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呪詛ミンと家出をする

ってなことで、絶賛逃亡ナウな私である。
え?今時ナウとか使わない?じゃあワズ?それも使わない?へ、へぇ……じゃあ今は何が流行ってんの…?流行の用語知らないから恥かいちゃったじゃん。悲しい。

私は買った駅弁を箸でつつきながら微妙な顔をした。

「七海さん、私初めて知ったんですが……」
「何でしょう」
「水分吸って冷えた米って…不味いんですね……」
「贅沢言わない」

はい、すみません…。

駅弁の米って冷えて水分吸ってて…噛んでてこんなに悲しい気持ちになる米って中々無いと思うよ。
駅弁がこんな感じの物だって知ってたら買わなかった……なんでちゃんと止めてくれなかったの七海さん。何一人だけ優雅にパン食べてるんだよ、ふざけんな、私だって知ってればパンにしたわ。

「何事も経験かと」
「こんな経験必要無いです、はー…シュウマイぺちゃぺちゃ……」

私の失態を見て楽しそうに笑う七海さんは今日もしっかり歪んでらっしゃる。
そういうとこだぞ、改めていけよ本当。

冷えた米を噛み締めながら、過ぎ行く窓の外の景色を眺める。

都会の喧騒から離れて久しく、七海さんは金が尽きる前に仕事を探すと言い出した。
私は大分少なくなった現金を数えて、後何日過ごせるかを考える。
私に出来ることって何だろう、七海さんほど大したことは出来ない。
戦ったことも無ければ、呪力のコントロールの仕方も習っていない。
術式だって使い勝手の良い物じゃない。
自分があまりにもちっぽけで不甲斐ない人間であることを改めて理解して、やや気持ちが沈んでいれば、七海さんは「貴女がすべきことは…」と喋り出した。

「私を信じることです」
「……や、あの…そういう精神的な話でなく、肉体労働の観点での話をしています」

私が訂正するように言えば、互いに見合ったまま沈黙し、そして七海さんはフイッと顔を背けた。
カッコいいこと言ったつもりがスベる時ってあるよね、大丈夫、私は分かってますよ。
微妙な空気を払うように一度咳払いをし、「私に出来ることはですね、」と会話を再開させる。

「式神による攻撃と加護…くらいかなあ……」
「自分でもよく分かっていらっしゃらないのですね」
「使ったことあんまり無いから…」
「宝の持ち腐れと」
「だ、だって…使う機会が……」
「引き籠りの無職でしたからね」

そんなズバズバと言わないでもいいじゃないですか!!
遠慮という言葉を知らんのか?泣くぞ。

ああ、でも一度だけちゃんと使ったことはあったな…確かあれはまだ私が小さな時の話である……



………
……





産土神

日本の神を表す区分の一つ。

その土地で産まれた人に対して、産まれた瞬間から死んだ後まで守護し続ける神に連なる者。


あれは、幾つの頃であったか…私が「呪いへ転じた信仰」の元へ行かなければならなかったのは、私へ"恩寵"を与え賜う式"神"がそうしろと求めたからであった。
式神が求めるがままに、私は幼い身でありながら、その産土神の元へと行った。

先人が、居たのだ。

あまりもう、よくは覚えていないのだが、確か二人程。
学生服を着た人であったような。
彼等は足りぬ技量で格上の呪い相手に闘いを繰り広げていた。

私は幼いながらにやんわりと理解する。
「ああ、あのまま戦っていたら死ぬだろうな、あの人達」と。

私は私の神に問う。

「ヴィヌ、ヴィヌ。」
「私の神様、私の半身、人が死にますよ、命が絶えます、どうかご慈悲を戴けないでしょうか。」

人に慈悲を。
呪いに破滅を。

一歩、一歩と足を前に進め、先人達の元へと着実に、静かに、近付いて行く。
荒ぶる海と共に、舞い上がる嵐と共に、静かなる神と共に押し迫る。
罪を流し、呪いを呑み込み、渦を巻いて地上を食らう。

「賛美せよ、産土神よ」

これは我が神がもたらす慈悲である。
これは我が神があたえる恩愛である。

海を連れて私は進む、全てを均すための行進だ。

荒れ狂う巨大な波が私も彼等も、木々も呪いも呑み込んでいく。


だが、私の式神は分別ある神である。
私へ寵愛と愛護、敬愛と慈愛、仁愛と聖愛を施し賜う神は、私と彼等を安全な場所へと招いて下さった。


自分の式神が他の神を飲み干す姿を、傷だらけで今にも意識を飛ばしそうな彼等と共に、鑑賞物としてガラス一枚向こうから覗きこむように眺める。
まるで水族館のようだ、ガラスパネルの向こうに広がる雄大な海の中で繰り広げられる一方的蹂躙は、私が求めた慈悲であり、私への恩寵と祝福によって起きている。


「ヴィヌは人間を大切にしてくれる神なのよ」


人の間(ひとのま)と書いて、人間(にんげん)と読む。
古く、人とは仏と鬼の間にある生命だと言い伝えられていた。
ヴィヌは、神と鬼の間にある生命を慈しむ。
ヴィヌは、呪いを見付けて破滅に誘う。
だからほら、私達は無事だ。私の神は今日も穏やかな海のように優しいのだ。

「竜宮城」と勝手に名付けた、神が招いた城の中、私は海の底から呪いを見上げて微笑んだ。


これが、私が唯一式神を使った経験談である。
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