五条妹による、華麗なる【脅迫劇】
桜の花びらが散り行く中で、俺達は久方ぶりの再会を果たした。
晴天、快晴。
晴れ渡る青空と、儚げな桜の散り行く風景に一人の少女が加わっている様を、俺は数十秒棒立ちの状態でただただ見つめ続けた。
伸ばされた背筋、少しばかり顎をあげた姿勢をしている。
爪先から降りていく歩き方からは余裕と可憐さが垣間見えた。
自分とよく似た、それでいて少しだけ違う、所謂女性特有の髪の柔らかさと細さを兼ね備えた白く滑らかな髪を片手でサラリと払いながら、その少女は俺を視界に写すこともなく、隣を通り過ぎて行こうとした。
言うまでもなく、完璧だった。
その少女は、否、俺の妹は。
俺の、幼い頃に引き離された、選ばれなかった方の半身は、俺よりもずっと美しい、完璧で完全で最高の存在になっていた。
彼女を構築するあらゆる事柄が調和を保っており、纏う空気すら一級品だった。
それはもう、こちらの存在など取り入れる余地が無い程に。
言い換えれば、自分以外の物を拒絶するかのように。
他の物など、俺など、いらないと言わんばかりに。
それほどまでに、俺の妹は完璧になって俺の前に現れたのだった。
隣を通り過ぎて行こうとする少女の細腕をパシリッと掴む。
言うことも何も考えてはいなかったが、とにかく掴んだ。
掴んで、それから、互いに視線を交わらせ、俺は彼女の名前を呼ぼうとした。
けれど、先に彼女が俺の名を呼んだのだ。
「五条悟ね、久しぶり。私のこと…覚えていらっしゃるかしら」
せっかくの再会だというのに、彼女は冷え冷えとした興奮も喜びも何も無い、感情の籠もらない声で俺の名を呼んだ。
それがどうにも悔しくて、というか、正直に言ってしまえばそりゃあもう腹が立って。
だってこっちはあの引き離された日から、軽く見積もっても一年間は妹は何処だ俺の半身を何処へやりやがったんだと、喚いて叫んで嘆いて訴えて、心を痛め続けたというのに。
いや、そんなもんじゃない。事実として俺は、俺のことだけを選んだ奴等を全員嫌いになったし、妹など居なかったと言う奴等も嫌いになったし、悲しむ俺に取り入ろうとする奴等も嫌いになって。あの家で好きだと言える人間が全員居なくなるまで、環境を嫌って嫌って嫌い続けて。そんな大嫌いな環境で生きることになったのに。
それなのに。
それなのに妹は、何の感動も無い、感情の無い、冷たい声でちっとも興味など無さそうに俺に話し掛けやがった。
だからわざと俺は言ってやった。
寸前まで名前を呼ぼうとしていた口で、「は?誰だよお前」と、笑って言ってやった。
彼女は嘘を付く俺をジッと見上げ、震えるような瞬きを数回した。
動揺がチラついたのが分かった。
けれどそれはすぐさま仕舞われ、変わりに彼女は怯えも怒りも無い表情を作り上げる。
「知らないの?ならば覚えておきなさい」
「なにそのキャラ、お嬢様キャラ?」
「私はお嬢様ではないし、お金なんて持っていないけれど…」
「でもね」と、彼女は俺の手を振り払い、身体をこちらに向けて作り物の美しい笑みを浮かべて言ってみせた。
嫉妬と激怒でイビツに醜く歪んだ俺の感情などとは比べ物にならないほど、美しく、誇りを持って、堂々と自分を語ってみせたのだ。
「美しさは持ち合わせているわ。他には何も無いと言っても過言では無いけれど、美しくあれば全ては後から付いてくるはずですもの」
だから貴方の記憶も、そのうち思い出すことでしょう。
なんたって、美しさは脳の刺激になるはずだから。
そう言って、彼女は髪を揺らしながらさっさとその場を去って行った。
唖然とする俺のことなど捨てて、華麗な足取りで美しく歩いて行った。
ついでに言うと、俺はあまりの衝撃に、嫌悪で濁り忘れていた幼少期のことを思い出していた。
そういえばそうだった。
最初からあの妹は、あんな奴だった。
美しいものが好きで、美しい自分が好きで、美しい自分を讃える者が好きで、美しい俺のことが好きだった。
そして、美しく無い物も別に嫌いではなく、これから美しくなる機会が絶対に巡ってくると信じて疑わず、だから万人を許し受け入れ、それだから捨てられたのだということを。
お前ならば、五条家の…呪術界の在り方も受け入れてくれるだろうと。
より優れた方を選び、優れていなかった方を手放す方針を受け入れてくれるだろうと。
そう、甘く見られて捨てられたのだ。
甘ったれたお嬢様だと思われていたのだ。
だがどうだ、成長したアイツは甘ったれどころか、己の美学を突き詰めて完璧なイカれ女になってしまったではないか。
甘さも一周すれば苦痛になる、だがさらに極めれば唯一無二の味わいとなる。
まるで虫歯の元みたいな奴だ。
あんなもの毒だ、この業界に居るような、腐ってくすんでいった者達にとってあの美しい輝きは毒そのものだ。
俺は唖然とその場に佇み、久しく忘れていた幼少期の美しかった思い出を一つ一つ、丁寧に思い出していく。
その度に毒針で刺されたように、内側が痛んでドクドクと脈を打った。
この日を境に、俺は妹の美学の中毒となってしまったのだった。
___
妹曰く、「美しさは正義」だと言う。
それは別に、美しい=正義というわけではなく、正義とは得てして美しい物だ…というのが、妹の持論らしい。
そんなわけあるか、悪党が掲げる焦げて褪せた正義までもをお前は美しいと言うのか。
馬鹿馬鹿しい、所詮見たいとこだけしか見ていない奴の発言だ、などといった意見を言えば、彼女は美しく笑う。
「五条悟くん、君はジョジョの第三部を読んだことが無いのですか?」
ならば今すぐ読みなさい、貸してあげるから読みなさい、私の部屋に全巻あるわよ。
「悪には悪の美学があるのですよ」
「多分無い奴もかなり居るぞ」
「今はそれでもいいんです、これから美しい悪になれば、それで良いんです」
本気で心からそう思い、人間の可能性を信じているのだろう。
多分、恐らく、俺には全く理解出来無いことだけれど、妹は相手がどれだけ醜悪なクズだろうと、救いようのない馬鹿だろうと、何処かに美しさがあるはずだと信じて相手と接するんだろう。
万人に対して、対等に。
それが誰であっても、目を見て「君は美しい」と言うんだろう。
それが酷くムカついた。
小さかったあの頃、彼女は確かに俺だけを見ていた。
そっくりな自分の片割れをずっとずっと見ていた。
飽きることなく5年間、延々と。
だが、再会した妹は俺のことを見ていなかった。見てはくれなかった。見ようとしなかった。
俺以外の物を見るのに忙しいから、俺以外の物を賛美するのに時間を使っているから。
俺のことなど見なくなってしまった妹に、俺はムカついて苛立って腹が立って仕方がなかった。
だから、少しでもこちらを見るように仕掛け続ける。
俺を追わせるために、あらゆる手立てを考える。
好かれることじゃ意味が無い、そんなことをしたって他と同列に賛美されるだけ。ならば、嫌われる他無い。
嫌われることをする、嫌がることばかりをする、苦しむことのみをする。
俺が苦しんだように、お前も苦しめば良いと呪いを込めながら。
俺は彼女の美しさを蝕む毒のように、心の内を這いずることにしたのだ。
晴天、快晴。
晴れ渡る青空と、儚げな桜の散り行く風景に一人の少女が加わっている様を、俺は数十秒棒立ちの状態でただただ見つめ続けた。
伸ばされた背筋、少しばかり顎をあげた姿勢をしている。
爪先から降りていく歩き方からは余裕と可憐さが垣間見えた。
自分とよく似た、それでいて少しだけ違う、所謂女性特有の髪の柔らかさと細さを兼ね備えた白く滑らかな髪を片手でサラリと払いながら、その少女は俺を視界に写すこともなく、隣を通り過ぎて行こうとした。
言うまでもなく、完璧だった。
その少女は、否、俺の妹は。
俺の、幼い頃に引き離された、選ばれなかった方の半身は、俺よりもずっと美しい、完璧で完全で最高の存在になっていた。
彼女を構築するあらゆる事柄が調和を保っており、纏う空気すら一級品だった。
それはもう、こちらの存在など取り入れる余地が無い程に。
言い換えれば、自分以外の物を拒絶するかのように。
他の物など、俺など、いらないと言わんばかりに。
それほどまでに、俺の妹は完璧になって俺の前に現れたのだった。
隣を通り過ぎて行こうとする少女の細腕をパシリッと掴む。
言うことも何も考えてはいなかったが、とにかく掴んだ。
掴んで、それから、互いに視線を交わらせ、俺は彼女の名前を呼ぼうとした。
けれど、先に彼女が俺の名を呼んだのだ。
「五条悟ね、久しぶり。私のこと…覚えていらっしゃるかしら」
せっかくの再会だというのに、彼女は冷え冷えとした興奮も喜びも何も無い、感情の籠もらない声で俺の名を呼んだ。
それがどうにも悔しくて、というか、正直に言ってしまえばそりゃあもう腹が立って。
だってこっちはあの引き離された日から、軽く見積もっても一年間は妹は何処だ俺の半身を何処へやりやがったんだと、喚いて叫んで嘆いて訴えて、心を痛め続けたというのに。
いや、そんなもんじゃない。事実として俺は、俺のことだけを選んだ奴等を全員嫌いになったし、妹など居なかったと言う奴等も嫌いになったし、悲しむ俺に取り入ろうとする奴等も嫌いになって。あの家で好きだと言える人間が全員居なくなるまで、環境を嫌って嫌って嫌い続けて。そんな大嫌いな環境で生きることになったのに。
それなのに。
それなのに妹は、何の感動も無い、感情の無い、冷たい声でちっとも興味など無さそうに俺に話し掛けやがった。
だからわざと俺は言ってやった。
寸前まで名前を呼ぼうとしていた口で、「は?誰だよお前」と、笑って言ってやった。
彼女は嘘を付く俺をジッと見上げ、震えるような瞬きを数回した。
動揺がチラついたのが分かった。
けれどそれはすぐさま仕舞われ、変わりに彼女は怯えも怒りも無い表情を作り上げる。
「知らないの?ならば覚えておきなさい」
「なにそのキャラ、お嬢様キャラ?」
「私はお嬢様ではないし、お金なんて持っていないけれど…」
「でもね」と、彼女は俺の手を振り払い、身体をこちらに向けて作り物の美しい笑みを浮かべて言ってみせた。
嫉妬と激怒でイビツに醜く歪んだ俺の感情などとは比べ物にならないほど、美しく、誇りを持って、堂々と自分を語ってみせたのだ。
「美しさは持ち合わせているわ。他には何も無いと言っても過言では無いけれど、美しくあれば全ては後から付いてくるはずですもの」
だから貴方の記憶も、そのうち思い出すことでしょう。
なんたって、美しさは脳の刺激になるはずだから。
そう言って、彼女は髪を揺らしながらさっさとその場を去って行った。
唖然とする俺のことなど捨てて、華麗な足取りで美しく歩いて行った。
ついでに言うと、俺はあまりの衝撃に、嫌悪で濁り忘れていた幼少期のことを思い出していた。
そういえばそうだった。
最初からあの妹は、あんな奴だった。
美しいものが好きで、美しい自分が好きで、美しい自分を讃える者が好きで、美しい俺のことが好きだった。
そして、美しく無い物も別に嫌いではなく、これから美しくなる機会が絶対に巡ってくると信じて疑わず、だから万人を許し受け入れ、それだから捨てられたのだということを。
お前ならば、五条家の…呪術界の在り方も受け入れてくれるだろうと。
より優れた方を選び、優れていなかった方を手放す方針を受け入れてくれるだろうと。
そう、甘く見られて捨てられたのだ。
甘ったれたお嬢様だと思われていたのだ。
だがどうだ、成長したアイツは甘ったれどころか、己の美学を突き詰めて完璧なイカれ女になってしまったではないか。
甘さも一周すれば苦痛になる、だがさらに極めれば唯一無二の味わいとなる。
まるで虫歯の元みたいな奴だ。
あんなもの毒だ、この業界に居るような、腐ってくすんでいった者達にとってあの美しい輝きは毒そのものだ。
俺は唖然とその場に佇み、久しく忘れていた幼少期の美しかった思い出を一つ一つ、丁寧に思い出していく。
その度に毒針で刺されたように、内側が痛んでドクドクと脈を打った。
この日を境に、俺は妹の美学の中毒となってしまったのだった。
___
妹曰く、「美しさは正義」だと言う。
それは別に、美しい=正義というわけではなく、正義とは得てして美しい物だ…というのが、妹の持論らしい。
そんなわけあるか、悪党が掲げる焦げて褪せた正義までもをお前は美しいと言うのか。
馬鹿馬鹿しい、所詮見たいとこだけしか見ていない奴の発言だ、などといった意見を言えば、彼女は美しく笑う。
「五条悟くん、君はジョジョの第三部を読んだことが無いのですか?」
ならば今すぐ読みなさい、貸してあげるから読みなさい、私の部屋に全巻あるわよ。
「悪には悪の美学があるのですよ」
「多分無い奴もかなり居るぞ」
「今はそれでもいいんです、これから美しい悪になれば、それで良いんです」
本気で心からそう思い、人間の可能性を信じているのだろう。
多分、恐らく、俺には全く理解出来無いことだけれど、妹は相手がどれだけ醜悪なクズだろうと、救いようのない馬鹿だろうと、何処かに美しさがあるはずだと信じて相手と接するんだろう。
万人に対して、対等に。
それが誰であっても、目を見て「君は美しい」と言うんだろう。
それが酷くムカついた。
小さかったあの頃、彼女は確かに俺だけを見ていた。
そっくりな自分の片割れをずっとずっと見ていた。
飽きることなく5年間、延々と。
だが、再会した妹は俺のことを見ていなかった。見てはくれなかった。見ようとしなかった。
俺以外の物を見るのに忙しいから、俺以外の物を賛美するのに時間を使っているから。
俺のことなど見なくなってしまった妹に、俺はムカついて苛立って腹が立って仕方がなかった。
だから、少しでもこちらを見るように仕掛け続ける。
俺を追わせるために、あらゆる手立てを考える。
好かれることじゃ意味が無い、そんなことをしたって他と同列に賛美されるだけ。ならば、嫌われる他無い。
嫌われることをする、嫌がることばかりをする、苦しむことのみをする。
俺が苦しんだように、お前も苦しめば良いと呪いを込めながら。
俺は彼女の美しさを蝕む毒のように、心の内を這いずることにしたのだ。