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第三の生命体、菌類種の話

一年生三人で任務に行くことになった。

任務の内容としては、あまり危険性の高いものでもないようで、所謂初心者向けのもののようだ。
そんな簡単お手軽任務であろうと気合い十分やる気満点な灰原くんは、「頑張ろうね!」と、笑顔で意気込んでいた。

「程々に頑張りましょう」
「うん、がんばろー!」
「程々にと…」
「帰りは何食べて帰ろっか?」

一歩前を仲良く歩く男子二人の他愛無い会話に耳を傾けながら、私も後ろから歩いていく。

「定食も良いけど麺類も食べたいよね、ラーメンとか」
「定食もラーメンもこの前食べましたよね?」
「何回食べても美味しいよ?」
「そういう問題では…」

チラリッ。
七海くんが少しばかり振り返り、こちらを見た。
私はそれに、とりあえず無難な笑みを浮かべて返す。
そうすれば、彼は何も言わずに視線を戻し、灰原くんとの会話へ戻った。

そんな様子に、私は心の底から安堵する。

良かった〜〜〜!!!
いや、本当に本当に申し訳無いんですがね、私は二人がお話しているのをこうして後ろから鑑賞するのが一つの趣味なので、巻き込まないで頂きたく思っているのですよ。
可愛いと可愛いが喋ってて、もう可愛さレベル天元突破、超次元可愛い、この世の宝な同級生コンビ。最高、陸地に上がって良かった。生きるってハチャメチャサイコー!

そう、何を隠そう私は彼等の仲良し小好しを見守る、後方腕組おじさんなのだ。
ライブで一番後ろの壁際で、首からタオル掛けて熱い眼差しと何かを理解した顔をしながら深く頷くタイプの人種なのである。

人間の中には"アイドル"という文化があるのは知っているが、私にとって彼等はまさにそれに近い。
二人とも良い意味で個性に溢れて、キラキラしていて、一緒に居るだけでパワーを貰える。

好きだ…………二人セットで好きなんだ……いや、単体は単体で好きなんだが、二人セットだとさらにこう、互いの良さを引き出し合っている感じのだな…。

つまり、何が言いたいのかと言うと、私は邪魔なのである。
とにかく、邪魔。存在が迷惑。今すぐ深海に帰れよこの元無脊椎動物がよ。

しかし、自分で自分の精神をタコ殴りにしていると、唐突に黒い頭が振り返るではないか。

「ね、君は何が食べたい?」

そして、話し掛けてくるではないか。

やめろ!!!私を見るな!!!こんな意味不明深海菌類を視界に入れるな!!隣のシャネルのルージュが似合いそうな男と一生喋ってろ!!!

今すぐ「キィィィィイイイッッッ」と叫びながら、喉を掻き毟って死にたい気分になったが、それを何とか堪えて私はヘラリと愛想良く笑ってみせた。

「そ、そうですね〜…えへへ〜……」
「何でもいいよ!」
「ええ、毎回私達が決めてしまっていますし、たまには貴女が…」

ヴォェッ!!!!!!
無理、吐きそう、これ以上認識されたくないです。
私知ってる、今の私って百合に挟まる男って概念と同じでしょ?可愛いと可愛いの間に異物混入してんだよ、ふざけんな、どうしてくれんだよ。今すぐ海に返れよ。海の藻屑になれよ。率直に申し上げて逝ね。

グッ……苦しい、自分が忌々しい…しかし折角の気遣いを無碍にも出来ない。
私は咄嗟に「えーっと…ですね〜…」と、無駄な時間稼ぎをしながら適当なことを言った。

「お、お好み焼きとか、ですかね〜」

ぶっちゃけ1ミリも食べたいとは思わなかった。
たまたまさっき通った所にお好み焼き屋の看板が出ていたので、それを思い出して言ったまでだった。

だがしかし、彼等は私の適当な発言に嬉しそうな雰囲気で賛同する。

「お好み焼き楽しそう!」
「そうですね、じゃあ昼食はそれで」
「よし、任務頑張ろう!」

あ、ああ……おお………神よ…仏よ…天よ……彼等はなんて良い子達なんだろうか……。
ここまですくすくと可愛く美しく、優しい素敵な人間に育ってくれたことに心から感謝したい。彼等の親御さん、彼等をここまで育ててくれてありがとう。
二人のことは必ず私が何としてでも守り抜いて差し上げます。
この剣………は無いので、体内に住まう触手達に誓って。

ということで、今から私は騎士です。
今日で後方腕組おじさんは卒業します。

守るべき時が来たら守るので、それまでは是非認識の外に居させて欲しい。

嘘、やっぱりたまにはちょっとだけ、挨拶くらいはさせて欲しい。
人間のこと、大好きなんで。許してくれ。



………



同級生の女子は、ちょっと何かが変だった。
具体的に何が変なのかは言い表すのが難しいんだけど、何かこう…ぷにっと、モニュッとした雰囲気がある。

組手をした時に触れた身体は、何処を触ってもホニョニョンとしていて、七海と一緒に心配になったくらいだ。
不思議なくらい柔らかくて、そして一歩引いた姿勢を見せる彼女に、僕達はどう関わるか毎回悩んでいた。

というのも、僕達が関わろうとすると、大抵五条さんが理由も無く彼女を掻っ攫って行くのだ。
それはもう見事な拉致行為である。雑に掴まれ担がれ、えっちらおっちら攫われていく彼女はちょっとだけ面白い。
皆で集まっている時もそうだ、彼女が夏油さんと話し出すと五条さんが会話に突っ込んでいく。
僕の予想では、五条さんはきっと彼女のことが好きなのではないかと思っていたけれど、その予想はちょっと違ったらしい。

任務の終わり、お好み焼き屋にて。

鉄板の上でモクモクと煙を上げるお好み焼きの形を綺麗に整形しながら、見たことも無いくらい真剣な顔で頼んだお好み焼きや焼きそばをせっせと焼く彼女に話し掛ける。

「あのさ、五条さんとは付き合ってるの?」
「ご………?え?誰と誰がですか?」
「君と、五条さんが」

真剣な顔をしながら首を傾げ、それでも手は止めずに焼き続ける彼女に、七海が「代わりましょうか?」と聞くが、彼女は「私がやります」とコテを離さなかった。

「お二人には美味しい物を食べて貰いたいんです、なので私の技術を総動員します」
「七海、見てこのお好み焼き…」
「メニューの写真とほぼ変わらない出来映えですね…」

表面にソースを塗り青のりと鰹節をフワリと掛けたお好み焼きは、切り分けるのが勿体無いくらい芸術的だった。

フゥ…と満足気な顔をして深く頷く彼女は、やはり何となく何処かが変わっている気がした。

「どうぞ、お好きなように召し上がって下さいまし…」
「ありがとう、戴きます!」

カンカンッと、コテが鉄板に当たる音を響かせながら、お好み焼きが切り分けられる。
差し出した皿に一切れ乗せられ、それに早速箸を通せば、フワリと甘辛いソースの香りが鼻をついた。
カリッと焼かれた表面と、フワフワの中生地。
湯気の立つアツアツのお好み焼きにフゥフゥと息を吹きかけてから、大きく口を開いて一口目を食べた。

「アツッ!」

十分冷ましたはずなのに、まだ熱い。
だけどそれが、堪らなく美味しい!

出汁の香りと絶妙な塩加減、柔らかくなったキャベツの甘み、こってりとしていながらまろやかなコクのあるソースが口の中で混じり合い、突き抜けるような美味しさが脳を満たす。

鉄板から伝わる熱さと、ジュウジュウ油が跳ねる音が合わさり、テンションが階段を一気に駆け上がるように上昇していった。

耐えきれないくらいの美味しさと楽しさをどうにかしたくて隣を見れば、どうやら七海もこの美味しさに度肝を抜かれてしまったらしく、目を見開きながら咀嚼をしていた。

「凄く美味しい!すんごくだよ、すんごく!」
「ホヘヘ…ありがとうございます…」
「君も早く食べて!」

そう急かせば、彼女もコテを置いて箸を持った。
自分が食べたよりもずっと小さく一口に切って、口に運んでいく。

モグモグ…。
ゆっくりと咀嚼し、飲み込んだ彼女はいつも通りの笑顔で「美味しいですね」と言った。

それを見た瞬間、僕は先程一気に上がったテンションから、少しだけ落ち着きを取り戻す。

「…大丈夫?本当に美味しい?」
「え?ええ、美味しいですよ」

口を付いて出た質問に、彼女は迷わずそう返す。

隣を見れば七海も何となく不思議そうな顔をしていたので、このよく分からない、上手く言い表せない匙加減のような違和感が本物であることを理解させた。

そういえば、彼女のご飯を食べる時、五条さんが居る時は毎回、五条さんが彼女の分を半分以上食べていたのを思い出す。
僕はてっきり、五条さんが凄く食い意地が張っていて、彼女が凄く少食なのかと思っていたが、もしかして………


「味、わかんない?」
「えっ」


直感的に思い至った発想を口にすれば、急に空気が固まった気がした。

実際、僕達三人は皆数秒行動を停止したし、彼女は瞬きすらしなくなってしまった。

動きを止め、箸を止め、表情を笑みのまま固まらせた彼女を見た瞬間に気付く。
五条さんが彼女の分まで色々食べていたのにはちゃんと理由があったのだと。
そして、きっとまだ彼女には何か秘密があって、それを隠すために五条さんは…。

「無理はしないで下さい」

僕が頭の中で答え合わせをしていれば、先に状況を整理し終えた七海が喋り始めた。

「食べられるだけで構いませんので、ここによく食べるのが居ますから」

そう言って僕の方を見る。
だから僕も、気付いたことを頭の隅に無理矢理追いやって、明るい声を出した。

「うん、僕が食べるから無理しないでね」

前に何処かの記事で見た記憶がある。
味覚に問題のある人は、食べられる物と食べられない物が極端にあって、特定の臭いや食感の物を飲み込めなくなるとか。
もしかしたら、この美味しいお好み焼きも、彼女からしたら難しい食べ物なのかもしれない。
それは可哀想なことだけど、誰にだって苦手な物くらいあるのだし、仲間なんだから助け合いたい。

「………すみません、あの…私…」
「いいんだよ、もっと頼って」
「麺類と…ああ、スープは飲み込めていましたよね」

七海は席から少し腰を浮かせ手を伸ばし、彼女の皿から食べかけのお好み焼きを僕の皿へと移し、変わりに焼きそばをほんの少しだけ盛った。

「今度は良い匂いのするスープがあるお店とか行こうね!」
「……すみません…本当に……」
「違うよ、こういう時は謝っちゃ駄目」

謝ったら、それは彼女が悪いことをしたということになってしまう。
彼女は何も悪くなんて無いし、僕達も悪気なんて微塵も無い。
互いに互いを理解し切れて居なかっただけ、だったら少しずつでも良いから分かり合っていけばいい。それだけの話。

箸を握り締めながら、俯きつつも「…ありがとう、ございます……」と小さく言った彼女は、何だかとても幼く見えた。

全然似ていないはずなのに、何処か妹と姿がダブって見えてしまい、不思議と愛しく思えた。

鉄板の向こうにある頭を撫でたくなる。
それを堪えて、箸を持ち直す。

「楽しく食べよう!」

沢山美味しく食べられなくても、僕は僕の同級生の女の子が、とても愛しかった
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