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直哉と健気で可愛いパシリちゃん

ここ50年の間に優秀な呪術師を沢山生み出して来た家系のトップとも言える老人が一人死んだ知らせを聞いた五条は、任務先で思わずガッツポーズをしてしまった。

あのジジィ死んだのかー!
いや〜、もう声を聞くたびくたばれくたばれって念じ続けてて良かった〜! と、ウキウキルンルン身軽なステップで高専まで帰還。
その後事件の詳細を聞き、気分は一転。マジか…と重い声を漏らして、ソファへ腰を下ろした。

自分も面識のある、幼いながらに天性の才能に溢れた少女が起こした殺人事件。
本人は容疑を認めており、さらには上層部主体の協議会にて首輪を宛てがわれる始末。


禪院家

自分が当主を務める五条家と同じ、呪術界における要が御三家の一つ。
古くからある、由緒正しき家柄にして、男尊女卑が未だ酷く根付いた家風を貫く大一族。
呪術の才に恵まれた男であったならば、幸福と言えよう家柄は、しかして幼い少女にしてみれば地獄とも取れる場所であろうことなど、考えるまでもない。


五条は一度奥歯をギリッと噛み締めてから、スマホで予定を確認すると立ち上がった。

「孕まされてなきゃいいけど」

不穏な言葉を誰に聞かせるでもなく吐き捨て、面会のための準備のために職員室を目指した。

優秀な母体から産まれた最後の個体にして、最良の個体。
古く、そして価値ある術式と、持って生まれた戦闘センス。
無駄な恐怖も、呪霊への怯えも、生まれへの嘆きも持たぬ少女は果たして自分が見ぬ間にどう成長し、何故(なにゆえ)人を殺めたのか。

五条はその真意を確かめるべく、一人の教育者として京都へ赴くのだった。



___



現状報告。

私を眺めながら、直哉様がとっても呆れた顔で溜め息をついている。

「お前…お前ほんま…アホやな…」

開口一発罵られ、その後も私の側にしゃがみ込みながら「流石にアホすぎちゃう?」「こないどんくさい人間はじめて見たで」「なんでそうなったん?馬鹿やから?それともアホやから?カスやな、ホンマ」などと、遠慮を知らぬ罵声が次々剛速球のように飛んできた。

それに言い返すことも出来ず、私はグッタリと腹を抱えて畳の上に無様に転がる。

何があったかと言うと、話は…何処まで遡れば良いのだろう…。
まあ、なんだ、その……言ってしまえば、日常的に着物を着る習慣が無かった私が、禪院家の皆さんが着物を皆きっちり着ているからと、郷に入っては郷に従えな気持ちで着続けていたのだが…数日で着続けるのに疲れてしまい、もう耐えられないと苦しくなって秘密裏に一度脱ごうとしたら、脱ぐのに失敗してグチャグチャになって倒れて泣いていた…という感じである。
そして、キュゥキュゥ鳴きながらグチャグチャになっている私を直哉様が見つけてしまい、お前何やってんの?馬鹿なの?死ぬの?と、針でチクチクと刺すように虐められているわけである。
う〜〜ん………着物、奥が深い。ついでに業も深い。

毎朝わざわざご丁寧に着付けに来て下さる女中さんが、今日はいつも以上に帯をキツく締めてくれたせいで、半日間呼吸困難な状態だった。
今も脱ぎかけの状態で一生懸命フハフハと何とか呼吸を続けている。
まるで陸にあげられた魚のようである。つまり哀れな生命。ああ、情け無い。

なんだよ着物が標準装備って、いいだろジャージで。
せめてワンピースとかスカートとかにさせてくれ。動き辛いならまだしも、戦い辛いんだよこの格好。

藤色の着物、それから松葉を散らした羽織り。
遊びの無いキッチリと着付けられた着物を、今はグチャグチャに乱して畳の上に散らかすだけ散らかしていた。
中途半端に解かれた帯がクニャリと曲がっている様を横目で見ながら、ジタバタと藻掻いて布の海からの脱出を試みる。

「家におった頃は何着とったん?」
「ングゥ」
「あかんはコイツ」
「グヌゥ」

直哉様…質問も溜息もちゃんと聞いておりますからね、私。
全然あかんくないですからね、今日はたまたま失敗してるだけですから。昨日はちゃんと脱げましたから。
………一昨日は失敗したけど。脱皮って難しい。

ブリッジするような感じで、仰向けでお尻を上げて、無理矢理腕力で帯を下へとずらす。
この前直哉様から突然「そそらへんケツやな、ヘボ過ぎちゃう?」とセクハラ発言をかまされたが、あの時は咄嗟に「時代は小尻ですぅ!」って反撃しちゃったけど、今はこの哀れな肉の無い尻に感謝だ。

腰骨の辺りをグッグッと力づくで下ろしきれば、あとはもうストンッである。
なんとか帯を身から外した私は、やっとこ大きく一呼吸付けたのだった。

「はぁぁ〜………ちかれた…」
「乳見えてんで」
「これは下着だからセーフです!」
「ガキっぽい下着やな」

ムカッ!!!
なんだとこの野郎…この下着は天下のピーチ・ジョンだぞ!ティーン向けの可愛い下着の代表ブランドにケチ付けるんじゃねーーッ!

鼻で笑われ、挙げ句に"ガキっぽい"だなんて言われて、黙ってなどいられない。

着物や襦袢や肌着をグズグズに引っ掛けた状態のまま、すぐさま立ち上がり胸を張る。

「ラクして盛れちゃうアモスタイル!キレイが叶うピーチジョン!学生のお財布にも優しいお値段の下着ブランド様にケチ付けるなら…貴方様でも許しませんから!」

ムッと目に力を入れ、眉を吊り上げてみせれば、直哉様は「は?」と言いたげな表情をしてこちらを見上げてから、「見下ろすなや、座れ」と畳を人差し指で叩いてみせた。

それに従い、グズグズな着物を引っ掛けたままお利口さんに正座をすれば、直哉様はまたしても溜息をついた。
そんなに溜息ついたら幸せ逃げちゃうのに……まあ、この人のことを幸せになって貰いたいって思ってる人、全然いなさそうだから言わないけど…。

「話の通じひん女やなぁ」
「分かりやすくお話してください」
「ほんまアホやな」

これでもかと馬鹿にした声でアホだと言ってから、直哉様は「さっき聞いた質問の答えは?」と問い掛けてきた。

さっき…って、えっと………確か、お家に居た頃は何着てたの?的な質問だっただろうか。
家に居た頃は……最近はそうだな…トレーナーに短パンとか…寒ければウィンドブレーカーとか…それに小さめのボディバッグ合わせたり。
自宅の引き出しの中を思い出しながらあれこれと答えれば、「ダサ」と鼻で笑われた。

この人、なんでこんな一々人を馬鹿にしてくるのだろう。
煽らないと死ぬお病気なのかな?可哀想に…。

「別にダサくないです、普通だもん」
「ダサいわ、俺の趣味やない」
「だからダサくな…………しゅ…あ、え?」
「もっと女っぽい服着ぃや」

あ……え?あ、そ、そういう……??

ここまで私は『ダサい=可愛くない』という意味だと認識していたが、もしかしてこれは……『ダサい=俺の趣味じゃない』ってことなのか!?

で、さらに要約するとだ……ダサい=趣味じゃないだから………えっと……


その下着も普段着も俺の趣味じゃない、もっと俺好みのやつを着ろ。


ってことか!?
そうなのか!?あってる?これであってるの!?ちょっと直哉様の操る日本語難しすぎないか!?
高等技術なのかな?国家資格必要なレベルの専門知識身につけないと会話にならないのかな?めんどくさ!

知ってしまった言葉の正しい意味に、一人驚いて言葉を失っていれば、直哉様は立ち上がりながら言う。

「明日は買い物するさかいな。そのダサい下着なんとかしいひんと誰もそそられへんで」
「え、あ………はい…」
「もっとハッキリ返事しいや」
「は、はい!」

私がキッチリハッキリと返事をすれば、満足したのかスタスタと歩いて部屋から出て行ってしまった。

その背中を唖然と見送りながら、私は頭を悩ませる。

直哉様って………何処で服買うんだろ…絶対にしまむらとかアゲインとか行ったことないんだろうな…。
どうしよ、セレクトショップとか連れて行かれたら…せめて駅ビル……もしくはハードルの低めな百貨店…てかもう、ネットショップで良い…。

そもそも………そういう服を買いに行くのに、何を着て行けばいいんだ…。
服を買いに行くための服が無い…。
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