五条妹による、華麗なる【脅迫劇】
脅迫行為とは、害悪の告知によって相手を畏怖させる行為である。
即ち、やってはならないことだ。
だが生憎、私には元より美しさ以外には何も無い。
何も無いとはつまり、戦う力も碌に無い…という意味である。
戦えるものならば真正面から啖呵を切って、メンチを切って、相手の胴体を華麗に切ってみせたかったが、そんな力はどこにも無いんだから無理なものは無理である。
なので、やれることから選び取るしかない。
やりたくないけれど、やれないわけではないことをしなくてはならない。
美しい終幕を飾るためには、道中で泥を被らなければならない時もあるのだ。
そういうわけで、私は他人を害する脅迫行為をすることにしたわけである。
左手は小さな少年と手を繋ぎ、右手で携帯電話を持つ。
ゆるりと上がった口角は、自信の表れでも慢心の兆しでもない。
期待と楽しみからくる笑みだった。
だって、こんなにワクワクすること他にあるだろうか?
相手はあの伏黒甚爾だぞ?あの、強くて美しくてだらしのない、私が死ぬ気で頑張ったってきっと傷一つ付くことのない、天から呪われた身体を持つ男だぞ?
それをお前、戦って勝てないからって口合戦で勝ってやろうだなんて、馬鹿と言われても流石に額面通りに言葉を受け取る他無いくらいには、我ながら馬鹿なやり方だ。
けれど仕方無いだろう。
これしか無いのだから、私には他に方法など無いのだから。
だったら美しく、堂々と、信念を貫いてやるほかない。
喜ばしいことに、こうして恵少年という観客も居るものだ。盛り上がっていくしかないでしょう。
私は改めて背筋を伸ばし、顎を少し上げた。
そして、対話を始める。
「恵くんを人質として連れて来たわ、恵くんのことは覚えているかしら」
『恵…?誰だそれ』
「貴方の息子さんよ」
『あー…そういや居たな、そんなのも』
彼は興味無さそうにそう言った。
けれど、決して電話は切らなかった。
今の話で重要なポイントは、彼が質問を返してきたことだ。
「知らねえ、そんな奴」で会話を終わらすのではなく、「誰だそれ」と尋ねてきた。
即ち対話の意思があり、話を続けることが可能だということ。
うむ、素晴らしいスタートが切れたようだ。
『で?ソレを解放する代わりに、この件から手を引けってか?冗談も大概にしろよ、こっちは暇じゃねえんだ』
電話の向こうから、鼻で笑う音がした。
何だかんだで楽しそうである。
良かった良かった、こういう駆け引きは互いに楽しんでこそってものだ。
「私が人質に取ったのは、恵くんだけじゃないわ」
『ほー…なんだよ、一応聞いてやる』
さて、ここからが本題だ。
私は改めて自分が立つ床を見やる。
材質は硬く、簡単には壊れないでろう。
しかし念には念を入れ、術式をいつでも発動出来るようにしておく。
そして、淡々と冷たく言い放った。
彼の傷を抉る、最低なことを。
「貴方の奥さんの魂も、人質として触れられる場所にあるわ」
数秒、いや数十秒。電話口から音が消えた。
私の言葉に誰も何も言わなかった。
ただ、電話の向こうから怒りにもならない、ただただ唖然とするしかないといったような雰囲気が伝わってくる。
だがすぐに、伏黒甚爾はワントーン低くした声で、「お前がそんなこと出来るわけねえ」と冷たい声で言った。
『可能性だか何だか知らねぇが、五条家にも今の家にも見込みなしと判断されたお前に、そんな芸当が出来るわけねえ。寝言は死んでから言えよ、同族女』
「そうね、今のままじゃ出来ないのは否定しない」
けれど。
私は一度言葉を切り、息を吸い直してから可能性を提示する。
「私が死ねば…奥さんと同じ場所に行けば、その前提は覆るでしょう?」
『……テメェ』
電話口から小さな苛立ちと困惑を感じ取る。
彼はそれはもうよく知っているのだ、私が私の命を惜しまない人間であると。
私は自分のことを美しいと思っている。
それはもう常々、毎秒、一瞬一秒刹那の時を、自分は最高であると思っている。
いや、正しくは思い込むことで自分を成り立たせている。
だから心の何処かでずっと、私は私を卑下しているのだ。
選ばれなかった私は死んだって誰も損はしないと。
全くもって馬鹿らしい、美しくない、惨めで私らしくもない考えだが、だからこそ自らの命に執着をせずに生きられる。
誇りを持って堂々と、私だけのために生きられる。
しかしまあ、こんな脅迫は流石に美しくない。
死んだ者をどうこうするなど、美学を探求するものとして如何なものか。
死はその人間の最後を飾り立てるものだ、例えどのような悪辣極まる死であったとしても、フィナーレはフィナーレなのだ。観客は受け入れなくてはならない。それがこの世のルールだ。
どんな良い作品でも続編が大抵コケるように、美しき最後の続きに手を出そうなんぞ間違っている。
死を冒涜することはあってはならないこと。
だから私は悪辣で悪趣味で卑劣な台詞を言い換える。
なに、今のは私の可能性を提示するためのスパイスのようなものだ。
真に伝えるべき台詞は、このあとにある。
「だからね、貴方は手を引くべきなのよ…だって」
私は恵少年の手をギュッと掴み、術式を使用した。
多元術式発動、下へ参ります。
瞬間、身体から一瞬重さがフワリと消える。
自分の足先が何処についているか分からない、無重力にも似た感覚。
視界が強制的にホワイトアウトし、自分が別の次元に干渉している感覚を肌で覚える。
多次元移動。
三次元の物体を別次元へ移動し、その後もう一度三次元に送り返すことによって成立する移動術。
言ってしまえばワープ。
自分を起点とした上か下にしか行けない、限定的な仕様のワープである。
再び重さを感じ取った時、私は伏黒甚爾の前に立っていた。
隣には手を繋ぐ彼の息子さんを連れて。
伏黒甚爾と私の間に位置している黒井さんは、絵に描いたような驚いた顔をしていた。
無理もない、こんな美しい人間が天井から降ってきたのだ、天使か女神の降臨だと勘違いしても仕方がないというもの。
そう解釈すれば自然と気分は良くなり、フッと笑いながら髪を優雅に払ってみせた。
そうして再び背筋を正し、胸に手を当て笑みを浮かべる。
それはもう堂々と、誰も敵わないとびきりの輝かしい美しさを持って、私は伏黒甚爾と対峙した。
さあ聞くが良い、私が真に考え付いた美しき脅迫を!
「だって私が死んだら、五条悟が貴方を殺した後に、貴方の魂を強制的に天国に昇らせて奥さんと逢わせてやろうと思っているのだから!」
「………五条の奴なら殺しちまったぞ」
「まさか!たかが一度殺したくらいでアイツが死ぬわけがない!!」
ハッハッハッハッ!!
面白いことを言うものだ、伏黒甚爾。
私は思わず声に出して笑ってしまった。
先程も言ったが、あの兄がたかだか一度殺されたくらいで死ぬわけが無い。
どうせより強くなって復活するか、頭の使いすぎで糖分不足になりながら復活するか、キレながら復活するかしかあるまいよ。実に腹立たしいことに。
「五条悟は貴方を確実に殺します、そして私は育児放棄をして女遊びをしまくって、挙げ句の果てに中学生女子を襲おうとしている貴方を奥様に逢わせます、そしてチクります」
「おい、今一つ言い方に悪意があったぞ」
「じゃあ訂正してあげる。中学生女子を襲おうとした挙げ句、年下の女の子に舌合戦で負けそうになっている貴方を奥様の前に突き出すわ、これでもかと懇切丁寧に説明しながらね!」
「絶対キメ顔で言うことじゃねえだろ」
キリッ!
私、貴方の恥ずかしいエピソードなら結構知っているのだから。
競馬で全財産スッて女の人に家を追い出されて、挙げ句に犬のうんこ踏んで、それで私にタカって来た日のこと覚えてるから。
恥ずかしくないんですか?女子高生に天下一品のラーメンとチャーハン奢って貰うの。
「恵少年、君はこんな大人になっては駄目よ?せめて貯金は出来るようになりなさい?お姉さんと約束しましょうね」
「ぜったいならない」
どんどんと伏黒甚爾の旗色は悪くなっていく。
というかもう、誰が言わなくても彼に戦う意思は無かった。
"負けた"というよりは、"馬鹿馬鹿しくなった"のだろう。
もしくは、己の運の無さに笑いたくなったとも言う。
だがそれで良い、一度立ち止まってくれさえすれば後はこちらのものだ。
あとはそう、こちらから停戦を提示するだけ。
空いている方の手をスッと前に出す。
そして彼のウンザリだとでも言いたげな目を見ながら言った。
「停戦を、私は貴方が更正する可能性に賭けて、貴方は私が私の可能性を行使しないことを信じて」
「…たかが飯食ったことがある程度の男にここまでするか?普通」
「します、だって私達友達だもの!」
「だからキメ顔で言うな、気持ちわりい奴だな」
キリリッ!
握手の代わりに、彼は一度私の手のひらを音が鳴る程度の力でパシッと叩いた。
本当は美しい握手をして友情を再確認したかったのだが…まあ今回は良しとしようではないか。
友の間違いを許すことも、また美しさの一つである。
だが、私は一つ誤算をしていた。
もしくは、既に可能性としては考えていたことではあったが、まさかそんな角度からそう来るとは思わなかったのだ。
だって、まさか復活した五条悟が…頭を可笑しくさせてしまっていたなんて。
「おい」
後ろから、身の凍るような声がした。
私は声に導かれるがままに、そちらにゆっくりと振り返る。
そして、血に塗れたボロボロの、しかしやたらにギラギラとした瞳孔をかっ開いた瞳をした五条悟を見てしまった。
彼はヒクヒクと米神を引くつかせ、口元には恐ろしいとも言える笑みを張り付けながら私をビシッと指差す。
いや、より正確に言うと私と恵少年の繋ぐ手を指差して言った。
「なんで俺より先に妹と仲良さそうに手ぇ繋いでるガキがいんだよ、なあ」
「……………まあ、これは大変」
一歩、恵少年と共に後退る。
私は咄嗟に庇うように恵少年の側に寄った。
それが悪かったのだろう、五条悟はついに笑みを顔から削ぎ落としこちらに向かってゆらり、ゆらりと、幽鬼のような足取りで修羅を背負って歩き出した。
流石に怖すぎて泣きそうだった。
「なあ、俺には散々適当な扱いすんのに、何それ?喧嘩売ってるわけ?」
「甚爾さん?恵くんのこれからの子育てを全面的に協力する代わりに、アレ何とかして下さらない?ついでに今度焼肉でも行きましょう?」
「おい、馬鹿妹、返事しろよ雑魚。なんで俺より先に他の奴と仲良くしてんだよな、なあ、」
というわけで、このあと私はキレた最強と上に下にと鬼ごっこをすることとなったのであった。
即ち、やってはならないことだ。
だが生憎、私には元より美しさ以外には何も無い。
何も無いとはつまり、戦う力も碌に無い…という意味である。
戦えるものならば真正面から啖呵を切って、メンチを切って、相手の胴体を華麗に切ってみせたかったが、そんな力はどこにも無いんだから無理なものは無理である。
なので、やれることから選び取るしかない。
やりたくないけれど、やれないわけではないことをしなくてはならない。
美しい終幕を飾るためには、道中で泥を被らなければならない時もあるのだ。
そういうわけで、私は他人を害する脅迫行為をすることにしたわけである。
左手は小さな少年と手を繋ぎ、右手で携帯電話を持つ。
ゆるりと上がった口角は、自信の表れでも慢心の兆しでもない。
期待と楽しみからくる笑みだった。
だって、こんなにワクワクすること他にあるだろうか?
相手はあの伏黒甚爾だぞ?あの、強くて美しくてだらしのない、私が死ぬ気で頑張ったってきっと傷一つ付くことのない、天から呪われた身体を持つ男だぞ?
それをお前、戦って勝てないからって口合戦で勝ってやろうだなんて、馬鹿と言われても流石に額面通りに言葉を受け取る他無いくらいには、我ながら馬鹿なやり方だ。
けれど仕方無いだろう。
これしか無いのだから、私には他に方法など無いのだから。
だったら美しく、堂々と、信念を貫いてやるほかない。
喜ばしいことに、こうして恵少年という観客も居るものだ。盛り上がっていくしかないでしょう。
私は改めて背筋を伸ばし、顎を少し上げた。
そして、対話を始める。
「恵くんを人質として連れて来たわ、恵くんのことは覚えているかしら」
『恵…?誰だそれ』
「貴方の息子さんよ」
『あー…そういや居たな、そんなのも』
彼は興味無さそうにそう言った。
けれど、決して電話は切らなかった。
今の話で重要なポイントは、彼が質問を返してきたことだ。
「知らねえ、そんな奴」で会話を終わらすのではなく、「誰だそれ」と尋ねてきた。
即ち対話の意思があり、話を続けることが可能だということ。
うむ、素晴らしいスタートが切れたようだ。
『で?ソレを解放する代わりに、この件から手を引けってか?冗談も大概にしろよ、こっちは暇じゃねえんだ』
電話の向こうから、鼻で笑う音がした。
何だかんだで楽しそうである。
良かった良かった、こういう駆け引きは互いに楽しんでこそってものだ。
「私が人質に取ったのは、恵くんだけじゃないわ」
『ほー…なんだよ、一応聞いてやる』
さて、ここからが本題だ。
私は改めて自分が立つ床を見やる。
材質は硬く、簡単には壊れないでろう。
しかし念には念を入れ、術式をいつでも発動出来るようにしておく。
そして、淡々と冷たく言い放った。
彼の傷を抉る、最低なことを。
「貴方の奥さんの魂も、人質として触れられる場所にあるわ」
数秒、いや数十秒。電話口から音が消えた。
私の言葉に誰も何も言わなかった。
ただ、電話の向こうから怒りにもならない、ただただ唖然とするしかないといったような雰囲気が伝わってくる。
だがすぐに、伏黒甚爾はワントーン低くした声で、「お前がそんなこと出来るわけねえ」と冷たい声で言った。
『可能性だか何だか知らねぇが、五条家にも今の家にも見込みなしと判断されたお前に、そんな芸当が出来るわけねえ。寝言は死んでから言えよ、同族女』
「そうね、今のままじゃ出来ないのは否定しない」
けれど。
私は一度言葉を切り、息を吸い直してから可能性を提示する。
「私が死ねば…奥さんと同じ場所に行けば、その前提は覆るでしょう?」
『……テメェ』
電話口から小さな苛立ちと困惑を感じ取る。
彼はそれはもうよく知っているのだ、私が私の命を惜しまない人間であると。
私は自分のことを美しいと思っている。
それはもう常々、毎秒、一瞬一秒刹那の時を、自分は最高であると思っている。
いや、正しくは思い込むことで自分を成り立たせている。
だから心の何処かでずっと、私は私を卑下しているのだ。
選ばれなかった私は死んだって誰も損はしないと。
全くもって馬鹿らしい、美しくない、惨めで私らしくもない考えだが、だからこそ自らの命に執着をせずに生きられる。
誇りを持って堂々と、私だけのために生きられる。
しかしまあ、こんな脅迫は流石に美しくない。
死んだ者をどうこうするなど、美学を探求するものとして如何なものか。
死はその人間の最後を飾り立てるものだ、例えどのような悪辣極まる死であったとしても、フィナーレはフィナーレなのだ。観客は受け入れなくてはならない。それがこの世のルールだ。
どんな良い作品でも続編が大抵コケるように、美しき最後の続きに手を出そうなんぞ間違っている。
死を冒涜することはあってはならないこと。
だから私は悪辣で悪趣味で卑劣な台詞を言い換える。
なに、今のは私の可能性を提示するためのスパイスのようなものだ。
真に伝えるべき台詞は、このあとにある。
「だからね、貴方は手を引くべきなのよ…だって」
私は恵少年の手をギュッと掴み、術式を使用した。
多元術式発動、下へ参ります。
瞬間、身体から一瞬重さがフワリと消える。
自分の足先が何処についているか分からない、無重力にも似た感覚。
視界が強制的にホワイトアウトし、自分が別の次元に干渉している感覚を肌で覚える。
多次元移動。
三次元の物体を別次元へ移動し、その後もう一度三次元に送り返すことによって成立する移動術。
言ってしまえばワープ。
自分を起点とした上か下にしか行けない、限定的な仕様のワープである。
再び重さを感じ取った時、私は伏黒甚爾の前に立っていた。
隣には手を繋ぐ彼の息子さんを連れて。
伏黒甚爾と私の間に位置している黒井さんは、絵に描いたような驚いた顔をしていた。
無理もない、こんな美しい人間が天井から降ってきたのだ、天使か女神の降臨だと勘違いしても仕方がないというもの。
そう解釈すれば自然と気分は良くなり、フッと笑いながら髪を優雅に払ってみせた。
そうして再び背筋を正し、胸に手を当て笑みを浮かべる。
それはもう堂々と、誰も敵わないとびきりの輝かしい美しさを持って、私は伏黒甚爾と対峙した。
さあ聞くが良い、私が真に考え付いた美しき脅迫を!
「だって私が死んだら、五条悟が貴方を殺した後に、貴方の魂を強制的に天国に昇らせて奥さんと逢わせてやろうと思っているのだから!」
「………五条の奴なら殺しちまったぞ」
「まさか!たかが一度殺したくらいでアイツが死ぬわけがない!!」
ハッハッハッハッ!!
面白いことを言うものだ、伏黒甚爾。
私は思わず声に出して笑ってしまった。
先程も言ったが、あの兄がたかだか一度殺されたくらいで死ぬわけが無い。
どうせより強くなって復活するか、頭の使いすぎで糖分不足になりながら復活するか、キレながら復活するかしかあるまいよ。実に腹立たしいことに。
「五条悟は貴方を確実に殺します、そして私は育児放棄をして女遊びをしまくって、挙げ句の果てに中学生女子を襲おうとしている貴方を奥様に逢わせます、そしてチクります」
「おい、今一つ言い方に悪意があったぞ」
「じゃあ訂正してあげる。中学生女子を襲おうとした挙げ句、年下の女の子に舌合戦で負けそうになっている貴方を奥様の前に突き出すわ、これでもかと懇切丁寧に説明しながらね!」
「絶対キメ顔で言うことじゃねえだろ」
キリッ!
私、貴方の恥ずかしいエピソードなら結構知っているのだから。
競馬で全財産スッて女の人に家を追い出されて、挙げ句に犬のうんこ踏んで、それで私にタカって来た日のこと覚えてるから。
恥ずかしくないんですか?女子高生に天下一品のラーメンとチャーハン奢って貰うの。
「恵少年、君はこんな大人になっては駄目よ?せめて貯金は出来るようになりなさい?お姉さんと約束しましょうね」
「ぜったいならない」
どんどんと伏黒甚爾の旗色は悪くなっていく。
というかもう、誰が言わなくても彼に戦う意思は無かった。
"負けた"というよりは、"馬鹿馬鹿しくなった"のだろう。
もしくは、己の運の無さに笑いたくなったとも言う。
だがそれで良い、一度立ち止まってくれさえすれば後はこちらのものだ。
あとはそう、こちらから停戦を提示するだけ。
空いている方の手をスッと前に出す。
そして彼のウンザリだとでも言いたげな目を見ながら言った。
「停戦を、私は貴方が更正する可能性に賭けて、貴方は私が私の可能性を行使しないことを信じて」
「…たかが飯食ったことがある程度の男にここまでするか?普通」
「します、だって私達友達だもの!」
「だからキメ顔で言うな、気持ちわりい奴だな」
キリリッ!
握手の代わりに、彼は一度私の手のひらを音が鳴る程度の力でパシッと叩いた。
本当は美しい握手をして友情を再確認したかったのだが…まあ今回は良しとしようではないか。
友の間違いを許すことも、また美しさの一つである。
だが、私は一つ誤算をしていた。
もしくは、既に可能性としては考えていたことではあったが、まさかそんな角度からそう来るとは思わなかったのだ。
だって、まさか復活した五条悟が…頭を可笑しくさせてしまっていたなんて。
「おい」
後ろから、身の凍るような声がした。
私は声に導かれるがままに、そちらにゆっくりと振り返る。
そして、血に塗れたボロボロの、しかしやたらにギラギラとした瞳孔をかっ開いた瞳をした五条悟を見てしまった。
彼はヒクヒクと米神を引くつかせ、口元には恐ろしいとも言える笑みを張り付けながら私をビシッと指差す。
いや、より正確に言うと私と恵少年の繋ぐ手を指差して言った。
「なんで俺より先に妹と仲良さそうに手ぇ繋いでるガキがいんだよ、なあ」
「……………まあ、これは大変」
一歩、恵少年と共に後退る。
私は咄嗟に庇うように恵少年の側に寄った。
それが悪かったのだろう、五条悟はついに笑みを顔から削ぎ落としこちらに向かってゆらり、ゆらりと、幽鬼のような足取りで修羅を背負って歩き出した。
流石に怖すぎて泣きそうだった。
「なあ、俺には散々適当な扱いすんのに、何それ?喧嘩売ってるわけ?」
「甚爾さん?恵くんのこれからの子育てを全面的に協力する代わりに、アレ何とかして下さらない?ついでに今度焼肉でも行きましょう?」
「おい、馬鹿妹、返事しろよ雑魚。なんで俺より先に他の奴と仲良くしてんだよな、なあ、」
というわけで、このあと私はキレた最強と上に下にと鬼ごっこをすることとなったのであった。