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直哉と健気で可愛いパシリちゃん

凶状持ちの娘が自分の産まれ育った家…禪院家へとやって来た時、直哉はまた面倒なのを引き取ったなとシンプルに思った。

渡された書面に書かれた内容は、少女の経歴。
それをザッと読み込んでいく。


呪術師輩出のため"だけ"の胎にされた女が最期に産んだ個体。
22人の兄弟の中の未子。
4歳で術式に目覚め、そこから目覚ましい活躍を見せていく。
弛まぬ努力と、非凡な才能によって培われた技術により、弱冠15歳にして準一級の地位まで上り詰めた稀有の天才。
その桁外れの強さを持った術式はとても優秀で、かの家が誇る最高傑作とまで言わしめたほどだった。

しかして、事態は一転する。

少女は突如として身内殺しの罪人となった。
殺人の動機は「母の命令」だという。
容疑は認めており、少女は尋問中ずっと心ここにあらず…といった態度をしていたそうな。


情報を一通り読み終えた直哉は、自分の目の前で重い沈黙を保ち続ける本人を見やった。

緊張が伝わる面持ちで、静かに背筋を伸ばして行儀良く座っている。
そして、同じ呪術師であるからこそ、すぐに分かった。


このガキ、自分の死んだ母親に呪われている。


また面倒なのを寄越してきたなと、直哉はこれ見よがしに溜息を一つ溢して茶を啜る。

直哉の父、禪院直毘人は何を考えたのか、この少女を直哉に宛てがった。
お前が教育してやれと命じられ、教育の後は好きにしろと言ってのけた。
これが同年代の女だったのならば話は早かったが、何せ相手はまだ16歳くらいのちんちくりん。ご立派な術式と大層な評価はあれど、出産適齢期にもなっていない紛うことなき子供である。
つまりは、今から自分好みに育成しておけということなのだろう。

言いたいことは理解出来た直哉だったが、自分にだって選ぶ権利くらいはあるだろうと腹立たしい気持ちになった。

どんなに優秀な母体から産まれようと、その母に呪われ、その呪いと何かしらの縛りを結んだ女なんぞを娶るなど、絶対に碌でもないことにしかならない。
それならせめて、使い捨てにするまでだ。

適当にパシリ役にでもして、適当な任務で死なせる。
最高傑作だろうがなんだろうが、所詮は人間に違いない。
ストレスで心身が弱くなりさえすれば、どうとでもなる。

直哉は少女と会った初日の時点では確かにそう思っていたのだ。


しかし、数日…いや、数週間…そして一ヶ月…さらに少し…と経った頃、ふと状況を改めて見直してはたと気付く。

「もしかして、思たよりも懐かれてへんか?」と。

ここ最近、気が付けば一緒に居るのはきっと気のせいなどではない。
何なら、自分が一人で歩いていたりすると、家の奴から「あっちにパシリちゃんいましたよ」などといらぬお節介まで掛けられる。そして「どうでもええ」と言いつつも、何故か探しに行ってしまう。そんで構ってしまう。

さらには昨日など、服を買いに出掛けてしまった。
自分の着る服ではなく、少女が着る服を。

そこで直哉はハッとする。
そういえば…昨日からパシリの姿を見ないなと。
いつもならば自分から挨拶に来て、雑用をあれこれ押し付けたりしているのに、昼を過ぎても来ていない。
まさか、昨日の五条悟襲来の件で落ち込んでいるのだろうか。

直哉は若干面倒な気持ちになったが、一応業務として少女の育成を任されている身なので、それを理由に屋敷内を探し回った。

適当な女中や男衆に声を掛け、目撃情報を集めていく。


「確か…書庫に行くと仰ってましたよ」
「は?あいつ本読むん?アホやのに?」


そうして、半信半疑で書庫まで来てみれば、中には確かに自分が育成担当する少女が一人で静かに本を読んでいた。

昨日買ったばかりのシンプルなバッスルワンピースを着て、背筋を正して座る横顔は、確かに教養の行き届いた家の娘を思わせる姿であった。

その姿を暫く見つめていれば、直哉が声を掛けるより先に、視線に気付いた少女が顔を上げる。

「あ、直哉様…!」

自分を見て表情をパッと明るくする人間なんぞ、この家でこの少女だけだろうなと、直哉は素直に思った。
本を閉じ、わざわざ立ち上がって近寄ってくる姿に、何となく血統書つきの犬を飼いならしたかのような誇らしい気持ちになる。

「なんで本なんて読んでるん?」
「本を読むような人間には見えませんか?」
「…質問に質問で返すなや、アホ」

別にこれっぽっちも機嫌など損ねていないが、わざと苛立ったかのような言い方をすれば、少女は一言「すみません」と困ったように笑って謝った。

「そんな風には見えないかもしれませんが、私のような"戦うことだけ"を求められる人間は、よく本を読むんですよ」

直哉は少女の言葉に無言で続きを促す。

「教養や好奇心の無い人間は、良い兵士にはなれないのです」

そう言って、少女は先程まで読んでいたであろう本に視線を向けた。
その視線を追うように本の表紙を見れば、『かんたん自給自足 家庭菜園の基礎』とタイトルされている一冊が目に付いた。

「あれを読めば、野菜型の呪霊が襲い掛かってきてもへっちゃらです!」
「野菜への恨みが呪いになるんか?」
「野菜嫌いな人、多いですからね!」

などと言って笑う少女からは、気分が落ち込んでいる様子は見受けられない。
直哉はそれに少しだけ良かったと思った。
別にありふれた安堵などではなく、単純に面倒事にならずに済んで良かったという気持ちである。
面倒な女は好かないし、面倒なガキの世話などもっと嫌だった。それだけだ。

少女が本を読む人間であると知った直哉は、自室の本棚に収まる、久しく読んでいない教養のために買い与えられた文庫本などの存在を思い出した。

この書庫にある本よりも、少女の教育には役立つかもしれない。
そう思った直哉は、また夜にでも自室を尋ねるように命じる。

「俺は今から用事があるさかい、ええ子で留守番しとってや」
「はい、良い子でお帰りをお待ちしております」

そう言い残し、部屋を立ち去る。
一度振り返れば、少女はきっちりと折り目正しく頭を下げて見送っていた。


もしも、あの少女がこのまま成長したとして……と、直哉は考えながら歩く。

自分によく懐き、よく働き、怯えもイジケもせずに笑い掛けてくる、あのままの状態で成長をしたのならば、娶ってやってもまあ良いのかもしれない。

ただ、それには一つだけ問題がある。

「あの呪いは厄介やな…」

少女の産まれ持った術式。
一族相伝の宝とも言える術式。
誉れであり、戦う道から逃れられない宿命の証。


『水魚縁術』


魚が生きるのに水が必要なように、自分が生きるのに必要だと思った物だけを"縛り"によって自身の魂と主従関係で結び付け、"支配"と"隷属"の関係を増やしていく術式。
術者にとって支配される側からは呪力が与えられ、隷属される側からは呪力を奪われる変わりに魚のような形の式神として使役が可能となる。

少女はその縁で作られた基盤の中心に、生前から自身へ呪いを託し続けた「母親」を宛てがい、母親からの呪われた感情を"絶対"としている。

母に支配され、その感情に隷属し、強固な縁を持って強大な呪いとなった術式は、今やまるで帝国か何かのように母を王として頂点に置き、その下に数多の兵士を抱え込む状態となっている。

まさに王と軍師の築き上げた、立派な軍隊だ。

そしてさらに、少女は禪院の屋敷に来る前に「処女性」を縛りに使って力を上げた。
母の名と魂に誓い、未通である限りさらなる力を得る。
その変わり、誰かと交わった瞬間、母の怒りによって子を孕めぬ身体となる。


自分の女としての未来も価値も棒に振るような縛りと、産まれる前から定められた修羅の道。

最初は強力な駒を手に入れられたと喜んだはずなのに、今の直哉には何故だかその呪いが酷く鬱陶しく感じたのだった。
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