第三の生命体、菌類種の話
五条悟に致命傷を負わされ、確実に死んだと思った日から数ヶ月後のある日。
目が覚めたと思ったら、何故か見知らぬ幼女にべったりと朝から晩まで毎日くっつかれるようになった甚爾は、今日も今日とて頭を抱えたくなった。
というのも、この幼女から数十メートル離れると、甚爾は何も出来なくなってしまうのだ。
"寄生"による"苗床"となった甚爾は、共存関係による宿命から、幼女から離れると生命活動が休眠状態となってしまう。
そのため、何処へ行くにも幼女を連れ歩かなければならない。
未成年も入場だけなら可能な競馬や競輪はまだしも、風俗など行けるはずもなく、下手に女の家へ上がり込むことも出来ない始末。
仕方なしに小脇に抱えて久方振りに家へと帰れば、実の息子がなんやかんやと世話を焼き出し、兄と妹のように仲良くなってしまった。
そして、知人の仲介屋や呪詛師に相談しても、皆揃って首を傾げて終わる生態を持った謎の幼女に、甚爾はとうとう諦め専門家を頼ることにしたのだった。
…
「で、どうやったらアイツは俺から離れるんだ」
「知らねー、キノコの図鑑でも調べればいいんじゃねえの?」
五条悟の元へやって来た甚爾は"アレ"と、幼女を指差す。
指し示す先には、公園のブランコでプラプラと揺れながら遊ぶ深海出身バクテリア人間(サイズ小)が居た。
二人は並んでベンチに座り、かつて少女だったモノを眺める。
甚爾にとっては、かつて二度に渡り自分が殺した相手。
一度は姿を騙し殺させ、二度目は自分を嘲笑いながら血を溢し死んでいった子供。
そして、五条にとっては………
「何でも良いから…早く育てきって俺に返せよ、あれ俺のなんだから」
腹立たしげに、吐き捨てるようにそう言って五条は立ち上がって、かつて己の物だった幼女の方へと長い脚で駆けて行った。
自分の方へと向かってくる五条に気付いた幼女が、ブランコから飛び降りて同じように駆けて行く。
もはや五条との日々を刻んだ記憶はおろか、自分が住んでいた深海への強い思いすらあやふやになった身であれど、彼女にとって"五条悟"という人間は何よりも美しく、尊く、一等鮮やかに見えるようだった。
二人は手を取り合い、五条が抱き上げもう一度ブランコの方へと楽しそうに戻っていく。
それを見つめながら甚爾は重い溜息を吐き出した。
「………働くか…」
何はともあれ、金が無ければ話にならない。
キノコの図鑑も買えなけりゃ、力づくでどうにかしろと依頼も出来ない。
まずは金、それからアレを何とかする。
甚爾は考えをまとめ、それからもう一度だけ溜息を吐き出した。
長い育児が始まりそうだと思うと、面倒臭くてたまらなかった。ついでにラブコメにも巻き込まれている気がして、今すぐ殺して欲しい気持ちになった。
でも死ねない、キノコに寄生されてるから。
「とーじ」
暫く、鬱陶しくてたまらない現実に疲れ天を仰いでいれば、膝にポフっと何かがぶつかってきて、自分の名を呼んだ。
面倒だ面倒だと思いながらも、反射的に顔を動かせば、そこには自分を宿主にスクスク成長中のキノコが居た。
彼女は眉をへニャリと下げながら、笑って言う。
「とーじ、おつかれ。どんまい!」
「お前……絶対いつか捨ててやるからな…」
幼女の言葉に腹が立ったので、両手でムギュッと頬を挟み、モミモミと強めに揉みしだく。ムニュムニュのほっぺたは、まるでパンの生地のように柔らかかった。
甚爾の手に弄ばれながら、幼女はアハハッ!と、楽しげな笑い声をあげる。
「わたしのこと、ころしたほうがわるいよ。どーんまいッ」
「俺のせいだってか?」
「そうだよ」
自分の頬をこれでもかと揉む手から抜け出し、幼女はくるりとその場でターンしてから青空を背景に両手を広げ、純粋そうな笑みを浮かべて言った。
「ぜーんぶ、"てんばつ"だよ!」
それだけ言い残し、飲み物を買いに行っていたらしい五条の方へと走っていった。
取り残された甚爾は、一人その背を見つめながら思う。
「………天と真逆のとこから来た癖に、何言ってんだ」
そうごちて、そろそろ家に帰るかと立ち上がる。
彼が再び滅せる日は、まだ果てしなく先であった。
目が覚めたと思ったら、何故か見知らぬ幼女にべったりと朝から晩まで毎日くっつかれるようになった甚爾は、今日も今日とて頭を抱えたくなった。
というのも、この幼女から数十メートル離れると、甚爾は何も出来なくなってしまうのだ。
"寄生"による"苗床"となった甚爾は、共存関係による宿命から、幼女から離れると生命活動が休眠状態となってしまう。
そのため、何処へ行くにも幼女を連れ歩かなければならない。
未成年も入場だけなら可能な競馬や競輪はまだしも、風俗など行けるはずもなく、下手に女の家へ上がり込むことも出来ない始末。
仕方なしに小脇に抱えて久方振りに家へと帰れば、実の息子がなんやかんやと世話を焼き出し、兄と妹のように仲良くなってしまった。
そして、知人の仲介屋や呪詛師に相談しても、皆揃って首を傾げて終わる生態を持った謎の幼女に、甚爾はとうとう諦め専門家を頼ることにしたのだった。
…
「で、どうやったらアイツは俺から離れるんだ」
「知らねー、キノコの図鑑でも調べればいいんじゃねえの?」
五条悟の元へやって来た甚爾は"アレ"と、幼女を指差す。
指し示す先には、公園のブランコでプラプラと揺れながら遊ぶ深海出身バクテリア人間(サイズ小)が居た。
二人は並んでベンチに座り、かつて少女だったモノを眺める。
甚爾にとっては、かつて二度に渡り自分が殺した相手。
一度は姿を騙し殺させ、二度目は自分を嘲笑いながら血を溢し死んでいった子供。
そして、五条にとっては………
「何でも良いから…早く育てきって俺に返せよ、あれ俺のなんだから」
腹立たしげに、吐き捨てるようにそう言って五条は立ち上がって、かつて己の物だった幼女の方へと長い脚で駆けて行った。
自分の方へと向かってくる五条に気付いた幼女が、ブランコから飛び降りて同じように駆けて行く。
もはや五条との日々を刻んだ記憶はおろか、自分が住んでいた深海への強い思いすらあやふやになった身であれど、彼女にとって"五条悟"という人間は何よりも美しく、尊く、一等鮮やかに見えるようだった。
二人は手を取り合い、五条が抱き上げもう一度ブランコの方へと楽しそうに戻っていく。
それを見つめながら甚爾は重い溜息を吐き出した。
「………働くか…」
何はともあれ、金が無ければ話にならない。
キノコの図鑑も買えなけりゃ、力づくでどうにかしろと依頼も出来ない。
まずは金、それからアレを何とかする。
甚爾は考えをまとめ、それからもう一度だけ溜息を吐き出した。
長い育児が始まりそうだと思うと、面倒臭くてたまらなかった。ついでにラブコメにも巻き込まれている気がして、今すぐ殺して欲しい気持ちになった。
でも死ねない、キノコに寄生されてるから。
「とーじ」
暫く、鬱陶しくてたまらない現実に疲れ天を仰いでいれば、膝にポフっと何かがぶつかってきて、自分の名を呼んだ。
面倒だ面倒だと思いながらも、反射的に顔を動かせば、そこには自分を宿主にスクスク成長中のキノコが居た。
彼女は眉をへニャリと下げながら、笑って言う。
「とーじ、おつかれ。どんまい!」
「お前……絶対いつか捨ててやるからな…」
幼女の言葉に腹が立ったので、両手でムギュッと頬を挟み、モミモミと強めに揉みしだく。ムニュムニュのほっぺたは、まるでパンの生地のように柔らかかった。
甚爾の手に弄ばれながら、幼女はアハハッ!と、楽しげな笑い声をあげる。
「わたしのこと、ころしたほうがわるいよ。どーんまいッ」
「俺のせいだってか?」
「そうだよ」
自分の頬をこれでもかと揉む手から抜け出し、幼女はくるりとその場でターンしてから青空を背景に両手を広げ、純粋そうな笑みを浮かべて言った。
「ぜーんぶ、"てんばつ"だよ!」
それだけ言い残し、飲み物を買いに行っていたらしい五条の方へと走っていった。
取り残された甚爾は、一人その背を見つめながら思う。
「………天と真逆のとこから来た癖に、何言ってんだ」
そうごちて、そろそろ家に帰るかと立ち上がる。
彼が再び滅せる日は、まだ果てしなく先であった。
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