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五条妹による、華麗なる【脅迫劇】

物語を語る上で忘れてはならないことが一つあった。

それは、私と真犯人達との関係についてである。
とは言え、別に何か怪しい関係であるとか、実は私が美しきスパイであったとか、はたまた悪のエリートだったとか…そんなことは全く無いので安心してほしい。
カテゴリーとしては友達、もしくは顔見知り程度のの知人。

そんな間柄である彼等と私について話しておこう。



事は2年前のあくる日の任務での出来事であった。

当時私はまだ14歳の初々しい3級呪術師で、一人じゃ任務も行けないような(戦力が)儚げ系美少女をやっていた。

あの日は確か高専所属の2級術師に引率して貰って、呪物を盗み出した呪詛師の確保をする…というような任務内容であったはずだ。
私はやる気十分気合バッチリな、精神力だけは最高な状態で任務に挑んだのだが……そこで想定外のことが起きたのだ。

それが、伏黒甚爾と孔時雨の登場である。

現場である4階建ての古いビル着き、無事に3階の一室で呪詛師を捕獲し終えた時だった。
いきなり少し離れた場所で、任務完了の連絡をしようと携帯を取り出していた術師が倒れたのだ。

ドサリ。

重たいものが倒れる音が背後からする。

捕獲された意識の無い呪詛師を、コイツ結構鼻の形が美しいじゃないか…と眺めていた私は慌てて振り返……りはせずに、すぐに術式を使って自らの足元に穴を開け、2階に降り立った。


私の術式は『多元術式』というものである。
詳しくは割愛するが、言ってしまえば重なり合う上下を操ることが可能という、強くもなければ特別でもない、極めてシンプルな術式だ。

上下と言ったが、この上と下には事実として上限が無い。
私を起点に私に重なり合うようにして存在する物事全てに干渉出来る。理論上は。
つまり、私に重なり合っている光から始まり、原子、電子や陽子や中性子、さらには素粒子。
概念的な"星の内側"、果ては雲の向こうにある"天国"なんかにも干渉出来るというわけだ。理論上は。

そう、全ては理論上の話に過ぎない。
机上の空論でしかない、ポジティブに言い換えるならば可能性という美に愛された術式だ。


さて、そんなわけで私は私の下にある床に干渉し、そこを一時的にすり抜けたわけだ。
一応弁明しておくと、先輩術師を見捨てたわけではない。そんな美しく無いことはしない。
あの場で次にやられるべきは私であったので、それを回避しただけである。
回避しなければ、皆仲良く極楽浄土の仏様になる可能性だってあるわけだから。

そして、それからはもう華麗なる逃走劇の始まりである。
上下を上手く使い分けて私は上に下にとポンポン逃げ続け……ることも叶わず、早々に伏黒甚爾に捕まり、孔時雨の元に連れて行かれたのだった。

「何か言い遺すことはあるか?」
「あるわ」
「そうか、一応聞いておいてやるよ」

未成年の前で堂々とキツい臭いのする煙草を吸い始めた孔時雨は、私を見下ろしながらそう言ってきた。

なので、私は私の美しさと肺を曇らすかのような紫煙に負けぬようにと、自信と美学を持ってこう答えた。


「死にたくないわ、だから仲よくしましょう。何せ、仲良きことは美しきかな…と言う程なのだから!」
「……何処かで頭でもぶつけてからここに来たのか?」
「どうせなら美しいことをしましょう、今日から我々は友達です!」
「元々そんな感じなのか?」
「元々こんな感じよ」


無論、私は死の美しさを否定するわけではない。
ただ、目の前に他の美の可能性を見出してしまっただけであった。
この人間達と仲良くなる、それは美だ。

悪役、犯罪者、呪詛師。
彼等がそのような者達であることは百も承知だ。
けれど、闇があるからこそ光はより強く輝くことがある。
そして、光に照らされた闇の中にもまだ見ぬ美は存在するのだ。

この友情は可能性に満ちている。
彼等にはまだ見えぬ美しさが眠っている。
ならば見ずには死ねない、死ねるものか。

床に付いていた膝に力を入れ、脚を伸ばす。
姿勢を正し、顎を少し上げ、口角をあげて一番美しく見える笑みを浮かべてみせた。

堂々と、自信を持って。
自分に誇れる自分を貫くだけ。

誰に選ばれなくとも、私は私の中で最高であるのだから。

「私は友達として、貴方達がピンチな時はどんな状況であろうと必ず助けると約束しましょう、だからどうか先輩を殺さないで」
「命乞いにしては下手クソだな」
「命なんて惜しくないわ」

私の語りを鼻で笑う男に、私は真正面からしっかりと言い切った。

命なんて惜しくない。
惜しいと思ったことなど一度もない。
そんなものよりも大切なことがある。
曲げちゃならない信念と美学がある。

「私は、私という人間の可能性を諦めたくないだけよ」

「だからこれは命乞いじゃない、悪足掻き」

「これで駄目なら、まだ見えぬ美しさを秘めた君達に敬意を払って自ら美しく散ってあげるわ」

目を逸らさず、一歩も後ろに下がることなく私はそう言った。
震える拳も、カラカラに渇いた喉も、冷たい汗が滲む首筋も、今の私には関係の無いことだった。
身体が発す危険信号なんて全部無視してでも、私は逃げたく無かった。


私は、五条悟よりずっと弱い。
比べるまでもなく価値がない。

誰も。
父も、母も、新しい家族も、誰も彼もが私になど期待していない。
精々子供をよく産めばそれでいい。
そんなことは分かっているんだ、分かっているけど「誰も期待していないから」なんて理由で人生を諦めるのは嫌なんだ。

幼き日に美しいと思った半身に、諦めた私の姿を見せたくはないのだ。

だから諦めない。努力する。一握りだろうと可能性を捨てたりなんてしない。
いつか、いつか私の心の内でずっと輝き続ける一等星のような彼に会った時、一番美しい私であるために。

そのために、私はこんな所で逃げるわけには行かないのだ。
美しく、華麗に、私に出来る最善の勝ちを得なければならないのだ。

そのためならば無様だと笑われたって生きてやる。
誰に理解されずとも、最高の笑顔で抗い続けてやるのだ。




___




決死の覚悟…とは、こういうことを指すんだろうなと、少女を取り囲むように立つ男達はそう思った。

男達にとって、別に少女の死も呪術師の死もどうでも良いものだった。
先程までは。

彼等が優先すべきは、自分達のメンツを潰してくれた呪詛師をどうにかすることであって、呪術師をどうこうするのは正しくついでであった。
ついでに殺す。あとが面倒だから、理由はそれだけで十分だ。

殺す順番は強い方からが好ましいが、その強い方よりも上手く逃げ回った雑魚の方を優先することにした。
けれど、それは叶わなかった。
殺意というのは不思議なもので、沸き立つ時は一瞬なのに、一度冷めると中々沸き直さないもの。
彼等は今、それを痛感していた。

やたらに堂々と自信を持った態度で、清々しく、馬鹿馬鹿しく、命乞いをしてきた相手の話を聞いた時点で負けていた。

一体誰なんだこのアホみたいな美学を語る諦めの悪い呪術師は。
冷めた殺意の変わりにそんな興味が沸き立つ頃にはもう、彼等は震える声で対峙する少女のことを殺す気など毛ほども無くなっていた。

「お嬢ちゃん、変人だって言われたことないか?」
「生憎、美しく無い言葉は聞かないことにしているの」
「一応、褒めてるんだがな」
「それはありがとう、光栄です」

孔はそんなやり取りの後、甚爾に目配せをしてからさっさと退出して行った。
これ以上この必死な子供と話していたら、流石に笑ってしまいそうだったので。

残された甚爾と少女は改めて向かい合う。
甚爾はそこで、ふと疑問が湧いた。

「…その顔……何処かで会ったことあったか?」
「あら、私の美しい顔に見覚えが?」
「なんつーか、どっかで………あ、」

この顔にピンッ!と来たら110番ならぬ、この顔にピンッ!と来たら顔を背けろ。
甚爾は思い出した、若かりし頃の出会いを。自分が唯一警戒した小さくて白い子供の姿が脳裏にチラつき嫌な気持ちになり、何も見なかったし気付かなかったことにした。

しかし、そうは問屋…いや、美学が許さない。
自分から顔を背けた男に、少女は美しい笑みを保ったまま外した視線の先にわざわざ回り込んでやった。

それは彼女なりの心遣いだった。
顔など背けなくて良い、遠慮などするな、私の顔を存分に見るが良い。
そんな、強烈ありがた迷惑だった。

「この美貌を前に目を逸らしてしまうなんて勿体無いわよ」
「お前の顔見てたら嫌なこと思い出しちまった」
「それは大変だわ、もっとこの美しい顔をよく見て記憶を塗り替えなさい」
「さてはお前、嫌味効かないタイプの人間だな?」

甚爾の言葉に、少女は胸を張ってみせた。

この少女は嫌味が通じないわけではない。
通じた瞬間、脳内で変換されているだけである。
例えば「お前がキライ」→「妬むくらい私という存在が頭から離れない」といった具合に。
それはもう都合良く、ゴミであろうと自らを飾り立てる言葉に変えてみせる。
ちなみに、国語の成績は言わずもがな散々だ。


そんなわけで、彼等と少女は汚い廃ビルの中、スポットライトは無いけれど、とびきり可笑しく美しく出会ったのであった。

以降、少女は汚い大人達と付き合っていくこととなる。
いや、少女の言葉を借りるのであればこう言うべきか。

美しさの可能性を秘めた人間と、美しい交流を深めていったのだった。
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