第三の生命体、菌類種の話
落下の衝撃により、途切れていた意識の浮上を感じ取った。
「天内理子の遺体、五体フルセッ、」
「おぇ…きもちわるぅ……」
「は?」
身体の細胞全てを活用して、周囲の状況を確認開始。
私以外の人間は3名、どれも男。一人は先程私を"一回"殺してくれた奴、あとの二人は知らない顔だ。
どうやら私は理子ちゃんの死体としてここに連れて来られたらしい。
なるほど、馬鹿げた企みだ。
よっこいせ、と口に出しながら立ち上がり、隣に居た男を睨み付けるように見上げる。
全く……覚悟はしたつもりだったが、人間に殺されるだなんて最悪最低な気分だ。
だがまあ良い、ここまではわりと想定内。
だからと言って、腹が立つことに変わりはないが。
眼光鋭く睨み付けた相手に恨み辛みを込めて言葉を吐く。
「よくも私を一回殺してくれたな、高く付くぞ無礼者」
「お前は…なんだ?天内理子じゃないな」
「当たり前だろ、よく見ろよ」
即座に武器を取り、警戒態勢に入った男を前にして、私はお面を剥がすように左手で顔の皮を無理矢理剥ぎ取って見せた。
グチュリ、グチュリ。
赤い汁が溢れ、首や胸を濡らしていく。
血染めの制服からは、何処か海の匂いがした。
そして、中から現れたるは、蠢く無数の触手達。
色取り取りのイソギンチャクのようにユラユラと不規則に揺れる"住人"達を見せつけながら、口でも喉でもなく、腹の奥から嘲笑う。
「天内理子は今の私より2センチ背が高くて、一回り肉がついてて、そして右利きだ」
お面を付けるように剥がした面を押し付ければ、剥がされた皮膚は見る見るうちに元の形、一番最初の顔へと戻っていく。
何度でも、何度でも。
好きなだけ殺せば良い、煮るも焼くもやるだけやれば良い。
でも死なない、死んであげない、飼ってる住人がある限り。
彼らは私の残基だ、私にとっての「搾取」の対象だ。
菌ってのは死体が増えれば寄生先が増えるもんで、つまりは住人が死ねば死ぬほど私は有利な状態となる。
それに………
「お前、私に直に触れただろ」
「…何が言いてえんだ」
「皮下感染って、ご存知?」
殺してくれたお礼に、皮膚からジワジワ寄生していってあげるから。
私の言っている意味に気付いたらしいスーツ姿の男が、自分の鼻と口を抑えた。
だが遅い、もう遅い。
菌は空中でも生存可能、胞子をばら撒き揺蕩い続け、呼吸と共に体内へ入り込んで病原体となる。
「お前達全員、死んでも私の寄生先の刑に決定」
言うが否か、襲撃者の男が私の心臓を再び抉るように突き刺した。
刺され、引き抜かれ、再び倒れていく身体を持ち上げられ外へと連れて行かれる。
ボトボトと音を立てながら溢れる赤い液体が、男の身体を鉄臭く染め上げた。
それをわざと声を出して笑ってやる。
あーあ、こんなに"私"を纏っちゃって。
短時間だろうと皮膚から染み込んでやるからな、もう死んでも一緒だからな。死んだら苗床にしてやる、覚えておけよ。
「…面倒くせぇ真似しやがって」
「次はお前を真似て産まれ直してやるからな、覚えておけ人間」
「気色悪ぃことすんな、バケモン」
口を開けばゴポリと夥しい量の血が逆流し、吐き出された。
まあ、多少の時間稼ぎは出来たんじゃないだろうか。
ボンヤリと霞んできた視線の先、白い頭の人間が一人立っていた。
それを見届け私は笑って目を閉じる。
ああ全く、容赦ないなこの人間。
これで死ぬの、今日だけで二回目なんだけど。
………
揺すり起こされ、目を覚ます。
視界いっぱいに広がった、この世で最も綺麗で、陸で一番可愛い顔が私に向けて語り掛ける。
「終わった」
「……お疲れ様です、悟くん」
大きな仕事を無事終えたのだろう悟くんに、なるだけ可愛い笑みを浮かべてみせた。
流石五条悟である、怪我は所々見えるが、上々の仕事振りだったらしい。
若干ハイ状態なのが気になるが、これなら後のことも任せられるだろう。
うん、本当に良かった。
これで、後悔無くくたばれる。
「悟くん」
「なんだよ、帰るぞ」
「うん、悟くんだけね」
感覚が無くなり、解れ出した下半身を見下ろしてからエヘッと表情を崩して明るく笑う。
「核ズタズタになっちゃった、だから私、もう駄目みたいです」
「………は?」
そう、先程の攻撃とその前の攻撃により、私の核はもうズタズタのボロボロにされてしまった。
菌核…菌類の栄養体が形成する硬い塊のこと。それに小さな呪いが編み込まれたものこそが私の本体なのだが、それがどうやらもう駄目みたいなので、住人が幾ら居ようが意味が無いのだ。
さっきは格好つけて大見得を張ったが、直に触れてきたあの襲撃者以外に寄生など出来ていない。そんな力、もう何処にも残っていなかった。
だから私の長い長い旅はここでおしまいみたいだ。
陸から海の底へ、海の底からまた陸へ。人間の姿形を借りて、君達に出会って、沢山宝物のような時間を得て、私が見てきた中で陸地で最も可愛い君に愛してもらえて…搾取されるだけの弱者からしたら、身に余る幸福だったと言えよう。
だから未練も無い、私は君達の未来と笑顔を守れたはずだから、これで良い。
むしろ、他のシャーレに入れられた細菌達からしたら長く生きすぎたくらいだ。
「なんで、は?俺の前から消えるってこと?なに勝手なこと……」
「ただの一掬いのプヨプヨに戻るだけだよ、多分」
安心させるように笑って言えば、彼は焦るように手を伸ばして感覚の無くなった私の身体を抱き締めてくれた。
解けていく身体は鈍くなりすぎて、感覚が殆ど無い。
けれど、神様に抱きしめられたとしたらこんな感じなのかもしれない。
フワフワと、雲に乗っているかのような優しさと、限りない喜びに心が満ちる。
陸も海も合わせて、私はきっと、今いちばんしあわせものだ。
私は笑う。
悲しいことでは無いのだと、この別れと死には必ず良い意味があるのだと思いこめば、深海に返れずとも良いと思えた。
今は、故郷の暗闇よりも、目の前の可愛い男の子の方がずっとずっと大切だった。
「言葉も意思も、なんにもなくなっても、悟くんが一番大好きだよ」
君が世界で一番可愛いよ。
最期の想いを伝え、私は溶けて消えていく。
涙はなんとなく、甘く思えた。
これが多分、陸の味なのだろう。
___
俺と一緒に暮らしていた菌類人間が、一塊の無価値なブヨブヨした物体になってしまってから数ヶ月後の話。
ある日突然俺の前にやって来た、あの日俺が殺したはずの男は、片腕に男と何となく似た、小さい女の子を乗せて俺の前に立ちはだかった。
「このキノコの呪い、なんとかしてくれ」
「……………いや、それ……呪いじゃないから専門外だわ」
「マジか…コイツから50m離れらんねぇんだけど、呪いじゃねぇのかよ」
「多分、今度はそういう仕様なんだと思う」
よくわかんねえけど、前も…よくわかんない生命体だったし。
恐らく、未完成な肉体だから寄生先が無いと行動出来ないとかなんだろ、いや分かんねぇけど。キノコに詳しくなんて無いから、キノコ図鑑とか持ってないし、菌類の迷路とか知らねぇし。納豆菌とキノコの違いとか調べたことねぇし。
でも、多分正しく育てれば離れられるようになるはずなのは確かだろう。
とりあえず、まずは……
「電気でも流してみるか…」
「マジでまんまキノコじゃねぇか」
そうだよ。
そいつ、大体キノコと同じなんだよ。
でも、人間と同じように笑って、同じように泣いて、同じように怒るんだ。
他の有象無象に存在する菌類とは別の、特別な女の子なんだよ。
俺にとっては。
「天内理子の遺体、五体フルセッ、」
「おぇ…きもちわるぅ……」
「は?」
身体の細胞全てを活用して、周囲の状況を確認開始。
私以外の人間は3名、どれも男。一人は先程私を"一回"殺してくれた奴、あとの二人は知らない顔だ。
どうやら私は理子ちゃんの死体としてここに連れて来られたらしい。
なるほど、馬鹿げた企みだ。
よっこいせ、と口に出しながら立ち上がり、隣に居た男を睨み付けるように見上げる。
全く……覚悟はしたつもりだったが、人間に殺されるだなんて最悪最低な気分だ。
だがまあ良い、ここまではわりと想定内。
だからと言って、腹が立つことに変わりはないが。
眼光鋭く睨み付けた相手に恨み辛みを込めて言葉を吐く。
「よくも私を一回殺してくれたな、高く付くぞ無礼者」
「お前は…なんだ?天内理子じゃないな」
「当たり前だろ、よく見ろよ」
即座に武器を取り、警戒態勢に入った男を前にして、私はお面を剥がすように左手で顔の皮を無理矢理剥ぎ取って見せた。
グチュリ、グチュリ。
赤い汁が溢れ、首や胸を濡らしていく。
血染めの制服からは、何処か海の匂いがした。
そして、中から現れたるは、蠢く無数の触手達。
色取り取りのイソギンチャクのようにユラユラと不規則に揺れる"住人"達を見せつけながら、口でも喉でもなく、腹の奥から嘲笑う。
「天内理子は今の私より2センチ背が高くて、一回り肉がついてて、そして右利きだ」
お面を付けるように剥がした面を押し付ければ、剥がされた皮膚は見る見るうちに元の形、一番最初の顔へと戻っていく。
何度でも、何度でも。
好きなだけ殺せば良い、煮るも焼くもやるだけやれば良い。
でも死なない、死んであげない、飼ってる住人がある限り。
彼らは私の残基だ、私にとっての「搾取」の対象だ。
菌ってのは死体が増えれば寄生先が増えるもんで、つまりは住人が死ねば死ぬほど私は有利な状態となる。
それに………
「お前、私に直に触れただろ」
「…何が言いてえんだ」
「皮下感染って、ご存知?」
殺してくれたお礼に、皮膚からジワジワ寄生していってあげるから。
私の言っている意味に気付いたらしいスーツ姿の男が、自分の鼻と口を抑えた。
だが遅い、もう遅い。
菌は空中でも生存可能、胞子をばら撒き揺蕩い続け、呼吸と共に体内へ入り込んで病原体となる。
「お前達全員、死んでも私の寄生先の刑に決定」
言うが否か、襲撃者の男が私の心臓を再び抉るように突き刺した。
刺され、引き抜かれ、再び倒れていく身体を持ち上げられ外へと連れて行かれる。
ボトボトと音を立てながら溢れる赤い液体が、男の身体を鉄臭く染め上げた。
それをわざと声を出して笑ってやる。
あーあ、こんなに"私"を纏っちゃって。
短時間だろうと皮膚から染み込んでやるからな、もう死んでも一緒だからな。死んだら苗床にしてやる、覚えておけよ。
「…面倒くせぇ真似しやがって」
「次はお前を真似て産まれ直してやるからな、覚えておけ人間」
「気色悪ぃことすんな、バケモン」
口を開けばゴポリと夥しい量の血が逆流し、吐き出された。
まあ、多少の時間稼ぎは出来たんじゃないだろうか。
ボンヤリと霞んできた視線の先、白い頭の人間が一人立っていた。
それを見届け私は笑って目を閉じる。
ああ全く、容赦ないなこの人間。
これで死ぬの、今日だけで二回目なんだけど。
………
揺すり起こされ、目を覚ます。
視界いっぱいに広がった、この世で最も綺麗で、陸で一番可愛い顔が私に向けて語り掛ける。
「終わった」
「……お疲れ様です、悟くん」
大きな仕事を無事終えたのだろう悟くんに、なるだけ可愛い笑みを浮かべてみせた。
流石五条悟である、怪我は所々見えるが、上々の仕事振りだったらしい。
若干ハイ状態なのが気になるが、これなら後のことも任せられるだろう。
うん、本当に良かった。
これで、後悔無くくたばれる。
「悟くん」
「なんだよ、帰るぞ」
「うん、悟くんだけね」
感覚が無くなり、解れ出した下半身を見下ろしてからエヘッと表情を崩して明るく笑う。
「核ズタズタになっちゃった、だから私、もう駄目みたいです」
「………は?」
そう、先程の攻撃とその前の攻撃により、私の核はもうズタズタのボロボロにされてしまった。
菌核…菌類の栄養体が形成する硬い塊のこと。それに小さな呪いが編み込まれたものこそが私の本体なのだが、それがどうやらもう駄目みたいなので、住人が幾ら居ようが意味が無いのだ。
さっきは格好つけて大見得を張ったが、直に触れてきたあの襲撃者以外に寄生など出来ていない。そんな力、もう何処にも残っていなかった。
だから私の長い長い旅はここでおしまいみたいだ。
陸から海の底へ、海の底からまた陸へ。人間の姿形を借りて、君達に出会って、沢山宝物のような時間を得て、私が見てきた中で陸地で最も可愛い君に愛してもらえて…搾取されるだけの弱者からしたら、身に余る幸福だったと言えよう。
だから未練も無い、私は君達の未来と笑顔を守れたはずだから、これで良い。
むしろ、他のシャーレに入れられた細菌達からしたら長く生きすぎたくらいだ。
「なんで、は?俺の前から消えるってこと?なに勝手なこと……」
「ただの一掬いのプヨプヨに戻るだけだよ、多分」
安心させるように笑って言えば、彼は焦るように手を伸ばして感覚の無くなった私の身体を抱き締めてくれた。
解けていく身体は鈍くなりすぎて、感覚が殆ど無い。
けれど、神様に抱きしめられたとしたらこんな感じなのかもしれない。
フワフワと、雲に乗っているかのような優しさと、限りない喜びに心が満ちる。
陸も海も合わせて、私はきっと、今いちばんしあわせものだ。
私は笑う。
悲しいことでは無いのだと、この別れと死には必ず良い意味があるのだと思いこめば、深海に返れずとも良いと思えた。
今は、故郷の暗闇よりも、目の前の可愛い男の子の方がずっとずっと大切だった。
「言葉も意思も、なんにもなくなっても、悟くんが一番大好きだよ」
君が世界で一番可愛いよ。
最期の想いを伝え、私は溶けて消えていく。
涙はなんとなく、甘く思えた。
これが多分、陸の味なのだろう。
___
俺と一緒に暮らしていた菌類人間が、一塊の無価値なブヨブヨした物体になってしまってから数ヶ月後の話。
ある日突然俺の前にやって来た、あの日俺が殺したはずの男は、片腕に男と何となく似た、小さい女の子を乗せて俺の前に立ちはだかった。
「このキノコの呪い、なんとかしてくれ」
「……………いや、それ……呪いじゃないから専門外だわ」
「マジか…コイツから50m離れらんねぇんだけど、呪いじゃねぇのかよ」
「多分、今度はそういう仕様なんだと思う」
よくわかんねえけど、前も…よくわかんない生命体だったし。
恐らく、未完成な肉体だから寄生先が無いと行動出来ないとかなんだろ、いや分かんねぇけど。キノコに詳しくなんて無いから、キノコ図鑑とか持ってないし、菌類の迷路とか知らねぇし。納豆菌とキノコの違いとか調べたことねぇし。
でも、多分正しく育てれば離れられるようになるはずなのは確かだろう。
とりあえず、まずは……
「電気でも流してみるか…」
「マジでまんまキノコじゃねぇか」
そうだよ。
そいつ、大体キノコと同じなんだよ。
でも、人間と同じように笑って、同じように泣いて、同じように怒るんだ。
他の有象無象に存在する菌類とは別の、特別な女の子なんだよ。
俺にとっては。