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だがしかしこの女、パンツを穿いていないのである。

2月!バレンタインの季節だぞっ(手でハートマーク)

この一ヶ月くらい…私の記憶は無い。記憶が無いというか、何か色々忘れているような…大切なことは思い出せるけど、色々抜け落ちている気がする。たまにあるんだよね、プラスの私が活動してる時に。
何て言うの?記憶が大量の引き出しのような形をしていて、情報ごとに分けられているとして…たまに引き出しに鍵が掛かっているような感じ。いえ、マイナスだろうがプラスだろうが私は私だから、見ようと思えば見れるんだけど、きっと今の私が気にすることでは無いだろうから無視してる。

それよかバレンタインの季節だ、好きなあの子に気持ちを込めたチョコレートを送り付ける日。
もとい、モテる男は異物混入に慄く日である。

日本人ってのは、宗教に寛容なように見えて無関心な生き物だ、クリスマスはプレゼントとごちそう、正月はお年玉とごちそう、そして2月はバレンタイン。
年を越したら皆こぞって神社に行くこの国を、なんで外人は仏教国なんて呼ぶのだろうか。実際坊主の世話になるのなんて、葬式の時くらいじゃないかな?もう日本の仏教は神道と合体すりゃいいよ、新ジャンル「日本仏教」とかに改名しろ。そしてクリスマスとバレンタインを適当な理由をでっちあげて日本仏教の行事にカウントすりゃいい。

でも、今の日本のことだってあんまり嫌いじゃないよ、結局は節目節目で宗教を盾に物欲を満たしてくれる国だ、そこは愛せるなあ。
きっと私、イスラエル圏に生まれてたら物欲が満たされなくて死んでたね、アハハッ!


久々の高専への帰還、バレンタインデーキッスのサビ部分だけをひたすら繰り返し歌いながら職員室を目指す、ゴジョティーいるかなあ?いないかなあ?いなかったらどうしよっかな、パンダくん吸いに行こうかな。
職員室に到着したので、ガラッと開いて「失礼します」の挨拶をしてから入室した。
グルッと見回すがゴジョティーの姿が見当たらなかったので、入ってきた時と同じように「失礼しました」の挨拶をしてさっさと職員室を後にした。

まあ、いいや。別に絶対会いたかったわけでも無い、どちらかと言うとパンダくんの方が優先順位が高い。
とりあえず久々に自室へ戻ろうかと行き先を変更して寮を目指す。バレンタインデーキッスに飽きたので、別のラブソングを頭の中から探し出す。
しかし出てきたのは「バリで死す」だった。
あわわわわ、一気に頭の中が鬱一色の歌詞で満ちていく。バリ島で死にたいよ、バリ島で死にたいね、バリ島!!!
うわあ…だ、誰か、誰か下がっていくテンションを止めてくれ、もう駄目だ、今日はもう何も出来ない。終わりです、閉店です。
脳内で繰り返される寂しいような物悲しいような音楽を口ずさむことをやめ、トボトボと肩を落として寮の廊下を歩む。

重い溜め息を肺から吐き出し、鍵を差して回して扉を開いた。自室なのだから当たり前だが、返って来ないのを分かりながらも身に付いた習慣で、小さく覇気の無い「ただいま…」を呟いた。

「おかえり」

だがしかし、返って来るはずの無い挨拶が返ってきたことに驚き、思わず足を止めてしまう。
瞬きを三回して、視線をゆっくり声の聞こえた方へと向ける。
ベッドの上、我が物顔で寛ぐ男、手にした文庫本を閉じて笑みを浮かべながらこちらに手を振った。

「流石に待ちくたびれたよ、あっ、今日はちゃんと服を着てるんだね」

おっかしいなぁ……目の錯覚を利用したアートなんていつの間に……いや違う、トリックアートは喋らない。
何故……何故、ゴジョティーへのクリスマスプレゼントが私の部屋に居座っているのだろうか。
クリスマスサプライズで押し付けたプレゼント…返品されてるじゃん。
どうしよ、え…何で私の部屋に居るんだ?勝手に本棚に置いてあるはずの本読んでるんだけど、と言うか私のベッドの上に靴下履いて登るなよ、あぐらかくな、汚いでしょ。
と言うか何だコイツ……私だって服くらいちゃんと着るけど、一体何目線で言ってるんだ?馴れ馴れしいな、距離感考えて発言してくれ。

「服くらい普通に着ますけど」
「えらいね、褒めてあげようか、こっちにおいで」

褒めんでええわ。笑顔を向けんでええわ。
溜め息を堪えて思い出す、そうだよ…忘れてたけど、プラスの私が呪詛師と契約を交わしてたんだった。だから私、一ヶ月以上頑張ってコイツの罪を浄化するために贖罪の旅をしていたんだった。まだ三分の一も罪を消化出来ていないけれど。
どうりで知らない間にパワーアップしてると思った、そうか、私…新しい罪を背負っていたのか……知ってる?罪を持つ人間は楽園にはいられないんだよ、アダムとイヴも原罪と呼ばれる罪をおかしたせいで楽園から追放されたんだよ。
私のエデンへの道のりが遠退いてしまった…強くはなったけど、なったけれどだ、何だか物凄く遠回りな人生を歩んでいる気がする。

しかし過ぎてしまったことは致し方無い。救ってしまったからには責任は私にある、この人のことは責任を持って私が何とかしなければ。
拾った猫は大事にしなければならない理論。

手招きをする男を放って部屋の窓を開けて換気をする。
外の空気を吸い込めば、穏やかな初春の心地がした。
あと二ヶ月もすれば、私は二年生だ。

「私が背負った貴方の罪が贖われるまではここに居てもいいよ、その先は知らない、好きにしなよ」
「楽園を見せてくれるんじゃないのかい?」
「ああ、そんな約束もしてたな……」
「楽しみにしてたんだけどな」

ちょっぴり残念そうな顔をするな、そんな顔しても私は知ってるぞ、お前ゴジョティーと同い年だろ、20代後半の男が可愛い子ぶってんじゃねえ。腹立つ。

「そんな簡単に行ける物じゃ無いから、とりあえずそれまでは新たな罪を積み上げないことだね、じゃないと楽園に拒まれちゃう」
「裏切りが最も重い罪?」
「そうだよ、神曲読んだの?」
「暇だったから読ませて貰ったよ、君の本棚は哲学的だね」

男は壁一面にズラリと並んだ本棚を指差した。
ファウスト、神曲、トルストイにカフカ。

楽園に至るために必要なのは、「理性と哲学」だ。
この世の仕組みを理解して、理論的に生きなければならない。決して感情を優先させてはならない、この男の理想のように。

「貴方は、非術師が呪いを産むのが嫌なんだっけ」
「そうだね」
「…分かるよ、いくら強くて優秀な呪術師が居ても、呪霊ってのはハエみたいに次から次に湧いてくる、発生源を潰さなきゃどうにもならない」
「その通り、君とは気が合いそうだ」
「そう?私は全然そんなこと思わないけどなあ」

本棚へと歩いていき、一冊の本を手に取った。
役500年前に人間の罪と罰を描いた画家の画集、偽りの楽園で快楽に浸る男女、悪魔の誘惑に抗う聖人、地上で虚栄と欲望に溺れる人々……ヒエロニムス・ボスの絵画から分かることは、「現世とは、人間が愚行を行う場である」ということ。
だから、この世からは争いが無くならないし、非術師を全て殺すのは現実的では無い。
500年前に既に答えは出ているのだ、我々が呪いから解放される方法…それは……原罪の克服だ。

非術師が感情に制御された結果呪いを生み出すのならば、そんな感情から解放させてしまえば良い。
非術師に知恵の実を与えたことが間違いだったのならば、彼等から知恵を奪ってしまえば良い。
生命の果実のみを食す頃へ…つまりは、生きることだけを許し、楽園で何の憂いも無く生きていれば彼等は呪いなんて生み出さないだろう。

それを実行するためには、私の術式を強化しなければならない。
必要なのは原罪の克服だ、人類の罪を私が背負い、償い、術式へと昇華させる。

楽園回帰、私は呪いの無い世界を楽園と呼ぶ。

「呪術師だけじゃ世界は成り立たないよ、すぐに荒廃して文明は退廃してしまう。だから私は非術師を殺さない、生かしたままこの世界を担うシステムの一部にする」

本棚に本を戻して振り返る。
おお、固まってる固まってる。一気に色々言い過ぎたかもしれないな、でも楽園が見たいと言ったのは貴方なんだから仕方無いよね。
聞かれたならば答えてあげるのが情けである、私は万人に無償で愛を与えるよ、愛は世界を救うんだ。だって、この世は神の愛で成り立っているらしいのだから。
だから私も惜しみ無く愛を施すよ、全てを救うためにね。

「君は…救世主にでもなるつもりか」
「別に呼び方は何でもいいけどさ、どうするの?」
「どうって……」
「私による強制的世界平和、特等席で見せてあげてもいいよ」

言葉に詰まった男は数秒身を固めた後に、困ったように笑った。
まあいいさ、審判の日までに考えておけば良い。それまでは精々愚行を重ねたまえ、何せこの世は愚劣な振る舞いをするためにある世界なのだから。

好きなだけ、許される範囲で、好きなように生きたら良い。

人間にはその資格がある。
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