五条妹による、華麗なる【脅迫劇】
教室で昼食をとりながら、片手間に本を読んでいれば徐ろに声を掛けられた。
「一時間も悟のこと双眼鏡で覗いてたんだって?」
その男は、あたかも人の良さそうな笑みを貼り付けながら私に尋ねる。
私は文字を追う目を本から離さぬまま、彼の言葉に返答を送った。
「双眼鏡ではなくオペラグラスです、そして一時間ではなく50分よ」
「どちらにしろ熱狂的だ」
「残念ながら、熱も無ければ狂いも無いわ」
それで会話を終わらせようとしたが、話したそうにする彼を目にしてしまい、仕方無く本を閉じて目線を合わせた。
彼、とは。夏油傑のことである。
兄である五条悟が認めた最強の片割れ、酷く仲の良い大親友。
そして、私を讃えることのない人間…即ち、私の興味関心の対象外の奴である。
まあ、だからと言って嫌っているわけでは無いのだ。
何なら良く思っている方の部類である。
彼の性格は同級生である家入硝子曰く「クズ」であり、私もそれについては否定しないのだが、それでもやはり彼のことはこれといって嫌いでは無かった。
興味も関心もあまり無い理由は、別段私をどうこうするでもない様子であるところにある。だから警戒することも嫌悪を向けることもしない。
むしろ、彼が居るからこそ兄を押し付ける先がある事実に安堵するほどだ。
そんな彼はどうやら、五条悟が任務に出て行ったのを切っ掛けに私とお話をするべく自分の席をわざわざ引っ張ってきてくれたらしい。
中々良いご趣味をお持ちだこと。
「悟、喜んでたよ。凄くハシャいでた」
それはそうだろう、何せ美しい人間に一時間もしっかりと、全身くまなく隅々まで見られているのだ。喜ばない理由など無いに決まっている。
私はうんうん、と頷いて話の続きを促す。
「まるで恋する女の子みたいだった」
「そんなに?私って罪ね…」
美しさは罪だと言うけれど、兄に恋する乙女のような反応をさせてしまうだなんて犯罪級の罪ではないだろうか。禁断の恋はロマンス文学の鉄板だ。
そうは言うけれど、私は私の美しさを正義だと結論付けているので今のは完璧に言葉の綾である。
美しさが罪なわけがない。美しさは正義であり、美しいからこそ正義はいつも、いつまでも輝くものなのだから。
だから私は罪ではない、そして兄の反応も罪ではない、正義の上に成り立つべくして成り立った至極当然の反応である。
昼食に用意して来たサンドイッチの詰まったお弁当からキュウリとチーズのシンプルなサンドイッチを選んで抜き取り、口に運ぶ。
そして、目の前でにこやかに澄ました笑顔を浮かべる御仁にも、一ついかがとお弁当を差し出せば、一番ボリュームのあるタマゴサンドを遠慮無く掴み持って行った。
清々しい程の選びようだった。
それはもう、最初から目を付けていましたと言わんばかりの選びようだった。
遠慮もへったくれもない、鮮やかなお手並みであった。
据え膳食わぬは男の恥(食欲的な意味合いで)である。
「ありがとう、頂くよ」
「たんとお食べなさい」
「もう一個貰うね」
「よく噛んで食べなさい」
よく噛めとは言ったが、何せ一口が私の何倍あるんだと言うような口をしている。
そのため、私が一つ食べる間に彼は簡単に二つたいらげていた。
流石に最後の一個は遠慮したらしく、ツナマヨサンドが寂しく弁当箱の端に残る様を、私は感傷もなく見下ろす。
「別に食べても良いのに」
「いや、流石に…」
「非常食におにぎりがあるから、私はそちらを食べますし」
「え?おにぎりもあるのかい?」
彼は私の言葉に、名残惜しそうにツナサンドに向けていた視線を外しながら聞いてきた。
「ちなみに具材は?」
「焼き鮭」
「そっちを貰っても?」
一応、もう一度確認のため言っておくがおにぎりは非常食である。
何かがあった時のために用意しておいた物だ、今食べなければ夜食べることになる物で、私は大体毎日夜はおにぎりを食べている。
というか、おにぎりを食べることを想定してスープやサラダを用意している。
それをこの男……いや、もう何も言うまい。
餓えは悲しいことだ、決して美しいことなどでは無い。
ならば与えてやるのは備えある者の使命だろう。
私は自分にそう言い聞かせ、お弁当用バッグに潜ませておいたおにぎりを無言で手渡してやった。
そして、自分は余った薄っぺらいツナサンドを手に取った。
こういう奴なのである、夏油傑とは。
清々しく遠慮のない、笑顔だけは優しい奴なのである。
「いえ、全然良いのだけど、灰原くんよりはマシなので」
「灰原はよく食べるからね」
「彼にお弁当箱を差し出すと、お弁当箱ごと持って行くから」
ありがとうございます!わー、美味しそう。って、本当に嬉しそうな良い笑顔で食べ始めてしまうものだから、私は何も言えなくなる。
しかし後輩は総じて可愛いものなので、私は態度を崩さず澄ました顔で飴でも舐めるのだ。
我ながら、チョロいとは思う。
モグモグと、口を閉じて私は大事に大事にツナサンドを食べた。
何せもう非常食は無いもので、これでどうにかこうにか腹を満たさなければ放課後まで何も食べるものは持ってきていないのだから。
そもそもの話、朝の時点で朝食のヨーグルトを半分兄に与えてしまったのだ、食事量が足りていないにも程がある。
それでもそんなことをおくびにも出さずに私は振る舞った。
隙を見せるだなんて、私の美学に反する行いだからだ。
そんな私に追い打ちをかけるように、夏油傑は「もっと悟と仲良くしてあげて欲しいんだけど、駄目かな?」と、優しい声で言った。
私はそれに、キッパリハッキリと、鋭く一言「却下します」と言った。
「そこを何とか」
「もうお弁当分けてあげません」
「ごめん、私が悪かった」
母親面も程々にして頂きたい。
という気持ちを込めて、お弁当を引き合いに出せば彼は簡単に引いてくれた。
ああ良かった、夏油傑とはあまりいざこざを起こしたくはないのだ。
なんて言ったって、彼は貴重な協力者の一人なので。
そう、彼は私にとって協力者だ。
どれだけ五条悟と私を仲良くさせようとしていても、協力関係を結んでいる限り私は彼との付き合いを絶つつもりは今は無い。
というわけで戯れも程々に、今週分のブツを貰うことにする。
私と彼以外には誰も居ない教室にて、秘密裏に取引は行われた。
いつものように、コソコソと。
バレないように、慎重に、迅速に。
私は鞄から取り出した紙袋を彼に渡し、彼は私に便箋を一つ差し出す。
それを素早く受け取り、私はすぐに封を開いて中身をチェックした。
中に入っているのは、いつも通り写真が数枚。
一枚一枚確実に、じっくりと観察していく。
「………相変わらず顔が良い、本当にムカつく」
「君も似たような顔してるけどね」
「私よりシャープなの」
「そうかな…?」
ペラリ、ペラリ。
5枚の写真は全て五条悟のものだった。
私はそれをジッ…と見つめ、自分の中の嫌悪が絶えていないことを再確認する。
夏油傑は密偵だ。
私が彼に頼んでいることは一つだけ、兄の写真を用意してほしいということ、それだけだった。
腹立たしいことに、兄は顔だけ見れば本当に美しい。
だからこそ、私は写真を目にすることで、兄の美しさと嫌悪を天秤にかけて判断しているのだ。
謂わば嫌悪の鮮度を保つための行為。
決してコレが美しいなどと認めないために、私は毎週毎週こうやって夏油傑に写真を貰っているのだった。
…それにしても本当に美しいな、この人間。
どの角度から見ても芸術品のようではないか。
かの芸術の神ミューズが見たならば、胸の内から込み上がる歓喜を表す溜息をついていたことだろう。
いやはや、何故こんなにも美しいのに、あんな中身をしているのだあの男は。
本当にふざけている。
「…ふぅ、ありがとう。今週も大変良い写真ばかりで」
「嫌悪は消えそう?」
「いえ全く、不思議なくらい嫌いです」
残念ながらそう簡単に私達の関係は良くならないだろう。
何せ再会から一年以上が経った今も、私は変わらず兄のことが嫌いで、面倒で、認めたくなくて、そして心から恨めしいのだ。
写真を封筒に戻し、鞄の底に仕舞う。
空っぽになったお弁当箱に蓋をして、私は有意義だけど、静かではない、満たされない昼食を終えたのだった。
「一時間も悟のこと双眼鏡で覗いてたんだって?」
その男は、あたかも人の良さそうな笑みを貼り付けながら私に尋ねる。
私は文字を追う目を本から離さぬまま、彼の言葉に返答を送った。
「双眼鏡ではなくオペラグラスです、そして一時間ではなく50分よ」
「どちらにしろ熱狂的だ」
「残念ながら、熱も無ければ狂いも無いわ」
それで会話を終わらせようとしたが、話したそうにする彼を目にしてしまい、仕方無く本を閉じて目線を合わせた。
彼、とは。夏油傑のことである。
兄である五条悟が認めた最強の片割れ、酷く仲の良い大親友。
そして、私を讃えることのない人間…即ち、私の興味関心の対象外の奴である。
まあ、だからと言って嫌っているわけでは無いのだ。
何なら良く思っている方の部類である。
彼の性格は同級生である家入硝子曰く「クズ」であり、私もそれについては否定しないのだが、それでもやはり彼のことはこれといって嫌いでは無かった。
興味も関心もあまり無い理由は、別段私をどうこうするでもない様子であるところにある。だから警戒することも嫌悪を向けることもしない。
むしろ、彼が居るからこそ兄を押し付ける先がある事実に安堵するほどだ。
そんな彼はどうやら、五条悟が任務に出て行ったのを切っ掛けに私とお話をするべく自分の席をわざわざ引っ張ってきてくれたらしい。
中々良いご趣味をお持ちだこと。
「悟、喜んでたよ。凄くハシャいでた」
それはそうだろう、何せ美しい人間に一時間もしっかりと、全身くまなく隅々まで見られているのだ。喜ばない理由など無いに決まっている。
私はうんうん、と頷いて話の続きを促す。
「まるで恋する女の子みたいだった」
「そんなに?私って罪ね…」
美しさは罪だと言うけれど、兄に恋する乙女のような反応をさせてしまうだなんて犯罪級の罪ではないだろうか。禁断の恋はロマンス文学の鉄板だ。
そうは言うけれど、私は私の美しさを正義だと結論付けているので今のは完璧に言葉の綾である。
美しさが罪なわけがない。美しさは正義であり、美しいからこそ正義はいつも、いつまでも輝くものなのだから。
だから私は罪ではない、そして兄の反応も罪ではない、正義の上に成り立つべくして成り立った至極当然の反応である。
昼食に用意して来たサンドイッチの詰まったお弁当からキュウリとチーズのシンプルなサンドイッチを選んで抜き取り、口に運ぶ。
そして、目の前でにこやかに澄ました笑顔を浮かべる御仁にも、一ついかがとお弁当を差し出せば、一番ボリュームのあるタマゴサンドを遠慮無く掴み持って行った。
清々しい程の選びようだった。
それはもう、最初から目を付けていましたと言わんばかりの選びようだった。
遠慮もへったくれもない、鮮やかなお手並みであった。
据え膳食わぬは男の恥(食欲的な意味合いで)である。
「ありがとう、頂くよ」
「たんとお食べなさい」
「もう一個貰うね」
「よく噛んで食べなさい」
よく噛めとは言ったが、何せ一口が私の何倍あるんだと言うような口をしている。
そのため、私が一つ食べる間に彼は簡単に二つたいらげていた。
流石に最後の一個は遠慮したらしく、ツナマヨサンドが寂しく弁当箱の端に残る様を、私は感傷もなく見下ろす。
「別に食べても良いのに」
「いや、流石に…」
「非常食におにぎりがあるから、私はそちらを食べますし」
「え?おにぎりもあるのかい?」
彼は私の言葉に、名残惜しそうにツナサンドに向けていた視線を外しながら聞いてきた。
「ちなみに具材は?」
「焼き鮭」
「そっちを貰っても?」
一応、もう一度確認のため言っておくがおにぎりは非常食である。
何かがあった時のために用意しておいた物だ、今食べなければ夜食べることになる物で、私は大体毎日夜はおにぎりを食べている。
というか、おにぎりを食べることを想定してスープやサラダを用意している。
それをこの男……いや、もう何も言うまい。
餓えは悲しいことだ、決して美しいことなどでは無い。
ならば与えてやるのは備えある者の使命だろう。
私は自分にそう言い聞かせ、お弁当用バッグに潜ませておいたおにぎりを無言で手渡してやった。
そして、自分は余った薄っぺらいツナサンドを手に取った。
こういう奴なのである、夏油傑とは。
清々しく遠慮のない、笑顔だけは優しい奴なのである。
「いえ、全然良いのだけど、灰原くんよりはマシなので」
「灰原はよく食べるからね」
「彼にお弁当箱を差し出すと、お弁当箱ごと持って行くから」
ありがとうございます!わー、美味しそう。って、本当に嬉しそうな良い笑顔で食べ始めてしまうものだから、私は何も言えなくなる。
しかし後輩は総じて可愛いものなので、私は態度を崩さず澄ました顔で飴でも舐めるのだ。
我ながら、チョロいとは思う。
モグモグと、口を閉じて私は大事に大事にツナサンドを食べた。
何せもう非常食は無いもので、これでどうにかこうにか腹を満たさなければ放課後まで何も食べるものは持ってきていないのだから。
そもそもの話、朝の時点で朝食のヨーグルトを半分兄に与えてしまったのだ、食事量が足りていないにも程がある。
それでもそんなことをおくびにも出さずに私は振る舞った。
隙を見せるだなんて、私の美学に反する行いだからだ。
そんな私に追い打ちをかけるように、夏油傑は「もっと悟と仲良くしてあげて欲しいんだけど、駄目かな?」と、優しい声で言った。
私はそれに、キッパリハッキリと、鋭く一言「却下します」と言った。
「そこを何とか」
「もうお弁当分けてあげません」
「ごめん、私が悪かった」
母親面も程々にして頂きたい。
という気持ちを込めて、お弁当を引き合いに出せば彼は簡単に引いてくれた。
ああ良かった、夏油傑とはあまりいざこざを起こしたくはないのだ。
なんて言ったって、彼は貴重な協力者の一人なので。
そう、彼は私にとって協力者だ。
どれだけ五条悟と私を仲良くさせようとしていても、協力関係を結んでいる限り私は彼との付き合いを絶つつもりは今は無い。
というわけで戯れも程々に、今週分のブツを貰うことにする。
私と彼以外には誰も居ない教室にて、秘密裏に取引は行われた。
いつものように、コソコソと。
バレないように、慎重に、迅速に。
私は鞄から取り出した紙袋を彼に渡し、彼は私に便箋を一つ差し出す。
それを素早く受け取り、私はすぐに封を開いて中身をチェックした。
中に入っているのは、いつも通り写真が数枚。
一枚一枚確実に、じっくりと観察していく。
「………相変わらず顔が良い、本当にムカつく」
「君も似たような顔してるけどね」
「私よりシャープなの」
「そうかな…?」
ペラリ、ペラリ。
5枚の写真は全て五条悟のものだった。
私はそれをジッ…と見つめ、自分の中の嫌悪が絶えていないことを再確認する。
夏油傑は密偵だ。
私が彼に頼んでいることは一つだけ、兄の写真を用意してほしいということ、それだけだった。
腹立たしいことに、兄は顔だけ見れば本当に美しい。
だからこそ、私は写真を目にすることで、兄の美しさと嫌悪を天秤にかけて判断しているのだ。
謂わば嫌悪の鮮度を保つための行為。
決してコレが美しいなどと認めないために、私は毎週毎週こうやって夏油傑に写真を貰っているのだった。
…それにしても本当に美しいな、この人間。
どの角度から見ても芸術品のようではないか。
かの芸術の神ミューズが見たならば、胸の内から込み上がる歓喜を表す溜息をついていたことだろう。
いやはや、何故こんなにも美しいのに、あんな中身をしているのだあの男は。
本当にふざけている。
「…ふぅ、ありがとう。今週も大変良い写真ばかりで」
「嫌悪は消えそう?」
「いえ全く、不思議なくらい嫌いです」
残念ながらそう簡単に私達の関係は良くならないだろう。
何せ再会から一年以上が経った今も、私は変わらず兄のことが嫌いで、面倒で、認めたくなくて、そして心から恨めしいのだ。
写真を封筒に戻し、鞄の底に仕舞う。
空っぽになったお弁当箱に蓋をして、私は有意義だけど、静かではない、満たされない昼食を終えたのだった。