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直哉と健気で可愛いパシリちゃん

現状報告。

知らない所で目が覚めたと思ったら、色んな大人の人が来て、色々ゴチャゴチャ言って帰ってった。
なんじゃこりゃ。


ヨダレを垂らした顔で目を擦り、ムニャムニャと寝惚けていた状態にも構わず何だか色々言われ、私は終始ポカンとしながら聞いていたのだが、どういうことなんだ。
というかここは何処だ、私…あの状態でよく生きていたな……確か、腹とか肩とかバキバキバッキーになっていたはずなのだが。
節々が痛む身体をゆっくり起こせば、どうやら本当に生きているらしく、傷口が熱を持っているのを感じ取れた。

い、痛い……けど、生きてるって感じがする。
良かった、あそこで死んだらちょっと困るなって思ってたんだよな…禪院家に置いてきた日記帳、絶対誰にも読まれたくないから処分したかったんだ…本当良かった。だって甚壱様讃頌とか書いてあるから…。

ベッドの横に置いてあるコップと、水入れを軋む身体で持ち、水を注いで、喉を潤わせるために一口飲んだ。


ゴクリ。

「ふぃー…」


一息ついて、先程言われたことを思い出そうとしたが、やっぱり寝惚けた頭では覚えられなかったらしく、思い出すのは諦めてベッドから出ることにした。
仕切りのカーテンを開けば、そこは学校の保健室のような…小さな診療所の治療室のような、そんな感じのお部屋だった。

ズキズキと痛む身体を叱咤し、人を探すために素足のまま歩き出す。
ペタペタと裸足で廊下を少しばかり歩んでいれば、遠くから微かに人の声が聞こえたのが分かった。

耳を澄ましながら、慎重に会話を探る。

「せやから、アイツは連れて帰るって言うてるやろ」
「このまま入学した方が良いと思うんだけどなー、絶対伸びるよあの子」
「…ええから、早うあの馬鹿に会わてくれへん?」

この声は…直哉様と五条悟様か……?

私は声がする方へと重い身体を何とか動かしながら進んでいく。
どうやらここでも私の入学についての話し合いが行われているようだ。
話し合いはヒートアップしている様子で、直哉様はとにかく私を連れ帰ると言い張り、五条様は私には然るべき教育をしてやった方が良いと主張している。

「せやからアイツは俺が、」
「あ、あのぅ………」

ワチャワチャと話し込む二人にそーっと声を掛ければ、二人して一緒にバッとこちらを振り向いた。

直哉様はそのキツネのような瞳を大きく見開いており、私の姿を上から下まで見て眉間にグッとキツいシワを寄せる。

「あの、直哉様……」

口を閉ざして、難しい表情で私を見る直哉様の名を呼ぶ。

きっと、彼の目には包帯だらけのこの身体は酷く醜く写っているのだろう。
見るに堪えない女だとでも思われているのかもしれないが、それでもこれは私にとっては勲章なので、あまり叱られたくはないなぁ…と、ちょっぴり思った。

直哉様も五条様も黙して喋り出さない中、私はいつものように主に向けて"報告"を行う。


「私、勝ちました」


勝利報告。

そう、私はあの呪霊に勝ったのだ。
絶対に、間違い無く。この手で確実に。格上の敵を屠った。
勝負は壮絶で、自身の息が絶える覚悟すらして挑んだ。
実際、最期の一撃を決めた瞬間、もうこのまま意識を手放してしまっても良いかと思った。
母も、幻聴だろうが…もう良い、よくやった…と、言ったような気がした。だから疲れに身を任せ、生を手放そうと一度は目を閉じた。
けれど、あの状態で生き残れたのは、直哉様に与えられた鍵と情のお陰だと私は思う。

彼の言葉を思い出し、絶対に帰らなければと、息を止めることを拒んだ。

別に帰る場所なんて何処だって良かった。
戦って、使命を果たせるならばいつ死んだって良かった。
地獄だろうと煉獄だろうと、修羅の道の果てだろうと…母に歩めと言われたならば歩んだだろう。それが宿命だと、今日までずっと信じていたから。

けれど、今は母の命令よりも、産まれる前から望まれていた運命よりも、直哉様の元に帰って荷物持ちでもパシリでもしていたいと思ってしまった。
きっとこれは愛でも恋でもないけれど、情ではあるのだろう。

私は今、直哉様から猛烈に褒めて貰いたかった。
こんなこと思ったの、人生ではじめてだった。


報告を終える頃には、直哉様は眉間からシワを消し、何も言わずに私を見つめている状態になっていた。

その目が少しだけ揺れていることに気付きながらも、私は気付かないフリをして精一杯明るく笑う。

「凄く頑張ったんですよ、褒めてくれないんですか?」
「…………お前、ほんま…アホやな…」

溜息を吐き出しながら、彼はいつものように私を罵倒する。

やっと喋ったかと思えばアホと言われ、笑顔にピキッと亀裂が走った。
崩れそうになった笑みをなんとか保っていれば、それまで黙って神妙な面持ちをしていた直哉様は、着火したかのように喋りだす。

「任務の内容、時間稼ぎって話やなかったか?なんで討伐してるん、このアホ」
「え、えと…えへ……」
「母国語すら碌に理解出来ひんのかアホタレ、国語イチからやり直さなあかんのか?ホンマの馬鹿やん」
「ひ、ひど………」
「しかもなんやその傷、式神使いがなんで接近戦してるん、マシな戦術くらい考えられへんの?アホやから無理なん?」
「……あぅ…………」

マシンガンのように浴びせられる罵声と正しい指摘に、私は頭を守るように縮こまった。


こ、これは流石に酷すぎるのではないでしょうか…!


頑張って戦って、ボロボロになって言われる言葉が罵倒って……いや知ってましたけど、こういう人だとは理解してましたけど。
でもちょっとくらい労ってくれたって良いじゃないか…という気持ちを込めて、チラリと五条様へショボクレた視線を送れば、視線に気付いた五条様はニコッと綺麗に微笑んで言った。

「うん、概ね僕も同意見ね」
「そんなあ〜〜〜!!」

あんなに頑張ったのに!?
あ、いや、言われてる意味は分かるんですよ。アホでも馬鹿でもないので。
確かに思い返せば伊地知さんに言われた話だと、私は一級以上の術師が到着するまでの時間稼ぎをして欲しいって話で…ヤバくなったら撤退して良いとも言われて…いて…………あ、やっぱこれは私がアホですねぇ!話ガン無視野郎じゃないですか、しかも式神使いなのに調子乗って作戦もクソもないバチバチの近接戦で挑んじゃったな……うわ、言い訳出来ないくらいアホだ………。

自分がかなりのアホだったことに気付いた瞬間、痛む身体を無理矢理直角に折り曲げ、「すみませんでした!」と、元気に自分の否を認める。

「うんうん、でも頑張ったね」
「五条様………優しい……」
「そう!僕は優しくて格好良くて面白くて金持ちで教え上手だから、入学してくれたら褒めて伸ばしていくよ!」
「ご褒美はお寿司がいいです!」
「入学したら毎日食べさせてあげるよ」

毎日寿司!?それはそれで飽きるような…いやでも、寿司……寿司……美味い寿司……。

「にゅ、入学…ぐぬ……」
「寿司くらい俺も食わしたるわ」

エブリデイ寿司の魅力に揺らぎそうになれば、すかさず直哉様が口を挟んできた。

いやでも直哉様は、基本的に自分の食べたい物を優先するからな…こっちの意見は聞いちゃくれないからな…。
でも何故だろうか、五条様から香ってくるそこはかとないだらしなさが入学を足踏みさせる。

というか、別に入学しなくたって寿司は直哉様が不在の時にでも勝手に一人で食べに行けば良い話だ。
うん、そもそも私が決めることじゃないか。禪院家の偉い人達が行けって言ったら行けば良いや。

主の望まぬ道を歩むなど、パシリ失格というのも。

「起きたんなら、早う帰る準備しいや」
「はい、少しだけお待ち下さい」

私は二人に頭をもう一度下げて、来た道をなるだけ早足で戻った。
身体は痛むが、命に関わるものは治療済なようなので、これならば屋敷で寝ていればそのうち回復するだろう。

結局、何のために来たんだという話だが、自分の中に母を思う以外の心がちゃんと備わっていたことが分かっただけでも良い経験になった…のかもしれない。


「………ご褒美にクレープでもねだってみようかなぁ」


あとお土産にとらやの羊羹も買って貰って、屋敷で出てくる羊羹と食べ比べをしてみよう。
良い兵士になるためには、しっかりとした休息と褒美も必要なのだと進言すれば、今日は買って貰えそうな気がする!

もし買って貰えなかった時は、帰ってから甚壱様にしがみつきながらねだろっかな。
甚壱様にしがみつくと、直哉様はすぐにすっ飛んでくるから。
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