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五条妹による、華麗なる【脅迫劇】

さりとて別段、強くもなく特別でもない、オマケ程度に同行させられた呪術師風情の私にはあまり関係の無い話ではあったのだが、その話を聞いた時に頭に過ぎった人物があった。

中学生女子、天元様の器、賞金首、呪詛師、護衛。

これだけのワードが出揃い、あの人間達が動いていないわけが無い。
むしろ、あの人間達はここぞとばかりに関わってくる。
それどころか、何なら真っ先に動いていたって可笑しくは無い。

そう結論付け、私は顎に指を掛けて思考を回した。

だとすれば、だとすればだ。
今こうして護衛任務を請け負う段階になっているわけだが、もう時既に遅しなのではないか…と、私は置かれた状況を疑う。
見方を変えればありえる話だ。もしも私が誘拐を依頼されたとしたら、敵対してくる高専の戦力を可能な限り削る所から始めるだろう。

何故ならば、完璧に勝ちたいから。
完璧とは美しいものだ、完璧な数式、完璧な芸術品、完璧な犯罪。
即ち、完全犯罪。

成立させるために、敵を撹乱する。
目を欺き、足跡を消し、正体を隠す。

で、あるならば。

私はそうして、一つの結論に辿り着く。

何てことの無い結論だ。
ありふれた考えだ。
強者には分からない、弱者にしか気付かない己の存在を脅かす可能性。


敵は既にもう、策を練り上げ準備を終えた段階なのではなかろうか。
だから行動に移しているわけだ。
高専の戦力を削るための雑魚を用意するための、そのための賞金という目くらまし。

ならば本当の敵は、賞金の向こう側に居る。
そして、彼等は既に終わりまで想定して動いている。
最早、王手に手を掛けている状態だ。
こちらが何をしようと、例え護衛を無事終え高専にやって来ようと、そんなものは予定の内の一つなのだろう。

どうして断言できるかと言えば、私には敵の姿が少しばかり分かっているからだ。
あの人間達ならば力と経験を武器に多少の不可能も可能に変える。
強く、賢く、しぶとく…即ち美しく、そうやって生きてるのを私は知っている。


顎に掛けた指を下ろし、私は現在別行動中の兄…五条悟へと電話をかけた。

機械的なコール音が2回鳴った後、電話口から「どうした!?」と、焦るような声がしたので思わず笑いそうになったが耐え切り、「どうもしていないわ」と淡々とした声で答える。

「はー?じゃあ何だよ、何で電話…あ、寂しくなっちゃったとか?へー、ふーん…ほー……」
「勘違いをしないで、そして私の頼みを聞きなさい」
「一度に二つも命令すんな、なんか腹立つ」
「腹が立ったついでに頼み事なのだけど」
「お前が立たせたんだろうが!」

その言い方は何だか卑猥ではないだろうか?聞く人が聞けば疚しく聞こえるぞ。
まあ、それは置いておき。

「今から私は完全別行動になるので、果報は寝て待て…いえ、美報は寝て待ちたまえ」
「美報ってなんだよ、いやそれより別行動ってなんだよ」
「美報とは善報のことよ」
「そっちはいーから!別行動のこと説明しろ馬鹿!」

説明しろと申されましても、今語ってしまったらつまらなくなるから語れない。
つまらないものは総じて美しくないのだから、語ることは私の美学に反するのだ。

それから私は馬鹿ではない、お茶目で可愛い女の子だ。

ということで、私は嘘と本当の間にある事実だけを上手く語ってみせた。

「真犯人の手掛かりを掴んだから、そちらの調査を私はします」
「…真犯人って誰だよ、つか一人で勝手なこと、」
「じゃあ私、頑張って来るから」
「じゃあってなんだよ!話聞け!馬鹿!アホ!ザコ!」

なんかピーピー言っているけど、まあ良いでしょう。多分私のことを彼なりに応援してくれているのだと思うことにする。
きっと、夏油くんにこのことが伝われば彼は恐らく良しと判断するはずだ。
彼の判断は痛いくらい優しくて正しいから。
だから私はさっさと行動に移れば良し。

「じゃあ、また高専で」
「マジでムカつく、本当何なんだよクソ…」

ブツリ。

ツー…ツー…ツー。

電話を切り、携帯をポケットに仕舞う。
そうして私は真犯人にも仲間達にもバレないよう、一人美しく問題解決のため奔走し始めた。


と言っても、私はいつも通り自分の美しさに胸を張って、美学を貫くだけなのだが。




___




伏黒恵にとって突如やって来たその人間は、今まで会ったことのある誰と比べても意味のわからない、理解できない人間だった。

彼女と出会ったのはこれが初めてのことだったが、初対面の癖に恥ずかしげも無くやたらに堂々とした態度で胸を張ってこう言ってのけた。


「喜べ伏黒恵くん、君は今日からこの私の人質です」


インターホンが鳴って玄関を開けた先、胸に手を当て優雅な笑みを携えたその人は、背筋を伸ばして恵のことを「人質にする」と言い放った。

変人。
もしくは偏人。
意味としてはどちらも変な人間、変わり者。
不審者…と言って良いのかどうかは分からなかったが、伏黒恵はとりあえず何も見なかったことにしてそっと玄関を閉めようとした。

しかし、それは叶わなかった。

「君のパパを出し抜くために、一つ協力してくれないかしら」

反対側から玄関扉を強引に引かれ、いとも簡単に開かれる。
そして再び目の合った少女はそう言った。

恵にとって父親とは、帰ってこない人間のことを指す。
自分をほったらかしにして何処かで生きている、責任の無い人間のことを言う。
そんな人間を引き合いに出されても今更何だと言う話ではあったが、彼は「協力」という言葉に引かれて少女を家に上げてしまったのだった。

客人に出すお茶なんてなく、ましてやそんな教育などされておらず、さらに言えば小学校に上がるか上がらないかくらいの年齢の子供だ。
善悪の基準すらハッキリしない子供に出来ることなど、可能な限り警戒しながら話を聞く…くらいのものでだった。

恵は名前も知らない少女からきちんと距離を取り、話を聞く姿勢を見せる。

しかし、それが間違いだったのだ。

思い出してみてほしい、この自分の美学を信じ貫く少女は、美しいものへの探求と肯定を何よりも大切にする奴なのだ。
「どのような事柄にも美しさは存在する」「この世に真に醜いものなど存在しない」「故に、時として美とは眠りの中にある物なのだ」
と、心の底から語れるような奴なのだ。
即ち、伏黒恵が取った「子供ながらに理知的で弁えた素直な姿勢」は、彼女の心を見事に撃ち抜いた。

美しさ必中、ハートにラブズッキュン。
心臓ド真ん中ストレート一撃貫通。
ああ、なんて美しい子供なのだろうか。世界は今日も素晴らしい!
今すぐ薔薇の雨を彼の頭に降らしなさい!

少女は心臓を抑え、込み上がる衝動を隠しもせずに訴えた。

「伏黒恵くん…君はなんて美しい人間なのかしら…」
「…は?」
「分かった、もういいわ。事が終わるまで人質にはするけれど、事が終わっても私は全面的に君の味方になりましょう」

何言ってんだコイツ。

恵が思った、至極当然のシンプルな感想であった。

瞳を平べったくし、胡乱な目付きで少女を見やる。
その視線を好意的に受け取った少女は、「任せなさい」と胸を張って言葉で返した。

選ばれた方の人間。最強の兄とは当たり前に異なる色をした瞳をキラキラと輝かせ、口角をキュッと上げ、花よりも星よりも自分は美しいと自信を持った態度を構えて彼女は言う。

突如としてやって来た他人から放たれる肯定の言葉は、恵にとって架空の物語に出てくる正義の味方が言うような言葉だった。
少なくとも、彼の周りには今まで誰もこの言葉を言ってくれる人間は居なかった。

そんな、自分には与えられることが無いであろう言葉を、彼女はいとも簡単に美しく、晴れ晴れとした笑みを携え言い切ってみせた。


「何はともあれ、君に出会えて良かった。これからよろしくね、恵少年」


言葉の上で輝く星が舞うのを感じる。

恵の心臓が一度ドクンッと大きく高鳴り、背筋がブルリッと震えた。
耳から入り、胸の奥でジワリと解けて満ちた言葉には、呪いではない不思議な力を感じずにはいられなかったのだ。

今の言葉が上辺だけの言葉じゃない、心の底からそう思って言ったのだろうということぐらい、幼い恵にもちゃんと伝わった。

この変人は、本当に自分と出会えて良かったと思っている。
それは妙な下心からではなく、策略家の浅い言葉でもなく、心からこちらを気に入ってしまったがゆえの出会いに感謝した言葉だった。


かくして、伏黒恵は美しき変人と共に数日の時を過ごすこととなる。
人質として、やがて来る日に命のやり取りをする品物として可愛がられることになる。

父親が自分を選ぶとは全く持って思わなかったが、味方であるらしい少女が自分を害するとも思わなかったので、少女の策略に手を貸してやることにしたのだった。

それは恵の中にある正義感から来るものでもあったが、もっと…他の言葉には言い表せない柔らかな感情から来る行動でもあったのだった。
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