第三の生命体、菌類種の話
数年前に縁あって五条家に引き取られて来た意味のわからない生命体は、今日も俺の目の前でちょこまかと元気に過不足なく動き回っている。
その意味不明かつ奇妙奇天烈な生命体は、遠く北極の海の底からやって来たらしい。
探索隊によって発見されたそいつは、元は海に漂う細菌の一種で、マウスや人間の免疫細胞に作用させる実験に使われていた微小生命体の類いだそうだ。
そして実験の結果、人間の免疫細胞に検知されない特殊な細菌は、人間の免疫細胞を自分の物にしてしまった。
そこから、様々な研究室を転々としたその細菌は、人間に不都合が生じる結果が出てしまい、悪用されたらとんでもないことになるからと、最終的に闇に葬られる結果となったらしい。
しかし、実際は闇に葬り去ることが出来ず、それどころか処分を任された研究者の女性は、何を思ったのかそのまま自宅で育成してしまった。
執着と愛情、異端なる異種への常軌を逸した感情の積み重なりにより、徐々に徐々にと海綿動物のような形に形成されていったそれは、研究者が与える様々な細菌や粘菌を次々と餌として喰らい、それらから与えられる複雑な遺伝子情報を元に立派に成長を遂げた。
結果、出来上がったのは人間によく似た生命体。
愛と細菌で生まれた、微かな呪いを核に、共生細菌によって完成したその生命体は、最終的に研究者の手から引きはなされて日本の呪術界へと研究対象として送られてきた。
「つまり、お前はキノコと同類ってことだよな?」
「わ、私は食べたって美味しくないですよッ!」
きゃあ〜!
なんて可愛こぶった悲鳴をあげながら、自分の身を抱き締めて庇う少女は、見た目だけなら本当にただの人間だった。
だがこの皮膚のような表面層の下にあるのは、真菌だの細菌だの、体内育成したよく分からないナニカだのばかりで、しかも人間の免疫細胞に引っ掛からない…つまりは、人間の免疫系を簡単に脅かす生命テロ装置のような存在なのだ。
下手に殺せば得体の知れない細菌を撒き散らかし、かと言って放置することも出来ない。
だからうちに押し付けられた。
マジで、居るだけで迷惑な奴。
……でも顔は結構良いんだよな…見てる分には良い…喋るのもまあ、面白いから…俺の暇潰しくらいにはなる。
「お前のこと食べるなら何処がオススメ?」
「た、食べないで…!」
「一番柔らかいとこって、やっぱ胸?」
「う、う〜ん…二の腕とかも、ふにふに…」
言われるがままに、差し出された二の腕に触れてみる。
ふにっ。
「羽二重餅みてぇ」
「はぶ…?」
ふにっふにっ。
もにっもにっ。
コイツが来てから暫く立つが、知れば知るほど人間よりも余程人間らしくて妙な気持ちになる。
全然二足歩行で歩くし、普通にお菓子とか食ってるし、お洒落にも興味があるみたいだし、あと毎日風呂にも入ってる。
むしろ、周りに居る呪術師の方がよっぽど人間離れした奴が多い。
この家でのほほんと茶を飲みながら日向ぼっこしてるのなんて、コイツくらいだ。
二の腕を触ることに飽きた俺は、思い立ったが吉日で小さな身体を抱き寄せてみる。
スンスンっと鼻を鳴らして匂いを嗅げば、俺と似たような匂いがした。
「お前、もしかして俺とおんなじシャンプー使ってる?」
「そうかもです…?」
「おんなじ匂いすんだけど」
「え〜…」
なんでちょっと嫌そうな顔してんだよ、複雑な気持ちになるだろ。喜べよ。
気になったのか、俺の頭の方へ顔を伸ばし、クンクンッと匂いを嗅ぐ。
しかし、どうやらよく分からなかったらしく、首を傾げていた。
もしかしたら、嗅覚はまだそんなに発達していないのかもしれない。
改めて抱え直し、相手が人間じゃないのを良いことに、ふにふにと身体のあちこちを揉んだり、スリスリと頬ずりをして楽しむ。
何となくだが、ストレス解消に役立っている気がした。
やっぱりコイツは俺の役には立っている。少しだけだが。
「お前なんでこんな何処もかしこもフワフワなんだよ、本当にキノコか?」
「私はキノコじゃないですよ、子実体じゃなくって…」
「じゃあ何だよ、やっぱ人類の敵?」
「なんで!?こんなに仲良くしてるのに〜!」
からかってやれば、本気で悲しそうな顔をして抱き着いてきた。
酷い酷いと言いながら、ムギュムギュと柔い力でくっついてこられるので、何だかちょっとムラッとしてしまった。
は?いや、何で俺キノコの仲間に欲情してんだよ。
今のは絶対コイツから出てる胞子とかの影響だろ、胞子出てるか分からねえけど。
つか、なんでキノコなのに無駄に良い身体してんだよ。
本人曰く、女性研究者の身体をお手本にしたって言ってたけど、なんでお手本にしちゃったんだよ、すんなよ。もっと他の動物でも良かっただろ。
よく見たら睫毛長いし、口ちっせぇ。
なんか…腹立ってきた……。
ぐにぃっ。
「い、いひゃっ!?」
「可愛い顔すんなよ、腹立つ」
「りふじん!?」
腹が立ったので頬を掴んで真横に引っ張った。
本当に人間の頬と変わりなく、柔らかくてふにゃりと伸びる。
こんな感じで、俺の家に居る俺のキノコちゃんは、俺の暇潰しグッズになっている。
コイツは俺のなので、誰にもやんない。
フワフワの頬も、ムニムニな二の腕も、俺の許可無く触ることは禁ずる。
てかまあ、当主になったら自動的に所要権は俺が持つことになるんだけどさ。
その意味不明かつ奇妙奇天烈な生命体は、遠く北極の海の底からやって来たらしい。
探索隊によって発見されたそいつは、元は海に漂う細菌の一種で、マウスや人間の免疫細胞に作用させる実験に使われていた微小生命体の類いだそうだ。
そして実験の結果、人間の免疫細胞に検知されない特殊な細菌は、人間の免疫細胞を自分の物にしてしまった。
そこから、様々な研究室を転々としたその細菌は、人間に不都合が生じる結果が出てしまい、悪用されたらとんでもないことになるからと、最終的に闇に葬られる結果となったらしい。
しかし、実際は闇に葬り去ることが出来ず、それどころか処分を任された研究者の女性は、何を思ったのかそのまま自宅で育成してしまった。
執着と愛情、異端なる異種への常軌を逸した感情の積み重なりにより、徐々に徐々にと海綿動物のような形に形成されていったそれは、研究者が与える様々な細菌や粘菌を次々と餌として喰らい、それらから与えられる複雑な遺伝子情報を元に立派に成長を遂げた。
結果、出来上がったのは人間によく似た生命体。
愛と細菌で生まれた、微かな呪いを核に、共生細菌によって完成したその生命体は、最終的に研究者の手から引きはなされて日本の呪術界へと研究対象として送られてきた。
「つまり、お前はキノコと同類ってことだよな?」
「わ、私は食べたって美味しくないですよッ!」
きゃあ〜!
なんて可愛こぶった悲鳴をあげながら、自分の身を抱き締めて庇う少女は、見た目だけなら本当にただの人間だった。
だがこの皮膚のような表面層の下にあるのは、真菌だの細菌だの、体内育成したよく分からないナニカだのばかりで、しかも人間の免疫細胞に引っ掛からない…つまりは、人間の免疫系を簡単に脅かす生命テロ装置のような存在なのだ。
下手に殺せば得体の知れない細菌を撒き散らかし、かと言って放置することも出来ない。
だからうちに押し付けられた。
マジで、居るだけで迷惑な奴。
……でも顔は結構良いんだよな…見てる分には良い…喋るのもまあ、面白いから…俺の暇潰しくらいにはなる。
「お前のこと食べるなら何処がオススメ?」
「た、食べないで…!」
「一番柔らかいとこって、やっぱ胸?」
「う、う〜ん…二の腕とかも、ふにふに…」
言われるがままに、差し出された二の腕に触れてみる。
ふにっ。
「羽二重餅みてぇ」
「はぶ…?」
ふにっふにっ。
もにっもにっ。
コイツが来てから暫く立つが、知れば知るほど人間よりも余程人間らしくて妙な気持ちになる。
全然二足歩行で歩くし、普通にお菓子とか食ってるし、お洒落にも興味があるみたいだし、あと毎日風呂にも入ってる。
むしろ、周りに居る呪術師の方がよっぽど人間離れした奴が多い。
この家でのほほんと茶を飲みながら日向ぼっこしてるのなんて、コイツくらいだ。
二の腕を触ることに飽きた俺は、思い立ったが吉日で小さな身体を抱き寄せてみる。
スンスンっと鼻を鳴らして匂いを嗅げば、俺と似たような匂いがした。
「お前、もしかして俺とおんなじシャンプー使ってる?」
「そうかもです…?」
「おんなじ匂いすんだけど」
「え〜…」
なんでちょっと嫌そうな顔してんだよ、複雑な気持ちになるだろ。喜べよ。
気になったのか、俺の頭の方へ顔を伸ばし、クンクンッと匂いを嗅ぐ。
しかし、どうやらよく分からなかったらしく、首を傾げていた。
もしかしたら、嗅覚はまだそんなに発達していないのかもしれない。
改めて抱え直し、相手が人間じゃないのを良いことに、ふにふにと身体のあちこちを揉んだり、スリスリと頬ずりをして楽しむ。
何となくだが、ストレス解消に役立っている気がした。
やっぱりコイツは俺の役には立っている。少しだけだが。
「お前なんでこんな何処もかしこもフワフワなんだよ、本当にキノコか?」
「私はキノコじゃないですよ、子実体じゃなくって…」
「じゃあ何だよ、やっぱ人類の敵?」
「なんで!?こんなに仲良くしてるのに〜!」
からかってやれば、本気で悲しそうな顔をして抱き着いてきた。
酷い酷いと言いながら、ムギュムギュと柔い力でくっついてこられるので、何だかちょっとムラッとしてしまった。
は?いや、何で俺キノコの仲間に欲情してんだよ。
今のは絶対コイツから出てる胞子とかの影響だろ、胞子出てるか分からねえけど。
つか、なんでキノコなのに無駄に良い身体してんだよ。
本人曰く、女性研究者の身体をお手本にしたって言ってたけど、なんでお手本にしちゃったんだよ、すんなよ。もっと他の動物でも良かっただろ。
よく見たら睫毛長いし、口ちっせぇ。
なんか…腹立ってきた……。
ぐにぃっ。
「い、いひゃっ!?」
「可愛い顔すんなよ、腹立つ」
「りふじん!?」
腹が立ったので頬を掴んで真横に引っ張った。
本当に人間の頬と変わりなく、柔らかくてふにゃりと伸びる。
こんな感じで、俺の家に居る俺のキノコちゃんは、俺の暇潰しグッズになっている。
コイツは俺のなので、誰にもやんない。
フワフワの頬も、ムニムニな二の腕も、俺の許可無く触ることは禁ずる。
てかまあ、当主になったら自動的に所要権は俺が持つことになるんだけどさ。