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だがしかしこの女、パンツを穿いていないのである。

戦わなければならない理由がある、救わなければならない理由がある。

田舎から出て呪術師になってすぐの頃、呪術師となったは良いが、術式を強化すればする程に、自分の抱える呪いに食い潰されそうになりながら生きていた。

ミズガルズの大蛇。

北欧神話に登場する巨大な毒蛇、人の住まう領域をその身でグルリと囲み、ラグナロク(北欧神話における終末の日)には海から陸へと上がり、大量の海水を持って地上を洗い流したとされる。
神話の怪物、悪しき蛇、欲の化身。
北欧の英雄、トールと相討ちになったと語られる世界程巨大な蛇。
マイナスの私とは、人としての私である。母の腹から産まれ落ち、何事も無く平和に生きて平凡に育った人間としての部分。
そしてプラスとは、欲深き蛇としての側面に浸ってしまった私だ。

海を飲み、陸を飲み、終末に地上を洗い拐ってもまだ足らぬと腹を空かせて口を開ける蛇が居る。

生まれもった性質が強欲そのものであった、醜く、意地汚く、恥ずべき欲深さを住まわせて私は呪術師となった。
術式を強化すればする程に、肥大化していくエゴ。飽くなき欲望が、私を化物へと変えていく。
このまま自分は災害にでもなってしまうのでは無いかと己の呪いに怯えていた時に出会ったのが、一人の名も知らぬ子供であった。

呪いに親を殺された子供、しかし自分には戦う力が無いと幼いながらに深く理解していた。
涙を流し、親から貰った、自分を守ってくれた御守りを私に差し出して子供は言った。

「呪術師……?」
「そうだけど…」

当時の私には、戦う理由などは存在しなかった。自分の行動で誰かを救えることが出来るなど知らなかった。
戦いに一度触れると、戦い無しの人生には戻れなくなる。私にとってはこの時が後戻り不可能となる切欠であった。

「これ、受け取って下さい、お願いします!お父さんの形見なんです!これを持っていたから…私だけ助かったの……」
「だ、駄目だよ、そんな大切な物…貰えないよ、私は強いから御守りなんて」
「違うの!!!」

喉を壊す勢いで叫び、激しく涙を流しながら、子供は小さな手で私に御守りを押し付ける。
肩を震わせ、力みながら、身に不相応な力ばかりを持って理由無く戦っていた当時の私には理解出来なかったが、ただひたすらに強く激しい復讐の思いを込めて子供は切に願う。

「これを持ってお父さんを殺した呪霊を倒して下さい!!呪霊をこの世から消して下さい!!お願いします!!」

この世には、敵討ちをしたくても出来ない人が居ることを私はその時はじめて知った。
力ある者には能力を発揮する義務がある。戦えない、しかし戦いたい気持ちのある人の代わりに戦うのが私の役目。
私はこの子の代理人、呪いを祓う力の無い人の変わりに私が戦う。
貴方の思いを受け取り、補食し、飲み込み、私の物にして、貴方の代わりに私が戦う。呪霊を、消す。

気付いた役目と戦う意義に私の欲は形を変えて膨れ上がった。

この欲の向かうべき先は、世界から呪霊による被害者を無くすこと。世界を支配し、神様の作ったルールを壊して、私が呪霊によって誰も泣くことが無い世界を作る。私ならば、出来る。

私の身に宿る、神をも討ち取り、世界を飲んだ蛇ならば。

私は非術師が嫌いでは無い、むしろ守らねばならないとすら考えている。守るためには多少の犠牲が必要だ、彼等が泣かなくて良いように、呪霊が生まれぬように、そのために彼等から知恵……即ち苦悩や苦痛の一切を奪い去る。

世界を平和にするために、私は己の欲に飲まれて化物とならなければいけない、全てを喰らって世界を正す。

私は世界蛇、ミズガルズの大蛇。
欲の果てに楽園を産み出す蛇の女王だ。








部屋で本を読んでいたはずが寝ていたようだ、頭の下がやけに硬い。
これは腕か、膝か、どちらだ…膝っぽいな、膝枕か……全く嬉しくない所か若干しんどい、主に首が。

「おはよう」

降ってきた声とぷにぷに頬をつっつく指先に目を瞬かせながら見上げれば、夏油さんが指先を移動させ、私の眉間にを押し当てグニグニと解すように動かしながら「また魘されてたよ」と苦笑を浮かべていた。

「枕が硬いから……」
「いつもだよ」
「ベッドが狭いから……」
「よしよし」

よしよしでは無い、ベッドが狭いのは貴方のせいだ。全く、毎日グータラグータラ…そろそろこの生活に飽きてどっか遊びにでも行ってくれないかな、夏油さんが部屋に居るせいで真希ちゃんが私の部屋に遊びに来なくなっちゃったんだぞ、由々しき問題だ……私の超絶格好いい友達、真希ちゃん…私の部屋に来ると毎回少女漫画で憧れるシーンごっことかしてくれていたのに「抱いてやるよ」「今すぐメチャクチャにして!」ってハグして貰ってたのに……うぅ…壁ドンと顎クイが無くなってしまった……。変わりに得たのがゴジョティーと同い年のデカい男なんて……。

「へぇ…案外そういうことも好きなんだ」
「真希ちゃん以外にされると腹立つけどね」
「私がやっても?」
「腹立つ」

逆にどうして夏油さんはいけると思ったんだ、自分のルックスを過信し過ぎじゃないか?世の中には貴方の顔が別にタイプでは無い人間だって存在するんですよ?私は年上の優しい声した裏のありそうなお兄さんタイプより、同じ年上なら伊地知さんみたいなあからさまに「苦労してます!」ってタイプの人の方が好きだ、よしよししたくなる、可愛い。

「私のこともよしよしして良いんだよ?」
「する理由が何処にも無いんだよなあ…」

思わず遠い目、距離の詰め方下手くそか?いや、これは絶対狙ってやってるな。何処まで許されるか理解してるからこその言動だ、もうちょい厳しめに接してた方が良かったのか…でも今更だし……別に触られたりするのは何にも思わないしな…いやしかし、頭を差し出されるのはちょっと…趣味じゃないのでこの頭…。
でも差し出されたからには拒絶するわけにもいかない、基本愛情は出し惜しみ無く出すタイプだ。

「おーよしよし」

頭をワシャワシャ撫でて髪をかき回し、耳の裏を擽ってから頬をこねくり回した。あ、結構楽しいかもしれない、相手は元史上最悪の呪詛師だけど、デッカイワンちゃんと思えば楽しい。よしよしよしよしと遠慮無くクチャクチャにするように撫でくり回して楽しんでいれば、片腕をガシリと掴まれ中断された。赤らめた頬をし、眉間にややシワを寄せながらも笑みを保つ夏油さんは言う。

「も、もう十分だから、やめてくれ」
「折角楽しくなってきた所だったのに」
「駄目、次は私の番」
「え」

何を言い出すのかと問いかける前に、夏油さんは私をベッドに転がして腹の上に乗り上げてきた。うわあ!威圧感!というか態勢!ダメダメダメ、具体的に何がダメかと言うと、全く嬉しくないとこが一番駄目!
伸ばされる手から逃げるように身を捩るがどうにもならずに片手で頭やら頬やら顎の下やらをサワサワナデナデとされる、うわあ!ゾワゾワする!

「ひぅぅ……やめ、やめ、」
「はいはい、よしよし」
「み、耳やめ、カリカリしないでぇ!」
「じゃあ顎にしようか」

やめろー!!!アウトです!!!
何処からどう見てもアウトだよこんなん!!女子高生に何してんねん、こちとら犬ちゃうぞ、猫でも無い、お腹を擽るな!!
コショコショと指を動かされて擽ったさに遠慮無い声を挙げていれば、轟音が響いていきなり部屋の扉が吹っ飛び埃を撒き上げた。
止まる笑い声、固まる我々、数秒の沈黙。
思わず二人揃って動きを止め、ドアの方を見てしまう。
ハァハァと息を切らして破壊された扉を見つめれば、現れたのは……。

「傑、ちょっと話をしようか」
「待て、違うんだ、これはただの戯れで」
「コイツの部屋から「やめて!」って声と喘ぎが聞こえて来た、マジだぜ」

笑顔の失われたゴジョティーと、厳しい眼差しの真希ちゃんが居た。
擽りにより息切れ状態となり、少し涙が滲んだ表情が災いしたのか、夏油さんはロリロリ法違反で現行犯確定となってしまった。

私が何かを言う前に、ゴジョティーによって何処かへ連れて行かれる夏油さんの背を見送って、真希ちゃんに無事を確認されながら私は思う。

夏油さんの罪を私が増やしてしまった……。

トホホ~~!!!
楽園への道のりは遠い。
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