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だがしかしこの女、パンツを穿いていないのである。

と、壮大な理想を語り合ったのが数日前の話。
人生とはトントン拍子で上手くいくわけでは無い……それは知っていた、知っていたつもりではあったが……。


私は、目の前に倒れ伏し、血をダクダクと流しながら僅かばかりの呼吸で喘ぎ苦しむ死にかけの男を見下ろしていた。
夏油さんが死にかけている。
私の術式により彼が無力化している所を狙っての呪詛師による強襲であった。出張からの帰り道、仲良くお土産選びを終えて帰路を歩いていた所で立ち塞がった呪詛師は、私が応戦しようと戦闘態勢を取って拳を幾度か交わらせた後に、隙をついて夏油さんへと攻撃を仕掛けた。

術式を使えなかろうと、呪力を練れなかろうと、腐っても特級。かの最強の呪術師が認めた唯一無二、並び立つに値する存在、夏油さんは無力化されていても私なんて目じゃ無い程に強かった。
「私の不始末だ、君は下がっていなさい」と言われてしまえば、私は何も出来ずに見守るしかなかった。
相手の呪詛師から発せられる気押されそうな強い負の感情に私は言葉を詰まらせる。
分かってはいたが、夏油さんとはそういう人なのだ。
人間を、非術師と術師で明確に割りきって後者だけに手を差しのべる。だからこうなることもあるのだろう、呪詛師は非術師の妹を殺された復讐にやって来たと語る、いや、正しくはきっと「復讐をするために呪詛師となった」のだろう。

この世界は何処まで行っても戦いばかりだ。
争いは決して無くならない、一度暴力に関われば無関心じゃいられなくなる。
殺って、殺られて、殺り返して。
私が殺られた時はやり返さなくていい。
そうは思えど、私一人が思ったところで争いが減ることは決して無いのだ。

舞い上がる砂埃に目を瞑り、轟く鳴動から身を守るように腕を前に構える。
身を裂くような容赦の無い斬撃と、怨念の悲鳴を谺す呪詛師の叫びが夏油さんを襲う。
私の元まで呪詛師の持つ刃は届かない、けれど殺されていない衝撃と膨れ上がる憎悪はこの身を震わせる。
まるで皮膚を焦がされるようだ、強烈な憎悪は破壊衝動へと変わり、こちらを呑むように空気を支配した。
流石に不味いと思い、私は夏油さんに掛けた服従の呪いを解こうか思案した。

瞬転。
膨れ上がった呪力が地面が揺らし、景色がくるりとひっくり返る。
相手の術式によって天高く空中へと放り出された私と夏油さんは、地上に向けて一気に急降下していた。身動きの出来ない空中で、相手の呪詛師は先にコチラを始末しようと私へ狙いを定めて、骨髄までもを震わす程の強い殺意を乗せた攻撃を放つ。
意趣遺恨、怨恨を含んだ刃が私目掛けて命を奪うために付き出される。

応戦しなければ、戦わなければ、でも、「殺って、殺られて、殺りかえして」頭を過ったのは自らの生き方、救済者としての思索。
ここで私がやり返してしまったら、この人の抱える果ての無い嘆き悲しむ慟哭は、妹さんの命の意味は、価値は…何処へ向かうと言うのか?


彼の救いは一体どこにある?


それは一瞬の気の迷いであった、戦場では致命的な失態となるミスを犯した私は、反撃の初動を遅らせてしまう。
躊躇いが生まれ動けない私へ容赦なく迫る殺意の込められた刃。
その怨讐の一撃から私を庇うために片腕を伸ばし、胸に私を、背中に攻撃を受け止めたのは他ならぬ夏油さんであった。

攻撃の振動がこちらまで響く。
二人揃って真っ逆さまに地に落ちて、地面に叩き付けられた。私は身を襲う痛みに肺から全ての空気を吐き出す。
落下の衝撃で、上手く動かない手足を叱咤して、私を庇い覆い被さる夏油さんを離そうと藻掻いた。
馬鹿な、何をしているんだこの人は、私が死ねば貴方は自由に戻れるというのに。今は正に好奇到来とも言えるタイミングだろうに、私を死なせて逃げれば、それで全て、貴方は、

「駄目だよ、暴れないで」

私を覆う夏油さんのさらに上、太陽の光を反射する復讐の一閃が夏油さんを容赦なく、貫く。
赤い血潮が舞って、私の頬を温かく汚す。

「きみの、作る…楽園に……」

呪詛師が涙を流し、譫言を繰り返しながら夏油さんの背中に何度も何度も刃を突き刺す。


救済と復讐、私は一体どちらを優先させたのか。
この痛みと血に救いなど、何処にも無い。
ここに、神の救いは無い。
あるのはただ、復讐と死のみ。


血を流し、力を失って私の上にドシャリと崩れ落ちるように重なった夏油さんの呼吸が徐々に小さく、短くなっていく。

「幸せに、……」

耳元で呟かれた言葉に思考の全てを奪われ、私は呆気に囚われながら青く晴れ渡る空を見上げ、今度こそ術式を行使した。
淡々と、高揚無く、興奮も無く、事務的に、呪詛師を拘束して意識を奪い、そして夏油さんの下から這い出て彼を見下ろす。

真っ赤になった夏油さん、貴方はどうして私を庇ったの?
楽園に行くため?死んだら行けないのに?

仏の手のひらでも一切衆生を救うことは出来ない。
一切皆苦、この世は苦しみで始まり、苦しみで成り立つ。愛別離苦、五蘊盛苦、老病死、因縁理論で成り立つ苦しみの区分。
例えば私、産まれ持った術式が無欲を許さぬと吼え、渇き、飢えに喘ぐ。
例えばこの呪詛師、愛する妹との理不尽な死別を理由に堕ちる所まで堕ちていく。
例えば夏油さん、彼は、彼だけはきっと、この世に今まで生まれ落ち、数多の人々を救いの道へと導いたどんな救世主にも救えないだろう。

瞳を閉じてしまった夏油さんの元に座り込み、頬に手を添え顔を覗き見る。
冷たくなっていく肌を撫でて、何を憎めば良いのか、誰を恨めば正解なのか分からなくて固まった。
どうして?神様は、この人のことが嫌いなの?
いらないの?こんなにも健気に生きている人によくも手を差し伸ばさないものだ。

何を恨めば良いかは分からない、だけど一つ確かなことは、私は今この瞬間、神を呪い、世界の在り方を心底嫌悪していると言うこと。

…神がこの命を捨てるというのなら。


ザワリ。

空気が微かに揺れる。
虚黒の眠りから目覚めた術式が音を、風を、命を、全てを飲み干すために口を開く。


私は蛇、過去に世界を飲んだ蛇を宿して産まれ落ちてしまった呪われた命。
いつか全てを食らうために、いつか天すら堕とすために、私は楽園を目指して翼の無い身で空を仰ぎ続けるのだ。

ああ、欠陥だらけの秩序しか産めぬ神如きが、一体誰の許しを得て私の物を奪うつもりか。

神が捨てるならば、この命、私が貰い受けよう。


呪詛師が所持していた刃を掴み、己の手のひらを切って血を流す。
五つの陸を食らい、三つの海を飲み干して、しかし天だけは噛み付くことも叶わなかった。だから、天に至り、楽園へ到達し、全てを手中に納めることが悲願であった。
けれど、それはきっとこの人間を放ってすることでは無いはずなのだ。
この人を救えずして何が救世主か、何が理想か。
貴方の罪は私のもの。
私の救いは貴方のもの。
貴方の罪から生み出し溜め込んだ呪力を貴方のために使ってやろう。



「全く、貴方のせいで計画がめちゃくちゃだよ」


でも、私が貴方を選んだのだから仕方が無い。

生に栄光を、死には名誉を。
名誉には、救済が伴う。

「夏油傑、若くして異例の道を歩かれた、努力したのですね」

私はいつかと同じ、名誉の言葉を彼に贈る。

「貴方の命に敬意を示します、小娘の賛辞で恐縮ですが」

聖なる呪いを込めた右手で彼の額に血と共に呪力を注いだ。

ありったけだ、私が世界を救うために溜めた神聖な蜜のように甘美な呪力を、貴方の魂をこの世に繋ぎ止めるために使おう。既存のシステムに干渉するのとは訳が違う、奇跡に等しい所業を、しかして見物する者は一人も居なかった。
だから誰も私の行いを受け継ぎ語ることは無い。
だがそれでいい、それでいいんだ。

だって私は神様でも仏様でも無い、今はただ、夏油さんのための救世主なのだから。

だから貴方が目を覚ましてくれるのなら、それでいいんだ。




___





4月!!!お花見の季節だぞっ!(桜の木を背景にカメラに向かってスマイル)

「めっちゃ可愛く撮れた」
「しゃけしゃけ」
「可愛く撮れたから狗巻くんにも送っとくね」
「しゃけぇ♡」

今日もあざと可愛い鮭をありがとう、可愛いからハグしちゃお、えいやっ。

「狗巻くんは2年生になっても可愛いちゃんだねぇ…」
「こんぶ~」
「ほほほ……分からん…」

狗巻くんはいつでも可愛い、こんなに可愛くていいんか?大丈夫か?きゃわきゃわ法違反で逮捕されませんか?
きゃわきゃわ法違反と言えば、以前ロリロリ法違反で現行犯としてゴジョティーにドナドナされた男…夏油傑がなんと、この春からやっとこ働き始めるらしい。これには然しもの私も驚きだ、いきなり働くと言い出した日にはビックリしたが…やりたければ幾らでもやるが良い……うむ、ついでに私の部屋からも出ていってくれても良いんだよ?


あの後の話をしよう、私の術式により命を繋ぎ止めた夏油さんは、しかし肉体の損傷が激しく目を覚まさなかった。
仕方無い、何せこの件の前に乙骨くんとリカちゃんによるクリスマスリア充アタックをキメられていたのだ、あの戦いにより独り身の夏油さんはズタボロであった。
なので、限界も限界な身体は使い物にならなくなってしまったため、仕方無しに私が術式を受肉させる時に使おうと思って大金を注ぎ込み、生み出した依り代を急遽色々変更を加えてから使用することとなった。
私と夏油さんじゃ顔も違えばDNAも違う、今更変更不可能な部分は仕方無いと割り切り、ここだけは変えた方が良いよね…という部分、主に純粋な肉体部分は大幅な改修が行われた。上手く受肉してくれれば、あとは身体が魂に引っ張られて形は整うはずなのだけれど、それにしたって男の人には色々必要な物があるからね。ほら、その……ぶら下がってる物とかさ……大きさや形が重要だて話だし…。

結論を申せば、寸分違わず、一寸の狂い無く、余計な物など全く無い完璧で満足いく仕上がりとなった新生夏油さんはすぐに目を覚まし、両腕が揃っていることや、傷跡の無い身体を大変不思議がっていた。
一体何をしたのかと聞かれたが、私は何も答えなかった。でもきっと、言わなくても何となくは理解しているのであろう。だから彼は「お金は返させてね」と言った。
これが彼の再就職の切欠となった訳である。
めでたしめでたし。

とはいかない、夏油さんに奇跡を授けた私は楽園に至るタイミングを逃してしまった、溜め込んだ特別な呪力も最初からやり直しだ。
つまりはまた、何処かで罪深人間を見繕って来なければならない。
だがしかし、ポロっと独り言を溢してしまったせいか、狗巻くんが去った後に私を探しにやって来た夏油さんは開口一番「それは駄目」と言って厳しい眼差しで私を見下ろした。

「なんで?」
「私以外は必要無いだろ?」
「えぇ……やきもち?」
「そうだよ、君の隣で楽園を見るのは私の特権なんだから、新しい人間は必要無い」

よしよしとご機嫌な様子で片手を私の頭に、もう片手を背中へ回してニコニコしながら撫で回している。
う~~~ん…これは事案……。

「まあいっか、別のアプローチも模索しながらやっていこう」
「君は寝ても覚めても……」
「理想のことを思い考えろ、でしょ?分かってるよ」
「あとそれから、私のことも大切にして、パンツはちゃんと穿いて、露出も控えて、ベッドも大きいのに買い換えて欲しいな」
「注文が多いな…」

今更だが、私はもしかしてとても厄介で邪魔な人間を選んでしまったのでは無いだろうか。欲深いのは私の特権なのに、夏油さんの方が欲しがりな気がする。
プラスの私は何故この人を選んでしまったのか。

「でも苦労してるタイプが好きなんだろう?」
「現状、夏油さんより私の方が苦労してるよ」
「そんなこと言って、本当は私のこと嫌いじゃない癖に…」

その自信は何処から来るの?グイグイ押し付けて来る身体に押し潰されながら、頭部に感じる頬の感触に「なんだこれ…」というイマイチ喜べない微妙な感情になった。
私は彼の術式と呪力を縛り支配する者であり、彼は私に支配されている関係であるはずなんだが…なんだかなあ、何故やたらと懐かれてしまったのか。私から支配権を奪いたいのならば他にもやり方はあるだろうに、薬や快楽、痛みや恐怖……それらを宛にせずに、こうしてくっつくばかり。何がしたいのか分からん、おかしな人だ。
でも最近はやや可愛く思えて来た気がするから、私も大分おかしな人になってしまったものだ。

私も手を伸ばして夏油さんの頭をよしよしと撫でる。気分良さげに目を細めた夏油さんは、「んーっ」と可愛こぶった声を挙げながら唇を私のこめかみ目掛けてむちゅっと押し付けた。

「流石に恥ずかしいからやめて…」
「おっと、君にも恥じらいってものがあったんだね」
「うるさいなあ、ほらお仕事に行きますよ」

こうして、私は変わらない世界で私が選び、特等席へ座らせた人間と共に楽園を目指して生きていく。


恥、羞恥とは、社会的・倫理的・宗教的な領域に跨がる複合的な意味が含まれている感情の一つだ。
恥は他立的な感情であり、他者の存在があってこそ成り立つ。だがしかし、残念ながら恥という感情の倫理学的な重要性は未だに解き明かされてはいない。
しかし私には重要な問題だ。
人間は恥には弱い生き物だ、サルとの明確な違いはそこにある。
私は人間だ、だから恥ずかしいことをしてくるこの人に弱くても仕方無い。
もしかしたら、これが彼なりの攻略法だったのかもしれない、それなら限り無く正解に近いやり方だ。

何故なら、私は原罪を克服出来ていない人間だから。
人は恥を覚えたことにより、罪の道を歩みだした。
私もきっと、これからこの男によって恥を知らされる度に人間らしい罪を重ねて生きていくのだろう。

だがそれは、同時に私の力となるはずである。

ああ、なるほど。やはり夏油さんはちゃんと私に罪を与えてくれる相手に違い無かったのか。
だからプラスの私は彼を選んだのかもしれない。

それなら仕方無い、手放せない。
私は一生彼から与えられる罪の蜜を啜って生きるのだ。

いつまでも飢えたまま、口を開いて可愛く面倒な愛を補食せんと待つのである。
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