だがしかしこの女、パンツを穿いていないのである。
お日様ピカピカ!お散歩日和だぞっ!(カメラに向かってプリティーウインク)
「可愛く撮れた」
「私とも撮ろう」
「いいよ、はいピース!」
いえいっ!花丸笑顔とピースサインをインカメラに向かってすれば、隣に張り付き顎ピースをキメる男…夏油傑こと元呪詛師、現飼い犬のような物が可愛く映り込んできた。いや、よく考えたら可愛くは無いな?撮った写真を「可愛く撮れたね」と自画自賛しているが、可愛いかこれ?
よく分からなくなったので、ゴジョティーのトークアプリに送り付けておいた。可愛いですかこれ?私は加工で隣の男を消したら完璧な一枚になると思うな。
さて、今日のお仕事は呪霊討伐では無く市場調査である。人生何は無くともお金が必要、理想のためにも生活のためにも、幸せになるにはお金が必要不可欠。
現在夏油さんの資金は全て、彼の家族が保有している。彼の家族は高専監視化にあり、夏油さんを奪還せんと考えながら生きているらしい、健気な話だ、涙が出ちゃうね。
別に罪さえ重ねてくれなければ家族の元に帰って頂いて一向に構わないので、帰れば?と言ったが、「私を捨てるのかい?責任の無いことをするんだね、酷い子だ」「私の身体を支配しておいて…」「私を捨てて他の罪とよろしくするつもりなのか?」とか何とかグチグチ言われたので、面倒だから好きにしなよと言ってしまった。
私は貴方の抱えた罪にしか興味無いし、貴方が私をあわよくばコントロールしようとしているのも鬱陶しいし、あと普通にベッド狭くて邪魔だから出ていって欲しいのだけれど。案外上手くいかないものだ、厄介な拾い物をしてしまったかもしれない。
グッと背を伸ばし、ネクタイを締め直す。今日はスーツだ、今日の市場調査に私が行くのは何故か……それは、株が絡む話だから。
罪が私の力となるように、金もまた明確で分かりやすい力である。
力を持てど、発言力が無ければ呪術界ではそのうち食い潰されるのが一般出女呪術師の関の山、ならば耳を傾けるに値する人間であることを示さねばならない、そのために最も有効な手段…それが金だ。
「まさか君が企業経営家までしていたとはね」
「アプリに投資、フーズ会社……今の時代は管理AIがあるから楽できるよ」
「全然平凡じゃ無いじゃないか」
「私は平凡だよ、プラスが優秀なのさ」
今日のクラフト展示会には様々な人が来る、ただ展示を見に来る人も居れば、技術力を盗みに来る者、金の動きを探る者。
「目当ては何なのか聞いても?」
「呪術師の家系の人が居るんだよね、降霊術の依り代作るのが上手いんだよ。でもそれだけじゃお家が成り立たないからお皿作ってんの。だけどあんまり会社が上手く行って無いみたい」
「なるほど、それを取り込むと」
「そゆこと」
さて、時間も良い頃合いだ、そろそろ引率者と合流するか。
…
自らの頭脳を平凡と称し、超俗的な笑みを携えて異様なスピードで呪術界へと根を張らせ蝕んでいく少女は、一言で現すならば「化物」と言えるだろう。
五条悟の誕生により急激にバランスを崩したことを突然の崩壊と表現するのならば、少女のやり方は侵食だ。ゆっくりゆっくりと姿を現し、いつの間にか巻き付かれ、最期には丸飲みにされている。
本日の引率を頼まれた七海は少女の隣に我が物顔で並び立ち、にこやかに片手を上げてくる相手にサングラス越しであるが冷ややかな視線を送った。
理由は簡単、この男が女子高生の部屋に入り浸っていると聞いたからだ、正直に言おう、大人としてあり得ない。
「七海さんお疲れ様です」
「はい、お疲れ様です」
「今日は話し合いだけなので、すぐ終わりますよ」
「それは何よりです」
彼女が早く終わると言うからには速攻で片付く話なのだろう、何ならもう話は既に纏まっていて形式上の顔合わせ程度なのかもしれない。
「相手に第三者割当増資を提案する。1000万の新株を発行させて、私を筆頭株主にさせる」
第三者割当増資、出資の割合によっては筆頭株主になれ、使えない社長を経営陣から追い出せたりする制度である。
つまり彼女がやりたいことは……。
「その一族を金の力で掌握するんだね」
「その通り」
「旨味のある話なんですか?」
「今のままじゃ赤字続きで株価の値段も上がらないけど、再建のプロを役員として送り込む」
何故そこまで彼女がする必要があるのか、抱いた疑問を私が口にするよりも先に答えてくれた。
「この御守り作ったの、その一族なんだよね」
言ってポケットから出したスマホに吊るされた御守りは随分と草臥れた物で、女子高生が持つには些か不釣り合いにも思えた。
「私の描く未来にこの御守りは必要だから」
背中に力を入れて背筋を伸ばした少女は先頭を歩いて会場へと入り、「好きに見ててくださーい」と言葉を置いて目当てのブースへ行ってしまった。
まさかの男二人きり、隣に並ぶ男へ注意を注ぎながらも移動しようとすれば私の後ろを追ってくる。どうやら共に行動するらしい、いつの間に躾られたのか。
「躾られたわけでは無いからね?」
「何も言ってませんが」
「私は今一つも罪を重ねられないんだ、だから大人しくしていないと」
胡散臭い物言いで善人の面を被りながら展示物を見る瞳には冷めきった薄情な感情しか見当たらない、夏油にとって非術師ばかりの会場に居ることは苦痛であろうことのはずなのに、何故物分かりの良い振りをしているのか。
レザークラフトから陶器類、漆器や和紙など……多数の展示物をゆるりと眺めてから一度会場の端に儲けられた休息スペースへと我々は足を運んだ。
並ぶ自販機の一つから買った二人分の水分のうち、一つを手渡せば男はすぐに口を付けた。食品ブースで配り歩かれていた試食物には一切口を付けなかったのに、この変わり様。
「貴方は、あの子をどうするつもりなのですか」
こんな所でする話では無いが、このタイミングを逃せば次に会話が出来るのはいつになるか分からない。ならば今見極めねば、そのために私は五条さんに頼まれてここへ来たのだから。
少女の語る理想、そしてこの男が抱いた野望、二つの存在が噛み合いつつある……何か、とんでも無い事が起きてしまうのでは無いかという不安を抱くのはきっと私だけでは無い。
制御出来ない存在になられては困るのだ、何故ならあの少女の術式の正体は……。
「真面目な奴ってのは、やっぱり陰謀論が好きなのかな?」
「違います、私はただ…彼女が、我々が守るべき存在をも飲み込んでしまうのではないかと危惧しているだけだ」
「七海は一体何を守ろうとしてるのか聞いても?」
私が守るべき物、守っている物は、世の安全だ。非術師の安全、呪霊による被害、即ち…秩序。
私の答を聞いて二度深く頷き、納得を示す態度を取った男は、しかして次の瞬間にはこちらを嘲笑うように口の両端を嫌らしく吊り上げた。
冷血を絵に描いたかのような非術師への無情を示す瞳が私を捕らえる。
「この、嘘と偽り、傲慢な猿が闊歩する世界での秩序って、一体なんだい?」
弓なりにしならせた瞳に憎悪が灯る。
「お前は一体何を守っているんだ?」
足元からゾワゾワと這い上がってくる寒気と、目の前の男から発せられる邪悪な熱に一瞬思考が固まった。
何か言わねばと思うが、強者の余裕と笑みを携えて男はさらに言葉を重ねる。
「例えば」
男が一歩踏み出し距離を詰める。
「新世界が来たら」
私の肩に手を置き、囁くように呟く。
「お前は新世界を祝う宴には参加出来ない」
愉悦を含んだ声音が、私には見えない未来を愉快適悦に語る。
「何故なら、お前は今ある秩序を守り、彼女の理想を邪魔するからだ」
悟もそうなのだろう?親友の名を口にした男と私の間には、明確に相容れぬ物が存在した。
我らを隔てる大きすぎる溝の底は見えない。計り知れない闇だけがこちらを見つめている。
よく分かった、おぞましい程に理解出来た。
私や五条さんには、この男を制御することは不可能だと。生かしておくことはあまりに危険過ぎる。
いつの間にか人の捌けた休息スペースにただならぬ沈黙が広がる。だったら、今ならば……。今、この男を縛り支配する少女は不在だ、少女の術式により無力化している今ならば、私でも……。
緊迫した空気が走る、理想を選ぶ者と秩序を選ぶ者、数秒の睨み合いの果て、先に動き出したのは……。
「あ!ズルい!ジュース飲んでる!!」
我々を探しに来た少女であった。
溌剌とした非難の声に同時に振り返ってしまったせいで、至近距離にあった夏油の長い髪が私の顔面に思い切りぶつかった。
私の肩から手を離し、片腕を広げて少女を迎える夏油は、先程までの極悪な笑みは何処へやら、晴れやかでご機嫌な笑顔をして少女へ声を掛けている。
「お疲れ様、ちゃんと上手にお話出来たかい?」
「私のこと幼稚園児だと思ってない?」
「……うん、ちょっとね」
「幼稚園児だからジュース飲みたい」
「だってよ、七海」
私にタカるな。
やや苛立ちを覚えながらも、無言で小銭を取り出し少女に手渡せば、きちんとお礼を言って自販機の前に行った。飲料を選ぶ背に一人うんうんと頷き、「ちゃんとお礼が言えて偉いね」と呟く男の変わり身の早さが気持ち悪い。お前は一体何目線なのだと思ったが言わない、もうこれ以上不必要に関わるのはごめんだ。
「なあに夏油さん、七海さんのこと虐めてたの?」
「虐めてなんて無いよ、ねえ?」
「こちらに振らないで頂きたい」
ニコニコニコニコ、よくもまあそんな胡散臭い顔を少女に向けられるものだ。
彼女は知っているのか、この男が今もまだ野望尽きぬ欲を抱えていることを。
私の心配など他所に、二人は何か面白い展示物が無かったかどうかの話し合いを愉しげに交わしている。
こちらが何か思っても、もうどうにもならないのかも知れない。
彼女の描く未来が見えない私には、どうせ彼等の言葉は理解出来やしないのだ。
「可愛く撮れた」
「私とも撮ろう」
「いいよ、はいピース!」
いえいっ!花丸笑顔とピースサインをインカメラに向かってすれば、隣に張り付き顎ピースをキメる男…夏油傑こと元呪詛師、現飼い犬のような物が可愛く映り込んできた。いや、よく考えたら可愛くは無いな?撮った写真を「可愛く撮れたね」と自画自賛しているが、可愛いかこれ?
よく分からなくなったので、ゴジョティーのトークアプリに送り付けておいた。可愛いですかこれ?私は加工で隣の男を消したら完璧な一枚になると思うな。
さて、今日のお仕事は呪霊討伐では無く市場調査である。人生何は無くともお金が必要、理想のためにも生活のためにも、幸せになるにはお金が必要不可欠。
現在夏油さんの資金は全て、彼の家族が保有している。彼の家族は高専監視化にあり、夏油さんを奪還せんと考えながら生きているらしい、健気な話だ、涙が出ちゃうね。
別に罪さえ重ねてくれなければ家族の元に帰って頂いて一向に構わないので、帰れば?と言ったが、「私を捨てるのかい?責任の無いことをするんだね、酷い子だ」「私の身体を支配しておいて…」「私を捨てて他の罪とよろしくするつもりなのか?」とか何とかグチグチ言われたので、面倒だから好きにしなよと言ってしまった。
私は貴方の抱えた罪にしか興味無いし、貴方が私をあわよくばコントロールしようとしているのも鬱陶しいし、あと普通にベッド狭くて邪魔だから出ていって欲しいのだけれど。案外上手くいかないものだ、厄介な拾い物をしてしまったかもしれない。
グッと背を伸ばし、ネクタイを締め直す。今日はスーツだ、今日の市場調査に私が行くのは何故か……それは、株が絡む話だから。
罪が私の力となるように、金もまた明確で分かりやすい力である。
力を持てど、発言力が無ければ呪術界ではそのうち食い潰されるのが一般出女呪術師の関の山、ならば耳を傾けるに値する人間であることを示さねばならない、そのために最も有効な手段…それが金だ。
「まさか君が企業経営家までしていたとはね」
「アプリに投資、フーズ会社……今の時代は管理AIがあるから楽できるよ」
「全然平凡じゃ無いじゃないか」
「私は平凡だよ、プラスが優秀なのさ」
今日のクラフト展示会には様々な人が来る、ただ展示を見に来る人も居れば、技術力を盗みに来る者、金の動きを探る者。
「目当ては何なのか聞いても?」
「呪術師の家系の人が居るんだよね、降霊術の依り代作るのが上手いんだよ。でもそれだけじゃお家が成り立たないからお皿作ってんの。だけどあんまり会社が上手く行って無いみたい」
「なるほど、それを取り込むと」
「そゆこと」
さて、時間も良い頃合いだ、そろそろ引率者と合流するか。
…
自らの頭脳を平凡と称し、超俗的な笑みを携えて異様なスピードで呪術界へと根を張らせ蝕んでいく少女は、一言で現すならば「化物」と言えるだろう。
五条悟の誕生により急激にバランスを崩したことを突然の崩壊と表現するのならば、少女のやり方は侵食だ。ゆっくりゆっくりと姿を現し、いつの間にか巻き付かれ、最期には丸飲みにされている。
本日の引率を頼まれた七海は少女の隣に我が物顔で並び立ち、にこやかに片手を上げてくる相手にサングラス越しであるが冷ややかな視線を送った。
理由は簡単、この男が女子高生の部屋に入り浸っていると聞いたからだ、正直に言おう、大人としてあり得ない。
「七海さんお疲れ様です」
「はい、お疲れ様です」
「今日は話し合いだけなので、すぐ終わりますよ」
「それは何よりです」
彼女が早く終わると言うからには速攻で片付く話なのだろう、何ならもう話は既に纏まっていて形式上の顔合わせ程度なのかもしれない。
「相手に第三者割当増資を提案する。1000万の新株を発行させて、私を筆頭株主にさせる」
第三者割当増資、出資の割合によっては筆頭株主になれ、使えない社長を経営陣から追い出せたりする制度である。
つまり彼女がやりたいことは……。
「その一族を金の力で掌握するんだね」
「その通り」
「旨味のある話なんですか?」
「今のままじゃ赤字続きで株価の値段も上がらないけど、再建のプロを役員として送り込む」
何故そこまで彼女がする必要があるのか、抱いた疑問を私が口にするよりも先に答えてくれた。
「この御守り作ったの、その一族なんだよね」
言ってポケットから出したスマホに吊るされた御守りは随分と草臥れた物で、女子高生が持つには些か不釣り合いにも思えた。
「私の描く未来にこの御守りは必要だから」
背中に力を入れて背筋を伸ばした少女は先頭を歩いて会場へと入り、「好きに見ててくださーい」と言葉を置いて目当てのブースへ行ってしまった。
まさかの男二人きり、隣に並ぶ男へ注意を注ぎながらも移動しようとすれば私の後ろを追ってくる。どうやら共に行動するらしい、いつの間に躾られたのか。
「躾られたわけでは無いからね?」
「何も言ってませんが」
「私は今一つも罪を重ねられないんだ、だから大人しくしていないと」
胡散臭い物言いで善人の面を被りながら展示物を見る瞳には冷めきった薄情な感情しか見当たらない、夏油にとって非術師ばかりの会場に居ることは苦痛であろうことのはずなのに、何故物分かりの良い振りをしているのか。
レザークラフトから陶器類、漆器や和紙など……多数の展示物をゆるりと眺めてから一度会場の端に儲けられた休息スペースへと我々は足を運んだ。
並ぶ自販機の一つから買った二人分の水分のうち、一つを手渡せば男はすぐに口を付けた。食品ブースで配り歩かれていた試食物には一切口を付けなかったのに、この変わり様。
「貴方は、あの子をどうするつもりなのですか」
こんな所でする話では無いが、このタイミングを逃せば次に会話が出来るのはいつになるか分からない。ならば今見極めねば、そのために私は五条さんに頼まれてここへ来たのだから。
少女の語る理想、そしてこの男が抱いた野望、二つの存在が噛み合いつつある……何か、とんでも無い事が起きてしまうのでは無いかという不安を抱くのはきっと私だけでは無い。
制御出来ない存在になられては困るのだ、何故ならあの少女の術式の正体は……。
「真面目な奴ってのは、やっぱり陰謀論が好きなのかな?」
「違います、私はただ…彼女が、我々が守るべき存在をも飲み込んでしまうのではないかと危惧しているだけだ」
「七海は一体何を守ろうとしてるのか聞いても?」
私が守るべき物、守っている物は、世の安全だ。非術師の安全、呪霊による被害、即ち…秩序。
私の答を聞いて二度深く頷き、納得を示す態度を取った男は、しかして次の瞬間にはこちらを嘲笑うように口の両端を嫌らしく吊り上げた。
冷血を絵に描いたかのような非術師への無情を示す瞳が私を捕らえる。
「この、嘘と偽り、傲慢な猿が闊歩する世界での秩序って、一体なんだい?」
弓なりにしならせた瞳に憎悪が灯る。
「お前は一体何を守っているんだ?」
足元からゾワゾワと這い上がってくる寒気と、目の前の男から発せられる邪悪な熱に一瞬思考が固まった。
何か言わねばと思うが、強者の余裕と笑みを携えて男はさらに言葉を重ねる。
「例えば」
男が一歩踏み出し距離を詰める。
「新世界が来たら」
私の肩に手を置き、囁くように呟く。
「お前は新世界を祝う宴には参加出来ない」
愉悦を含んだ声音が、私には見えない未来を愉快適悦に語る。
「何故なら、お前は今ある秩序を守り、彼女の理想を邪魔するからだ」
悟もそうなのだろう?親友の名を口にした男と私の間には、明確に相容れぬ物が存在した。
我らを隔てる大きすぎる溝の底は見えない。計り知れない闇だけがこちらを見つめている。
よく分かった、おぞましい程に理解出来た。
私や五条さんには、この男を制御することは不可能だと。生かしておくことはあまりに危険過ぎる。
いつの間にか人の捌けた休息スペースにただならぬ沈黙が広がる。だったら、今ならば……。今、この男を縛り支配する少女は不在だ、少女の術式により無力化している今ならば、私でも……。
緊迫した空気が走る、理想を選ぶ者と秩序を選ぶ者、数秒の睨み合いの果て、先に動き出したのは……。
「あ!ズルい!ジュース飲んでる!!」
我々を探しに来た少女であった。
溌剌とした非難の声に同時に振り返ってしまったせいで、至近距離にあった夏油の長い髪が私の顔面に思い切りぶつかった。
私の肩から手を離し、片腕を広げて少女を迎える夏油は、先程までの極悪な笑みは何処へやら、晴れやかでご機嫌な笑顔をして少女へ声を掛けている。
「お疲れ様、ちゃんと上手にお話出来たかい?」
「私のこと幼稚園児だと思ってない?」
「……うん、ちょっとね」
「幼稚園児だからジュース飲みたい」
「だってよ、七海」
私にタカるな。
やや苛立ちを覚えながらも、無言で小銭を取り出し少女に手渡せば、きちんとお礼を言って自販機の前に行った。飲料を選ぶ背に一人うんうんと頷き、「ちゃんとお礼が言えて偉いね」と呟く男の変わり身の早さが気持ち悪い。お前は一体何目線なのだと思ったが言わない、もうこれ以上不必要に関わるのはごめんだ。
「なあに夏油さん、七海さんのこと虐めてたの?」
「虐めてなんて無いよ、ねえ?」
「こちらに振らないで頂きたい」
ニコニコニコニコ、よくもまあそんな胡散臭い顔を少女に向けられるものだ。
彼女は知っているのか、この男が今もまだ野望尽きぬ欲を抱えていることを。
私の心配など他所に、二人は何か面白い展示物が無かったかどうかの話し合いを愉しげに交わしている。
こちらが何か思っても、もうどうにもならないのかも知れない。
彼女の描く未来が見えない私には、どうせ彼等の言葉は理解出来やしないのだ。