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だがしかしこの女、パンツを穿いていないのである。

史上最悪の呪詛師とまで呼ばれた私を誑かし、言いくるめ、噛み付いてこの身を支配した少女は今日も今日とて魘されていた。

眉間にシワを寄せ、時たま唸り声を上げながら私にしがみついて眠る姿に困ったような嬉しいような複雑な笑みを浮かべてしまう。
何だかんだと途方もなく大きな目的と大志を抱いていても、彼女はまだ精神の未熟な子供であり、私が慈しみ守るべき術師の雛だ。
彼女の術式に首元を噛まれた日からゆうに一ヶ月以上は経過したが、私は未だこの部屋から外には殆んど出ていない。極悪な犯罪者であり、罰されて然るべき罪人の私が今尚生きていられるのは、一重に彼女の術式あってこそである。今の私は彼女の術式に完全に身も魂も支配されている状態であり、完全支配の変わりに呪いでこの身を殺めることが出来ない状況となっている。
呪術師を殺める場合、死後呪いに転じぬように呪いを持ってして殺さなければならない。
その条件が達成出来ない私を、呪術界は持て余し、全責任を少女と少女の担任である五条悟、そして五条悟の所属する高専へと丸投げした。

私が日がな一日、本を読んだりゲームをしたり部屋の掃除をしたりしながらゴロゴロ過ごしている間に、少女は大変よく働いているらしい。愚痴らしい愚痴を言ってくれない子なので、外で何が起きているかは知らないが、よく「ゴジョティーと仲直りしてよ」と言われる。
仲直りしようにも、私は現在この部屋の外へ無闇矢鱈と出歩くわけにも行かないし、悟も部屋には訪ねて来ない。どうしようも無いのだ、今は。
少女に支配されてしまっているため術式を自由に使うことも出来なければ、連絡手段になりそうな物も使えない。強いて言えばゲーム機くらいの物であるが、勝手に外部と連絡を取ることは罪を重ねることになるのかと考えると、迷いが生まれ手が止まってしまう。

「貴方が罪を重ねただけ、楽園は遠退くのだからね」

言い聞かすような口振りで、完璧とも言える笑みを携えながら言った少女の言葉にコントロールされてしまっている。

夢物語のような理想は、しかし笑うことの出来ない現実味を帯びていた。
彼女の術式と呪いへの解釈、非術師への思いと語られた未来図。
他人の罪を背負って坂を登る人生の果てに楽園を見出だした彼女は、救世主にでもなるつもりなのか。はたまた己では制御不能な欲望を抱えてしまっただけなのか。今はまだ見極めることが出来ないが、後者の場合は存分に利用させて頂くつもりだ。
非術師から知能を奪い、世界を構築し持続させるためだけに生存を許し、システムの一部にしてしまう。
合理的に見えて、しかし私の抱いた理想よりも残酷で倫理観の無い非術師への仕打ちに胸が高鳴った。
彼女は私が「気が合うね」と言う度に嫌そうな顔で「私はそうは思わない」と言うけれど、気が合わないワケが無いのだ。だって彼女は心の底から非術師を人間として見てはいないのだから。彼女にとって非術師とは、都合良く使える資源であり、隣人愛を抱くに値しない存在なのだ。嫌悪を越えた無関心、期待の一切籠らない感情で非術師に「慈悲」と言う名の紙切れのような免罪符を与えて生存を許す姿は、視点が人の物では無い。

きっと、これから成長していけば今よりも全てが研ぎ澄まされていくであろう。不要な物を切り捨て、大切な物すら自らの理想のために使い潰し、そうして最期に私に楽園を見せてくれるであろう少女の未来が待ち遠しい。

唸りながら暴れようとする少女を抱え込むように抱き締めて、私も眠りに落ちる。
私を誑かした悪魔であり、救いとなる器、しかし今はまだ未熟な面が目立つ。自らの魂に刻まれた呪いを制御出来ていないこの子を私が支え育ててあげよう。

そうしていつか、愚行を重ねるためにあるこの世界で、真に価値のある笑い声を挙げるのだ。
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