第三の生命体、菌類種の話
仲の良い補助監さんにお土産だと言ってクッキーを貰っちゃった。
これをオヤツにお紅茶を淹れようかな〜と、ルンルン気分で廊下を歩いていたら、後ろからいきなり後頭部を鷲掴みにされた。
「だ、誰ですか!?」
「俺だけど、お前何持ってんの?」
そ、その声は…!ドスケベケツデカマダム夏油先輩と双璧を成す、高専名物…この世の奇跡が産んだ麗しのクソガキ…五条悟!!私のことをキノコだの発酵食品だのとからかってくる、わんぱく問題児ではないか!
そして、別名『甘味魔神』とも言う。
コイツは下々の民達が持つ、ありとあらゆる甘味を根こそぎ奪い取り、食い荒らす悪い魔神でもあった。
かくいう私も、この男のせいで今まで幾度となくオヤツを妨害され、何度悲しい思いをしてきたことやら…。
咄嗟に手に持っていた貰ったクッキーを、ポケットの中へと素早く隠す。
しかし、既に私が何を持っていたかなどお見通しだったらしく、彼は私の制服の全てのポケットを次々に探り出した。
「お、飴みっけ」
「それは夜蛾先生が下さった飴で…!」
「こっちは…チョコ?溶ける前に食っといてやるよ」
「ああ、そんな…!」
五条悟と私の間には、何故か徴収制度があった。
というのも、私は身体のあちこちの機能が鈍く、味覚や痛覚があまり発達していないため、美味いものと不味いものの区別がつかないようなバカ舌な奴なのだ。
そのため、悟くんは「これはお前にはまだ早い」と、様々な菓子類を徴収していく。
その変わりと言ってはあれだが、色々目を掛けて貰っているし、世話になっているのであまり強くは言えない立場にあった。
ついでに、五条家には大変お世話になっているし…学費もだけど、他の諸々を出して貰っているので…いや本当、頭上がらんのだ。いつもありがとう、助かっております。
しかし、だからと言って根こそぎ持っていくのはどうなんだろうか。
例え、悟くんがいくら顔面偏差値最強ランク、ダビデ像も霞む程の絶世の顔面をしていたって、ゆるせ…ゆ、ゆる…ゆる………
にゅにゅっとこちらを覗き込んだ彼は、「なに、怒った?」と聞いてくる。
そのちょっと不満そうに尖らせた唇は、愛されるために存在しているかのようなツヤツヤのプルプル加減で、伺う瞳にかかる睫毛はクルリと綺麗な上向きカールをしていた。
私は思う。
これは………加減が分からずちょっと意地悪しすぎちゃうタイプの…ギャル…みたいなもんなんじゃないかと。
見てくださいこの突き出した唇、お前…さては俺にキスして欲しいんだな?そうだろ?と、イチャモン付けられたって仕方無いようなプリティーさだ。
オマケにちょっと不貞腐れたかのように膨らむ頬、私これ見たことある。我儘彼女が彼氏にやる仕草じゃないですか。
は?私、彼氏だったのか??だったらオヤツの一つや二つ、三つや四つ…可愛い彼女のためなら差し出してやらねば男じゃない。
いや、男じゃなかったな。
身体は立派な女の子です、中身も…女の子のつもりです。一応。
ふぅ…あぶなかった、危うく顎を持ち上げて唇を奪ってしてしまうとこだった。
我儘なその唇、俺が塞いでやるよ…って……。
「や、全然怒ってないです、沢山お食べ…」
「変わりにこっちの煎餅やるよ、貰ったやつ」
「ありがとうございます、大事に食べますね…」
お煎餅か…お煎餅なら緑茶だな。
誘ったら、この人もお茶の一杯くらい飲むかな…?
「あの、悟せんぱ、」
「駄目、悟くんって呼べっつったじゃん」
「いや、ここ学校なので…」
「キノコがそんなルール気にすんなよ」
彼は、何故か私に特定の呼び方を強制したがることが多々あった。
五条家に居た数年間、私は確かに彼を「悟くん」と呼んではいたが、それは別に深い意味のあることでは無かった。
何となく、そうしただけ。
だって、別に名前なんて個体を識別しやすくするための記号でしかないだろう。拘る理由が分からない。
しかし、彼にこういった考えを伝えた所で無駄だろう。
何せ、彼はとびきり我儘なお子ちゃまだから。
機嫌を損ねる前に、私は「悟くん」と彼を呼び直す。
そうすれば、ご満悦な表情となった彼は「よし」と、大きく頷いた。
「お茶煎れるけど、飲みますか?」
「甘いのがいい」
「じゃあ…カフェオレにします…」
返答を聞き、緑茶はやめにする。
そりゃそうでしょ、だって美しい顔した彼女(ではない)が甘えてくれているのだ、甘やかさねば男じゃない。
いや、私は男とか女以前に、人間の皮被った深海生物なんですけどね。
………
珈琲は故郷の風景によく似ている。
ティースプーンでくるりと混ぜれば渦を巻き、角砂糖をポチャンッと落とせば波が立つ。
しかし、水面に写る私の姿は深海に居た頃の、骨も色味も無いウニョラウニョラとした姿とは似ても似つかない風体をしていた。
陸へ引き上げられてから世話してくれた人間を模範して作り出したこの身体は、やはり所詮は偽物で、この星の陸地に住まう美しくも残酷な支配者達とは何となく違うような気がしてならなかった。
私は、美しい者達が好きだ。
灰原くんの、今咲いたばかりの花のような、瑞々しい美しさが好き。
七海くんの、ヨーロッパの街角に立つかのような、彫刻じみた美しさが好き。
夏油先輩の、一度見たら二度と忘れない、蠱惑的な美しさが好き。
家入先輩の、幾らか冷めたような視線から来る色気の美しさが好き。
五条悟の、非現実的な材料で作り出したかのような、精密で眼を見張る程の美しさが好き。
そんな美しい彼等の側に居られる私は、まさしくこの世で一番恵まれた深海生物だろう。
改めて自分の置かれた状況の素晴らしさに、一人うんうんと訳知り顔で頷いていれば、離れた場所から「まだー?」と悟くんの声がしたため慌てて手を動かした。
酸味の強めなコーヒーにタップリと温めたミルクを注ぎ、クルクルとかき混ぜれば完成。
一応追加でお砂糖が必要かもしれないと思い、シュガーポットも一緒に持って行く。
甘いのも苦いのもイマイチわからないが、珈琲は好きだ。
故郷を思い出して少し切なくさせてくれるから。
切なさは良い、自分以外の懐かしい命達への愛情を再確認出来るから。素晴らしい感情だ。
「どうぞ」
「砂糖入れた?」
「角砂糖5個入れておきました」
「サンキュー」
テーブルを挟んで向かい側に座り、何も入れていない珈琲に口を付ける。
鼻を通っていく穏やかな香りを楽しんでから、喉の奥の方で苦味や芳ばしさの気配を感じる。
交換したお煎餅を割って一欠片口に入れれば、何となくだが塩加減と珈琲の深い黒さがマッチして、故郷の味が口の中に広がった気がした。
「煎餅と珈琲って合うか?」
「深海の味がしますよ」
「……帰りたくなっちゃった?」
「まさか、とんでもない!」
悟くんの探るような瞳に、思わず勢い良く否定してしまった。
烏滸がましいかもしれないけれど、今の私は人間のつもりだ。
だから陸地で暮らしたい。
いや、本当の気持ちはもっと他にもあるのだが。
今はその問題には目を向けたくは無かった。
「まだまだ皆と一緒に居たいんです」
脳裏に愛しい日々の中で出会ってきた人々の姿を思い浮かべ、微笑んでみせる。
「勝手に居なくなんなよな」
私の返答にムッとしながらも返答をする悟くんに、思わず胸がキュゥンッとときめいた。
五条悟…美しくて可愛くて、たまらないな…!
私が外殻…じゃないや、外面と内面が直に繋がっているタイプの奴じゃなくて本当に良かった。もし直列型だったら、奇声を発しながら涙を流して頬擦りしていたかもしれない。それくらい可愛い。最強は可愛さも最強というわけか。
先程の言葉を自分で言った癖に照れてしまったのか、ふいっとそっぽを向く姿に頬が緩みそうになる。
陸地にはこんなにも可愛い生き物が居るのに、何故暗い海の底に帰らなくちゃならないんだ。絶対にまだ帰らんぞ、絶対にな。
外面を保つために、もう一度珈琲に口を付ける。
ぬるくなった珈琲は不味いらしいが、美しい顔を眺めながら飲めば、味なんて最早無意味であった。
これをオヤツにお紅茶を淹れようかな〜と、ルンルン気分で廊下を歩いていたら、後ろからいきなり後頭部を鷲掴みにされた。
「だ、誰ですか!?」
「俺だけど、お前何持ってんの?」
そ、その声は…!ドスケベケツデカマダム夏油先輩と双璧を成す、高専名物…この世の奇跡が産んだ麗しのクソガキ…五条悟!!私のことをキノコだの発酵食品だのとからかってくる、わんぱく問題児ではないか!
そして、別名『甘味魔神』とも言う。
コイツは下々の民達が持つ、ありとあらゆる甘味を根こそぎ奪い取り、食い荒らす悪い魔神でもあった。
かくいう私も、この男のせいで今まで幾度となくオヤツを妨害され、何度悲しい思いをしてきたことやら…。
咄嗟に手に持っていた貰ったクッキーを、ポケットの中へと素早く隠す。
しかし、既に私が何を持っていたかなどお見通しだったらしく、彼は私の制服の全てのポケットを次々に探り出した。
「お、飴みっけ」
「それは夜蛾先生が下さった飴で…!」
「こっちは…チョコ?溶ける前に食っといてやるよ」
「ああ、そんな…!」
五条悟と私の間には、何故か徴収制度があった。
というのも、私は身体のあちこちの機能が鈍く、味覚や痛覚があまり発達していないため、美味いものと不味いものの区別がつかないようなバカ舌な奴なのだ。
そのため、悟くんは「これはお前にはまだ早い」と、様々な菓子類を徴収していく。
その変わりと言ってはあれだが、色々目を掛けて貰っているし、世話になっているのであまり強くは言えない立場にあった。
ついでに、五条家には大変お世話になっているし…学費もだけど、他の諸々を出して貰っているので…いや本当、頭上がらんのだ。いつもありがとう、助かっております。
しかし、だからと言って根こそぎ持っていくのはどうなんだろうか。
例え、悟くんがいくら顔面偏差値最強ランク、ダビデ像も霞む程の絶世の顔面をしていたって、ゆるせ…ゆ、ゆる…ゆる………
にゅにゅっとこちらを覗き込んだ彼は、「なに、怒った?」と聞いてくる。
そのちょっと不満そうに尖らせた唇は、愛されるために存在しているかのようなツヤツヤのプルプル加減で、伺う瞳にかかる睫毛はクルリと綺麗な上向きカールをしていた。
私は思う。
これは………加減が分からずちょっと意地悪しすぎちゃうタイプの…ギャル…みたいなもんなんじゃないかと。
見てくださいこの突き出した唇、お前…さては俺にキスして欲しいんだな?そうだろ?と、イチャモン付けられたって仕方無いようなプリティーさだ。
オマケにちょっと不貞腐れたかのように膨らむ頬、私これ見たことある。我儘彼女が彼氏にやる仕草じゃないですか。
は?私、彼氏だったのか??だったらオヤツの一つや二つ、三つや四つ…可愛い彼女のためなら差し出してやらねば男じゃない。
いや、男じゃなかったな。
身体は立派な女の子です、中身も…女の子のつもりです。一応。
ふぅ…あぶなかった、危うく顎を持ち上げて唇を奪ってしてしまうとこだった。
我儘なその唇、俺が塞いでやるよ…って……。
「や、全然怒ってないです、沢山お食べ…」
「変わりにこっちの煎餅やるよ、貰ったやつ」
「ありがとうございます、大事に食べますね…」
お煎餅か…お煎餅なら緑茶だな。
誘ったら、この人もお茶の一杯くらい飲むかな…?
「あの、悟せんぱ、」
「駄目、悟くんって呼べっつったじゃん」
「いや、ここ学校なので…」
「キノコがそんなルール気にすんなよ」
彼は、何故か私に特定の呼び方を強制したがることが多々あった。
五条家に居た数年間、私は確かに彼を「悟くん」と呼んではいたが、それは別に深い意味のあることでは無かった。
何となく、そうしただけ。
だって、別に名前なんて個体を識別しやすくするための記号でしかないだろう。拘る理由が分からない。
しかし、彼にこういった考えを伝えた所で無駄だろう。
何せ、彼はとびきり我儘なお子ちゃまだから。
機嫌を損ねる前に、私は「悟くん」と彼を呼び直す。
そうすれば、ご満悦な表情となった彼は「よし」と、大きく頷いた。
「お茶煎れるけど、飲みますか?」
「甘いのがいい」
「じゃあ…カフェオレにします…」
返答を聞き、緑茶はやめにする。
そりゃそうでしょ、だって美しい顔した彼女(ではない)が甘えてくれているのだ、甘やかさねば男じゃない。
いや、私は男とか女以前に、人間の皮被った深海生物なんですけどね。
………
珈琲は故郷の風景によく似ている。
ティースプーンでくるりと混ぜれば渦を巻き、角砂糖をポチャンッと落とせば波が立つ。
しかし、水面に写る私の姿は深海に居た頃の、骨も色味も無いウニョラウニョラとした姿とは似ても似つかない風体をしていた。
陸へ引き上げられてから世話してくれた人間を模範して作り出したこの身体は、やはり所詮は偽物で、この星の陸地に住まう美しくも残酷な支配者達とは何となく違うような気がしてならなかった。
私は、美しい者達が好きだ。
灰原くんの、今咲いたばかりの花のような、瑞々しい美しさが好き。
七海くんの、ヨーロッパの街角に立つかのような、彫刻じみた美しさが好き。
夏油先輩の、一度見たら二度と忘れない、蠱惑的な美しさが好き。
家入先輩の、幾らか冷めたような視線から来る色気の美しさが好き。
五条悟の、非現実的な材料で作り出したかのような、精密で眼を見張る程の美しさが好き。
そんな美しい彼等の側に居られる私は、まさしくこの世で一番恵まれた深海生物だろう。
改めて自分の置かれた状況の素晴らしさに、一人うんうんと訳知り顔で頷いていれば、離れた場所から「まだー?」と悟くんの声がしたため慌てて手を動かした。
酸味の強めなコーヒーにタップリと温めたミルクを注ぎ、クルクルとかき混ぜれば完成。
一応追加でお砂糖が必要かもしれないと思い、シュガーポットも一緒に持って行く。
甘いのも苦いのもイマイチわからないが、珈琲は好きだ。
故郷を思い出して少し切なくさせてくれるから。
切なさは良い、自分以外の懐かしい命達への愛情を再確認出来るから。素晴らしい感情だ。
「どうぞ」
「砂糖入れた?」
「角砂糖5個入れておきました」
「サンキュー」
テーブルを挟んで向かい側に座り、何も入れていない珈琲に口を付ける。
鼻を通っていく穏やかな香りを楽しんでから、喉の奥の方で苦味や芳ばしさの気配を感じる。
交換したお煎餅を割って一欠片口に入れれば、何となくだが塩加減と珈琲の深い黒さがマッチして、故郷の味が口の中に広がった気がした。
「煎餅と珈琲って合うか?」
「深海の味がしますよ」
「……帰りたくなっちゃった?」
「まさか、とんでもない!」
悟くんの探るような瞳に、思わず勢い良く否定してしまった。
烏滸がましいかもしれないけれど、今の私は人間のつもりだ。
だから陸地で暮らしたい。
いや、本当の気持ちはもっと他にもあるのだが。
今はその問題には目を向けたくは無かった。
「まだまだ皆と一緒に居たいんです」
脳裏に愛しい日々の中で出会ってきた人々の姿を思い浮かべ、微笑んでみせる。
「勝手に居なくなんなよな」
私の返答にムッとしながらも返答をする悟くんに、思わず胸がキュゥンッとときめいた。
五条悟…美しくて可愛くて、たまらないな…!
私が外殻…じゃないや、外面と内面が直に繋がっているタイプの奴じゃなくて本当に良かった。もし直列型だったら、奇声を発しながら涙を流して頬擦りしていたかもしれない。それくらい可愛い。最強は可愛さも最強というわけか。
先程の言葉を自分で言った癖に照れてしまったのか、ふいっとそっぽを向く姿に頬が緩みそうになる。
陸地にはこんなにも可愛い生き物が居るのに、何故暗い海の底に帰らなくちゃならないんだ。絶対にまだ帰らんぞ、絶対にな。
外面を保つために、もう一度珈琲に口を付ける。
ぬるくなった珈琲は不味いらしいが、美しい顔を眺めながら飲めば、味なんて最早無意味であった。