呪詛ミンと家出をする
あの後追っ手を撒いて慎重に逃げ続けた我々は、一先ず身を休ませるためにと安いビジネスホテルに偽名を使って泊まっていた。
安いビジネスホテルは結構適当なところがあり、チェックイン時に聞かれる住所や氏名を偽っても追及されることが無いパターンがある。
身を預ければギシリッと軋むベッドに腰を下ろし、今しがたシャワーを浴びて湿気ったままの髪をタオルでガシガシ拭いていれば、見かねた七海さんが私の手からタオルを奪って優しく丁寧に水分を取り始めた。
暫し無言であった我々であったが、七海さんが「あの時は遅くなりすみませんでした」といきなり謝罪をし出す。
「いえ、ナイスタイミングでしたよ」
「けれど、あの後倒れたでしょう」
「それは………慣れないことをしたからですかね、でも別に七海さんが悪い訳では無いです」
だから謝らないで欲しい、と伝える。
七海さんは何も悪くない、と言うか多分…誰も悪くない。強いて言えば、私の警戒不足であった。けれどこれを口にすれば、また謝らなくて良いことを謝るようになるだろうからこの考えは飲み込んだ。
再び無言の時間がやってくる。
備え付けの櫛を使って私の髪を説き始めた七海さんは、何かを言いたい雰囲気を発していたので、彼が喋り出すのをとにかく待つことにした。
空調の音が耳につく。
私は何となく眠くなってくる心地がして、ぼんやりしながら言葉を待ち構えていた。
待ち続けること数分、髪を説かし終わった彼が口を開く。
「あれを見て、何か………無いのですか」
あれ、とは……七海さん(疲れているには疲れていそうだが、こっちの七海さんよりは大分まともそう)な七海さんについてだろうか。
何か、何かかあ………そうだな、えっと、敢えて言うとすれば……。
「ネクタイの趣味は同じなんだな……って………」
「…………」
「あ、ちょっと!今絶対「何だコイツ…」って思ってるでしょ!」
「何だコイツ……」
わざわざ口に出して言って下さりありがとうございます!!言わんでええわ!!
私はクルリと振り向いて、眉間にシワを寄せながらこちらを見下ろす七海さんにムッとする。
聞いてきたのそっちじゃん!だから答えたのに……何です?もっと動揺した姿が見たかったとか?もしくはドラマティックに「でも、私の七海さんは七海さんだけだもん!」とか言うべきだった?
うるせえうるせえうるせえーー!!!
世の中私の知らないことだらけなのだから、そういうことだってあるよなあ…ってことで考えを落ち着けたのです。だからこれ以上掘り下げるつもりは無い。
知らないことを知ることは大事だけど、それは時と場合によるもの。知らなくて良いことだってある、知らない方が良いこともある、そういうことがあることくらい…私だって弁えておりますとも。
というかそもそも、こちとら飽きる程退屈な変わらぬ日々を送っていた人間、無駄に思考を働かせるってのは得意分野だ。
つまりは、大体…何となく、どういうことかは分かっている。
原理が分からないので推理などとは呼べないが、事実だけを並べるとしたらこうだ。
「あの七海さんとこっちの七海さんは同じ人間だけど、違うパターン……って感じでしょうか」
そしてさらに付け加えるならば、あちらの七海さんの方が存在として「正しい」在り方をしていて、こちらの七海さんはジョーカーだ。ルールを破った在り方、歩んできた道は途中までは同じだろう、けれど何処かで分岐点があって…本来ならば有り得ざる道を歩んだ結果、私の知る方の七海さんとなった存在がこっちの七海さんである。
………ゴチャゴチャしてきたな、だからえっと、つまり……if次元の七海さん…とかかなあって私は思っている。
どうしてif次元の七海さんがここに居るのか、とかは全く分からないけど、そこは別にあまり興味は無い。
「おおよそは正解です。貴女が会ったのはこの世界の七海建人で、私はこの世界の七海建人では無い」
七海さんが私の頬をむにっと掴んで遊びながら話す。
「貴女に拾われる前、最後に記憶している状況で…謎の暗闇に飲まれました、恐らくはそれが原因かと」
むにっむにっ。もにょっもにょっ。
真顔で冷たい瞳をしている癖に、私の頬で遊ぶ七海さんはそこまで言って私に発言を求めた。
やや悩んでから、私は心配な点を口にする。
「じゃあ、あの…やっぱり…」
「………」
「元の世界に、帰っちゃうんですか………」
「…は?」
「え?」
私の悩みながらも発した言葉に何故か頬で遊んでいた手を止め、そして機嫌悪そうな声を出した七海さんに困惑する。
何となく身の危険を感じ取って離れようとすれば、すかさず背中とお尻の下に腕が回って抱き寄せられてしまった。
七海さんの膝の上、腕の中へと収容された私はこの状況に混乱する他無かった。
そんな私を放って、七海さんは話出す。
「帰りませんが?」
「でもこういうのって帰るのがお決まりのパターンでは……」
「絶対帰りません、貴女がいない世界に帰ってどうしろと?」
どうしろって……いや、別に好きに生きればいいんじゃないですかね、今みたいに…。
とは思うものの、こんなこと言ったら絶対大変なことになるだろうと理解しているので、私は「えー…いや、でも…」と言葉を濁した。
「ほら、強制的に帰ることになったり、とか…」
「その時は貴女も連れて行きます」
「それが無理だった場合は……」
「一緒に死にましょうか」
なんて、心中を軽々しく願い、うっそりと笑う男に「あ、やっぱりまともじゃ無い!」と思い直し腰が引けた。
嫌だ~~!死にたくねえ~~~!死ぬなら一人で死んでくれませんか……私はアーマードコアとリズム天国とサルゲッチュの新作をプレイするまでは死にたくないのだ、絶対に。生きる理由はここにある………出来ればカスタムロボも永遠に待ってます………。
「な、七海さんって私のこと大好きですよね…」
「貴女は私の生きる理由ですので」
温度差バグってますね。
私はサルゲッチュの新作を待ち続けることを生きる理由にしてるってのに……嘘だと言って欲しい、これが巷に聞く「依存」ってやつなのか?なるほど、嬉しいとか嫌だとかの前に不健康だなって感想の方が頭に過る、心が健康的では無い…知ってたけど。七海さんって多分、正しい方の七海さんと違って人生の何処かでブレーキが壊れちゃったんだと思う。もうアクセルしか機能してない。
大人だから何だかんだとは言わないよ、人間何歳になろうと生きるのが下手な人は居るし、それを責めるのは可哀想だ。
誰だって精一杯生きている、七海さんだって精一杯頑張って、頑張り過ぎて、可笑しくなって…でも今必死に生きている。
私の信頼と信用に答えることを人生の重要課題にして、私と一緒に生きてくれている。
ならば否定は出来ない、私は貴方が貴方らしく生きる理由足り得るために、私らしくあらねばならない。
私らしく、怖いもの知らずの解答をしなければならない。
「そうですか、私も七海さんと生きるのは楽しいですよ」
「……捨てないで下さいね」
「七海さんこそ、飽きないで下さいよ」
「ええ…信じて下さい」
勿論、信じていますとも。
誰よりも、何よりも、貴方を信じているに決まっている。
何せ私、貴方が側に居てくれないと最近じゃろくに睡眠も取れない体になってしまったのですから。
七海さんに体重を預けて一つ欠伸をすれば、彼は私を抱えたまま狭っこいベッドに横になった。
腕が重い、しかしこの重みが何よりも安心出来る。
目を瞑って身体から力を抜く、呼吸を楽にして睡魔に抗うこと無く意識を手放した。
おやすみなさい、七海さん。
私、本当に貴方のことだけは、絶対に信じているんですよ。
貴方じゃない他の七海建人のことなんて、記憶に留めておかないから。
これは私なりの、精一杯の愛情表現です。
安いビジネスホテルは結構適当なところがあり、チェックイン時に聞かれる住所や氏名を偽っても追及されることが無いパターンがある。
身を預ければギシリッと軋むベッドに腰を下ろし、今しがたシャワーを浴びて湿気ったままの髪をタオルでガシガシ拭いていれば、見かねた七海さんが私の手からタオルを奪って優しく丁寧に水分を取り始めた。
暫し無言であった我々であったが、七海さんが「あの時は遅くなりすみませんでした」といきなり謝罪をし出す。
「いえ、ナイスタイミングでしたよ」
「けれど、あの後倒れたでしょう」
「それは………慣れないことをしたからですかね、でも別に七海さんが悪い訳では無いです」
だから謝らないで欲しい、と伝える。
七海さんは何も悪くない、と言うか多分…誰も悪くない。強いて言えば、私の警戒不足であった。けれどこれを口にすれば、また謝らなくて良いことを謝るようになるだろうからこの考えは飲み込んだ。
再び無言の時間がやってくる。
備え付けの櫛を使って私の髪を説き始めた七海さんは、何かを言いたい雰囲気を発していたので、彼が喋り出すのをとにかく待つことにした。
空調の音が耳につく。
私は何となく眠くなってくる心地がして、ぼんやりしながら言葉を待ち構えていた。
待ち続けること数分、髪を説かし終わった彼が口を開く。
「あれを見て、何か………無いのですか」
あれ、とは……七海さん(疲れているには疲れていそうだが、こっちの七海さんよりは大分まともそう)な七海さんについてだろうか。
何か、何かかあ………そうだな、えっと、敢えて言うとすれば……。
「ネクタイの趣味は同じなんだな……って………」
「…………」
「あ、ちょっと!今絶対「何だコイツ…」って思ってるでしょ!」
「何だコイツ……」
わざわざ口に出して言って下さりありがとうございます!!言わんでええわ!!
私はクルリと振り向いて、眉間にシワを寄せながらこちらを見下ろす七海さんにムッとする。
聞いてきたのそっちじゃん!だから答えたのに……何です?もっと動揺した姿が見たかったとか?もしくはドラマティックに「でも、私の七海さんは七海さんだけだもん!」とか言うべきだった?
うるせえうるせえうるせえーー!!!
世の中私の知らないことだらけなのだから、そういうことだってあるよなあ…ってことで考えを落ち着けたのです。だからこれ以上掘り下げるつもりは無い。
知らないことを知ることは大事だけど、それは時と場合によるもの。知らなくて良いことだってある、知らない方が良いこともある、そういうことがあることくらい…私だって弁えておりますとも。
というかそもそも、こちとら飽きる程退屈な変わらぬ日々を送っていた人間、無駄に思考を働かせるってのは得意分野だ。
つまりは、大体…何となく、どういうことかは分かっている。
原理が分からないので推理などとは呼べないが、事実だけを並べるとしたらこうだ。
「あの七海さんとこっちの七海さんは同じ人間だけど、違うパターン……って感じでしょうか」
そしてさらに付け加えるならば、あちらの七海さんの方が存在として「正しい」在り方をしていて、こちらの七海さんはジョーカーだ。ルールを破った在り方、歩んできた道は途中までは同じだろう、けれど何処かで分岐点があって…本来ならば有り得ざる道を歩んだ結果、私の知る方の七海さんとなった存在がこっちの七海さんである。
………ゴチャゴチャしてきたな、だからえっと、つまり……if次元の七海さん…とかかなあって私は思っている。
どうしてif次元の七海さんがここに居るのか、とかは全く分からないけど、そこは別にあまり興味は無い。
「おおよそは正解です。貴女が会ったのはこの世界の七海建人で、私はこの世界の七海建人では無い」
七海さんが私の頬をむにっと掴んで遊びながら話す。
「貴女に拾われる前、最後に記憶している状況で…謎の暗闇に飲まれました、恐らくはそれが原因かと」
むにっむにっ。もにょっもにょっ。
真顔で冷たい瞳をしている癖に、私の頬で遊ぶ七海さんはそこまで言って私に発言を求めた。
やや悩んでから、私は心配な点を口にする。
「じゃあ、あの…やっぱり…」
「………」
「元の世界に、帰っちゃうんですか………」
「…は?」
「え?」
私の悩みながらも発した言葉に何故か頬で遊んでいた手を止め、そして機嫌悪そうな声を出した七海さんに困惑する。
何となく身の危険を感じ取って離れようとすれば、すかさず背中とお尻の下に腕が回って抱き寄せられてしまった。
七海さんの膝の上、腕の中へと収容された私はこの状況に混乱する他無かった。
そんな私を放って、七海さんは話出す。
「帰りませんが?」
「でもこういうのって帰るのがお決まりのパターンでは……」
「絶対帰りません、貴女がいない世界に帰ってどうしろと?」
どうしろって……いや、別に好きに生きればいいんじゃないですかね、今みたいに…。
とは思うものの、こんなこと言ったら絶対大変なことになるだろうと理解しているので、私は「えー…いや、でも…」と言葉を濁した。
「ほら、強制的に帰ることになったり、とか…」
「その時は貴女も連れて行きます」
「それが無理だった場合は……」
「一緒に死にましょうか」
なんて、心中を軽々しく願い、うっそりと笑う男に「あ、やっぱりまともじゃ無い!」と思い直し腰が引けた。
嫌だ~~!死にたくねえ~~~!死ぬなら一人で死んでくれませんか……私はアーマードコアとリズム天国とサルゲッチュの新作をプレイするまでは死にたくないのだ、絶対に。生きる理由はここにある………出来ればカスタムロボも永遠に待ってます………。
「な、七海さんって私のこと大好きですよね…」
「貴女は私の生きる理由ですので」
温度差バグってますね。
私はサルゲッチュの新作を待ち続けることを生きる理由にしてるってのに……嘘だと言って欲しい、これが巷に聞く「依存」ってやつなのか?なるほど、嬉しいとか嫌だとかの前に不健康だなって感想の方が頭に過る、心が健康的では無い…知ってたけど。七海さんって多分、正しい方の七海さんと違って人生の何処かでブレーキが壊れちゃったんだと思う。もうアクセルしか機能してない。
大人だから何だかんだとは言わないよ、人間何歳になろうと生きるのが下手な人は居るし、それを責めるのは可哀想だ。
誰だって精一杯生きている、七海さんだって精一杯頑張って、頑張り過ぎて、可笑しくなって…でも今必死に生きている。
私の信頼と信用に答えることを人生の重要課題にして、私と一緒に生きてくれている。
ならば否定は出来ない、私は貴方が貴方らしく生きる理由足り得るために、私らしくあらねばならない。
私らしく、怖いもの知らずの解答をしなければならない。
「そうですか、私も七海さんと生きるのは楽しいですよ」
「……捨てないで下さいね」
「七海さんこそ、飽きないで下さいよ」
「ええ…信じて下さい」
勿論、信じていますとも。
誰よりも、何よりも、貴方を信じているに決まっている。
何せ私、貴方が側に居てくれないと最近じゃろくに睡眠も取れない体になってしまったのですから。
七海さんに体重を預けて一つ欠伸をすれば、彼は私を抱えたまま狭っこいベッドに横になった。
腕が重い、しかしこの重みが何よりも安心出来る。
目を瞑って身体から力を抜く、呼吸を楽にして睡魔に抗うこと無く意識を手放した。
おやすみなさい、七海さん。
私、本当に貴方のことだけは、絶対に信じているんですよ。
貴方じゃない他の七海建人のことなんて、記憶に留めておかないから。
これは私なりの、精一杯の愛情表現です。