知りなさい。
布団をボフッと頭まで被り、甚爾さんに背中を向けて眠る体勢を取った。
おやすみなさい、洗濯物はせめて籠に入れておいて下さい。
しかし、甚爾さんは少しだけ真面目な声色で私に語り掛ける。
「…なあ、一応言っとくが家に帰るなら今のタイミングしかねぇぞ」
不貞寝をしようとする私に気を使うような言葉が降り注いだ。
その言葉に、私はあからさまに何言ってんだコイツ…というような目で甚爾さんをチラリと見た。
コイツまさか「禪院家の連中より自分と居た方がマシ」だとでも思っているのか?人類である時点でどっこいどっこいだぞ、漏れなく呪いの対象だ。
というか、私は別に禪院家の全てを嫌っているわけでは無いからな。
確かにあの家はゴミと蛆の掃き溜めみたいな場所だが、それでも私が養父に命を救って貰ったことは事実であり、私はその恩を今もしっかりと脳裏に刻んでいる。
あの寒い冬から救い出してくれたのは紛れもなく養父である扇であり、私にとって養父は知識と武力を与え、温かい布団を掛けてくれた人間に他ならない。
だから、その点を鑑みればあの家全てが悪とは断じきれない。ゼロかイチかで物事を判断するほど私は子供じゃない。
少なくとも、もしもこの先禪院扇の身に何かあったのならば、私は建前ではなく本心から感謝の念を込めて祈りを捧げるだろう。
それくらいしか出来ないけれど、私は自分に出来ることを彼への恩義のために必ずするだろう。
自分の中で自分の感情を整理していた私はふと気付く。
なんだ、私にもまだ愛は残っているじゃないか。
激しい恋でもときめく愛でもないけれど、誰かに感謝する心は持ち合わせているじゃないか。
見返りを求めない、利益を出さない、本能的でも衝動的でもない愛。
神が人間に注ぐ無償のものとは比べ物にもならないが、それでも誰かを思う気持ちは確かに私の中に確かに備わっていたのだ。
しかし、それに気付いたとしても私は「帰らない」とスッパリ言い切った。
「天使にだって羽休めは必要なんです」
「直訳すると反抗期ってことであってるか?」
「誰が家出少女ですか、元はと言えばお前が拉致ったんだからな…」
「ありゃ合意だろ」
うるせーーー!!!知らねーーー!!!精神状態が危うい未成年に責任転嫁してんじゃねーーー!!!責任持たずに呪うぞ!!!!メロメロにさせるぞ!!!
なんて叫ぶのも億劫なので、私は不貞寝を再開した。
人生はままならない。
世界は一瞬足りとも美しくはない。
限りなく人類のことは嫌いだし、呪いは今も私の瞼の裏に巣食っている。
それでも私は暗闇の中を歩むのだ、自分の中にある愛が消えないように。
寒い冬が終わり、常春の果て。
私は小さな愛の蕾を自分の中に見つけられたのだった。