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呪詛ミンと家出をする

少女の語った内容全てを飲み干せず、処理仕切れない情報が頭の中を渦巻いていた七海であったが、様々なことを考えながらも逃亡と仕事を続ける日々を送っていた。


彼女の語った内容には、一部見覚えがある。
しかし、私はあの場で幼い子供が海と共に現れる姿なんぞ見てはいない、何より……たった一人の友を失くしたのは変えようの無い事実であった。
では、一体どういうことだ……?

考えても考えても答えは見つからない。

さらに疑問は深まっていくだけだ。

そも、「ヴィヌ」とは何だ。
式神を操る術式は様々あるが……彼女は式神を「神」と格付け慕う様子があった。
神が招く城、竜宮城……。

分からないことがあまりに多すぎる、だのに……


私はそこまで考え、チラリと自分の膝の上に視線を落とす。

「スピー……スピー……」
「……………………」

全くもって良い御身分だ。
私の膝の上に頭を乗せて、健やかに寝息を立てているのは例の少女であった。
現在夜の11時、所謂 夜行列車の旅…というやつである。

我々が逃避行を続けて早一ヶ月ちょっと、中々順調に日本各地を逃げ回っていた。
やはりというか、何というか、早々に尋ね人となった我々は日中は身を隠し、夜間にひっそり活動をして、土地に根を張ること無く次の土地へ渡り歩いている。

最初は楽しげに、何もかもに刮目し、喜びはしゃいでいた彼女であったが、次第に抜け切らない疲労が蓄積していく様子が見て取れた。
私が共に居ない瞬間は、例え安全がそれなりに約束されたホテルであろうとも眠りにつけないらしく、こうして私が側に居ないとまともに休めない精神状態となってしまっている。

そんな事実に対して、薄汚い喜びが腹の底から沸き上がる自分に笑う他無かった。

一度、仕事を終えてホテルに戻った時、返り血が付いていたせいで彼女を酷く狼狽えさせてしまったことがある。
慌てて駆け寄り、怪我をしたのか敵は何処だと騒ぎ立てる姿を静かに見下ろしていたが、いつの間にか無意識に笑っていたらしく、それに対して「笑ってる場合か!」と至極当然のツッコミを入れられるまで、久方ぶりに気持ちの良い気分を味わえていた。

彼女が私に徐々に傾倒していく姿に喜びを感じる。
早く私だけを信じて、私だけを尊んでくれたら良いと思いつつも、同時に早く落ち着ける場所を見付けてやりたいとも思った。


脱げかけのアストラハン帽子を取って、柔らかな髪を撫でる。
そもそもまず、この帽子とコートをチョイスするのが私としては理解出来ないのだが、彼女曰く「これこそ、列車旅の正装です!」と言い張るものなので、否定するのも面倒だから何も言わないことにしている。

今となっては見慣れた姿だ、可愛く思える程には。


次の目的地まではまだ当分かかることを確認し、私は本を取り出して読み始める。

分からないことだらけだが、それでもこの子が私を信じていてくれるから、そのために生きてみる。
希望の無い人生であることに変わりは無いが、それはこの子も同じこと。

互いを信じて生きてみる。

それしかもう、残された道は無いのだから。



___




外の世界ってのは、期待していたよりは案外何てことの無いものだった。

何年あの家に引きこもってたかは忘れたけど、家の外に求めた自由があるというのは間違いだった。

家の中だろうと、外だろうと、不便な物は不便だし、ままならない時はままならない。
諦めなきゃいけないことや、妥協しなければならないことには変わらない。
むしろ、安心して眠れなくなったりだとか、暗闇をおっかなびっくり歩かなきゃなんないとか……結構、わりと、大変だ。

でも、それでも「家に帰りたくない」と思ってしまうのは、一緒に旅する相手が七海さんだからかもしれない。

彼となら、安い電車旅も悪くない。

窓の外に流れる景色を見て、あれは何だこれは何だと質問して、落ち着け静かにしろと面倒臭そうにされるのだって嫌じゃない。

私はこの逃避行を楽しんでいる。


貴方を信じて生きるのは、今までのどの瞬間よりも楽しくて仕方無いのだと、どうか伝わっていますように。
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