番外編
現状報告。
暑い……とにかく、暑い…。
真夏の日差しが私をジリシリと焼いている。果たして丁寧に時間をかけて塗った日焼け止めは効果をあらわしてくれているのだろうか…という不安が頭に過ぎる程には暑くてたまらない日であった。
することも特にこれといって無く、何か仕事は無いかと女中さんに声を掛ければ水撒きを頼まれた私は、絶賛玄関近くにバシャバシャとひしゃくを使って手桶に入れた水を撒いていた。
この程度の水を撒いた所で暑さなど変わらないだろうとは思うが、他にやることも無いため燦々と輝く太陽の下、せっせと働くことにした。
この暑さの中で働く私超えらい、これが終わったらアイスを食べたい。この家にアイスがあるのかどうかは不明だが、無ければコンビニに行ってもいいから食べたい。それが駄目ならスイカとか、くず餅とか…ああ、そうめんや冷やし中華なんかもいいな、夏野菜のカレーとかも捨て難い…うーん、食欲の権化になってしまう。
「ハーゲンダッツの…ストロベリー……スーパーカップの…チョコミント……レディーボーデンの…バニラ……」
「本当に食うことしか頭にない奴やな」
「あ、直哉さま」
モチベーションを保つために好きなアイスを詠唱していたら直哉さまに見つかった。
なんでここに居るんだ、何処から聞き付けてやって来たんだ、暑いんだから家の中に居ろよ面倒臭い。
ああ、でもこの暑いのに家の中に居たら居たで人様の面倒になってしまい、ただでさえ暑くて皆辛い中さらに辛くなってしまうかもしれない。
やはりここは直哉様専属パシリの身分として、私がこのうんこクズの相手をしなければならないのかもしれない。
水撒きを一旦止め、ひしゃくを手桶に突っ込み主の顔を見上げた。
あ、首筋に汗かいてる。やっぱり暑いんじゃんね。
「直哉さま、ここは暑いので屋敷にお戻り下さい」
「は?お前が俺以外の奴にパシられてるて聞いたさかいわざわざ見に来たったのに戻れってなんやの、お前こそこの炎天下の中何してんねん、女の嫌がらせに付き合うて馬鹿やないの?」
「え…?えっ?」
早口捲し立て説明やめて下さい。
というか、え?今嫌がらせとか言ってた?あ、これ嫌がらせだったの?なるほどね?
…いやいやいや、私何も悪いことしてないんだけど。むしろよく働きよくパシられ、健気に毎日頑張って生きてると思うのだけれど。
いつの間に嫌われ……って、あ…もしかして…直哉さまのせいか?
私は真実に気付きハッとして頭を下げた。
「直哉さま申し訳ありません…まさか直哉さまのロマンスチャンスを私が妨害してしまっていたなんて…」
「は?暑さで頭イカれたんか?」
「ですが私は女性側の意思よりも貴方様の意思を尊重致します、私の一番は直哉さまの幸せでありますので…」
「何言うてるん?一旦屋敷戻るで、ついて来い」
そう言って背中を向けた直哉さまの後ろを静かに着いて行く。
私の予想では、私が声を掛けた女中さんはきっと直哉さまのことを慕ってらっしゃるのだ。
だから直哉さまに日夜パシりと言う名の構いを受けている私は邪魔者で、その邪魔者たる私に腹が立って些細な嫌がらせをした…そうに違い無い。
いやぁ、夏ですねぇ。アヴァンチュールですねぇ、いいですねぇ。
まさかまさか、この家で一夏の恋を見届けられるなんて…ウフフッ!何だかとっても楽しみです。恋バナ大好き!でも相手がこのカスを煮詰めたような最低人格人間なのはちょっとどうかと思うけれども…でも主の幸せを見届けられるなんて従者冥利に尽きる。
是非とも直哉さまにはこの恋を愛に変えて貰い、幸せになってもらって……
「お前がえらい食べるのと、女の癖に自由にしてるさかい他の女から嫌われてるに決まってるやん」
「うそ!!?!?」
「何でこないなこと嘘つかなあかんのや」
「食べす…え……?食べすぎで…?」
アヴァンチュールもクソも無かった、一から十まで自分のせいだった。悲しすぎる。
そんな…私がめちゃくちゃ食べ盛りな上に将来有望だからと自由にさせて頂いていることが災いして妬みの対象に…?後者に関してはどうしようも無いことなのだが、前者についてはそれで嫌われる理由が分からない。沢山食べるのは良いことなのでは?何がいけないんです??
「朝も昼も夜も男より食べたらそら作る方も困るやろ」
「だ、だって…だって…お腹空いちゃう……」
「お前の食いっぷりは見てるだけで腹一杯になんねん」
「そんな…褒められても〜」
「褒めてへんわカス」
でもダイエットに役立ちません?そんなことない?あ、はい…。
手桶とひしゃくを私の手から奪った直哉さまは、屋敷に戻ると手近に居た女中さんに片付けておけと押し付けたので、私は慌てて「私が片付けます!」と手を伸ばした。
これ以上嫌われたくない一心での言動だったが、直哉さまに伸ばした手を掴まれ…もとい、連行されてその場を後にする他選択肢は無かった。
ああもう駄目だ、ただでさえ今分かっただけでも食い過ぎ目立ち過ぎの目障り女だと思われているのに、さらに追加で片付けも出来ねえガキってレッテルが付いてしまう。それもこれも全てこの家が私を引き取ったせいだ。いや、アホみたいに食べるのはただの食べ盛りなせいだとは思うんですが…。
そうこう考えていれば、キュルキュルコロロ…とお腹が寂しげな音を立てた。
は〜…2時間前に食べたのにな、もうお腹減った。いやこれはさっき食べ物のことばかり考えていたせいなので、普段はこんなにすぐ減らないです。今日は特別。アイス食べたい。
私の腹の音に気付いた直哉様は振り返り、お前マジか…みたいな顔を向けてきた。マジです、己の耳を疑うな。
「アイスが…食べたいです……」
「氷でも食っとけ、暴食女が」
「氷…かき氷…直哉さまはかき氷のシロップ何味が好きですか?私はね〜ブルハワ!」
「あんなん全部同じ砂糖味やろ、いい加減食うことから離れろや」
全部同じ味だったとしても色は違うじゃないですか!色が違うと味も違く感じるじゃないですか!それを楽しむのが夏ってもんでしょ!!
ああもう直哉さまのせいで頭の中がかき氷一色になってしまった、お抹茶くすねて抹茶シロップでも作って削った氷にかけようかな、ああでも探せば梅シロップとかあるかもしれない…食べたい、かき氷食べたい。あの口の中にやや荒い氷がジャリッと残るくらいのかき氷が食べたい。唇に触れた瞬間の冷たさを味わいたい。喉からお腹の中まで一気に冷たくする魔法のような味わいが今すぐ欲しい。
よし、かき氷食べよう。
「直哉さま、私は今からどうにかしてかき氷を作りに行って来ますので……」
「お歳暮で贈られてきたシャーベットあんで」
「直哉さま大好き本当好き一生付いていきますだからどうかお恵みを」
「知らん奴から飴あげるやら言われても絶対ついて行くなやホンマに」
「ハハハ…そんなまさかハハハ…(前科あり)」
いやはやいやはや、流石に飴だけじゃ私は釣られませんよ。焼肉奢ってくれるとか言われないと釣られませんって。(※東京高専見学と引き換えに焼肉を提示されて東京へすっ飛んで行ったアホ)
直哉さまに部屋で待ってるから二人分のシャーベットを取りに行って来いと命じられ、私は真面目な顔で「了解!」と元気に返事をした。
呆れた顔をした彼は、今にも駆けだしそうな私の腕を掴みながら言う。
「次からは仕事欲しかったら俺に言え、ええな?」
「直哉さまが居ない時は?」
「大人しゅう本でも読んどき」
「はーい!」
私の返答に満足したらしい直哉さまはパッと腕を離した。
彼が廊下を曲がって消えるまでしっかりとその背を見送り、それから競歩のスピードでお勝手を目指した。
恋バナどころか嫌われが発生してしまったが、これもまあ呪術師ならば多少は仕方のないことだと割り切ることにする。
というか別にいいし、私は美味しい物を沢山食べて使命を果たせたらそれでいいし、全然拗ねてないし。
本当に拗ねてなんていない。
だって私にはクソカスだけど必要としてくれる主が居るのだから。
あの人が私を求めて下さる限り、私は何にも屈さず生き抜いてみせることが出来るはず。
とりあえずまずはシャーベットのお届けだ。溶けないように迅速に。
夏の暑さは嫌いだが、夏に食べる冷たいものと構ってくれる優しい日の直哉さまは好きだ。
好きなものがある夏は、まあまあ許せる気がするのだ。
暑い……とにかく、暑い…。
真夏の日差しが私をジリシリと焼いている。果たして丁寧に時間をかけて塗った日焼け止めは効果をあらわしてくれているのだろうか…という不安が頭に過ぎる程には暑くてたまらない日であった。
することも特にこれといって無く、何か仕事は無いかと女中さんに声を掛ければ水撒きを頼まれた私は、絶賛玄関近くにバシャバシャとひしゃくを使って手桶に入れた水を撒いていた。
この程度の水を撒いた所で暑さなど変わらないだろうとは思うが、他にやることも無いため燦々と輝く太陽の下、せっせと働くことにした。
この暑さの中で働く私超えらい、これが終わったらアイスを食べたい。この家にアイスがあるのかどうかは不明だが、無ければコンビニに行ってもいいから食べたい。それが駄目ならスイカとか、くず餅とか…ああ、そうめんや冷やし中華なんかもいいな、夏野菜のカレーとかも捨て難い…うーん、食欲の権化になってしまう。
「ハーゲンダッツの…ストロベリー……スーパーカップの…チョコミント……レディーボーデンの…バニラ……」
「本当に食うことしか頭にない奴やな」
「あ、直哉さま」
モチベーションを保つために好きなアイスを詠唱していたら直哉さまに見つかった。
なんでここに居るんだ、何処から聞き付けてやって来たんだ、暑いんだから家の中に居ろよ面倒臭い。
ああ、でもこの暑いのに家の中に居たら居たで人様の面倒になってしまい、ただでさえ暑くて皆辛い中さらに辛くなってしまうかもしれない。
やはりここは直哉様専属パシリの身分として、私がこのうんこクズの相手をしなければならないのかもしれない。
水撒きを一旦止め、ひしゃくを手桶に突っ込み主の顔を見上げた。
あ、首筋に汗かいてる。やっぱり暑いんじゃんね。
「直哉さま、ここは暑いので屋敷にお戻り下さい」
「は?お前が俺以外の奴にパシられてるて聞いたさかいわざわざ見に来たったのに戻れってなんやの、お前こそこの炎天下の中何してんねん、女の嫌がらせに付き合うて馬鹿やないの?」
「え…?えっ?」
早口捲し立て説明やめて下さい。
というか、え?今嫌がらせとか言ってた?あ、これ嫌がらせだったの?なるほどね?
…いやいやいや、私何も悪いことしてないんだけど。むしろよく働きよくパシられ、健気に毎日頑張って生きてると思うのだけれど。
いつの間に嫌われ……って、あ…もしかして…直哉さまのせいか?
私は真実に気付きハッとして頭を下げた。
「直哉さま申し訳ありません…まさか直哉さまのロマンスチャンスを私が妨害してしまっていたなんて…」
「は?暑さで頭イカれたんか?」
「ですが私は女性側の意思よりも貴方様の意思を尊重致します、私の一番は直哉さまの幸せでありますので…」
「何言うてるん?一旦屋敷戻るで、ついて来い」
そう言って背中を向けた直哉さまの後ろを静かに着いて行く。
私の予想では、私が声を掛けた女中さんはきっと直哉さまのことを慕ってらっしゃるのだ。
だから直哉さまに日夜パシりと言う名の構いを受けている私は邪魔者で、その邪魔者たる私に腹が立って些細な嫌がらせをした…そうに違い無い。
いやぁ、夏ですねぇ。アヴァンチュールですねぇ、いいですねぇ。
まさかまさか、この家で一夏の恋を見届けられるなんて…ウフフッ!何だかとっても楽しみです。恋バナ大好き!でも相手がこのカスを煮詰めたような最低人格人間なのはちょっとどうかと思うけれども…でも主の幸せを見届けられるなんて従者冥利に尽きる。
是非とも直哉さまにはこの恋を愛に変えて貰い、幸せになってもらって……
「お前がえらい食べるのと、女の癖に自由にしてるさかい他の女から嫌われてるに決まってるやん」
「うそ!!?!?」
「何でこないなこと嘘つかなあかんのや」
「食べす…え……?食べすぎで…?」
アヴァンチュールもクソも無かった、一から十まで自分のせいだった。悲しすぎる。
そんな…私がめちゃくちゃ食べ盛りな上に将来有望だからと自由にさせて頂いていることが災いして妬みの対象に…?後者に関してはどうしようも無いことなのだが、前者についてはそれで嫌われる理由が分からない。沢山食べるのは良いことなのでは?何がいけないんです??
「朝も昼も夜も男より食べたらそら作る方も困るやろ」
「だ、だって…だって…お腹空いちゃう……」
「お前の食いっぷりは見てるだけで腹一杯になんねん」
「そんな…褒められても〜」
「褒めてへんわカス」
でもダイエットに役立ちません?そんなことない?あ、はい…。
手桶とひしゃくを私の手から奪った直哉さまは、屋敷に戻ると手近に居た女中さんに片付けておけと押し付けたので、私は慌てて「私が片付けます!」と手を伸ばした。
これ以上嫌われたくない一心での言動だったが、直哉さまに伸ばした手を掴まれ…もとい、連行されてその場を後にする他選択肢は無かった。
ああもう駄目だ、ただでさえ今分かっただけでも食い過ぎ目立ち過ぎの目障り女だと思われているのに、さらに追加で片付けも出来ねえガキってレッテルが付いてしまう。それもこれも全てこの家が私を引き取ったせいだ。いや、アホみたいに食べるのはただの食べ盛りなせいだとは思うんですが…。
そうこう考えていれば、キュルキュルコロロ…とお腹が寂しげな音を立てた。
は〜…2時間前に食べたのにな、もうお腹減った。いやこれはさっき食べ物のことばかり考えていたせいなので、普段はこんなにすぐ減らないです。今日は特別。アイス食べたい。
私の腹の音に気付いた直哉様は振り返り、お前マジか…みたいな顔を向けてきた。マジです、己の耳を疑うな。
「アイスが…食べたいです……」
「氷でも食っとけ、暴食女が」
「氷…かき氷…直哉さまはかき氷のシロップ何味が好きですか?私はね〜ブルハワ!」
「あんなん全部同じ砂糖味やろ、いい加減食うことから離れろや」
全部同じ味だったとしても色は違うじゃないですか!色が違うと味も違く感じるじゃないですか!それを楽しむのが夏ってもんでしょ!!
ああもう直哉さまのせいで頭の中がかき氷一色になってしまった、お抹茶くすねて抹茶シロップでも作って削った氷にかけようかな、ああでも探せば梅シロップとかあるかもしれない…食べたい、かき氷食べたい。あの口の中にやや荒い氷がジャリッと残るくらいのかき氷が食べたい。唇に触れた瞬間の冷たさを味わいたい。喉からお腹の中まで一気に冷たくする魔法のような味わいが今すぐ欲しい。
よし、かき氷食べよう。
「直哉さま、私は今からどうにかしてかき氷を作りに行って来ますので……」
「お歳暮で贈られてきたシャーベットあんで」
「直哉さま大好き本当好き一生付いていきますだからどうかお恵みを」
「知らん奴から飴あげるやら言われても絶対ついて行くなやホンマに」
「ハハハ…そんなまさかハハハ…(前科あり)」
いやはやいやはや、流石に飴だけじゃ私は釣られませんよ。焼肉奢ってくれるとか言われないと釣られませんって。(※東京高専見学と引き換えに焼肉を提示されて東京へすっ飛んで行ったアホ)
直哉さまに部屋で待ってるから二人分のシャーベットを取りに行って来いと命じられ、私は真面目な顔で「了解!」と元気に返事をした。
呆れた顔をした彼は、今にも駆けだしそうな私の腕を掴みながら言う。
「次からは仕事欲しかったら俺に言え、ええな?」
「直哉さまが居ない時は?」
「大人しゅう本でも読んどき」
「はーい!」
私の返答に満足したらしい直哉さまはパッと腕を離した。
彼が廊下を曲がって消えるまでしっかりとその背を見送り、それから競歩のスピードでお勝手を目指した。
恋バナどころか嫌われが発生してしまったが、これもまあ呪術師ならば多少は仕方のないことだと割り切ることにする。
というか別にいいし、私は美味しい物を沢山食べて使命を果たせたらそれでいいし、全然拗ねてないし。
本当に拗ねてなんていない。
だって私にはクソカスだけど必要としてくれる主が居るのだから。
あの人が私を求めて下さる限り、私は何にも屈さず生き抜いてみせることが出来るはず。
とりあえずまずはシャーベットのお届けだ。溶けないように迅速に。
夏の暑さは嫌いだが、夏に食べる冷たいものと構ってくれる優しい日の直哉さまは好きだ。
好きなものがある夏は、まあまあ許せる気がするのだ。
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