第三の生命体、菌類種の話
深海生物、しかも菌類。
そんなやつに味覚を求める方が可笑しいというもので。
しかし、優しい隣人や同士の人間達は、暇さえあれば私の味覚や嗅覚などの未発達器官をどうにかするため、あれこれと頭を悩ませてくれていた。
正しい食生活を行い、味覚の改善をしようと考えた七海くんは、私に健康的な食事を勧めてきたりした。
何処で知り得た情報かは知らないが、味覚も嗅覚もより極めるためにはテイスティングが大切だとかで、食事からはじまり、様々な匂いをじっくり嗅がされたりなどもした。
だが、残念なことにあまり効果は見られておらず、私は依然として馬鹿舌と馬鹿鼻のままだった。
当たり前やろがい!!!
七海くんに買ってきて貰ったサンドイッチを前に、私はこっそりと憤怒した。
あの野郎…七海建人この野郎……私はお前達人類と違って、味はおろか、色彩も光も無い世界からやって来たんだぞ。
そんな奴にお高い小麦の風味が云々カンカヌンなサンドイッチなんぞ食わそうとすな…自分で食え……私は君が美味しいサンドイッチを前にちょっと雰囲気が華やぎ眉間からシワが消えるあの瞬間が好きなんだ…だから自分で食え……頼む…私は君を見ていられたらそれでお腹いっぱいになるから…。むしろそれが有り難いです…。
ハード系と呼ばれる類のパンにハムやらチーズやらが挟まっているサンドイッチを手に取り、匂いを嗅ぐ。
クンクンっ、スンスンっ。
凄く遠い所に、しょっぱい香りとマスタードのツンッとした感じを捉えた。
とりあえず物は試しだ、食べてみるかと、口を開いて齧り付く。
ガブッ。
モグモグモグ……。
「………かたいな…」
堅い生地の間に挟まる、柔い具材が何とも不気味な歯ごたえを覚えさせた。
舌の上で広がったチーズが唾液と混ざり合い、ザラリとした不快な食感を生み出す。
ハムの塩味を微かに感じ、それを頼りに噛んで、噛んで、噛んで、なんとか一口目をゴクリと無理矢理飲み込んだ。
「フゥ………」
そして、二口目にトライするか否かとサンドイッチを睨み付けていた時であった。
突如として頭上に影が差し、声が降ってくる。
「美味しそうな物食べてるね」
「ヲ"ッッッッ」
いきなりのことにビクッと跳ねた肩の上に、ポンッと大きな手が乗っかった。
顔を上に向ければ、こちらを見下ろし艶のある笑みを浮かべた青年が一人。
こ、コイツは高専名物、性的魅力に溢れ過ぎて仏の道を志す者の前には決して出せないエロティックヒューマン・夏油傑ではないか!!今日も今日とて吸い付きたくなるくらいのオデコだなあ!ヨッ!日本一!!
予想だにしなかった人物の出現により、私は口の中にあった不快さを一瞬にして忘れ去った。
いや、むしろ上品ささえ感じる。
夏油傑の端正で温厚そうに見えて、何処かほんのりと裏の見え隠れする、深みのある笑み…まるで熟したワインのような……ワインなんて怖くて呑んだこと無いけど。
というようなことが一気に脳内を駆け巡っていた時だった、いきなり後頭部から「クキュゥコロロロロロ……」と、苦しそうな切ないような…なんとも言えない音が聞こえてきたではないか。
何だ何だと怪訝に思い、眉間にシワを寄せ振り返れば、そこにあるのは夏油先輩のお腹。
彼はそっと手で腹を抑え、何処か決まりが悪そうな顔をして言った。
「お腹、空いてて…」
「………………」
「すまない、今のは悟達には黙っていてくれないかな?」
「…はい………」
いや……………あの………それどころじゃ…………。
はあ…………………ありがとう、日本………。
今すぐ天を仰ぎ、大いなる天上の意思に祈りを捧げたい衝動をグッと堪え、私は噛りかけのサンドイッチをスッ…と、献上するかのように差し出した。
「先輩、どうぞこちらをお食べ下さい…」
「いや、でもこれは君の、」
「いいんです、丁度食べられなくて困っていたので」
というかきっと、このサンドイッチが今ここにあるのは、夏油傑この人に食われるために違い無いのだ。
だってほら、よく耳を澄ませて欲しい。聞こえるだろう?サンドイッチの「夏油さん、私をたべてお腹いっぱいになって頂戴」という愛くるしい囁きが。
仮にもし私が貝とかだったとして、お腹を空かせた夏油先輩が目の前に居たとしよう。そうしたらきっと、私も同じことを思い、自ら彼の口の中へとその身を投げていたはずだ。
分かるとも、サンドイッチよ。
君の運命はまさに、今この瞬間のために紡がれてきたのだ。
ああ、なんてロマンチックなお食事シーン。泣けちゃうよ。
私が差し出したサンドイッチを受け取った夏油先輩は、隣の椅子に座って「ありがとう、戴きます」と感謝を口にしてから被りついた。
ガブリッ。
大きな一口が、サンドイッチの四分の一を喰らい尽くす。
まるで獣のような食いっぷりだ。レタスやパンが噛み砕かれる美味しそうな咀嚼音を静かな教室に響かせながら、上品に唇を閉じて味わう横顔を、私は邪魔にならない程度に眺めていた。
美しい人間とは、何をしていても美しいものなのだろう。
どんなシーンを切り取っても、味わい深い美と芸術的な習性を垣間見れる。
そう、これは芸術鑑賞の時間だ。
私は今、夏油傑のオヤツタイムという題名の芸術を眺めているのだ。
素晴らしい躍動感、味なんてさっき食べて全く分からなかったのに、彼が食べているのを見ていると不思議と「美味しい」を理解出来た。
「…随分熱心に見てくるね」
「あ、すみません…」
邪魔にならない程度に見ようと思っていたが無理だったらしい。
二口目を食し、大きく喉を上下させた後に言われた言葉に頭を下げる。
「そんなに私のことが好きかい?」
艷やかに、しかしてパンのクズを口の端に付けながら、夏油先輩はわざとらしい淫らな笑みを浮かべてみせた。
瞬間、私の脳内は一気に桃色に染まる。
現役DK、脅威のエチエチスマイル発動!この夏最も淫らな男はコイツ!誰が見てもエロい、セクシー!!存在がギリギリ18禁!早くモザイクかけろ!!セクシーボンバーSUGURU!!!ムンムンムラムラしたいならコイツを見ろ!!!そのケツは私を欲情させるためにあるんだろ!!!
…芸術が云々とか語ってたけど、エッチなものはエッチだよ。
これは誰がどう見たってスケベだよ。
脳が溶けていく感覚がする。
脳内を駆け巡る幾多のシナプスがピンクに弾け、危険信号を発した。
これ以上はいけない、狂う、出るもんが出るぞ!!ウッ!!!
私が一人、ヤバいマズいなけなしの人権を失うとニコニコ笑顔の裏で慌てていれば、夏油さんは無慈悲にもさらなる追討ちをかけてきた。
薄い唇がゆっくりと割り開かれ、赤く、分厚い舌先がチラリと覗く。
その舌先で、まるでこちらに見せ付けるかのように、ゆっくりと口端についたパンクズを掬い舐めた。
「…………こら、見すぎだよ」
「……………………」
あまりの衝撃に、私は顔に笑みを貼り付けたまま椅子を引いて立ち上がる。
そして、無言で窓ガラスにトコトコと近付いて行った。
ガラリと開けた窓の外から生温かい風が室内に通っていく。
外は良い天気で、雲が空遠くにぷかぷかと気持ち良さそうに浮いていた。
うん、こんな日はこれが一番。
ガシッと窓枠を掴み、片足を上げて身を外に投げ捨てるために勢い良く乗り出した。
「エッチなのは!良くないと!思いまーーす!!!!」
遺言を残し、両腕に力を込める。
さらば愛しき日々よ!!私は性犯罪者になる前に己の命にケジメをつけます。
亡骸はどうか、どうか海に撒いて下さい。
決意を固めて身を投げようとする。しかし、すぐに後ろから羽交い締めにされ、ギュッと拘束されたあとすぐに室内へと戻されてしまった。
「何をしてるんだ!馬鹿なことはやめなるんだ!!」
「離せ、離してくれ!!」
「落ち着くんだ、良い子だから…!」
「海に帰らせてくれー!!!」
淫乱ヒューマンにより、深海生物錯乱。
深海のみんなへ、地上はとっても怖いところだったよ。
エッチな先輩が無垢な異性の後輩を誑そうと、ドスケベスマイルをかましたりしてくる…そういう、幼気な深海生物にはまだ早い場所なんだ。
でもね、私にはここでやらなきゃならないことがあるんだよ。
地上の技術を海底に保存して、いつかこの星の陸地が海に沈んだとしても、人類が築いた歴史と物語を誰かが覚えていられるようにしたいんだ。
海底という未知で未開の世界にて、私は人類の軌跡を記したい…そんな切なる願いがあるんだ。
でもそんな願いも、このムチムチエチエチクソデカヒューマンの圧倒的セクシーフェロモンの前では太刀打ち出来やしない。
私、人類の軌跡じゃなくて、夏油傑がどれだけ婬猥で淫らな人間かってことしか記録出来ない。無理、他のこと忘れちゃった。てへてへっ。
使命を果たせない不甲斐なさと、他種族への欲情、脳内から抹消されていく暗く黒い塩の香りへの喪失感でグッチャグチャになった心は、涙となって身体の外へ外へと溢れ出す。
頬を伝って唇についた水滴を舐め取れば、懐かしく、愛しい、塩の味がした気がした。
ニュルリ。
瞬間、制服のスカートが捲れ上がり、触手が一本…いや、二本、三本、四本…と、ウゴウゴニュルニュル…タコ足のように次から次へと現れ出す。
鮮やかな色彩を纏って蠢くそれらは、テラテラと表面を鈍く光らせ、ヌラリとした蜜を纏いながら私を背後から抑えつけていた人物の身体に勢い良く向かっていってしまった。
ニュチ、ニュチ。
後ろから、水分を含んだ柔らかい物が無数に動く音と、「アッ、こら…!」「んっ、服の中は、やめるんだ!」という、色気のある声がしてくる。
とうとういっぱいいっぱいになった私は、ポロポロと涙を流しながら顔を覆ってその場にヘタリと座り込んだ。
うわーん!!どうしよー!!先輩がえっちすぎて、ちんぽぽの変わりに体内で飼ってる触手ちゃん達が興奮して出てきてしまったよー!!
深海生まれ深海育ち、イソギンチャクは大体友達。チェケラ。
ここで一つ新情報をば。
実は、私が採取された時にひっついていた深海生物というのはチューブワームだったんです。
そう、何を隠そう、私は触手属性持ち。
抑えきれなくなったパトスが触手として現れ、夏油先輩にニュラニュラと襲い掛かった。
最早数えることも不可能な量の触手達が彼を捕らえ、服の隙間から素肌や口内に這い回っていく。
背後からは「待て、どうなってるんだ!」「誰か、誰か来てくれ!」と言いながらも、ブチッブチッと私の身の一部とも言える触手を容赦無く引き千切る夏油先輩の抵抗音が聞こえてくる。
千切られる痛みと、コントロール不能になった触手達が先輩の身体のあちこちを這いずる感覚に目が周り、とうとうその場に痙攣しながら倒れ込む。
涙を流し、ビクビクッと身体を痙攣させながら白目をむく私。
全身触手攻めにあい藻掻く夏油傑。
駆け付けた他の生徒や職員達。
今地球上で最も淫らな教室は、絶対にここだと自信を持って言えた瞬間だった。
そんなやつに味覚を求める方が可笑しいというもので。
しかし、優しい隣人や同士の人間達は、暇さえあれば私の味覚や嗅覚などの未発達器官をどうにかするため、あれこれと頭を悩ませてくれていた。
正しい食生活を行い、味覚の改善をしようと考えた七海くんは、私に健康的な食事を勧めてきたりした。
何処で知り得た情報かは知らないが、味覚も嗅覚もより極めるためにはテイスティングが大切だとかで、食事からはじまり、様々な匂いをじっくり嗅がされたりなどもした。
だが、残念なことにあまり効果は見られておらず、私は依然として馬鹿舌と馬鹿鼻のままだった。
当たり前やろがい!!!
七海くんに買ってきて貰ったサンドイッチを前に、私はこっそりと憤怒した。
あの野郎…七海建人この野郎……私はお前達人類と違って、味はおろか、色彩も光も無い世界からやって来たんだぞ。
そんな奴にお高い小麦の風味が云々カンカヌンなサンドイッチなんぞ食わそうとすな…自分で食え……私は君が美味しいサンドイッチを前にちょっと雰囲気が華やぎ眉間からシワが消えるあの瞬間が好きなんだ…だから自分で食え……頼む…私は君を見ていられたらそれでお腹いっぱいになるから…。むしろそれが有り難いです…。
ハード系と呼ばれる類のパンにハムやらチーズやらが挟まっているサンドイッチを手に取り、匂いを嗅ぐ。
クンクンっ、スンスンっ。
凄く遠い所に、しょっぱい香りとマスタードのツンッとした感じを捉えた。
とりあえず物は試しだ、食べてみるかと、口を開いて齧り付く。
ガブッ。
モグモグモグ……。
「………かたいな…」
堅い生地の間に挟まる、柔い具材が何とも不気味な歯ごたえを覚えさせた。
舌の上で広がったチーズが唾液と混ざり合い、ザラリとした不快な食感を生み出す。
ハムの塩味を微かに感じ、それを頼りに噛んで、噛んで、噛んで、なんとか一口目をゴクリと無理矢理飲み込んだ。
「フゥ………」
そして、二口目にトライするか否かとサンドイッチを睨み付けていた時であった。
突如として頭上に影が差し、声が降ってくる。
「美味しそうな物食べてるね」
「ヲ"ッッッッ」
いきなりのことにビクッと跳ねた肩の上に、ポンッと大きな手が乗っかった。
顔を上に向ければ、こちらを見下ろし艶のある笑みを浮かべた青年が一人。
こ、コイツは高専名物、性的魅力に溢れ過ぎて仏の道を志す者の前には決して出せないエロティックヒューマン・夏油傑ではないか!!今日も今日とて吸い付きたくなるくらいのオデコだなあ!ヨッ!日本一!!
予想だにしなかった人物の出現により、私は口の中にあった不快さを一瞬にして忘れ去った。
いや、むしろ上品ささえ感じる。
夏油傑の端正で温厚そうに見えて、何処かほんのりと裏の見え隠れする、深みのある笑み…まるで熟したワインのような……ワインなんて怖くて呑んだこと無いけど。
というようなことが一気に脳内を駆け巡っていた時だった、いきなり後頭部から「クキュゥコロロロロロ……」と、苦しそうな切ないような…なんとも言えない音が聞こえてきたではないか。
何だ何だと怪訝に思い、眉間にシワを寄せ振り返れば、そこにあるのは夏油先輩のお腹。
彼はそっと手で腹を抑え、何処か決まりが悪そうな顔をして言った。
「お腹、空いてて…」
「………………」
「すまない、今のは悟達には黙っていてくれないかな?」
「…はい………」
いや……………あの………それどころじゃ…………。
はあ…………………ありがとう、日本………。
今すぐ天を仰ぎ、大いなる天上の意思に祈りを捧げたい衝動をグッと堪え、私は噛りかけのサンドイッチをスッ…と、献上するかのように差し出した。
「先輩、どうぞこちらをお食べ下さい…」
「いや、でもこれは君の、」
「いいんです、丁度食べられなくて困っていたので」
というかきっと、このサンドイッチが今ここにあるのは、夏油傑この人に食われるために違い無いのだ。
だってほら、よく耳を澄ませて欲しい。聞こえるだろう?サンドイッチの「夏油さん、私をたべてお腹いっぱいになって頂戴」という愛くるしい囁きが。
仮にもし私が貝とかだったとして、お腹を空かせた夏油先輩が目の前に居たとしよう。そうしたらきっと、私も同じことを思い、自ら彼の口の中へとその身を投げていたはずだ。
分かるとも、サンドイッチよ。
君の運命はまさに、今この瞬間のために紡がれてきたのだ。
ああ、なんてロマンチックなお食事シーン。泣けちゃうよ。
私が差し出したサンドイッチを受け取った夏油先輩は、隣の椅子に座って「ありがとう、戴きます」と感謝を口にしてから被りついた。
ガブリッ。
大きな一口が、サンドイッチの四分の一を喰らい尽くす。
まるで獣のような食いっぷりだ。レタスやパンが噛み砕かれる美味しそうな咀嚼音を静かな教室に響かせながら、上品に唇を閉じて味わう横顔を、私は邪魔にならない程度に眺めていた。
美しい人間とは、何をしていても美しいものなのだろう。
どんなシーンを切り取っても、味わい深い美と芸術的な習性を垣間見れる。
そう、これは芸術鑑賞の時間だ。
私は今、夏油傑のオヤツタイムという題名の芸術を眺めているのだ。
素晴らしい躍動感、味なんてさっき食べて全く分からなかったのに、彼が食べているのを見ていると不思議と「美味しい」を理解出来た。
「…随分熱心に見てくるね」
「あ、すみません…」
邪魔にならない程度に見ようと思っていたが無理だったらしい。
二口目を食し、大きく喉を上下させた後に言われた言葉に頭を下げる。
「そんなに私のことが好きかい?」
艷やかに、しかしてパンのクズを口の端に付けながら、夏油先輩はわざとらしい淫らな笑みを浮かべてみせた。
瞬間、私の脳内は一気に桃色に染まる。
現役DK、脅威のエチエチスマイル発動!この夏最も淫らな男はコイツ!誰が見てもエロい、セクシー!!存在がギリギリ18禁!早くモザイクかけろ!!セクシーボンバーSUGURU!!!ムンムンムラムラしたいならコイツを見ろ!!!そのケツは私を欲情させるためにあるんだろ!!!
…芸術が云々とか語ってたけど、エッチなものはエッチだよ。
これは誰がどう見たってスケベだよ。
脳が溶けていく感覚がする。
脳内を駆け巡る幾多のシナプスがピンクに弾け、危険信号を発した。
これ以上はいけない、狂う、出るもんが出るぞ!!ウッ!!!
私が一人、ヤバいマズいなけなしの人権を失うとニコニコ笑顔の裏で慌てていれば、夏油さんは無慈悲にもさらなる追討ちをかけてきた。
薄い唇がゆっくりと割り開かれ、赤く、分厚い舌先がチラリと覗く。
その舌先で、まるでこちらに見せ付けるかのように、ゆっくりと口端についたパンクズを掬い舐めた。
「…………こら、見すぎだよ」
「……………………」
あまりの衝撃に、私は顔に笑みを貼り付けたまま椅子を引いて立ち上がる。
そして、無言で窓ガラスにトコトコと近付いて行った。
ガラリと開けた窓の外から生温かい風が室内に通っていく。
外は良い天気で、雲が空遠くにぷかぷかと気持ち良さそうに浮いていた。
うん、こんな日はこれが一番。
ガシッと窓枠を掴み、片足を上げて身を外に投げ捨てるために勢い良く乗り出した。
「エッチなのは!良くないと!思いまーーす!!!!」
遺言を残し、両腕に力を込める。
さらば愛しき日々よ!!私は性犯罪者になる前に己の命にケジメをつけます。
亡骸はどうか、どうか海に撒いて下さい。
決意を固めて身を投げようとする。しかし、すぐに後ろから羽交い締めにされ、ギュッと拘束されたあとすぐに室内へと戻されてしまった。
「何をしてるんだ!馬鹿なことはやめなるんだ!!」
「離せ、離してくれ!!」
「落ち着くんだ、良い子だから…!」
「海に帰らせてくれー!!!」
淫乱ヒューマンにより、深海生物錯乱。
深海のみんなへ、地上はとっても怖いところだったよ。
エッチな先輩が無垢な異性の後輩を誑そうと、ドスケベスマイルをかましたりしてくる…そういう、幼気な深海生物にはまだ早い場所なんだ。
でもね、私にはここでやらなきゃならないことがあるんだよ。
地上の技術を海底に保存して、いつかこの星の陸地が海に沈んだとしても、人類が築いた歴史と物語を誰かが覚えていられるようにしたいんだ。
海底という未知で未開の世界にて、私は人類の軌跡を記したい…そんな切なる願いがあるんだ。
でもそんな願いも、このムチムチエチエチクソデカヒューマンの圧倒的セクシーフェロモンの前では太刀打ち出来やしない。
私、人類の軌跡じゃなくて、夏油傑がどれだけ婬猥で淫らな人間かってことしか記録出来ない。無理、他のこと忘れちゃった。てへてへっ。
使命を果たせない不甲斐なさと、他種族への欲情、脳内から抹消されていく暗く黒い塩の香りへの喪失感でグッチャグチャになった心は、涙となって身体の外へ外へと溢れ出す。
頬を伝って唇についた水滴を舐め取れば、懐かしく、愛しい、塩の味がした気がした。
ニュルリ。
瞬間、制服のスカートが捲れ上がり、触手が一本…いや、二本、三本、四本…と、ウゴウゴニュルニュル…タコ足のように次から次へと現れ出す。
鮮やかな色彩を纏って蠢くそれらは、テラテラと表面を鈍く光らせ、ヌラリとした蜜を纏いながら私を背後から抑えつけていた人物の身体に勢い良く向かっていってしまった。
ニュチ、ニュチ。
後ろから、水分を含んだ柔らかい物が無数に動く音と、「アッ、こら…!」「んっ、服の中は、やめるんだ!」という、色気のある声がしてくる。
とうとういっぱいいっぱいになった私は、ポロポロと涙を流しながら顔を覆ってその場にヘタリと座り込んだ。
うわーん!!どうしよー!!先輩がえっちすぎて、ちんぽぽの変わりに体内で飼ってる触手ちゃん達が興奮して出てきてしまったよー!!
深海生まれ深海育ち、イソギンチャクは大体友達。チェケラ。
ここで一つ新情報をば。
実は、私が採取された時にひっついていた深海生物というのはチューブワームだったんです。
そう、何を隠そう、私は触手属性持ち。
抑えきれなくなったパトスが触手として現れ、夏油先輩にニュラニュラと襲い掛かった。
最早数えることも不可能な量の触手達が彼を捕らえ、服の隙間から素肌や口内に這い回っていく。
背後からは「待て、どうなってるんだ!」「誰か、誰か来てくれ!」と言いながらも、ブチッブチッと私の身の一部とも言える触手を容赦無く引き千切る夏油先輩の抵抗音が聞こえてくる。
千切られる痛みと、コントロール不能になった触手達が先輩の身体のあちこちを這いずる感覚に目が周り、とうとうその場に痙攣しながら倒れ込む。
涙を流し、ビクビクッと身体を痙攣させながら白目をむく私。
全身触手攻めにあい藻掻く夏油傑。
駆け付けた他の生徒や職員達。
今地球上で最も淫らな教室は、絶対にここだと自信を持って言えた瞬間だった。