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直哉と健気で可愛いパシリちゃん

現状報告。

直哉様に呼ばれて夜に彼の書斎に参った。

なんでも、読んでいない本が本棚に置かれているから読みに来い…だとか。
読んで良いというならば何でも読ませて頂くが、しかし本人の書斎なんだよな…直哉様が居る時しか出入り駄目だよな…と、考えていたら綺麗に予想を裏切られた。

ポイッと雑に手渡された物をキャッチし見下ろす。
銀色に光るそれは、所謂"鍵"と呼ばれるものだった。

「え、えっと…これ、もしかして…」
「俺がおらへん時は、それ使うて自由に読んでええから」
「な、なんで………」

純粋な疑問が降りてくる、何故私にそこまで許してくれるのか。

だって、自由に部屋に出入りしていいだなんて、絶対他の人にはさせたりしないだろう。
この人の性格を表す時、まず始めにクズと表現されるが、それを抜きにすれば人を寄せ付けない難しい部分があった。

弱い者、使えない者、自分にとって邪魔な者。
女、無能な子供、邪魔な叔父、気に食わない兄達、そして自分が当主になるためには不必要な父親。
そういった一切を彼は不要とし、交わりたがらない。
それ故に安易に他者を寄せ付けようとせず、過度の愛着も持たない。
躾が出来る分犬や猫の方がまだマシだと思っているくらいだ、人畜生に与える慈悲などありはしないはずなのに。

そんな人が、たかだか一ヶ月と少し共にしただけのガキに合鍵など…何かの冗談だろうか、はたまた悪いものでも食べて気を可笑しくしたか。

不安になって直哉様を見上げるも、彼は既にこちらを見ておらず、久しく読んでいないという書籍をつまらなそうに目で追っていた。

「本当にいいんですか?勝手に入って読んじゃいますよ?」
「ええ兵士になるには必要なんやろ?やったら使うたらええ」
「や、優しい……」

思わずそう口にすれば、直哉様は勢い良く、あからさまに不機嫌になった顔をして振り返った。
そして、これでもかと早口で捲し立てる。

「は?別に優しくなんてしてへんけど?勘違いすんなや、俺はただお前が必要や言うさかい主として与えたっただけやからな」
「ツンデレ…」
「おい、今なんて言うた?もういっぺん言うてみいや、なあおい、アホカス」

あ、コレはマジでキレてるな。
理解した私は「すみません、すみません」と謝りながら手の中の鍵をギュッと握り締める。

理由はよく分からんが、つまるところ、私は彼にとって"害の無い人間"として認識されたということだろう。
喜ばしいような、そうでないような…微妙なラインだ。
別にこの人に気に入られたいとは微塵も思わないし、気に入られたとしてもあまり嬉しくは無い。何なら面倒臭そうだとすら思ってしまうくらいだ。

私は私に課せられた使命を遂行し、価値を示せれば何だって良いのだ。
だから別に、直哉様に気に入られたって、そんなの全然……ぜんぜん………

「なにニヤけてんねん」
「に、ニヤけてないもん!」
「大事そうに鍵握り締めてニコニコして、そないに嬉しかったん?」
「別に嬉しくないです!」

全然嬉しくないやい!
ニコニコなんてしてないやい!

もし、もしも仮に、万が一、いや億が一にも私が嬉しがっているのだとしたら、それは読んだことの無い書物達との出会いを喜んでいるのであって、別に直哉様が私を少しでも信頼して鍵を託して下さったことに喜んだわけではありませんので。
ええ、本当に。全然。これっぽっちも。全くもって。心の底から。ちっともです。

気不味くなってプイッと顔を背ければ、ムギュッと頬を掴まれ無理矢理正面を向かされた。

「強なってもっと俺の役に立ってな、アホパシリ」
「…ふぁぃ」
「じゃ、もうガキは寝る時間やさかい、お前は部屋に帰りや」

頬を掴む手をパッと離され、背を向けられる。
私は言われるがままにその背に頭を下げながら、就寝の挨拶を一つ置いてそそくさと部屋を後にした。


暫く暗い廊下をポテポテ歩き、適当な所で立ち止まる。
そして、溜め込んでいた息を大きく大きく吐き出した。

はあぁぁ………なんなんだもう………。


「………怒られるかと思ったんだけどなぁ」

ポツリと、夜の闇へ向けて独り言を呟く。


正直、私は昨日の件を叱られるとばかり思っていた。
本を貸してやるなんてのは誘い文句で、部屋で折檻でもされるんじゃないかと緊張していたのだが…蓋を開けてみれば言葉通りの用事であり、予想とは全く違う感じに終わってしまった。

拍子抜けというか、毒気を抜かれるというか、何とも言い難い気分である。
あの人、あんな感じだったか?もしかしてこのあと散々虐められたりする?それとも私は死地にでも向かわされるのか?

死に装束を買い与えられ、手向けに書物を読む権利を贈られた…と思えば、納得出来るような出来ないような。


「そんなことしてくれなくたって、貴方の変わりに死ぬことくらい出来るのになあ……」

未だに握り締めていた鍵を、手を開いて見下ろす。


与えられるのは楽だ。
難しいことを考えるのは嫌いだし、今まで生きてきた中で本当に心の底から楽しいとか嬉しいとか、満たされた気持ちになったことなど無いから、選び取る楽しさなど分からない。

これは、生まれつきのものだろう。
私にはいつだって不安や恐れは無かった。
戦いに向かうと理由無く気分が高揚し、その瞬間だけは自分のことを好きでいられる。

だから、母の怨嗟に従うのは楽で心地が良かった。
この先もずっとずっとそれで良いと思っていた。

けれど、今は………モヤモヤと燻る、この名前の付けられない気持ちは一体何なのだろう。

「……いや、寝よう」


首を振って、感情と考えを散らしてから歩みを再開する。

夜の湿った匂いを嗅ぎながら、私は明日読む本のことだけを必死に考えたのだった。
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