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呪詛ミンと家出をする

夜を行く電車のボックス席で、隣合って座りモグモグと駅で買ったパンやおにぎりを食べていた私達は、今日も変わらず逃避行を続けている。

海苔がパリパリのおにぎりを味わって食べていると、七海さんに名前を呼ばれたので彼の方へ顔を向けた。

「お弁当付いてますよ」
「えっ、取って下さい」

ニュニュッと顔を付き出せば、仕方無さそうに、しかし何処か嬉しそうに私の口元へ指先を伸ばして唇の横らへんにあった米粒を取ってくれた。

私は取ってくれたことを有り難く思い、しかし汚い物を摘まませてしまっているのでせめておしぼりを渡そうと、おしぼりに手を伸ばした所で、七海さんは私の頬に今しがたまで付いていた米粒をパクっと食べてしまった。

「ちょ、ちょっと、食べないで下さい」
「ご馳走さまです」
「いやだから何で嬉しそうなんですか!」

い、意味分からん………人の顔に付いてた米を食べるなよ…。どんな趣味だ、全く理解出来ない。しかも何故か嬉しそうだし、人の顔に付いてた米食って喜ぶな。

この人本当にどうかしてるな……少女漫画ではお決まりの「芋けんぴ、ついてたぜ(カリッ)」も、現実にやられると「不衛生だな…」って気持ちが先行することを知った。
でも現実なんて大体そんなもんだよね、想像通り、予想通り…なんてことは大抵ありえない。


家の外にあった生活は、苦労の連続ばかりだ。
逃げて逃げて逃げ続け、不安と緊張の連続。七海さんは私と生きるために危ない仕事をし、私は彼を信じる他にやりようが無い。
七海さんは私に「捨てないで」と言ったが、それを言うのは私の方だ。

私を見捨てないで欲しい。
でも、その気持ちと同じくらい、私のことなんて嫌になったらさっさと放って好きに生きてくれとも思ってしまう。

自分でも自分のことがよく分からない、私は七海さんに何を期待し、何を求め、彼とどう生きたいのだろう。


意味の無い思考に沈んでしまった私の意識を呼び覚ますように、七海さんが「また無駄なことを考えてるんですか」と言って来た。

確かに無駄と言えば無駄なんだが…七海さんから言われるとなんだぁ…?テメェ…の気持ちになる。反抗期か?反抗期なのか私は。

「自分の七海さんへの気持ちについて考えていただけです」
「おや……」
「あ、違います違います、そういう意味じゃないです!」

私の言葉が足りなかったばかりにドロリとした重たい感情を膨らませながら瞳を濁らし、口元に笑みを浮かべ出した七海さんにすかさず訂正をするも、それでも彼は嬉しそうにしていた。
末期だ……この人は末期なのだ…。

「もっと私のことで悩んで欲しい」
「いや、あの……」
「沢山私のことを考えて」
「その…」
「私だけで満たされて下さい」

うぅ…すみません七海さん……私の人生が何で満たされてるか割合で示したら、多分ゲームと本とテレビがほぼ全てです…七海さんは多分まだ割合成分一桁くらいです……。七海さんとピポサルならピポサルに悩まされた時間の方が長いです……。

「七海さんは…私とどう生きたいですか?」
「…共に居られれば、他には何も」
「う~~~ん、もっと欲張って生きて下さい!」

満ち足りた顔をしないでくれ、もっと欲深くなってくれ!!もう何もいらない、とか漫画とかだと死亡フラグなんですよ、貴方に死なれちゃ困るんです。色んな意味で。

「そういう貴女は何かあるんですか?」
「私はありますよ……」

逆に尋ねられ、その質問にyesの返事をした。

そういえばまだ言って無かったな、私が自由になりたいと思った理由を。
ずっと引きこもって時が来るのを待つ安全な生活を捨て、貴方の手を取った訳を。

改めて言葉にするのはやや恥ずかしいが、伝えたい気持ちを一言一句隠すことなく言葉にした。


「私は、七海さんと真昼の空の下を歩きたいんです」


何も気にせず、逃げる必要も無く。
貴方の隣で幸せだと表すように笑って歩きたい。

今はまだ、そんな些細な幸福すら許されぬ人生だけれど、いつか私は貴方が太陽の光を浴びながら笑ってくれる姿が見たい。
きっと美しいに違いないその光景こそが、私が"外"に求めた物だ。

私の言葉に七海さんはポカンと口を小さく開き、間抜けな顔をしていた。

「フフッ、七海さんお口が開いてしまってますよ」
「……………」
「いい夢でしょ?叶うかどうかはさておき、」
「いいえ」

言葉を遮り、七海さんは否定を口にした。
彼は一度目を瞑り、深く呼吸をしてから瞳を開いて私を見つめる。

開かれた瞳は、いつもの温度の感じられない濁った瞳では無く、何か覚悟を感じる眼差しであった。

私の髪に手を伸ばし、一房掬い上げた彼はその髪を慈しむように親指で撫でながら口を開いた。

「夢では終わらせません、貴女の願いは私が叶える」
「……………ええ、信じてますね」


夜行列車の中、静かに密やかに交わされた新たな誓いは私を私足らしめるための物であった。

本当は別に、私なんかの夢なんて叶わなくっていいのだけど。
どちらかと言えば、七海さんがあんまり苦労しない生活の方を優先すべきなのだろうけれど。
でも貴方が求める物が私に備わっているのならば、答えないわけにはいかない。

私からの信用と信頼を必要とし、私の存在を生きる目的にし、私を拠り所として選んだ彼に対してこちらが出来ることは、願われるまま…乞われるままに私らしく在ることだ。

互いを理解し、利害を超えた親愛の情を結ぶ。


私は七海さんのために、彼の求める彼だけの偶像になることだって厭わない。


「昼の街を歩けるようになったら、七海さんと行ってみたい場所が沢山あるんです!」
「例えば?」
「ポケ●ンセンター」
「私は外で待ってますので、好きなだけお一人でどうぞ」
「突然冷たくなる………」

そんな…ここはポ●モントークで盛り上がるとこでしょ、初めて100レベにしたポケ●ン何~?私?私はニョロトノ。

「七海さんは何処か行きたい所、ありますか?」
「そうですね…海、とか」
「私の水着姿が見たいんですか?いやんっ♡」
「…………」
「え、あの、何で黙るんです?否定して下さいよ、ねえ」
「……楽しみですね」

否定の言葉は!?
無言は肯定と捉えるぞ、ってよく聞くけど、この場合無言を肯定と捉えてしまったら明らかにアウトでは無かろうか?勘弁してくれ、筋力/ZERO なメリハリの無い私の肉体で水着を着たところでただ虚しい思いに苦しめられるだけに違い無いのに…。

何だか知らないが目を細めて愉しそうな雰囲気を発している七海さんに、私は「この人やっぱりまともじゃないな…」と思ったが、そんなまともじゃ無い人間を一番に信頼して側に居る自分もどっこいどっこいである。



人の間(ひとのま)と書いて人間(にんげん)と読む。
人間と表現し始めたのはそもそも仏教が始まりだ。元々の意味は、世間やこの世を意味していたものであったが、江戸時代から、仏と鬼の間に存在する者を人間と呼び始めた。

つまり、「人間」の本当の意味とは、人の居る所……ということだ。

私達人間は皆、誰かの拠り所なのである。


私が認識していないだけで、もしかしたら他にも私を拠り所としてくれていた人は居たのかもしれない。
でも今、それらの伸ばされていた手を払いのけ、裏切り、私は七海さんの手を取って彼を拠り所にし、拠り所にされ、終わりの見えない逃避行をしている。

この旅の終わりに何が見えるのか分からないけれど、私は七海さんと旅を続ける。


私は私の剣と、運命を共にすることを選んだのだった。
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