直哉と健気で可愛いパシリちゃん
積もる雪も溶け出し、桃の花が淡く愛らしい色に染め上がった頃。
もうすぐ4月がやって来るというある日、直哉はまたしても書類の山を眺めていた。
それは、所謂「入学案内」というもの。
送り主は呪術高専、宛て先は自分が飼い慣らしているパシリの少女へ向けて。ちなみに、送られてきた日付けはかなり前だ。
2017年の4月から新年度となるわけだが、学生の年齢の者は入学シーズン真っ盛りである。
直哉のパシリであり従者であり、最近お気に入りの玩具である少女もまた、本来であれば高校生になる年齢であるため、本人…もしくは親が望むのであれば学校に通える立場にあった。
しかし、彼女には酷く込み入った事情があり、勿論一般校になど通わせられやしない。
だからといって、呪術高専に行かせれば最後、実力は申し分の無い奴だから、絶対引く手数多となって帰って来なくなるだろう…と、直哉は予想した。
自分の従姉妹達である人物らも高専に通うらしいが、それは当主や彼女らの親が考えることなので良いとして、一応少女の監督管理者である立場の者として、どうしてやるのが良いか…と、直哉はこの時期になっても未だに悩んでいた。
ぶっちゃけた話、直哉は学校なんぞに少女を行かせたくなかった。
まず東京高専には五条悟が居る、それだけで既に反吐が出るほど嫌だった。
五条悟の強さには憧れがあるが、それはそれとして少女を無闇矢鱈と近づけたくは無かった。
何せあっちは"当主"だ。上層部直々に禪院家に少女を押し付けてきたとは言え、五条悟が本気になったら絶対に自分一人が足掻いた所で掻っ攫われるだろうと、直哉は冷静に考える。
だからと言って、京都校には加茂家の跡取り息子が居る。
もし、もしも。万が一…いや、億が一…歳も近い男女の学生同士仲が良くなってしまえば最後…歳が近いから嫁に来ないか?なんて話になるかもしれない。
そんなもんはもう最悪も最悪だ。あれは自分の物であって、他の誰の物でもない。俺の仕事道具だ……と、言ったような内容を、直哉は脳内で誰にするでもなく主張する。
つまりは、気に入った玩具を横取りされたら困るからお外に持って行けない子供の心境であった。
「直哉くんパシリかーしーて!」「は?嫌に決まってるやろ」という感じである。
だって借りパクされたら困るから。とっても大事なお気に入りの玩具なので。
…というようなことをここ半月程悩んでいたら、いつの間に何処で話が進んでいたのかは知らないが、少女が「体験入学」に行くことになってしまっていたのだった。
もう既に東京高専に入学を決め、そちらへ行って新生活を始めている真希が居るからと、付き添いの保護者も必要無いと言われ、明日には京都を発つことになっているらしい。
直哉はこの事実を自分の父親である当主から言われた瞬間、一周回って冷静になった。
絶対に入学阻止したる、何が何でも入学させへん。
そう心に誓いを立て、彼は目の前にある入学案内書にギリリッと良く揃えられた形の良い爪を立てた。
というか、ちゃっちゃと解呪して嫁入りしろや、ほんなら話も早いのに。
とも思っていた。
直哉の荒れ具合に、直哉の八つ当たりの被害者となる男達も「パシリちゃん、早く寿退社してくれ」と思っていた。
パシリちゃんと呼ばれる少女だけがただ一人、ウキウキワクワクと淡い春を待ちわびているのだった。
___
現状報告。
東京高専に、体験入学に来た!パンパカパーン!!
前日に直哉様からこれでもかと色々注意されたことを思い出しながら、案内役として遣わされた方の後ろを付いて回り、校舎内を見て回る。
直哉様からの注意事項その一、五条悟とは目を合わせるな、会話をするな。
直哉様からの注意事項その二、必要以上に東京の奴等と仲良し小好しするな。
直哉様からの注意事項その三、さっさと帰ってこい。
などなど………。
それらを念頭に置きつつ、私はキョロキョロと楽しく学科案内をさせて頂いた。
「ここがグラウンドです」
「おお………広い……」
うん、何処からどう見てもグランドだ。
さっきは教室に案内して貰ったが、そっちも古い木造建築の教室…って感じだった。思ったよりも普通である。
それにしたって中々の敷地面積…これは、覚えるまでは迷子になったりするのではないだろうか…などと考えながら、案内役である伊地知さんの話を聞きつつ歩く。
なんでも、来年の新一年生は予定では三人だとか…。
「是非貴女も、と…五条さんが言ってらっしゃいましたよ」
疲れを感じさせる顔で優しく微笑まれながら言われ、とりあえず私も笑みを返す。
ありのままの感情で言うならば、何でもいいやって気持ちだ。
私はあの、同い年の扇様のお子さん…真希様と違って、目標も意気込みも無い。
求められた通りに戦えるのであれば、そこが地獄だろうと構わない。上が誰で、隣が誰かなんて関係ない、母が願うがままに戦って生きられたらそれでいい。
だから入学するもしないもどうでも良いのだが……大人達はそうでもないらしく、入学賛成派と反対派に分かれているそうな。
それは禪院家の中でも起きているらしく、当主様は私を「行かせてやっても良い」と言っており、管理者である直哉様は「断固反対」を貫いている。
まあ、なんとややこしいことか。
「真希様は…もう制服が届いたのでしょうか」
「ええ、きっともう届いているはずですよ」
「そっかぁ…」
そりゃそうか、もう3月の終わりだしな…当たり前か。
校舎裏に花壇があるので、次はそこを案内してくれるらしい。
気持ち良く晴れた空の下、テクテク歩きながら花々の元へ向かう。
その道すがら、スマホのコール音らしき物が鳴り響いた。
発信源はどうやら伊地知さんのものらしい。
彼は私に一言断りを入れてから、スマホを取り出し耳にあてた。
「はい、はい」「ですが、今は…」と、何やら険しい表情をしながら彼は話している。
私は不自然にならない仕草で耳に髪を掛け、集中して会話の内容を探った。
途切れ途切れに風にのって聞こえてくる内容は、どうやら緊急の任務についてのようだ。
恐らくだが、それなりに強い呪霊が人的被害を出したとか…。
だがしかし、その呪霊に対応出来るクラスの術師が出払っており、宛てが無いから時間を稼ぐ必要が…というような話だった。
なるほどなるほど…だから今一瞬こちらをチラッと見たんですね、伊地知さん。
学生にもなっていない術者にも容赦無いやっちゃの〜。
慌てた様子を見せながら、しかし確実に私の実力を把握している様子の伊地知さんの立場は察して余るほどだった。
本来ならば行かせるべきなのだろうが、しかし優しさからかその判断を下せない。これは絶対に胃を痛めるタイプの性格だ。ここじゃ、優しい人ほど損をする。
もー…仕方ないなあ、今回は貴方の優しさに免じて、こちらから口を挟んでやろうじゃありませんか。
私は一度困ったように笑い、すぐに表情を引き締め直して電話の向こうにも聞こえる声量で話し始めた。
「はいはーい、私行けます。準一級でーす」
「いえ、しかし一級相当かもしれなく…!」
「問題無いですよ、一級術師に扱かれまくっているので」
直哉様にこれでもかって弱点を指摘されて扱かれてるからね。
それはもう、嫌ってほどには叩き込まれてますもの。
自信を持った笑みを浮かべてみせれば、伊地知さんは電話の向こうの人と話し合ってから、私に任務を回してくれた。
「一級術師が到着するまでの時間稼ぎで良いですからね、無茶はせず、」
「駄目そうなら迷わず撤退しますね」
「絶対にそうして下さい」
会話も程々に、車を回してくると言って伊地知さんは走って行った。
続くように、私も少し早いペースで歩き出す。
高専に入ったら、こうやっていきなり任務が入ったりするのかな。
そうしたら、母の抱える怒りの吐き出し口も少しは増えるだろうか。
それは、少しだけ魅力的かもしれない。
私は母の怒りと嘆きを終わらせてあげたい。
早く苦しみから解放してあげたい。
この悪夢を断ち切りたい。
そのためには、従うしかないのだ、母に。
従って、従って、従って。
戦って、傷めつけて、呪って、殺して。
母が受けた苦痛の数々を、あらん限りの侮辱と悲嘆を、私が変わりに晴らしてあげるのだ。
そう望まれて産み出された、そのために生きろと囁やかれ続けてきた。
だから、行かなければならない。戦場へ。
だってこれは、兄さんや姉さん達には出来ないことだから。
私にしか出来ないことなのだ。
臆病者共には出来ない、復讐の道なのだ。
もうすぐ4月がやって来るというある日、直哉はまたしても書類の山を眺めていた。
それは、所謂「入学案内」というもの。
送り主は呪術高専、宛て先は自分が飼い慣らしているパシリの少女へ向けて。ちなみに、送られてきた日付けはかなり前だ。
2017年の4月から新年度となるわけだが、学生の年齢の者は入学シーズン真っ盛りである。
直哉のパシリであり従者であり、最近お気に入りの玩具である少女もまた、本来であれば高校生になる年齢であるため、本人…もしくは親が望むのであれば学校に通える立場にあった。
しかし、彼女には酷く込み入った事情があり、勿論一般校になど通わせられやしない。
だからといって、呪術高専に行かせれば最後、実力は申し分の無い奴だから、絶対引く手数多となって帰って来なくなるだろう…と、直哉は予想した。
自分の従姉妹達である人物らも高専に通うらしいが、それは当主や彼女らの親が考えることなので良いとして、一応少女の監督管理者である立場の者として、どうしてやるのが良いか…と、直哉はこの時期になっても未だに悩んでいた。
ぶっちゃけた話、直哉は学校なんぞに少女を行かせたくなかった。
まず東京高専には五条悟が居る、それだけで既に反吐が出るほど嫌だった。
五条悟の強さには憧れがあるが、それはそれとして少女を無闇矢鱈と近づけたくは無かった。
何せあっちは"当主"だ。上層部直々に禪院家に少女を押し付けてきたとは言え、五条悟が本気になったら絶対に自分一人が足掻いた所で掻っ攫われるだろうと、直哉は冷静に考える。
だからと言って、京都校には加茂家の跡取り息子が居る。
もし、もしも。万が一…いや、億が一…歳も近い男女の学生同士仲が良くなってしまえば最後…歳が近いから嫁に来ないか?なんて話になるかもしれない。
そんなもんはもう最悪も最悪だ。あれは自分の物であって、他の誰の物でもない。俺の仕事道具だ……と、言ったような内容を、直哉は脳内で誰にするでもなく主張する。
つまりは、気に入った玩具を横取りされたら困るからお外に持って行けない子供の心境であった。
「直哉くんパシリかーしーて!」「は?嫌に決まってるやろ」という感じである。
だって借りパクされたら困るから。とっても大事なお気に入りの玩具なので。
…というようなことをここ半月程悩んでいたら、いつの間に何処で話が進んでいたのかは知らないが、少女が「体験入学」に行くことになってしまっていたのだった。
もう既に東京高専に入学を決め、そちらへ行って新生活を始めている真希が居るからと、付き添いの保護者も必要無いと言われ、明日には京都を発つことになっているらしい。
直哉はこの事実を自分の父親である当主から言われた瞬間、一周回って冷静になった。
絶対に入学阻止したる、何が何でも入学させへん。
そう心に誓いを立て、彼は目の前にある入学案内書にギリリッと良く揃えられた形の良い爪を立てた。
というか、ちゃっちゃと解呪して嫁入りしろや、ほんなら話も早いのに。
とも思っていた。
直哉の荒れ具合に、直哉の八つ当たりの被害者となる男達も「パシリちゃん、早く寿退社してくれ」と思っていた。
パシリちゃんと呼ばれる少女だけがただ一人、ウキウキワクワクと淡い春を待ちわびているのだった。
___
現状報告。
東京高専に、体験入学に来た!パンパカパーン!!
前日に直哉様からこれでもかと色々注意されたことを思い出しながら、案内役として遣わされた方の後ろを付いて回り、校舎内を見て回る。
直哉様からの注意事項その一、五条悟とは目を合わせるな、会話をするな。
直哉様からの注意事項その二、必要以上に東京の奴等と仲良し小好しするな。
直哉様からの注意事項その三、さっさと帰ってこい。
などなど………。
それらを念頭に置きつつ、私はキョロキョロと楽しく学科案内をさせて頂いた。
「ここがグラウンドです」
「おお………広い……」
うん、何処からどう見てもグランドだ。
さっきは教室に案内して貰ったが、そっちも古い木造建築の教室…って感じだった。思ったよりも普通である。
それにしたって中々の敷地面積…これは、覚えるまでは迷子になったりするのではないだろうか…などと考えながら、案内役である伊地知さんの話を聞きつつ歩く。
なんでも、来年の新一年生は予定では三人だとか…。
「是非貴女も、と…五条さんが言ってらっしゃいましたよ」
疲れを感じさせる顔で優しく微笑まれながら言われ、とりあえず私も笑みを返す。
ありのままの感情で言うならば、何でもいいやって気持ちだ。
私はあの、同い年の扇様のお子さん…真希様と違って、目標も意気込みも無い。
求められた通りに戦えるのであれば、そこが地獄だろうと構わない。上が誰で、隣が誰かなんて関係ない、母が願うがままに戦って生きられたらそれでいい。
だから入学するもしないもどうでも良いのだが……大人達はそうでもないらしく、入学賛成派と反対派に分かれているそうな。
それは禪院家の中でも起きているらしく、当主様は私を「行かせてやっても良い」と言っており、管理者である直哉様は「断固反対」を貫いている。
まあ、なんとややこしいことか。
「真希様は…もう制服が届いたのでしょうか」
「ええ、きっともう届いているはずですよ」
「そっかぁ…」
そりゃそうか、もう3月の終わりだしな…当たり前か。
校舎裏に花壇があるので、次はそこを案内してくれるらしい。
気持ち良く晴れた空の下、テクテク歩きながら花々の元へ向かう。
その道すがら、スマホのコール音らしき物が鳴り響いた。
発信源はどうやら伊地知さんのものらしい。
彼は私に一言断りを入れてから、スマホを取り出し耳にあてた。
「はい、はい」「ですが、今は…」と、何やら険しい表情をしながら彼は話している。
私は不自然にならない仕草で耳に髪を掛け、集中して会話の内容を探った。
途切れ途切れに風にのって聞こえてくる内容は、どうやら緊急の任務についてのようだ。
恐らくだが、それなりに強い呪霊が人的被害を出したとか…。
だがしかし、その呪霊に対応出来るクラスの術師が出払っており、宛てが無いから時間を稼ぐ必要が…というような話だった。
なるほどなるほど…だから今一瞬こちらをチラッと見たんですね、伊地知さん。
学生にもなっていない術者にも容赦無いやっちゃの〜。
慌てた様子を見せながら、しかし確実に私の実力を把握している様子の伊地知さんの立場は察して余るほどだった。
本来ならば行かせるべきなのだろうが、しかし優しさからかその判断を下せない。これは絶対に胃を痛めるタイプの性格だ。ここじゃ、優しい人ほど損をする。
もー…仕方ないなあ、今回は貴方の優しさに免じて、こちらから口を挟んでやろうじゃありませんか。
私は一度困ったように笑い、すぐに表情を引き締め直して電話の向こうにも聞こえる声量で話し始めた。
「はいはーい、私行けます。準一級でーす」
「いえ、しかし一級相当かもしれなく…!」
「問題無いですよ、一級術師に扱かれまくっているので」
直哉様にこれでもかって弱点を指摘されて扱かれてるからね。
それはもう、嫌ってほどには叩き込まれてますもの。
自信を持った笑みを浮かべてみせれば、伊地知さんは電話の向こうの人と話し合ってから、私に任務を回してくれた。
「一級術師が到着するまでの時間稼ぎで良いですからね、無茶はせず、」
「駄目そうなら迷わず撤退しますね」
「絶対にそうして下さい」
会話も程々に、車を回してくると言って伊地知さんは走って行った。
続くように、私も少し早いペースで歩き出す。
高専に入ったら、こうやっていきなり任務が入ったりするのかな。
そうしたら、母の抱える怒りの吐き出し口も少しは増えるだろうか。
それは、少しだけ魅力的かもしれない。
私は母の怒りと嘆きを終わらせてあげたい。
早く苦しみから解放してあげたい。
この悪夢を断ち切りたい。
そのためには、従うしかないのだ、母に。
従って、従って、従って。
戦って、傷めつけて、呪って、殺して。
母が受けた苦痛の数々を、あらん限りの侮辱と悲嘆を、私が変わりに晴らしてあげるのだ。
そう望まれて産み出された、そのために生きろと囁やかれ続けてきた。
だから、行かなければならない。戦場へ。
だってこれは、兄さんや姉さん達には出来ないことだから。
私にしか出来ないことなのだ。
臆病者共には出来ない、復讐の道なのだ。