五条悟の姉で奴隷
揺
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ターゲットの持っていた携帯電話を拝借し、カコカコとボタンを押して弄っていれば、息を荒くしたターゲットの男が「助けてくれ」と呟いた。
投げ出された四肢に力は無く、どんどん荒く、細くなっていく呼吸からあとどれくらいの時間で彼が死に至るかを正確に推測することが出来た。
「妻と、子供が居うんら、まら、小さな」
「悟様だって小さいですよ」
「許ひて、くれ」
「そんなこと言われましても」
物理的に無理だ、この男に使った毒を解毒出来るワクチンも血清も残念ながらこの世には存在しない。
私が操る狼の群れと、銃撃を躱して私にナイフを振りかぶった男は、しかし、一手届かずこちらが背中に隠していた折り畳み式の手斧に敗北した。
首筋に掠った刃に仕込まれていた毒は、動き回り酸素の行き渡った体をみるみるうちに蝕む。
フグ毒だ、未だ解毒方法の無い毒の一種。
時期に言語障害が現れ、身体がマヒしていくだろう。
呼吸が止まったあとも心臓は暫く動いているが、それも時期に止まる。
最早時間の問題であった。
携帯にあるメールフォルダを見ていれば、仲間か上司か仲介役か、それらしい文面が見つかったため、それをメモに走り書きする。
よし、次はコイツらを始末すればいいようだ。
全く持って切りが無い、でもこの地道な作業だって主のためだと思えば苦では無かった。
とうとう息を止めた男の側に腰を降ろし、その胸元に耳を当てて心臓の鼓動を確かめる。
ドク、ドク、と脈打つ心臓が、徐々にその鼓動を弱めていくのを、瞳を閉じて聞いていた。
命が終わる音がする。
悟のために、また一つ命が消える。
一体、誰が悪かったのだろう。
私は誰も悪くないと思った。
だって仕方の無いことじゃないか、"事実"ってのは人それぞれで違うものだ。
感じ方も、見方も、出した答えもバラバラなのが世の中なんだから、正義なんてものは人によって違う。
誰が正しいとか、正しくないかなんてことは測る物差しによって変わってしまうのだから仕方無いだろう。
だから、私にはこの男が悪人なのかどうか判断が出来ない。
悟を傷付ける奴をやっつけるのは、嫌いだからじゃなくて、それが仕事だからやっているだけだ。
私は別に、悟を傷付ける奴が生きていたって死んでいたってどうでもいい。
悟が悟らしくあれるのならば、何だって構わないんだ。
止まった心臓から耳を離し、狼に合図を送れば彼等が死体の処理を始める。
こういう時、この術式は便利だ。
携帯を床に落とし、踏みつけて壊す。
バキリと割れた端末を無感情で見下ろしながら、私はその場を後にする。
いつか、この世から悟を傷付ける者が居なくなる時が来たら、その時私はどうすればいいのだろう。
奴隷として、主のために次は何をすればいいんだろう。
男が妻と子のために生きているように、皆にも生きる目的があるのかもしれないと、ふとそんなことが頭に過ぎった。
私の生きる目的とは何だろうか。
私は、悟の人生を少しでも豊かにするためだけに生かされている。それだけだ、それ以外には何も求められていない、何も無い。
私、なんにもない。
……ああ、そうか。
唐突に理解する。
人はこのような人生を、絶望と呼ぶのでは無いだろうかと。
………
揺はわりと仕事人間だ、仕事を第一に考え、仕事のために自身の行動管理を行っている。
本人は無自覚であったが、彼女は弟第一主義であるかのように振る舞いながら、その実、弟よりも仕事を大切にしていた。
弟が居なければ仕事は存在せず、仕事が無ければ自身の存在価値に疑問を抱く。
自分が生かされている理由は弟のためであるという事実に一切の疑問を抱かず、弟のためにと死体を作り、作った死体の数を数える。
本当にそれだけのために息をしている人間であったので、彼女は人間性と呼ばれる部類の感情や自我を大きく欠落させていた。
だから、今の今まで全く何も考えずに毎日飽きもせずに死体を作り、次に死体にする人間のことばかり考えていた。
本当に、ただそれだけの人間だった。
だが、最近になって薄っすらではあるが、自身の置かれた現状と、その先について思考する程度の自我の発達が見られた。
これは今までに無いことで、彼女は自分の中に突如沸き立った不安を上手く処理出来なかった。
その結果が、仕事の失敗へと繋がった。
………
はじめて、返り血以外の血を赤いパーカーに含ませた。
鼻から流れる血を袖口で拭い、ゴホッと咳き込めば鮮血が口から垂れていく。
刃物が刺さったままの脇腹からは血が流れ、切り付けられた身体のアチコチが熱を持ったように痛むのを、何処か他人事のように感じながら息を吐き出した。
仕事は終わったが、このまま家に帰ったら本当に血生臭いだろうから、悟を不快な気持ちにさせてしまうかも知れない。
主を不快にさせるなど、奴隷の身分ではとてもじゃないがさせられない、させるくらいならば野垂れ死んだ方が良いだろう。
そう思ってしまえば最後、途端に何のやる気も起きなくなって、全てがどうでも良くなった。
あーあ、参ったなあ。
惜しいと思える程、執着するような命でも人生でも無いことが手痛い。いつ死んでも別にどうでも良かった。
悔いが無いんじゃない、何も無いのだ。何も無いから何も思わない、死ぬのも怖くない、辛くも悲しくも無い。
ただ、痛いなあと思いながら、厚い雲で覆われた曇り空を見上げたのだった。
投げ出された四肢に力は無く、どんどん荒く、細くなっていく呼吸からあとどれくらいの時間で彼が死に至るかを正確に推測することが出来た。
「妻と、子供が居うんら、まら、小さな」
「悟様だって小さいですよ」
「許ひて、くれ」
「そんなこと言われましても」
物理的に無理だ、この男に使った毒を解毒出来るワクチンも血清も残念ながらこの世には存在しない。
私が操る狼の群れと、銃撃を躱して私にナイフを振りかぶった男は、しかし、一手届かずこちらが背中に隠していた折り畳み式の手斧に敗北した。
首筋に掠った刃に仕込まれていた毒は、動き回り酸素の行き渡った体をみるみるうちに蝕む。
フグ毒だ、未だ解毒方法の無い毒の一種。
時期に言語障害が現れ、身体がマヒしていくだろう。
呼吸が止まったあとも心臓は暫く動いているが、それも時期に止まる。
最早時間の問題であった。
携帯にあるメールフォルダを見ていれば、仲間か上司か仲介役か、それらしい文面が見つかったため、それをメモに走り書きする。
よし、次はコイツらを始末すればいいようだ。
全く持って切りが無い、でもこの地道な作業だって主のためだと思えば苦では無かった。
とうとう息を止めた男の側に腰を降ろし、その胸元に耳を当てて心臓の鼓動を確かめる。
ドク、ドク、と脈打つ心臓が、徐々にその鼓動を弱めていくのを、瞳を閉じて聞いていた。
命が終わる音がする。
悟のために、また一つ命が消える。
一体、誰が悪かったのだろう。
私は誰も悪くないと思った。
だって仕方の無いことじゃないか、"事実"ってのは人それぞれで違うものだ。
感じ方も、見方も、出した答えもバラバラなのが世の中なんだから、正義なんてものは人によって違う。
誰が正しいとか、正しくないかなんてことは測る物差しによって変わってしまうのだから仕方無いだろう。
だから、私にはこの男が悪人なのかどうか判断が出来ない。
悟を傷付ける奴をやっつけるのは、嫌いだからじゃなくて、それが仕事だからやっているだけだ。
私は別に、悟を傷付ける奴が生きていたって死んでいたってどうでもいい。
悟が悟らしくあれるのならば、何だって構わないんだ。
止まった心臓から耳を離し、狼に合図を送れば彼等が死体の処理を始める。
こういう時、この術式は便利だ。
携帯を床に落とし、踏みつけて壊す。
バキリと割れた端末を無感情で見下ろしながら、私はその場を後にする。
いつか、この世から悟を傷付ける者が居なくなる時が来たら、その時私はどうすればいいのだろう。
奴隷として、主のために次は何をすればいいんだろう。
男が妻と子のために生きているように、皆にも生きる目的があるのかもしれないと、ふとそんなことが頭に過ぎった。
私の生きる目的とは何だろうか。
私は、悟の人生を少しでも豊かにするためだけに生かされている。それだけだ、それ以外には何も求められていない、何も無い。
私、なんにもない。
……ああ、そうか。
唐突に理解する。
人はこのような人生を、絶望と呼ぶのでは無いだろうかと。
………
揺はわりと仕事人間だ、仕事を第一に考え、仕事のために自身の行動管理を行っている。
本人は無自覚であったが、彼女は弟第一主義であるかのように振る舞いながら、その実、弟よりも仕事を大切にしていた。
弟が居なければ仕事は存在せず、仕事が無ければ自身の存在価値に疑問を抱く。
自分が生かされている理由は弟のためであるという事実に一切の疑問を抱かず、弟のためにと死体を作り、作った死体の数を数える。
本当にそれだけのために息をしている人間であったので、彼女は人間性と呼ばれる部類の感情や自我を大きく欠落させていた。
だから、今の今まで全く何も考えずに毎日飽きもせずに死体を作り、次に死体にする人間のことばかり考えていた。
本当に、ただそれだけの人間だった。
だが、最近になって薄っすらではあるが、自身の置かれた現状と、その先について思考する程度の自我の発達が見られた。
これは今までに無いことで、彼女は自分の中に突如沸き立った不安を上手く処理出来なかった。
その結果が、仕事の失敗へと繋がった。
………
はじめて、返り血以外の血を赤いパーカーに含ませた。
鼻から流れる血を袖口で拭い、ゴホッと咳き込めば鮮血が口から垂れていく。
刃物が刺さったままの脇腹からは血が流れ、切り付けられた身体のアチコチが熱を持ったように痛むのを、何処か他人事のように感じながら息を吐き出した。
仕事は終わったが、このまま家に帰ったら本当に血生臭いだろうから、悟を不快な気持ちにさせてしまうかも知れない。
主を不快にさせるなど、奴隷の身分ではとてもじゃないがさせられない、させるくらいならば野垂れ死んだ方が良いだろう。
そう思ってしまえば最後、途端に何のやる気も起きなくなって、全てがどうでも良くなった。
あーあ、参ったなあ。
惜しいと思える程、執着するような命でも人生でも無いことが手痛い。いつ死んでも別にどうでも良かった。
悔いが無いんじゃない、何も無いのだ。何も無いから何も思わない、死ぬのも怖くない、辛くも悲しくも無い。
ただ、痛いなあと思いながら、厚い雲で覆われた曇り空を見上げたのだった。