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だがしかしこの女、パンツを穿いていないのである。

出張出張出張~~~!!!

出張です、戦闘です、なのでパンツを穿いていないんだなあ…。

「こら、パンツ穿きなさい!」

呪霊VS私、えいやえいやていていっと頑張って戦っていれば、後方腕組みおじさんとなり観戦していた夏油さんが野次を飛ばして来た。うるせ~!そういう縛りなので無理で~す!!ぴっぴろぴ~!(相手を傷付けぬように馬鹿にする時のふわふわ言葉)
私の術式は蛇だから、脱皮が必要なのだ。脱皮とは不死と成長の証、つまりは脱ぐことを脱皮と捉えることにより、私はより強くなるという……。

「脱ぎたいだけだろ!理屈を捏ねるんじゃない!」
「お黙り!!全部脱ぐぞ!」

後ろを振り返って衣服に手をつければ、夏油さんが片手で顔を覆ってしまったが、あれ思いっきり指の間から見えてるじゃん。女子高生のセクシーシーンを見ようとしてるんじゃないよ、一周回って脱ぐ気が無くなったので、そのまま頑張って戦った。鎖に変換した蛇で戦っていたはずが、いつの間にか蛇そのものに変わってしまい、私の命令を無視して貪欲に口を開いた蛇は呪霊をパックンゴックンしてしまった。
ちょっとちょっと、お腹壊すからやめなって、ペッてしなさいペッて。
私に宿る癖して、言うことをイマイチ聞いてくれない術式は、そのまま仕事は終わったと言わんばかりに消えてしまった。時間外労働はしないってか、まるでナから始まってミで終わる名字の呪術師みたいだな。
このやろう、このこのやろう、このやろう……思わず一句読んでしまった、雅な句が生まれましたね。このやろうは春の季語だし今の季節に丁度良いね、う~ん…これはもう特待生で良いんじゃないでしょうか。

「さて、パンツ穿くか……」

よいしょよいしょとスカートのポケットに突っ込んでおいた未使用の下着を取り出し穿いた。どうしてこう、下半身に布が一枚増えただけで安心感が増すのだろうか。これが原罪の味……いや、どちらかと言えば恥じらい精神よりも危険性の有無の方が感じるような…。

「パンツ穿けてえらいね」
「一々行動を褒めなくて良いですよ?」
「呪霊倒せてえらいえらい」
「会話って知ってる?」

最近の夏油さんは私の攻略方法を見失いつつあるのか、とりあえず褒めて堕とす方向性らしい。それで良いのか、雑過ぎやしないか、出来て当たり前のことを褒められても達成感など感じないが……。この人、私のことを何歳だと思っているんだろうか。

それはさておき、本日のお宿はなんと内風呂付きの温泉旅館です!
朝食と風呂と寝る場所が確保出来るのならばビジネスホテルだって構わなかったのだけれど、夏油さんが「たまには広い布団で寝たいな」と言い出して、確かにそれはそう…と納得してしまったため、あまり使う機会の無い自腹を出費することにした。たまのご褒美というやつである。しかし、よく考えてみたら、普段狭っ苦しく寝なきゃならないのは夏油さんがデカい身体で私のベッドを占領しているせいでは…。
いや、最早何も言うまい、言うだけ無駄という奴だ。
何せ私から主導権や支配権を奪い取り、私を使って野望成就を企む悪い人なのだ、目的のために聞きたくないことを聞かないスキルが身についている。

それより旅館である、今日は貸し切り風呂で足を伸ばすぞ~!






一人で豪勢な食事をつつく私の前で、夏油さんは私が作って持ってきたお弁当を食べていた。
非術師嫌いが徹底している、生き辛そうなことこの上無い。

「美味しいよ、ありがとう」
「どういたしまして」

不味い物は作らないよ、生きることは食べること、食欲を満たすことは腹に住む蛇の飢餓で荒れ狂う心を幾分か和らげてくれる。だから私にとって食事は大切な役割だ。
夏油さんの食事風景はさておき、ご飯を食べたら風呂に入ろう。本当はご飯の前に入りたかったが、時間的な問題で後回しになってしまったのだ。
先程見た内風呂はゆったり足が伸ばせそうな大きさで、夜空を眺め、風に当たりながら心地好く浸かれるみたいだ。たまにはこういう日があっても良いかもしれないね、日々を忙しく世話しなく過ごしていると、心の豊かさが失われてしまう。
今は全く忙しさとは無縁だが、夏油さんも学生時代は忙しかったのだろうか。

一品一品丁寧に用意された御膳を全て食べきり、食器類を下げて貰って入浴準備に取りかかる。
下着、浴衣、洗顔ソープ、シャンプー、リンス、ボディータオル……よし、準備完了。
「お先にお風呂頂きまーす」と寛ぐ夏油さんへ声を掛けて脱衣場へ向かい服を脱ぐ。脱いだ服を畳んでビニール袋へ入れて、ペタペタと素足で風呂の床を踏んだ。
湯船に手をそうっと突っ込めば、やや熱いくらいの温度に気分を良くする。屋外で風呂に入るのならば、少し熱めのお湯加減の方が良いだろう。お湯に浸かる前に身体を流し、肌をお湯の温度に慣らしたら、爪先から透明な湯の中へ身体を浸していく。
熱さに堪えながら肩まで浸かれば、無意識の内に口から、ほぅ……と息が漏れてしまう。ああ、極楽とはこれこのこと、もしや人類に足りないのは気持ちの良い温泉なのでは無かろうか。
頬を撫でるそよ風と、月が浮かぶ夜空を眺めながらぼんやりと一人の時間を堪能する。
そのまま目を瞑り、深呼吸を繰り返しながら全身の力を抜いて微睡んでいれば、何処からかカラカラカラ……と引き戸が開く音がした。
……ん?…………引き戸が開く音がした?

ガバリッと浴槽に預けていた身体を起こして音の発生源を見れば夏油さんが居た、服を脱いで腰にタオルを一枚装備した状態で。
いや、なんで?どうして?

「なに入って来てるの?お風呂が狭くなっちゃうよ!」
「眠くなってきちゃってさ」

知らねえよ、ふざけんな。そのまま朝まで寝てろよ。
あり得ない、せっかく一人で広いお風呂と静かな夜を堪能していたのに。思わず不満を顔に出すが、気にせずに夏油さんは湯船に侵入して来た。あーあー、夏油さんが入ったせいでお湯がザッパー!て溢れちゃったよ、勿体無い。

にこやかに微笑みながら、「いい湯だね」などとほざいているが、一体何がしたいんだろうか…。
そんな私の疑問に気付いたのか、少しだけ冷ややかな目をした夏油さんは「君が腑抜け無いように見張りに来たんだよ」と言った。
片手をあげて、足を広げて、私を浴槽の隅に追い詰めるようにした夏油さんはほの暗さを感じる笑みを携えている。

「寝ても覚めても「理想」のことを思い考えるんだ、分かったかい?」

透明のお湯を掬い上げた手が、そのまま私に伸ばされる。
首元を撫で付け、耳に触れて、頬に到達した親指の腹が私の目尻をスルスルと擦った。

「君の作る新世界を見るまでは死ねない」

実に楽しそうに、悦楽を含んだ声が私を逃がさない。
だかしかし、私も逃げることはしない。私の顔に触れている手をガシリと掴み、引き離して同じく笑みを携えてみせる。

「貴方の罪を手にいれた時点で、計画達成の第一段階達成は既に近い」

そうだ、もう動いている、もう止まらない。
私の成すことを望むもの、望まないもの、様々な人間が居るだろう。
だからこそ、隣で見ていてくれれば分かる。
きっと誰もが手出しを出来なくなるから。

貴方の罪のおかげで十分過ぎる呪力は集まった、私の傘下に入った一族に作らせた依り代も完成した。
あとは受肉をさせるだけ。
プラスの自分…より強く密接に術式の蛇と絡み合う自分を完全に切り離し、受肉させたプラスの自分にマイナスである私を補食させることで新しい形に生まれ変わる。
今のままでは最後の術式を発動させれば私の身が持たない、それに私の身は女の性別である。
女のままであることは、術式の阻害に他ならない。

女人五障
女は生まれながらにして五障(女性が持つとされる五つの障害のこと)、三従(女性が従うべき三つの事柄)であれ、という考え。
仏教において、女は仏にはなれない。マヌ法典と呼ばれる古代インドの法律書にも書かれている通り、神や仏に至れる存在は男ばかりだ。
女の人格を無視した当時のカースト制度や、男性中心社会を思わせる在り方に習いたいとは思わないが、通説に習えば男の身体は何かと都合が良く、私の術式である蛇とは、フロイトの心理学によると男根の象徴でもあると定義されている。

だから男性の身を手に入れ、永劫回帰を果たすのだ。
自らの尾を食らい、死と再生の象徴となった終わり無き円を描くウロボロスと同じ。
私は今の罪を背負い続けた身体から生まれ変わり、魂と人格をより強固な物にする。
力と術式、魂と理論、全てを完璧な形で循環させ、救世主の器となる。

器が整えば、あとは術式を発動させるだけ。
新しい世界の始まりはすぐそこまで迫っている。


……それはそれとして。

「近いよ、狭いよ、離れて離れて」
「今更じゃないかい?時々君の危機感の無さが心配になるのだけれど…」
「危機感が働いてる人間がノーパンなわけ無いだろ、何を言ってるんだ」
「確かに……」

結局湯船は狭くなったし、夏油さんの頭や背中を洗ってしまった。
何やってんだか、勘弁してくれ。
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