直哉と健気で可愛いパシリちゃん
【報告】
2017年 4月■日
■■家所属 準一級術師(15歳)の凶状取り消しを上層部にて会議中の模様。
早ければ、今年中には凶状の取り消しが執行されるとのこと。
調査により、少女の年齢と妊娠適齢期の関係を理由とし、先の事件を強姦未遂と認定。
今後も少女の身柄は、禪院家にて当面預かりの予定とする。
___
例の怪我から2週間程経った頃、私は無事に回復を遂げたため、その報告をするために直哉様を探して屋敷内をあっちこっち練り歩いていた。
我ながら凄まじい回復力だ。本当に寝てれば治ってしまった。なんて健康的な身体なのだろう…丈夫な身体に産んでくれてありがとう、お母さん。
廊下を進み続ければ、禪院家が有する部隊の一つ、躯倶留隊の面々が鍛錬に励む場を遠目に見つけた。
腹から声を出し、汗を流しながら皆頑張っている。
主からは「休め」「出歩くな」と命じられていたため、ここ最近鍛錬をしていなかったな…と、ぼんやり考えながら廊下に立ち竦んでいれば、「何してるん、こないなとこで」と、背中に声が掛かった。
「あ、直哉様」
「……なんや、えらい調子良さそうやな」
「はい、完全回復です!」
握りこぶしを作り、元気になりましたとアピールしてみる。
そんな私を数秒眺め、その後何も言わずに視線を移した。
彼の視線の先にあるのは、躯倶留隊の面々の姿だった。
その目が徐々に徐々に冷めていくのを私は見守る。
酷く冷たく、心底つまらなそうな目をした直哉様は、暫くしてから私へ視線を戻した。
どうかしたのだろうか……と不安になり首を傾げれば、彼は「暇やな」と、おもむろに言った。
その言葉にハッとした私は、勢い良く手をあげながら発言する。
「快気祝いはミスドが良いです!ハニーチュロが食べたいです!」
「お前ホンマに食うか戦うかしか脳のあらへん奴やな、少しは色気でも身につけろや」
な、なんでそんなしょっぱそうな顔をするんだ…。
元気に褒美を強請れば、つまらなそうな表情ではなくなったものの、しょっぱいものを見る目をされた。
いや…しかしだな、今のは絶対「ここに居ても暇だから、どこかへ暇でも潰しに行こうか」って誘いだと思ったのだが……違ったのか…いやぁ、私もまだまだ直哉様への理解が足りていないようだ。
やはりここは互いに理解を深め、良き主従関係を今後も築いていくためにも、同じ釜の飯を食う……もとい、同じ油で揚げたドーナツを食べるしか無いんじゃないだろうか。
うんうん、絶対にそれが良い。だって口の中がもうドーナツなんだもん。ハニーチュロとフレンチクルーラーが私を呼んでいる。
「色気があったって戦場では何の約にも立ちませんからね」
「……女なんやから、大人しゅうしとったらええのに」
「ハハッ、今更だなぁ…」
ドーナツへ想いを馳せていれば、珍しいことを言われて思わず渇いた笑いを溢してしまった。
女なんだから大人しくしとけ、だなんて…まるで私を普通の女の子と間違えたかのような発言だ。
私は自他共に認める兵士だ、家からも母からも呪術師として生きて、戦場で果てることを望まれているというのに。
今の発言は、流石に今更過ぎるのでは?と、苦笑いを浮かべる。
そもそも私に女としての価値を求めてきたのなんて、あの日強姦しようとしてきた奴等だけだったが…あれだって女としてというよりは、子孫繁栄が目的だったからな。
言ってしまえば私じゃなくても良いわけで。
そもそも、私より手頃な女なんぞそれなりに居るはずだ。
そしてそれは今後も同じこと。
私じゃなくても良いだろう、貴方に女の子として扱われるのは。
全く、今日の主は妙なことを言い出すものだと、私は薄く笑い直す。
「私を側にでも置いておきたくなりましたか?」
冗談めかした物言いをしながら、私は先程まで直哉様が見つめていた彼等を視界に写した。
誰もが皆、生き方を縛られている。
例えば彼等は、この家に生まれ落ちた宿命として必ず戦いに身を投じなければならない。
時には人を殺すこともあるだろう。
戦いにおける緊張感と罪悪感は、簡単に克服出来るものではない。
彼等と私はよく似ている。
私も母の最期の娘として、そして我が家の傑作個体として、戦うことを求められている。
望まれるのは、母体としての成果ではなく、より強い立場となって一族の名誉を集めること。
今更望まれたところで女としてなど生きられない。いや、生きたくない。
でも、女としてではなく、術師として…武器や道具としてなら誇らしく生きられる。
貴方と生きて良いと思える。
ねえ直哉様、貴方はどうですか?
視線を戻し、私は初めて生きている人間の中で、大切だと思えた人の手を宝物を扱うようにそっと取る。
硬い手のひらに一度だけ唇を寄せてから、瞳を閉じて忠誠と敬愛を口にした。
「望まれるのならば、なんびとであろうと貴方の前に平伏させてみせましょう」
確かに直哉様は人の心も身体も簡単に痛め付けるお人だ。
けれど、その強さへの渇望と、戦場へ出る人間への弱さをゆるさぬ在り方は、戦士としては正しい姿なはずなのだ。
その他者への許しを簡単に与えぬ心は、許された者からすれば時に支えとなる許しであるだろう。
この方が、愚かだと指を差されるなどあってはならない。
「私は直哉様の在り方を、尊く思っております」
私は獣のようなものだ、犬と呼ばれても否定出来ない在り方だ。
だからどうか、その目に私を女として写さなくて良い。
今まで通り気紛れに撫でて、つついて下されば、それだけで十分だ。
貴方からの尊く激しい愛情は、私にはどうしようもなく不要なものなのだ。
そうして私は顔を上げ、目を開き、もう一度微笑み直した。
「俺はお前の望むものを与えてやれるのに、お前はこのままがええ言うんやな?」
「はい、お側で戦わせて下さい」
「…まあ、今のお前は指輪より首輪のが似合いそうやからな」
それはそれで失礼な気もするが、納得頂けたのならば良しとしよう。
取った手を握り、私は気分を切り替え先程の話へと戻ることにした。
「ということなので、優秀で可愛くて頑張り屋な部下のためにドーナツをですね…」
「はあ?何でずっと寝とっただけの奴に褒美を与えなあかんのや、働いてから言えアホ」
「いやだから、快気祝いで…」
「お前が勝手に戦って勝手に負うた怪我やろ」
めちゃめちゃ正論なので何も言い返せない。
くっ!と言葉に詰まれば、直哉様はとても楽しそうな意地の悪い顔をして「そやけど暇やんなあ?」と尋ねてきた。
あっ…これはマズい、非常にマズい。
私の脳内に危険信号が打ち鳴らされる。
こういう時は大体、めちゃめちゃ一方的に虐めてくるか、とんでもないパシリをさせられるかの二択だ。
まだちょっと怪我が痛む…とかを理由に逃げられないかどうかと考えながら後退れば、その分詰め寄られ、最終的に肩を掴まれた。
直哉様はそれはもう大変良い笑みを浮かべてらした。
うん、うん……楽しそうで何よりです。でも全然尊くないな、先程のはきっと一時的な忠誠心盛りすぎバグだったに違いない。
やはり何処までいってもクズはクズだ。
早く世のため人のためになる生き方をしてほしいと切に願わずにはいられない。
「稽古つけたるよ、俺直々に、お前が倒れるまで」
「すぐ人の心ナイナイしないで…」
「今気分ええさかい、着替えるのぐらいは待っとってやってもええよ」
言外に「逃げたら殺すぞ」と脅しながら、早く行けと私のケツを叩いてくる直哉様から逃げるように私は廊下を爆走した。
やってられるかアホが!
本当に言われるがままに相手にしたら、せっかく治った怪我がまた悪くなる。いや、むしろ前より酷くなるかもしれない。
そんなの絶対に嫌だ、誰が従うもんかあんなクズ主人。
そうと決まれば行き先はただ一つ。
この家唯一の拠り所、誰よりも頼もしく素敵で額の傷も見慣れればラブリーチャーミーな、真に讃えられるべきお方…甚壱様の所へ、いざ参る!
でももし居なかったら…その時は直哉様が私に買って下さった中で一番彼が気に入っている綺麗な服を着て、精一杯の可愛い顔してデートに誘おう。
もしかしたら案外お出掛けしてくれるかもしれないし。
我ながらナイスなアイディアな気がしてきたぞ。
あの人何だかんだで、私のことかなり気に入ってるみたいだからな。
まあ、こちらもとても愛着を持っているのは…お互い様ということで。
2017年 4月■日
■■家所属 準一級術師(15歳)の凶状取り消しを上層部にて会議中の模様。
早ければ、今年中には凶状の取り消しが執行されるとのこと。
調査により、少女の年齢と妊娠適齢期の関係を理由とし、先の事件を強姦未遂と認定。
今後も少女の身柄は、禪院家にて当面預かりの予定とする。
___
例の怪我から2週間程経った頃、私は無事に回復を遂げたため、その報告をするために直哉様を探して屋敷内をあっちこっち練り歩いていた。
我ながら凄まじい回復力だ。本当に寝てれば治ってしまった。なんて健康的な身体なのだろう…丈夫な身体に産んでくれてありがとう、お母さん。
廊下を進み続ければ、禪院家が有する部隊の一つ、躯倶留隊の面々が鍛錬に励む場を遠目に見つけた。
腹から声を出し、汗を流しながら皆頑張っている。
主からは「休め」「出歩くな」と命じられていたため、ここ最近鍛錬をしていなかったな…と、ぼんやり考えながら廊下に立ち竦んでいれば、「何してるん、こないなとこで」と、背中に声が掛かった。
「あ、直哉様」
「……なんや、えらい調子良さそうやな」
「はい、完全回復です!」
握りこぶしを作り、元気になりましたとアピールしてみる。
そんな私を数秒眺め、その後何も言わずに視線を移した。
彼の視線の先にあるのは、躯倶留隊の面々の姿だった。
その目が徐々に徐々に冷めていくのを私は見守る。
酷く冷たく、心底つまらなそうな目をした直哉様は、暫くしてから私へ視線を戻した。
どうかしたのだろうか……と不安になり首を傾げれば、彼は「暇やな」と、おもむろに言った。
その言葉にハッとした私は、勢い良く手をあげながら発言する。
「快気祝いはミスドが良いです!ハニーチュロが食べたいです!」
「お前ホンマに食うか戦うかしか脳のあらへん奴やな、少しは色気でも身につけろや」
な、なんでそんなしょっぱそうな顔をするんだ…。
元気に褒美を強請れば、つまらなそうな表情ではなくなったものの、しょっぱいものを見る目をされた。
いや…しかしだな、今のは絶対「ここに居ても暇だから、どこかへ暇でも潰しに行こうか」って誘いだと思ったのだが……違ったのか…いやぁ、私もまだまだ直哉様への理解が足りていないようだ。
やはりここは互いに理解を深め、良き主従関係を今後も築いていくためにも、同じ釜の飯を食う……もとい、同じ油で揚げたドーナツを食べるしか無いんじゃないだろうか。
うんうん、絶対にそれが良い。だって口の中がもうドーナツなんだもん。ハニーチュロとフレンチクルーラーが私を呼んでいる。
「色気があったって戦場では何の約にも立ちませんからね」
「……女なんやから、大人しゅうしとったらええのに」
「ハハッ、今更だなぁ…」
ドーナツへ想いを馳せていれば、珍しいことを言われて思わず渇いた笑いを溢してしまった。
女なんだから大人しくしとけ、だなんて…まるで私を普通の女の子と間違えたかのような発言だ。
私は自他共に認める兵士だ、家からも母からも呪術師として生きて、戦場で果てることを望まれているというのに。
今の発言は、流石に今更過ぎるのでは?と、苦笑いを浮かべる。
そもそも私に女としての価値を求めてきたのなんて、あの日強姦しようとしてきた奴等だけだったが…あれだって女としてというよりは、子孫繁栄が目的だったからな。
言ってしまえば私じゃなくても良いわけで。
そもそも、私より手頃な女なんぞそれなりに居るはずだ。
そしてそれは今後も同じこと。
私じゃなくても良いだろう、貴方に女の子として扱われるのは。
全く、今日の主は妙なことを言い出すものだと、私は薄く笑い直す。
「私を側にでも置いておきたくなりましたか?」
冗談めかした物言いをしながら、私は先程まで直哉様が見つめていた彼等を視界に写した。
誰もが皆、生き方を縛られている。
例えば彼等は、この家に生まれ落ちた宿命として必ず戦いに身を投じなければならない。
時には人を殺すこともあるだろう。
戦いにおける緊張感と罪悪感は、簡単に克服出来るものではない。
彼等と私はよく似ている。
私も母の最期の娘として、そして我が家の傑作個体として、戦うことを求められている。
望まれるのは、母体としての成果ではなく、より強い立場となって一族の名誉を集めること。
今更望まれたところで女としてなど生きられない。いや、生きたくない。
でも、女としてではなく、術師として…武器や道具としてなら誇らしく生きられる。
貴方と生きて良いと思える。
ねえ直哉様、貴方はどうですか?
視線を戻し、私は初めて生きている人間の中で、大切だと思えた人の手を宝物を扱うようにそっと取る。
硬い手のひらに一度だけ唇を寄せてから、瞳を閉じて忠誠と敬愛を口にした。
「望まれるのならば、なんびとであろうと貴方の前に平伏させてみせましょう」
確かに直哉様は人の心も身体も簡単に痛め付けるお人だ。
けれど、その強さへの渇望と、戦場へ出る人間への弱さをゆるさぬ在り方は、戦士としては正しい姿なはずなのだ。
その他者への許しを簡単に与えぬ心は、許された者からすれば時に支えとなる許しであるだろう。
この方が、愚かだと指を差されるなどあってはならない。
「私は直哉様の在り方を、尊く思っております」
私は獣のようなものだ、犬と呼ばれても否定出来ない在り方だ。
だからどうか、その目に私を女として写さなくて良い。
今まで通り気紛れに撫でて、つついて下されば、それだけで十分だ。
貴方からの尊く激しい愛情は、私にはどうしようもなく不要なものなのだ。
そうして私は顔を上げ、目を開き、もう一度微笑み直した。
「俺はお前の望むものを与えてやれるのに、お前はこのままがええ言うんやな?」
「はい、お側で戦わせて下さい」
「…まあ、今のお前は指輪より首輪のが似合いそうやからな」
それはそれで失礼な気もするが、納得頂けたのならば良しとしよう。
取った手を握り、私は気分を切り替え先程の話へと戻ることにした。
「ということなので、優秀で可愛くて頑張り屋な部下のためにドーナツをですね…」
「はあ?何でずっと寝とっただけの奴に褒美を与えなあかんのや、働いてから言えアホ」
「いやだから、快気祝いで…」
「お前が勝手に戦って勝手に負うた怪我やろ」
めちゃめちゃ正論なので何も言い返せない。
くっ!と言葉に詰まれば、直哉様はとても楽しそうな意地の悪い顔をして「そやけど暇やんなあ?」と尋ねてきた。
あっ…これはマズい、非常にマズい。
私の脳内に危険信号が打ち鳴らされる。
こういう時は大体、めちゃめちゃ一方的に虐めてくるか、とんでもないパシリをさせられるかの二択だ。
まだちょっと怪我が痛む…とかを理由に逃げられないかどうかと考えながら後退れば、その分詰め寄られ、最終的に肩を掴まれた。
直哉様はそれはもう大変良い笑みを浮かべてらした。
うん、うん……楽しそうで何よりです。でも全然尊くないな、先程のはきっと一時的な忠誠心盛りすぎバグだったに違いない。
やはり何処までいってもクズはクズだ。
早く世のため人のためになる生き方をしてほしいと切に願わずにはいられない。
「稽古つけたるよ、俺直々に、お前が倒れるまで」
「すぐ人の心ナイナイしないで…」
「今気分ええさかい、着替えるのぐらいは待っとってやってもええよ」
言外に「逃げたら殺すぞ」と脅しながら、早く行けと私のケツを叩いてくる直哉様から逃げるように私は廊下を爆走した。
やってられるかアホが!
本当に言われるがままに相手にしたら、せっかく治った怪我がまた悪くなる。いや、むしろ前より酷くなるかもしれない。
そんなの絶対に嫌だ、誰が従うもんかあんなクズ主人。
そうと決まれば行き先はただ一つ。
この家唯一の拠り所、誰よりも頼もしく素敵で額の傷も見慣れればラブリーチャーミーな、真に讃えられるべきお方…甚壱様の所へ、いざ参る!
でももし居なかったら…その時は直哉様が私に買って下さった中で一番彼が気に入っている綺麗な服を着て、精一杯の可愛い顔してデートに誘おう。
もしかしたら案外お出掛けしてくれるかもしれないし。
我ながらナイスなアイディアな気がしてきたぞ。
あの人何だかんだで、私のことかなり気に入ってるみたいだからな。
まあ、こちらもとても愛着を持っているのは…お互い様ということで。