五条悟の姉で奴隷
揺
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休日に姉を連れ出し、都心の街中へと繰り出した俺は、見知ったセレクトショップに足を踏み入れ姉で着せ替えを楽しんでいた。
自然光が入る、明るく、シンプルでモダンな雰囲気の店内のフェッティングルームにて強制的に着飾られた姉は無言で立っている。
やっぱ俺譲りの顔面良すぎ、手脚のバランスも最高だし鍛えてるから姿勢も良い、括れた腰と締まったケツと、細くて長い首もまあ素晴らしい、俺の細胞スゲェ。
レトロなプリーツスカート、ハイネックブラウス、コーデュロイ素材のワンピース、ジャガードスカート、ショルダーマント、ニットベスト……次から次へと洋服を着せてはあれも買おうこれも買おうと脳内にメモしていく。
このあとは、下着、家具と雑貨を休み休み見てまわりたい。
とりあえず今着ている物はタグ切って貰って、そのまま着て行かせよう。
店員にその主旨を伝え、ぼけらぁと遠い目をして突っ立っている姉ちゃんの側に寄る。
「これ、着てくから」
「はい……」
「あとは下着と雑貨ね」
「はい……」
謎に虚無っている姉ちゃんは放っておき会計を済ませ、ショップバッグを受け取れば、やっと意識が戻って来たらしい姉が俺の手からショップバッグをふんだくった。
未だ奴隷時代の癖が抜けないせいなのだろう、キリッとした表情で「お持ち致します」と言った姉の手から今度はこちらが無言でショップバッグを奪い取る。
そうして空いた姉の手を握り、開いて貰っている扉から外へと出た。
「荷物を…」
「俺が持ちたいの」
そう言えば大人しく引き下がった姉ちゃんは、未だ奴隷精神が抜けていない。
それはまあ、そうだろう。何せ生み出された目的は俺の奴隷になるためで、今も尚、背中の惨たらしく忌々しい文字列は治すことが出来ずに存在し続けている。
実家からこっちに来る時に、やっと姉の所有権を奪えたけれど、まだ一年と少ししか経っていないのだ。根付いた週間は中々消えてはくれない、姉は未だ、たまに俺を「若様」と呼ぶこともあった。
苦々しい思いが腹の底から湧いて来そうになるのを無理矢理堪え、変わりに繋いだ手に力を込めた。
大丈夫、姉ちゃんは俺が幸せにする。
そのために俺は姉ちゃんが望む物を全て与える。
街を歩けば嫌でも視線が集まる。
俺は慣れているが、姉は隠密行動ばかりしていた人なので慣れていない。さらに言えば術式の関係もあるのだろう、匂いや音や気配に敏感だ。本人曰く、「昼間はまだマシ」らしいが、それでも色々と意識が割かれるらしく、少し居心地悪そうにしていた。
それが何だか珍しくて可愛くて、口元が緩んでしまう。
「人が多い…」
「やっぱキツい?」
「…これでも慣れた方なんだよ?」
「知ってる」
やはり、無理しているようだ。
眉を垂れさせションボリとした雰囲気を背負っている。
可愛い、犬みたい、しょげた尻尾と耳が見える気がした。
見せびらかすように自慢の姉ちゃんを引き連れて歩くのは気分が良いが、本人が辛いのならば少し休ませよう。
人の居ない場所、なるだけゆっくり出来る場所…となると…………
「…ホテル」
「お泊り?何も持って来て無いよ?」
「………ごめん、なんでもねぇわ」
澄み切った純粋な眼差しでそんな風に言われてしまえば、シモに走った発言に自己嫌悪せざる負えない。
今のは完璧俺が悪かった、ともすれば俺以上に世間知らずな所がある人だ、そもそもが「五条悟に尽くせれば後は何でも良し」とする閉鎖的思考、俗っぽい事をよく知らないのは当たり前。
いやまあ、知らなくて良いんだけど。何なら俺が教えるし、むしろ教えたいし。
ああいや、今はそんな事はどうでも良くて、休める場所を探さなければならないのだった。
さて、どうすっかな。本人に聞いてみるのが早いか。
目線を落とし、話し掛ければ俯いていた姉の顔が上がる。
「休める場所、何処が良いとかある?」
「世田谷の城跡……」
「世田谷か、世田谷線…あのちいせぇ電車乗るの?」
「悟は頭ぶつけちゃうね」
そうね、俺のスーパーエキサイティングな頭がぶつかっちまいますわね。
その姿を想像したのか、完璧な笑みを崩して可笑しそうにクスクスと笑った姉ちゃんはやっぱり俺によく似ていた。
俺によく似ていて、俺とは違う、俺が居たから生み出された命。
姉ちゃんは大切だ、だから姉ちゃんの願いは何だって叶えてやりたい。
値段が張る癖に可愛気の無い機能性を追求した仕事靴も何足だって買ってやる。
頭が確実にぶつかる小さい電車も全然乗ってやる。
側に居たいと願うなら、側に居させてやれるように周りを説得する。
本当に何だってしてやりたい、叶えてやりたい。
ただ一つを除いて。
隣を歩く姉は、疲れてはいるが楽しげだ。
俺と一緒に居る時はいつだって嬉しそうにしているし、元から人間好きだ。だから人の営みが強く感じられる街中だって本当は好きなんだ、ただ体質的な理由から長居が難しいだけで。
「悟、あれは?色んなお店が並んでる…」
「あー、ハンドメイドとかのイベントじゃね?見たい?」
「少し見たいかな」
「ん、行こう」
駅前の空きスペースにいくつか並ぶ出店に並ぶ物は、遠目から見た通りにアクセサリーや雑貨類のハンドメイド市だった。
戦闘中気に触るからと、姉はあまり好んでアクセサリー等は身に着けないが、嫌いなわけではないらしい。むしろ見る分には楽しそうにしている。
イタリアから輸入したガラスを加工して仕上げたという、ドロップ型のイヤリングやピアスが並ぶ店先で足を止め、色素の薄い瞳をキラキラとさせながら眺める姿は、一般的な少女と何一つ変わらなかった。
座っていた店員が立ち上がり、ここぞとばかりに勧めてくる。
姉はにこやかに話を聞きながら、「耳に穴が開いてたら良かったんだけど」と言っていた。
それが何となく耳に止まった俺は、思わず姉の耳に手を伸ばし、覗く耳朶をふにっと摘んだ。
「開ければ?」
言った理由は特に無い。
ただ、本当に何となく、何の飾り気も無いのが勿体無い気がしたのと、薄い色合いのガラスの輝きが、光の加減で俺や姉ちゃんの瞳の色と似ていたから、これが耳に着いていたらいいなと思っただけ。
大した理由は無かった、だが姉は違ったらしい。
大袈裟な程に驚いた様子を見せ、その後すぐに困ったような申し訳無いような顔となった。
それでも微笑みは絶やさず、「すみません」と何に対する謝罪か分からない謝罪を口にした。
「この身体に傷を付けることは…」
「俺が良いつってんのに?」
「…………本当に、綺麗なんですが…」
チラリともう一度ガラスのピアスに視線をやり、すぐに戻して俺を見つめる。
行きましょうと目配せされているのは分かったが、従うのがシャクだったので俺は財布を取り出し、店員に「これ」と指差して書かれている金を押し付け、袋にも入れない剥き出しの状態で受け取った。
手を繋ぎ直して歩き出せば、「悟様、いけません、待ってください」「返品なさってください」と慌てた声が聞こえた。
それを無視して歩き続け、二人分の切符を買う。少し待てばすぐに電車はやって来て、それに乗れば行儀の良い姉は難しい顔をしながらも口を閉ざした。
座る席の無い電車内、姉をドア側へと押しやって互いに黙って乗り続ける。
結局、豪徳寺で降りて乗り換え、そこから世田谷に着くまで俺達はどちらも喋らなかった。
元々が同じ存在だったからだろう、思っていることが手に取るように分かった。
分かったからこそ、何も言えなかった。
腹の底が重くなる心地であった。
…
世田谷は住宅街が主だ。
細い路地が幾つもあり、時たま民家に混じって珈琲ショップ等がある。
俺達は駅から真っ直ぐ城跡まで歩き、誰も座っていなかったベンチを見つけて腰掛けると、繋いでいた手をどちらともなく離したのだった。
無理矢理買ったピアスはアウターのポケットの中に無造作に突っ込まれている。小銭と一緒に入れてしまったから、もしかしたら傷が付いてしまったかもしれない、でもそんなことを気にしていられる余裕は既に無かった。
姉の気持ちは嫌でも分かった、何せ俺が小さな頃からずっと言われていた願いだ、分からない方が可笑しい。
「この身は、いつか悟様が必要となった時のためにある物です、傷など付けられません」
思っていたことが、本人の口から発せられたのを聞き終え、堪えていた溜息を地面に向かって吐出した。
姉の最も強い願いは、「いつか俺の身に還ること」だ。
はじめから、そのために生み出された命。
俺のために作られた、俺の中にあった一つ。
それが還りたがっている。強く願っている。
だが、それだけは叶えられない。
「悟様、ピアスを…私が返して参りますから」
「嫌だ」
「……でも、」
「無理なんだって」
俯かせていた顔を上げ、そっくりな顔を見つめた。
木々の間から差す陽の光が俺達を小さく照らす。
揺れる草木の音以外には何も聞こえなかった。
俺達は一つの存在だった。
姉弟とは名ばかりの、大元と派生存在の関係。
姉は自分のオリジナルである俺を何よりも優先し、オリジナルのためだけに生きている。俺は俺のコピーである姉を、自分の一部のように感じ、手放せないと思っている。
一つになることと、手放せないことは似て非なるものだ。姉は一つになりたいけれど、俺は分かれたままで居たかった。
その理由は複雑ではない、凄く簡単な思いだった。
自分とよく似た、しかし一回り以上小さな手を取る。
俺を甘やかすこの指先も、同じあたたかさの体温も、髪も瞳も全て、全て……元は俺の一部だったのだ。
だがもう別の物だ、違う命なんだ。
近いけれど離れた存在、だが俺を理解し、俺のためにある生命。
「姉ちゃんが好きだから、一つには戻れない」
同じ形の、けれど違う輝きを伴う瞳を見つめて、そう伝えた。
葉と風によるざわめき以外に音が失われる。
木々の合間を塗って溢れ落ちるように差す光が姉を疎らに彩った。
美しいと思う、心から。
自分の一部であり、けれど別の命である、似たような作りをした人間をここまで愛せるのに、理由はこれしか無いだろう。
むしろ他に無い。
俺は姉が好きだ、初めから今まで、これからも、ずっと。
取った手の指先が震えていることに気付き、キュッと握る。そうすれば、極僅かな力で握り返された。
一緒に居たい、一つの命としてではなく、別々の存在として。
「俺の願い、叶えてよ」
「……その言い方は、ズルいよ」
「ズルでもなんでも、叶うなら別にいい」
どちらともなく顔を寄せ、額をコツリと合わせた。
間近で見た瞳は、似ている気がしたガラスのピアスよりもずっと綺麗で愛しかった。
「…本当に、側に居ることしか出来ないけれど」
「うん、いい」
俺の言葉に、息を溢しながらもう一人の自分が笑う。
「この顔じゃ、どう足掻いても他人にはなれないね」
「他人になるつもりは無いからいいんだよ」
合わせていた額を離し、互いに何かを諦めるように、しかし心から微笑んだ。
姉の願いは叶えてやりたい、なんだって。
けれどこれだけは叶えてやれなかった。
でも、姉の役目は俺の我儘を聞く事だから仕方無い。
我儘で姉が消えないのなら、いつまでも我儘な弟で居るしかないだろう。
これはきっと、限りなく正解に近い間違いだ。
自然光が入る、明るく、シンプルでモダンな雰囲気の店内のフェッティングルームにて強制的に着飾られた姉は無言で立っている。
やっぱ俺譲りの顔面良すぎ、手脚のバランスも最高だし鍛えてるから姿勢も良い、括れた腰と締まったケツと、細くて長い首もまあ素晴らしい、俺の細胞スゲェ。
レトロなプリーツスカート、ハイネックブラウス、コーデュロイ素材のワンピース、ジャガードスカート、ショルダーマント、ニットベスト……次から次へと洋服を着せてはあれも買おうこれも買おうと脳内にメモしていく。
このあとは、下着、家具と雑貨を休み休み見てまわりたい。
とりあえず今着ている物はタグ切って貰って、そのまま着て行かせよう。
店員にその主旨を伝え、ぼけらぁと遠い目をして突っ立っている姉ちゃんの側に寄る。
「これ、着てくから」
「はい……」
「あとは下着と雑貨ね」
「はい……」
謎に虚無っている姉ちゃんは放っておき会計を済ませ、ショップバッグを受け取れば、やっと意識が戻って来たらしい姉が俺の手からショップバッグをふんだくった。
未だ奴隷時代の癖が抜けないせいなのだろう、キリッとした表情で「お持ち致します」と言った姉の手から今度はこちらが無言でショップバッグを奪い取る。
そうして空いた姉の手を握り、開いて貰っている扉から外へと出た。
「荷物を…」
「俺が持ちたいの」
そう言えば大人しく引き下がった姉ちゃんは、未だ奴隷精神が抜けていない。
それはまあ、そうだろう。何せ生み出された目的は俺の奴隷になるためで、今も尚、背中の惨たらしく忌々しい文字列は治すことが出来ずに存在し続けている。
実家からこっちに来る時に、やっと姉の所有権を奪えたけれど、まだ一年と少ししか経っていないのだ。根付いた週間は中々消えてはくれない、姉は未だ、たまに俺を「若様」と呼ぶこともあった。
苦々しい思いが腹の底から湧いて来そうになるのを無理矢理堪え、変わりに繋いだ手に力を込めた。
大丈夫、姉ちゃんは俺が幸せにする。
そのために俺は姉ちゃんが望む物を全て与える。
街を歩けば嫌でも視線が集まる。
俺は慣れているが、姉は隠密行動ばかりしていた人なので慣れていない。さらに言えば術式の関係もあるのだろう、匂いや音や気配に敏感だ。本人曰く、「昼間はまだマシ」らしいが、それでも色々と意識が割かれるらしく、少し居心地悪そうにしていた。
それが何だか珍しくて可愛くて、口元が緩んでしまう。
「人が多い…」
「やっぱキツい?」
「…これでも慣れた方なんだよ?」
「知ってる」
やはり、無理しているようだ。
眉を垂れさせションボリとした雰囲気を背負っている。
可愛い、犬みたい、しょげた尻尾と耳が見える気がした。
見せびらかすように自慢の姉ちゃんを引き連れて歩くのは気分が良いが、本人が辛いのならば少し休ませよう。
人の居ない場所、なるだけゆっくり出来る場所…となると…………
「…ホテル」
「お泊り?何も持って来て無いよ?」
「………ごめん、なんでもねぇわ」
澄み切った純粋な眼差しでそんな風に言われてしまえば、シモに走った発言に自己嫌悪せざる負えない。
今のは完璧俺が悪かった、ともすれば俺以上に世間知らずな所がある人だ、そもそもが「五条悟に尽くせれば後は何でも良し」とする閉鎖的思考、俗っぽい事をよく知らないのは当たり前。
いやまあ、知らなくて良いんだけど。何なら俺が教えるし、むしろ教えたいし。
ああいや、今はそんな事はどうでも良くて、休める場所を探さなければならないのだった。
さて、どうすっかな。本人に聞いてみるのが早いか。
目線を落とし、話し掛ければ俯いていた姉の顔が上がる。
「休める場所、何処が良いとかある?」
「世田谷の城跡……」
「世田谷か、世田谷線…あのちいせぇ電車乗るの?」
「悟は頭ぶつけちゃうね」
そうね、俺のスーパーエキサイティングな頭がぶつかっちまいますわね。
その姿を想像したのか、完璧な笑みを崩して可笑しそうにクスクスと笑った姉ちゃんはやっぱり俺によく似ていた。
俺によく似ていて、俺とは違う、俺が居たから生み出された命。
姉ちゃんは大切だ、だから姉ちゃんの願いは何だって叶えてやりたい。
値段が張る癖に可愛気の無い機能性を追求した仕事靴も何足だって買ってやる。
頭が確実にぶつかる小さい電車も全然乗ってやる。
側に居たいと願うなら、側に居させてやれるように周りを説得する。
本当に何だってしてやりたい、叶えてやりたい。
ただ一つを除いて。
隣を歩く姉は、疲れてはいるが楽しげだ。
俺と一緒に居る時はいつだって嬉しそうにしているし、元から人間好きだ。だから人の営みが強く感じられる街中だって本当は好きなんだ、ただ体質的な理由から長居が難しいだけで。
「悟、あれは?色んなお店が並んでる…」
「あー、ハンドメイドとかのイベントじゃね?見たい?」
「少し見たいかな」
「ん、行こう」
駅前の空きスペースにいくつか並ぶ出店に並ぶ物は、遠目から見た通りにアクセサリーや雑貨類のハンドメイド市だった。
戦闘中気に触るからと、姉はあまり好んでアクセサリー等は身に着けないが、嫌いなわけではないらしい。むしろ見る分には楽しそうにしている。
イタリアから輸入したガラスを加工して仕上げたという、ドロップ型のイヤリングやピアスが並ぶ店先で足を止め、色素の薄い瞳をキラキラとさせながら眺める姿は、一般的な少女と何一つ変わらなかった。
座っていた店員が立ち上がり、ここぞとばかりに勧めてくる。
姉はにこやかに話を聞きながら、「耳に穴が開いてたら良かったんだけど」と言っていた。
それが何となく耳に止まった俺は、思わず姉の耳に手を伸ばし、覗く耳朶をふにっと摘んだ。
「開ければ?」
言った理由は特に無い。
ただ、本当に何となく、何の飾り気も無いのが勿体無い気がしたのと、薄い色合いのガラスの輝きが、光の加減で俺や姉ちゃんの瞳の色と似ていたから、これが耳に着いていたらいいなと思っただけ。
大した理由は無かった、だが姉は違ったらしい。
大袈裟な程に驚いた様子を見せ、その後すぐに困ったような申し訳無いような顔となった。
それでも微笑みは絶やさず、「すみません」と何に対する謝罪か分からない謝罪を口にした。
「この身体に傷を付けることは…」
「俺が良いつってんのに?」
「…………本当に、綺麗なんですが…」
チラリともう一度ガラスのピアスに視線をやり、すぐに戻して俺を見つめる。
行きましょうと目配せされているのは分かったが、従うのがシャクだったので俺は財布を取り出し、店員に「これ」と指差して書かれている金を押し付け、袋にも入れない剥き出しの状態で受け取った。
手を繋ぎ直して歩き出せば、「悟様、いけません、待ってください」「返品なさってください」と慌てた声が聞こえた。
それを無視して歩き続け、二人分の切符を買う。少し待てばすぐに電車はやって来て、それに乗れば行儀の良い姉は難しい顔をしながらも口を閉ざした。
座る席の無い電車内、姉をドア側へと押しやって互いに黙って乗り続ける。
結局、豪徳寺で降りて乗り換え、そこから世田谷に着くまで俺達はどちらも喋らなかった。
元々が同じ存在だったからだろう、思っていることが手に取るように分かった。
分かったからこそ、何も言えなかった。
腹の底が重くなる心地であった。
…
世田谷は住宅街が主だ。
細い路地が幾つもあり、時たま民家に混じって珈琲ショップ等がある。
俺達は駅から真っ直ぐ城跡まで歩き、誰も座っていなかったベンチを見つけて腰掛けると、繋いでいた手をどちらともなく離したのだった。
無理矢理買ったピアスはアウターのポケットの中に無造作に突っ込まれている。小銭と一緒に入れてしまったから、もしかしたら傷が付いてしまったかもしれない、でもそんなことを気にしていられる余裕は既に無かった。
姉の気持ちは嫌でも分かった、何せ俺が小さな頃からずっと言われていた願いだ、分からない方が可笑しい。
「この身は、いつか悟様が必要となった時のためにある物です、傷など付けられません」
思っていたことが、本人の口から発せられたのを聞き終え、堪えていた溜息を地面に向かって吐出した。
姉の最も強い願いは、「いつか俺の身に還ること」だ。
はじめから、そのために生み出された命。
俺のために作られた、俺の中にあった一つ。
それが還りたがっている。強く願っている。
だが、それだけは叶えられない。
「悟様、ピアスを…私が返して参りますから」
「嫌だ」
「……でも、」
「無理なんだって」
俯かせていた顔を上げ、そっくりな顔を見つめた。
木々の間から差す陽の光が俺達を小さく照らす。
揺れる草木の音以外には何も聞こえなかった。
俺達は一つの存在だった。
姉弟とは名ばかりの、大元と派生存在の関係。
姉は自分のオリジナルである俺を何よりも優先し、オリジナルのためだけに生きている。俺は俺のコピーである姉を、自分の一部のように感じ、手放せないと思っている。
一つになることと、手放せないことは似て非なるものだ。姉は一つになりたいけれど、俺は分かれたままで居たかった。
その理由は複雑ではない、凄く簡単な思いだった。
自分とよく似た、しかし一回り以上小さな手を取る。
俺を甘やかすこの指先も、同じあたたかさの体温も、髪も瞳も全て、全て……元は俺の一部だったのだ。
だがもう別の物だ、違う命なんだ。
近いけれど離れた存在、だが俺を理解し、俺のためにある生命。
「姉ちゃんが好きだから、一つには戻れない」
同じ形の、けれど違う輝きを伴う瞳を見つめて、そう伝えた。
葉と風によるざわめき以外に音が失われる。
木々の合間を塗って溢れ落ちるように差す光が姉を疎らに彩った。
美しいと思う、心から。
自分の一部であり、けれど別の命である、似たような作りをした人間をここまで愛せるのに、理由はこれしか無いだろう。
むしろ他に無い。
俺は姉が好きだ、初めから今まで、これからも、ずっと。
取った手の指先が震えていることに気付き、キュッと握る。そうすれば、極僅かな力で握り返された。
一緒に居たい、一つの命としてではなく、別々の存在として。
「俺の願い、叶えてよ」
「……その言い方は、ズルいよ」
「ズルでもなんでも、叶うなら別にいい」
どちらともなく顔を寄せ、額をコツリと合わせた。
間近で見た瞳は、似ている気がしたガラスのピアスよりもずっと綺麗で愛しかった。
「…本当に、側に居ることしか出来ないけれど」
「うん、いい」
俺の言葉に、息を溢しながらもう一人の自分が笑う。
「この顔じゃ、どう足掻いても他人にはなれないね」
「他人になるつもりは無いからいいんだよ」
合わせていた額を離し、互いに何かを諦めるように、しかし心から微笑んだ。
姉の願いは叶えてやりたい、なんだって。
けれどこれだけは叶えてやれなかった。
でも、姉の役目は俺の我儘を聞く事だから仕方無い。
我儘で姉が消えないのなら、いつまでも我儘な弟で居るしかないだろう。
これはきっと、限りなく正解に近い間違いだ。