直哉と健気で可愛いパシリちゃん
【報告】
2017年 2月■日 22時22分
■■家所属 準一級術師(15歳)による、同家所属 上層部役員殺害事件が発生。
現場は本家屋敷内、加害者の自室。
同日23時 加害者の身柄を確保。
緊急会議の結果、加害者をこれより『凶状持ち』と認定する。
以降、加害者の身柄を禪院家預かりとする。
___
呪術界における、名のある家に産まれた女性術師の役割とは、最終的には子を産むことであるケースが殆どだ。
そんな中、私の母は私を産んで死に絶えるまでに、およそ35年間で20人近くの子を産ませられ続けた。
毎晩代わる代わる部屋に来る男達の所業により精神を限界に達し、心をズタズタに壊した母は私を産み出した翌日に首を吊って自ら息絶えたという。
そして、母が長男を産んだ歳である16歳が私の元に近付いて来たある日のことだった。
我が一族に席を置く呪術界上層部所属の一人、祖父の兄だか弟だかが、とある男を連れて夜も更けた頃、唐突に私の部屋へとやって来た。
「子を成すためにまぐわえ」と突然命じられ、抵抗する間も無く寝間着を捲りあげられた私は、その晩あっさりと人を二人殺した。それも顔見知りの身内を。そりゃもうバッサリ、ザックリ、グッサリ。
ハッとした時にはもう何もかもが遅く、二人分の血をこれでもかと浴びた私は寝間着から滴る血もそのままに、慌てて部屋を飛び出し、父の部屋へと向かってひたすらに走った。
廊下を赤く汚し、父を呼びながら夜のシン…とした屋敷を駆けていく。
窓ガラスから入る月光に照らされた私は、さながら気を違えた狂人のような具合であったことだろう。
人を、それも身内を殺めてしまった罪悪感よりも、自分が衝動的に、簡単に人を殺せる人間性を持った人間だという事実に慌てふためき、血の滴る寝間着のまま叩き起こした父に「これ、どうしたらいい!?」と、叫ぶ勢いで声を張り上げた。
その数分後、私の部屋の惨状を知った者達により、私は言い訳も出来無いまま、すぐに身を拘束されることとなる。
しかし、その数分の間に父は亡き母の名を使って私に呪いを掛けた。
『縛り』
自分や他者との間に制約を交わし、制限を得る変わりに何かを得る、呪術における重要因子。
私は父により、亡き母と、己の命に絶対の誓いを立てて、この日を持ってして家から離れて悪鬼、害虫、魔物が蔓延る呪術界を己の力で生き抜くこととなった。
凶状持ち、味方は無し。
身内殺しの人畜生による、素晴らしき日々の幕開けである。
神も悪魔も降り立たないこの地にて、私は戦うために生きることを選んだ。
___
現状報告。
現在、私はとある人物からの逃亡のため、盾役としてひっ捕まえた人にコアラの如くムギュギュッとしがみついている。
私が押し付けられた禪院家に属する禪院直哉という名の、それはもう…なんだろうな、改めて言葉に直すと「ク」から始まり「ズ」で終わるとしか言いようの無い男が居るのだが、そのトップオブクズに捕まりそうになっているのである。
どうしてかと言うと、話せばちょっとばかり長くなるため詳しくは省略するが、私は色々とあった後に彼の付き人…いや、正しくは荷物持ち兼玩具のような…もっと言えばサンドバッグ…みたいな扱いとなってしまったのだ。
つまるところの所有物。そのため、彼は何かにつけて私に高圧的態度を取りながら絡んでくる。それはもう俺様何様直哉様といった具合に。
ある時はパシリにされ、またある時は寝ている所を起こされ任務に連れて行かれ、またある時はただただ虐められる。
それらの所業にとうとう面倒臭くなった私は、禪院家で上から数えて二番目くらいにマシな男の腕にしがみつき、直哉様からの無茶振りを必死に抵抗していた。
「今すぐ甚壱くんから離れろやアホ娘、俺が稽古付けたる言うてんねんで、もっと喜べやカス」
いったい、どこに喜ぶ要素があるというのだろうか。
私、覚えているんですからね。
そう言って貴方、この前ビシバシのコテンパンに私のこと叩きのめしてくれたじゃないですか。
青痣と擦り傷だらけで口の端から血を垂らして歩いていたら、扇様のとこの姉妹の片方に凄い優しくされたぞ。同情って恥ずかしくなるから困るのに。
そんでもって、直哉様ってばやり返したらやり返したで機嫌悪くするし…面倒臭すぎる、誰だよこの男の情緒を教育した奴、絶対いないいないばあじゃなくて北野映画とか見て育てただろ。
あたし、この人嫌い!ぷんっ!と、言葉にはせず、顔を背けて態度で示す。
そうすれば、直哉様は雑に舌打ちをして私の身を甚壱様から引っ剥がそうとしてきた。
やめろ!!!ここが私の安住の地なんだから!!引き剥がそうとするな!!!
「男に簡単にくっつくなや阿婆擦れが」
「絶対離れません!暴力反対!戦争反対!甚壱様万歳!!」
「なんで甚壱くんなんや、先に俺を讃えろや!お前は自分の主が誰か忘れたんか!」
うるせ〜〜〜!!!知るかYO!!!チェケラ!!!(魂のラップ)
直哉様は情緒教育が敗北かましているから知らないかもしれませんがね、甚壱様は私がこの家に来たての頃、寂しさと切なさと悲しさでBAD入ってた時にただ一人だけ声を掛けて下さった優しいお方なのだ。
スンスン鼻を鳴らして泣いていた私に、「どうした」と尋ねて下さったあの優しさ……私はクソチョロ女なので、2秒後には「え、優しい…好き…」となっていた。
その日の晩の日記には『大地讃頌』の替歌、『甚壱讃頌』を書いたくらいだ。
母なる甚壱様の懐に、我ら人の子の喜びはあるんだよ!!!
甚壱様を愛せよ、甚壱様に生きよう!!!
甚壱様を褒めよ、讃えよ、恩寵の豊かな甚壱様を!!!
「甚壱様、私は決して離れません…死が、二人を、分かつまで!」
「せやから、何で俺やなくて甚壱くんなん」
「メメント・モリ!!」
「これ、話通じてるん?」
全力拒否の結果、私と直哉様は言葉と心が通わなくなった。
諦めたのか、はたまた他に用事を思い出したのか…直哉様は「あとで覚えとけや」と、素晴らしく素敵な捨て台詞を吐いて立ち去ってくれた。
ホッ………良かった、撃退成功。
安心して肩から力を抜いていた所で、いつまでもしがみついているのも悪いかと思い、甚壱様の腕から身を離す。
ちゃんとお礼の言える良い子な私は、「しがみついてごめんなさい、ありがとうございました」と、しっかり頭を下げてお礼を言う。
「お礼に何かして欲しいことなどはありますか?」
「いや、いい」
「そんな……べ、別に良いんですよ?エッチなお願いとかでも……」
甚壱様が相手なら、例えキツいおしおきでも苦しいプレイでも、望まれるのであれば命に変えても頑張ります…と、頬に手を当て恥ずかしがりながらモニョモニョと言えば、甚壱様は「いや、いい」と、もう一度同じ言葉を繰り返した。
「で、でも…!」
「それよりも」
尚も食い下がろうとする私に、甚壱様は声を重ねてくる。
「あまり無理をするな」
「え……いえ、無理などは…とくに…」
突然心配の言葉を掛けられたかと思えば、甚壱様はそのまま私を放って廊下の向こうへ歩いていってしまった。
一人ぽつねんとその場に取り残され、小さく首を傾げる。
私はいったい何を心配されたのだろう…よく分からない……分からないが、しかし、きっと今のは優しさだ。
この家では貴重な感情だ、大切にしよう。
うんうんと頷き、納得をしてから私も歩き出す。
さてと、今日も張り切ってお仕事しちゃうぞい。仕事内容はただのパシリだけど。
2017年 2月■日 22時22分
■■家所属 準一級術師(15歳)による、同家所属 上層部役員殺害事件が発生。
現場は本家屋敷内、加害者の自室。
同日23時 加害者の身柄を確保。
緊急会議の結果、加害者をこれより『凶状持ち』と認定する。
以降、加害者の身柄を禪院家預かりとする。
___
呪術界における、名のある家に産まれた女性術師の役割とは、最終的には子を産むことであるケースが殆どだ。
そんな中、私の母は私を産んで死に絶えるまでに、およそ35年間で20人近くの子を産ませられ続けた。
毎晩代わる代わる部屋に来る男達の所業により精神を限界に達し、心をズタズタに壊した母は私を産み出した翌日に首を吊って自ら息絶えたという。
そして、母が長男を産んだ歳である16歳が私の元に近付いて来たある日のことだった。
我が一族に席を置く呪術界上層部所属の一人、祖父の兄だか弟だかが、とある男を連れて夜も更けた頃、唐突に私の部屋へとやって来た。
「子を成すためにまぐわえ」と突然命じられ、抵抗する間も無く寝間着を捲りあげられた私は、その晩あっさりと人を二人殺した。それも顔見知りの身内を。そりゃもうバッサリ、ザックリ、グッサリ。
ハッとした時にはもう何もかもが遅く、二人分の血をこれでもかと浴びた私は寝間着から滴る血もそのままに、慌てて部屋を飛び出し、父の部屋へと向かってひたすらに走った。
廊下を赤く汚し、父を呼びながら夜のシン…とした屋敷を駆けていく。
窓ガラスから入る月光に照らされた私は、さながら気を違えた狂人のような具合であったことだろう。
人を、それも身内を殺めてしまった罪悪感よりも、自分が衝動的に、簡単に人を殺せる人間性を持った人間だという事実に慌てふためき、血の滴る寝間着のまま叩き起こした父に「これ、どうしたらいい!?」と、叫ぶ勢いで声を張り上げた。
その数分後、私の部屋の惨状を知った者達により、私は言い訳も出来無いまま、すぐに身を拘束されることとなる。
しかし、その数分の間に父は亡き母の名を使って私に呪いを掛けた。
『縛り』
自分や他者との間に制約を交わし、制限を得る変わりに何かを得る、呪術における重要因子。
私は父により、亡き母と、己の命に絶対の誓いを立てて、この日を持ってして家から離れて悪鬼、害虫、魔物が蔓延る呪術界を己の力で生き抜くこととなった。
凶状持ち、味方は無し。
身内殺しの人畜生による、素晴らしき日々の幕開けである。
神も悪魔も降り立たないこの地にて、私は戦うために生きることを選んだ。
___
現状報告。
現在、私はとある人物からの逃亡のため、盾役としてひっ捕まえた人にコアラの如くムギュギュッとしがみついている。
私が押し付けられた禪院家に属する禪院直哉という名の、それはもう…なんだろうな、改めて言葉に直すと「ク」から始まり「ズ」で終わるとしか言いようの無い男が居るのだが、そのトップオブクズに捕まりそうになっているのである。
どうしてかと言うと、話せばちょっとばかり長くなるため詳しくは省略するが、私は色々とあった後に彼の付き人…いや、正しくは荷物持ち兼玩具のような…もっと言えばサンドバッグ…みたいな扱いとなってしまったのだ。
つまるところの所有物。そのため、彼は何かにつけて私に高圧的態度を取りながら絡んでくる。それはもう俺様何様直哉様といった具合に。
ある時はパシリにされ、またある時は寝ている所を起こされ任務に連れて行かれ、またある時はただただ虐められる。
それらの所業にとうとう面倒臭くなった私は、禪院家で上から数えて二番目くらいにマシな男の腕にしがみつき、直哉様からの無茶振りを必死に抵抗していた。
「今すぐ甚壱くんから離れろやアホ娘、俺が稽古付けたる言うてんねんで、もっと喜べやカス」
いったい、どこに喜ぶ要素があるというのだろうか。
私、覚えているんですからね。
そう言って貴方、この前ビシバシのコテンパンに私のこと叩きのめしてくれたじゃないですか。
青痣と擦り傷だらけで口の端から血を垂らして歩いていたら、扇様のとこの姉妹の片方に凄い優しくされたぞ。同情って恥ずかしくなるから困るのに。
そんでもって、直哉様ってばやり返したらやり返したで機嫌悪くするし…面倒臭すぎる、誰だよこの男の情緒を教育した奴、絶対いないいないばあじゃなくて北野映画とか見て育てただろ。
あたし、この人嫌い!ぷんっ!と、言葉にはせず、顔を背けて態度で示す。
そうすれば、直哉様は雑に舌打ちをして私の身を甚壱様から引っ剥がそうとしてきた。
やめろ!!!ここが私の安住の地なんだから!!引き剥がそうとするな!!!
「男に簡単にくっつくなや阿婆擦れが」
「絶対離れません!暴力反対!戦争反対!甚壱様万歳!!」
「なんで甚壱くんなんや、先に俺を讃えろや!お前は自分の主が誰か忘れたんか!」
うるせ〜〜〜!!!知るかYO!!!チェケラ!!!(魂のラップ)
直哉様は情緒教育が敗北かましているから知らないかもしれませんがね、甚壱様は私がこの家に来たての頃、寂しさと切なさと悲しさでBAD入ってた時にただ一人だけ声を掛けて下さった優しいお方なのだ。
スンスン鼻を鳴らして泣いていた私に、「どうした」と尋ねて下さったあの優しさ……私はクソチョロ女なので、2秒後には「え、優しい…好き…」となっていた。
その日の晩の日記には『大地讃頌』の替歌、『甚壱讃頌』を書いたくらいだ。
母なる甚壱様の懐に、我ら人の子の喜びはあるんだよ!!!
甚壱様を愛せよ、甚壱様に生きよう!!!
甚壱様を褒めよ、讃えよ、恩寵の豊かな甚壱様を!!!
「甚壱様、私は決して離れません…死が、二人を、分かつまで!」
「せやから、何で俺やなくて甚壱くんなん」
「メメント・モリ!!」
「これ、話通じてるん?」
全力拒否の結果、私と直哉様は言葉と心が通わなくなった。
諦めたのか、はたまた他に用事を思い出したのか…直哉様は「あとで覚えとけや」と、素晴らしく素敵な捨て台詞を吐いて立ち去ってくれた。
ホッ………良かった、撃退成功。
安心して肩から力を抜いていた所で、いつまでもしがみついているのも悪いかと思い、甚壱様の腕から身を離す。
ちゃんとお礼の言える良い子な私は、「しがみついてごめんなさい、ありがとうございました」と、しっかり頭を下げてお礼を言う。
「お礼に何かして欲しいことなどはありますか?」
「いや、いい」
「そんな……べ、別に良いんですよ?エッチなお願いとかでも……」
甚壱様が相手なら、例えキツいおしおきでも苦しいプレイでも、望まれるのであれば命に変えても頑張ります…と、頬に手を当て恥ずかしがりながらモニョモニョと言えば、甚壱様は「いや、いい」と、もう一度同じ言葉を繰り返した。
「で、でも…!」
「それよりも」
尚も食い下がろうとする私に、甚壱様は声を重ねてくる。
「あまり無理をするな」
「え……いえ、無理などは…とくに…」
突然心配の言葉を掛けられたかと思えば、甚壱様はそのまま私を放って廊下の向こうへ歩いていってしまった。
一人ぽつねんとその場に取り残され、小さく首を傾げる。
私はいったい何を心配されたのだろう…よく分からない……分からないが、しかし、きっと今のは優しさだ。
この家では貴重な感情だ、大切にしよう。
うんうんと頷き、納得をしてから私も歩き出す。
さてと、今日も張り切ってお仕事しちゃうぞい。仕事内容はただのパシリだけど。
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