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呪詛ミンと家出をする

顔にかけられた海水、窓の外へと続く残穢、何となく…あの人と似ていなくも無い顔立ち。
それら全てがあの子供が例の行方不明者であり、高専が全力で捜索をしている対象であると定義付けた。

「ヴィヌ……」

確かめるように呟いて、捜索へと戻る。
高専への連絡は済ませた、いつ応援が来るかは分からないが、もうあの子供に逃げ場は無いだろう。

彼女の生い立ちや境遇には同情する、親が親であり、それに振り回された人生だ。
軟禁状態の数年の間に、周りの同い年であったはずの子供達は身も心も成長していくのに、あの子は何もかもが変わらぬままに在り続けていた。
その不変性はまるで男が求める永遠の少女像のようである。
血のせいか、神々しいまでに整った顔立ちと、変わることのない笑み。誰のことも愛さず、誰のことも記憶に留めない。
視界に映れども背景のように脳内で処理され、言葉を重ねても彼女の中では何の価値も生まれることは無い。

恒久不変(こきゅうふへん)
天壌無窮(てんじょうむきゅう)

定常的であり、永続的。

万世の未来まで変わることが無いのではないかと思える程に、彼女を包む父親の願望そのものである呪いの効果は強い。

素直に可哀想だと思った。
だが同時に、私もまた…彼女にはずっとずっと変わらぬままで居て欲しいと思ってしまった。

私達呪術師は常に人員不足であり、それなのに死と隣り合わせである。
目まぐるしく変わるものばかりだ、隣に居たはずの人間が明日生きている保証は無く、自分が今日を終えるまで生きている保証も無い。
けれど、あの子は違った。
あの子は明日も明後日も、変わり無く在り続ける。
我々の存在を記憶には留めないけれど、記録には留めておく。
そうしてたまに、記録を見返してくれる。
誰のことも、忘れないでいてくれる。

そこに救いを見出だす人間も居た程には、彼女の在り方は可哀想ではあるが…誰も、何も、言える権利など無かった。


それなのに、何故こんなことに。


彼女が逃げた方へと足を進めながら私は思う。

何故今更、あの平和な家から逃げ出したのか。
貴女だってあの生活を「良し」としていたらしいのに。
何が彼女を変えたのか、どうして安全な生活を捨てたのか。

確かに安全であることと引き換えに、彼女は時が来たら子を産まねばならぬ身だ。
けれどそこにはさらに、彼女の両親の身柄の安全も条件として加わっている。
自らの安全と、両親の安全。
二つを同時に捨ててまで、彼女は宛ても無く逃げる選択を選んだ。

そんなこと、今までのあの子であればしないはずである……と、彼女の管理者は言っていた。


果物園へと逃げ込んだらしい彼女を追って私も踏み入る。
呪霊相手では無いこと、暗いことなどを理由にサングラスを外して索敵を開始すれば、すぐに違和感が働いた。

気配が…多い。

いや、あちこちにある中途半端な術式を使ったジャミングで気配が紛れてしまっている。
目を凝らせばすぐに理由は分かった。
海水だ、呪力の込められた海水が至るところにバラ撒かれている。
恐らくは、彼女の式神が生み出したであろう物。自然に渇く以外に消すことは不可能な水溜まりを踏みつけながら果物園の奥へと歩みを進めていく。

見つけ次第確保すること、これは規定によって決まった方針だ。
彼女の考えを否定したくは無いが、私は規定側の人間。

悪いが、さっさと捕まって貰おう。
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