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だがしかしこの女、パンツを穿いていないのである。

気を失った呪詛師をコートでくるみ、担いでいれば五条悟と出会った。
担いでいるモノを見て、私を見て、頭を抱えて溜め息をつく。

「なんでこのタイミングでエイリアスの方が出てきちゃったかなぁ…」

エイリアス、直訳すれば「別名」の意味を持つ英語。
田舎から出てきた平凡呪術師、それもまた私の一側面であり、今の私も一側面である。
別人格では無い、我々は鏡写しの存在では無く、どちらも互いの延長線上に存在し合うものだ。言わばマイナスとプラス、どちらの性質に片寄った状態かという話である。
マイナス、プラス、自分がどちらかと言えば私はプラスだ。クリスマスイブを楽しみにしていた方がマイナス、何故ならあちらは正の呪力である反転術式を使えない。それだけの差だ。

お前がチンタラしてるからこうなるのだと言う気持ちを込めて声だけで笑ってやれば、随分と難しい、整理の付かない感情を隠すことなく空気に孕ませぶつけてくる。怒り、後悔、戸惑い、悲しみ…己の内で処理しきれない感情はごちゃ混ぜになって私へ向かってくる。
一応、仮にも生徒であるんだがなあ。

この世界は何処まで行っても呪いと戦いばかりだ。
武器の保持者は軍を超え民間人が所有率ナンバーワンとなり、10人に一人が武装する時代。
軍人、民間軍事会社、アンダーグラウンド、呪術師、呪詛師、呪霊。
最早、暴力に関係の無い人間など存在しない。

何も知らずに生きて来たマイナスの私、戦うことに恐怖と高揚を覚え、理想を見いだし使命を見つけ、引き下がれなくなってしまった人生。
生きるためには、強い力が必要だ。
死なないためには、非情な選択を選ばなければならない。

誰かの思いを無駄にして、誰かの死を踏みつけて、それでも進まなければ私達は生きていけない。戦えない。
私達から覚悟を取ったら何も無い。

「殺って、殺られて、殺り返して」
「……」
「だけど、私が殺られた時はやり返さなくていい」

背中に担いだ意識の無い呪詛師を下ろし、コートにくるんだまま五条悟に差し出す。

「その人のことはマイナスがどうにかしてくれる」

差し出された呪詛師の身体へ腕を伸ばして受け取った五条悟の顔には、ありありと不安を伴った混迷の情が浮かび上がっていた。
同時に、期待と諦めも。
腕から消えた重さを確認し、両手を下ろして私は身を翻す。スカートの裾がヒラヒラと揺れて、ヒールを一度踏み鳴らした。ポケットに入っているスマホを取り出し、時間を確認する。スマホにつけられたボロボロの御守りが私を嘲笑うように揺れていた。

「何処行くの」

引き留める声には振り返らず、片手を一度ヒラリと振って歩みを進める。
マイナスへ切り替わるまで後2時間はかかる、その間に回収しておかなければならない物が出来た。

「チキンとケーキを取りに行くだけだ」

今日はクリスマスイブ、良い子の元にはプレゼントが届くのだ。
首だけを少し振り返って後ろを見れば、ポカンと口を開けた間抜けな男の姿が一つ。
きっと明日言うことが出来ない言葉を私は口にした。

「先生、メリークリスマス。精々今夜は私からのプレゼントを大事にしてくれ」
「は、え!?これがクリスマスサプライズのつもり!?」
「じゃ、次に会えるのは来年だから」

ついでに「良いお年を」と付け加えて、今度こそ私は高専を後にした。
やることが沢山だ、しかしたまには良いだろう。忙しいことは嫌いでは無い、自分の存在に疑問を持たずにいられる時間は大切だ。
スマホをポケットへと戻し、はみ出た御守りを指先で押し込む。


人間は原罪を抱えた生き物だ、楽園を追放されし我々が救われるためには途方もない道のりが待っている。
夏油傑を餌に、まずは彼の犯した罪を私の力にする。
神の子が罪の裁きの身代わりを受けたのと同じように、私も夏油傑の罪を背負って贖罪を受けよう。

罪の重さが私を強くする。

これが私に課せられた縛りであり使命であり、罰なのだ。
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