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人生は怒りのデスロード

鼻の奥をくすぐる甘く柔らかな香り。
耳の縁を撫でるようなとろりとした声。

鈍く瞬く銀の糸が宙を舞うように広がる。
そんな、麗しく可憐でどうしようも無く愛らしい貴女を見る度に私は想う。

このまま私の心臓は張り裂けて壊れてしまうのではないかと。それもまた良いのではないかと。
ああ、貴女の前では呼吸をすることすら惜しいほど。


悪意と呪いで溢れかえった地獄に降ってきたその少女は、星のように周りを瞬き照らし天使のように今日も微笑む。

祈りを乗せて、願いを乗せて、天使は今日も小さな幸福を私達に届けてくれる。
私達には無い清廉なる信仰を持ってして、真心と愛を込めて世界を愛し呪う。

この世界には今日も、一人の天使が囲われている。




___




屋敷の中に特別に作られた小さな礼拝室にて、朝の静謐な空気の中で体を丸め頭を垂れて祈りを捧げ続ける少女の後ろ姿を、扇は黙って見つめていた。

日本人には見ない純粋無垢を意味とする白金色の髪を持ち、なだらかな丸い肩と組み重なる小さな手をしたあどけない少女は、まさしくカトリックの人間であった。

毎朝祈りを捧げ、聖書を諳んじ、日曜の朝には歌をうたっているのを知っている。
そんな少女は扇の養子であった。
数年前にわけあって引き取り、最初はどうなることかと危惧していたが、想像以上に出来た人間であった彼女を扇は実の娘達よりも優遇した。
自ら戦い方を仕込み、任務に連れて行き、そして父と呼ばせた。
そのどれもを少女は受け入れ、二人は実の親子よりも親子らしい関係を成立させていたのだった。

扇は少女のことを気に入っている。
理性的で思慮深く、才能があるため教えればすぐに技術も知識も吸収してしまう。さらには見目も整っており、こんなにも出来た娘ならば自分の成し得なかった当主になるという悲願も叶えられるのではないかと、密かに思うほどに。

まだ若く、そして実戦経験の薄い彼女はきっとここからもっと自分の理想通りの人間になってくれるだろうと扇は予想していた。
燻り続けた劣等感を満たすのに丁度良い存在である少女を扇は大切にしている。
だから、多少の思想の違いには目を瞑っている。


礼拝を終えた少女は立ち上がり、黒いワンピースの裾をヒラリと揺らしながら笑みを浮かべて振り返った。

「父上、おはようございます。とても良い朝ですね」
「…支度が済んだら稽古を始める」
「はい、すぐに着替えて参ります」

静かに恭しく一礼をした少女に背を向け、扇はその場を去った。
彼の心にあるのは朝の澄んだ空気に相応しい、礼節と厳格な気持ちであった。

扇が立ち去ってからしっかりと30秒、柔らかな笑みと厳かな雰囲気を保っていた少女は突如スッと表情を消し去る。
「フゥ…」と小さく息を吐き出し髪を無造作に掻き上げると、そこに居たのは天使でも聖女でもない、ただの苛立たしげな小娘だった。

「………誰もいないか?」

溢された声は誰にも聞こえない、届かない。
首から下がる十字架を雑に引っ掴んで服の中に仕舞い込みながら、少女はもう一度深い溜息を吐き出した。



ああ、駄目だ良くない。行き場の無い私を引き取ってくれた人々にこんなことを思うなんて良くないに決まっている。
けれど、どうしても言わせて欲しい。


どいつもこいつもありえないくらいカス!!!!!
最低最悪ゴミカスファックメン共で打線組めるぞこの家、何ならベンチも豊富だぞ、パワプロだってこんなに個性豊かな人選用意してないわ。何なんだよこの家は、右見ても左見てもカスばっかじゃないか、時々法律も通じないしよ…犬鳴村かよ、ここから先日本国憲法通じずって門にデカデカと張り紙しといてやろうか。国歌斉唱、クソが代。何が女だ何が男だ馬鹿馬鹿しい、どいつもこいつも何食ったらそんなゴミみてえな思考回路になるんだよ。米のせいか?そうなのか?

そもそも何故毎朝礼拝を監視してくるんだあの人間は、毎回呼びに来んでええわ、流石に覚えたわルーティンぐらい。用事があるなら携帯使え携帯、もしくは女中に呼びに来させろ。毎朝毎朝来て貰わなくていいから、マジで鬱陶しいから。あと私、朝は出来る限り限界まで寝ていたいタイプの人間なんで。

ああ、本当なんでこんな…こんな毎朝礼拝をしなきゃならないんだ……それもこれも術式のせいだ…呪いのせいだ…ふざけるな何がアーメンだ、祈りじゃ腹は膨れないぞ私はラーメンの方が好きだ味噌ラーメンが好きだバター乗せとけバーカバーカうんこちんちんぷっぷくぷー!!!


無言でその場をグルグルと回りながら、少女は腹の底に口に出せない怒りを落としていく。

そう、何を隠そうこの少女はビジネス信者なのである。
扱う呪いの関係上祈りが必要だから祈っているだけであり、必要が無ければ信仰何それ?パンにつけて食べたら美味しいの?というような人間だった。
間違っても、天使などではない。いや見た目は天使の如き素晴らしい麗しさなのだが。

俗に言う、見た目詐欺。
見た目と初対面時の猫被りなイメージが先行し、少女は周りから聖女や天使もかくやと言わんばかりの扱いを受けるようになってしまった。
ある人は地獄に咲く決して枯れない花だと言い、またある人は異端にして麗しき聖人君子と呼び、またある人は彼女こそが理想の星だと謳う。
余はまさに少女大讃美時代、多分そのうち少女の賛美歌とか出来る。テーマソング付きの呪術師になってしまう。ありったけの賛美掻き集め大天使になる。

そんな中で養父である扇は、言わばガチ勢であった。
理想の娘にして時期当主も狙える器、可憐で生真面目でちょっと優しすぎる所もあるけれど、それもまた人として好かれる所。毎朝熱心にお祈りをする背中からは今にも翼が生えそうで、自分を父と笑顔で呼ぶ姿の何と愛らしいことか。
養女ガチ勢、解釈違いは斬って捨てる。例え本人だろうと。
そんな訳なので、少女は扇の前で絶対に何があっても"望まれた姿"を保ち続けた。だってまだ死にたくないんだもん。

しかしまあ、口や態度には出せずとも思うことは自由である。
少女は奥歯をギシギシ言わせるほど噛み締めながら、「クソが代〜わぁ〜〜!千代に八千代に〜!!ゲロお〜〜!!!」と心のなかでシャウトした。


やってられねぇよマジで、何なんすかこの家、揃いも揃って私のことを可憐な花だとか安らぎの天使だとか、地獄という名の大地に吹く安らぎの風ってか?誰がキュアミントだ髪の毛緑に染めるぞ。メタモルフォーゼっつって本当の性格曝け出してやろうか。良い子のお友達の夢は壊さないけどお前らは大体良い子どころかカスだからな。安らぎの風どころかメキシコに吹く風になってやる。今日から私はお前らを殺すためにメキシコに吹く風という意味でサンタナと名乗る。

まあ、やりたくても出来やしないのだが。死にたくないんで…。養父の解釈違い斬りが怖すぎるので……。


最後にもう一度だけ深く重い溜め息を吐いてから、少女は礼拝室を後にする。

そうして背筋を伸ばし、纏う雰囲気を洗練された物へと切り変えて朝日の差す廊下を静かにしっとりと歩いた。

天使の如き微笑みを持つ、純白純粋な白金の聖女は今日もビジネスな祈りを持って一日を送る。

重い金色をした十字架を胸から吊し、望まれた姿で人々の前に現れ心を満たす。

その姿はまさに、誰もが夢見る理想の少女であった。
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