五条悟の姉で奴隷
揺
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人間は好きだ。
助けを請う姿は健気で、それが他人のためであるのならば尚更に愛しく思える。
その思い全てに答えてやれないことを、どれだけ、何回、悔やんだろうか。
人間が好きだ。
彼らが流す涙は、例えどんな理由があろうと、私にとっては朝露よりも美しく思える。
人間が好きだ。
素直に愛しいと思える。
なのに、どうしてだろう。
血管の色が透ける瞳に飾られた、雪のように白く長い睫毛。
細く長い指先一本、爪の形にすら妥協を許さぬ造形美と、神秘的な笑みを浮かべる表情が鏡に写し出される。
これが、私。
人間だ、人間である。
まごうことなき、ヒト科生命体。
だがしかし、私は私を愛せなかった。
「今日も変わらずキッショいなぁ」
鏡から視線を外し、畳まれた衣服の中から掘り出した下着を身に付け、真っ白いブラウスに腕を通す。
ボタンを一つ一つ丁寧に留めて、靴下を履き、スカートを履いて、拳銃を背中側へと一丁コンシールドキャリーした。
その上から赤いパーカーを羽織れば完成だ。
美しいくて愛しいものから生み出された、キモくて下手くそな人間の出来上がり。
脱衣場の扉を開けて、廊下に出た所で視界の端に入った同じ髪色のそれに気付き、私は自己嫌悪に浸っていた感情を即座に切り替える。
「おい、おそい」
「申し訳ありません、若様」
小さくて、白い。
ふにふに、ふくふく、小さな手が私の腰にしがみつくように回され、ムスッと膨らましたまろい頬に赤みが差す。上向きにカールした睫毛の向こうにある、蒼天の瞳に浮かんだ僅かなイラ立ちすら愛しく思える。
ほら、人間は愛しい。
人間は、美しい。
「若様って呼び方やめろよ、姉ちゃん!」
「う~ん、困りましたね…」
「その敬語もやめろって言ったよな!」
わざとらしく怒りをアピールするために踏む地団駄の愛らしさに笑みを深くする、そうすれば「なに笑ってんのッ」と、ムスくれた表情ながら、私へ甘えたいのか腹に頬をピットリとくっつけてくる。
彼はあたたかく、可愛らしい、私の主。
「機嫌を悪くしないで、可愛い悟」
「……それでいい」
そして、私の弟だ。
光に透けて煌めく白い髪を撫でれば、猫のように擦り寄ってくるものだから、その可愛さに思わず抱き上げ、抱き締めた。
この子はいずれ、全ての呪術師の上に立つ存在になる。
私の役目はこの子に降り注ぐ火の粉を払い、この子のために命を掛けることだ。
そのためだけに産まれ、そのためだけに生かされている。
背中に押された烙印が、皮膚の下から灼けるような痛みを与えてくるのに気付かぬフリをして、私は奴隷として主人を敬愛した。
私の名前は五条揺。
私は、五条悟のための奴隷である。
___
俺には姉が居る。
俺と殆ど同じ色をした、同じ顔のまごうこと無き姉だ。
俺に対して、術式以外に興味を持たない親や親類の集うこの家の中、唯一真正面から見て接してくれる姉は、俺が物心つく頃から血の臭いをさせ始めた。
姉は、俺のために死体を作っている。
俺のために死体を作り、出来た死体の数を数えることが姉の役割となったのは、必然であった。
何故なら、姉は子を産む機能を持たず、しかして変わりに得たのは人よりも突出した才能と呪力。
だからだろう、いつからか姉からは拭い切れない血の臭いと、まるで獣のような尖った気配がするようになってしまった。
それでも姉が優しい人なことには違いない。
俺を主人として敬うように言われているのだろう、表向き「若様」と呼ぶが、俺が機嫌を悪そうにすればすぐに柔らかい声で「悟」と名を呼ぶのだ。
その声が、その目が、その表情が、俺を愛しいと訴えているのを知っている。
だから姉の側は心地が良い、腕の中は何処よりも安心する。
血の香りも獣のような気配も、何も気にならない。
触れ合う指先は細く、温かく、額に寄せられる唇からかかる吐息は砂糖をまぶしたように甘い。
優しくて強くて美しい、健気な人。
俺は姉が好きだ。
姉だけが好きだ。
でも、姉は俺のことだけが好きなわけでは無かった。
姉は言う、「人間が好きだ」と。
「浅ましくて愚かで、救いようが無いけれど、それでも私は人間が好きなんだ」
路地裏で俺を襲って来た刺客を一瞬で死体へと変えた姉は、死体にその柔らかい指先を這わせてそう言った。
死にゆく男の胸に耳を寄せ、鼓動が鳴り止むのを笑みを浮かべながら聞き届け、そのままの笑みで次は俺の頭を撫でる。
「若様、怪我はありませんか?」
「若様やめろ」
「死体が片付くまでは仕事ですので、ご容赦下さいまし」
そうして、俺の頭を自身の腹へとくっつけるように抱き込む。
視界には姉の着る赤いパーカーの生地しか写らなかったが、漂う鉄臭さに混じって獣の荒い息遣いとネチャネチャグチャグチャと鳴る咀嚼音が聴覚を汚らしく刺激した。
姉の術式は狼の群れを管理する術式だ。今は、彼女の支配下にある狼に死体の処理をさせているのだ。
だから、姉からはいつも血の臭いがする。術式に染み付いてしまった鉄臭さが拭われることはこの先も無いのだろう。
こんな状況にも関わらず、姉は俺の頭を大切そうに撫でてくる。
この人はこういう所がある、空気を読むのが下手な上に周りのことを気にしない。
人間として生きるのが下手な獣。
程無くして咀嚼音も収まり、路地裏には静寂が戻って来た。
術を解除した姉が、息を吐き出す。
「ごめんよ、折角のお出掛け中だったのに…」
「別に…それより早く表の通りに行こう、姉ちゃん」
「うん、手繋ぐ?」
「つなぐ」
差し出された手をギュッと掴めば、一瞬にして姉の顔がデレッとした締まりの無い表情となった。
分かりやすい人なんだよなぁ…今しがた人を殺したばかりだというのに何とも思っていないんだろう。
人間を好きだと言いながら、どうでも良さそうに殺して記憶にも残すこと無く俺の手を繋ぐのだ。
この人は、俺のことすら"人間だから"ってだけで好きでいるのだろう。
何せ、もしも俺に術式が備わっていなければ、弟のために死体を作り続ける仕事になんて就かなくて良かったのだ。そんな立場を与えられているのに、俺を恨まず愛してくれる理由は、"人間だから"これだけだ。
「姉ちゃん、アイス」
「こんなに寒いのに?」
「姉ちゃんが温めてくれれば寒くないじゃん」
「なるほど、名案だ」
後ろから抱き着くようにされて、背中を押されながら歩き出す。
頭上では機嫌良さげに「悟は本当に可愛いなぁ〜」なんて言う声がしていた。
胸の前に回された手を両手で掴んで、早く早くと引っ張れば、同じ歩調で着いて来る。
背中に感じる重みを伴った温かさだけは、絶対に何があっても手放せないと思ったのだった。
助けを請う姿は健気で、それが他人のためであるのならば尚更に愛しく思える。
その思い全てに答えてやれないことを、どれだけ、何回、悔やんだろうか。
人間が好きだ。
彼らが流す涙は、例えどんな理由があろうと、私にとっては朝露よりも美しく思える。
人間が好きだ。
素直に愛しいと思える。
なのに、どうしてだろう。
血管の色が透ける瞳に飾られた、雪のように白く長い睫毛。
細く長い指先一本、爪の形にすら妥協を許さぬ造形美と、神秘的な笑みを浮かべる表情が鏡に写し出される。
これが、私。
人間だ、人間である。
まごうことなき、ヒト科生命体。
だがしかし、私は私を愛せなかった。
「今日も変わらずキッショいなぁ」
鏡から視線を外し、畳まれた衣服の中から掘り出した下着を身に付け、真っ白いブラウスに腕を通す。
ボタンを一つ一つ丁寧に留めて、靴下を履き、スカートを履いて、拳銃を背中側へと一丁コンシールドキャリーした。
その上から赤いパーカーを羽織れば完成だ。
美しいくて愛しいものから生み出された、キモくて下手くそな人間の出来上がり。
脱衣場の扉を開けて、廊下に出た所で視界の端に入った同じ髪色のそれに気付き、私は自己嫌悪に浸っていた感情を即座に切り替える。
「おい、おそい」
「申し訳ありません、若様」
小さくて、白い。
ふにふに、ふくふく、小さな手が私の腰にしがみつくように回され、ムスッと膨らましたまろい頬に赤みが差す。上向きにカールした睫毛の向こうにある、蒼天の瞳に浮かんだ僅かなイラ立ちすら愛しく思える。
ほら、人間は愛しい。
人間は、美しい。
「若様って呼び方やめろよ、姉ちゃん!」
「う~ん、困りましたね…」
「その敬語もやめろって言ったよな!」
わざとらしく怒りをアピールするために踏む地団駄の愛らしさに笑みを深くする、そうすれば「なに笑ってんのッ」と、ムスくれた表情ながら、私へ甘えたいのか腹に頬をピットリとくっつけてくる。
彼はあたたかく、可愛らしい、私の主。
「機嫌を悪くしないで、可愛い悟」
「……それでいい」
そして、私の弟だ。
光に透けて煌めく白い髪を撫でれば、猫のように擦り寄ってくるものだから、その可愛さに思わず抱き上げ、抱き締めた。
この子はいずれ、全ての呪術師の上に立つ存在になる。
私の役目はこの子に降り注ぐ火の粉を払い、この子のために命を掛けることだ。
そのためだけに産まれ、そのためだけに生かされている。
背中に押された烙印が、皮膚の下から灼けるような痛みを与えてくるのに気付かぬフリをして、私は奴隷として主人を敬愛した。
私の名前は五条揺。
私は、五条悟のための奴隷である。
___
俺には姉が居る。
俺と殆ど同じ色をした、同じ顔のまごうこと無き姉だ。
俺に対して、術式以外に興味を持たない親や親類の集うこの家の中、唯一真正面から見て接してくれる姉は、俺が物心つく頃から血の臭いをさせ始めた。
姉は、俺のために死体を作っている。
俺のために死体を作り、出来た死体の数を数えることが姉の役割となったのは、必然であった。
何故なら、姉は子を産む機能を持たず、しかして変わりに得たのは人よりも突出した才能と呪力。
だからだろう、いつからか姉からは拭い切れない血の臭いと、まるで獣のような尖った気配がするようになってしまった。
それでも姉が優しい人なことには違いない。
俺を主人として敬うように言われているのだろう、表向き「若様」と呼ぶが、俺が機嫌を悪そうにすればすぐに柔らかい声で「悟」と名を呼ぶのだ。
その声が、その目が、その表情が、俺を愛しいと訴えているのを知っている。
だから姉の側は心地が良い、腕の中は何処よりも安心する。
血の香りも獣のような気配も、何も気にならない。
触れ合う指先は細く、温かく、額に寄せられる唇からかかる吐息は砂糖をまぶしたように甘い。
優しくて強くて美しい、健気な人。
俺は姉が好きだ。
姉だけが好きだ。
でも、姉は俺のことだけが好きなわけでは無かった。
姉は言う、「人間が好きだ」と。
「浅ましくて愚かで、救いようが無いけれど、それでも私は人間が好きなんだ」
路地裏で俺を襲って来た刺客を一瞬で死体へと変えた姉は、死体にその柔らかい指先を這わせてそう言った。
死にゆく男の胸に耳を寄せ、鼓動が鳴り止むのを笑みを浮かべながら聞き届け、そのままの笑みで次は俺の頭を撫でる。
「若様、怪我はありませんか?」
「若様やめろ」
「死体が片付くまでは仕事ですので、ご容赦下さいまし」
そうして、俺の頭を自身の腹へとくっつけるように抱き込む。
視界には姉の着る赤いパーカーの生地しか写らなかったが、漂う鉄臭さに混じって獣の荒い息遣いとネチャネチャグチャグチャと鳴る咀嚼音が聴覚を汚らしく刺激した。
姉の術式は狼の群れを管理する術式だ。今は、彼女の支配下にある狼に死体の処理をさせているのだ。
だから、姉からはいつも血の臭いがする。術式に染み付いてしまった鉄臭さが拭われることはこの先も無いのだろう。
こんな状況にも関わらず、姉は俺の頭を大切そうに撫でてくる。
この人はこういう所がある、空気を読むのが下手な上に周りのことを気にしない。
人間として生きるのが下手な獣。
程無くして咀嚼音も収まり、路地裏には静寂が戻って来た。
術を解除した姉が、息を吐き出す。
「ごめんよ、折角のお出掛け中だったのに…」
「別に…それより早く表の通りに行こう、姉ちゃん」
「うん、手繋ぐ?」
「つなぐ」
差し出された手をギュッと掴めば、一瞬にして姉の顔がデレッとした締まりの無い表情となった。
分かりやすい人なんだよなぁ…今しがた人を殺したばかりだというのに何とも思っていないんだろう。
人間を好きだと言いながら、どうでも良さそうに殺して記憶にも残すこと無く俺の手を繋ぐのだ。
この人は、俺のことすら"人間だから"ってだけで好きでいるのだろう。
何せ、もしも俺に術式が備わっていなければ、弟のために死体を作り続ける仕事になんて就かなくて良かったのだ。そんな立場を与えられているのに、俺を恨まず愛してくれる理由は、"人間だから"これだけだ。
「姉ちゃん、アイス」
「こんなに寒いのに?」
「姉ちゃんが温めてくれれば寒くないじゃん」
「なるほど、名案だ」
後ろから抱き着くようにされて、背中を押されながら歩き出す。
頭上では機嫌良さげに「悟は本当に可愛いなぁ〜」なんて言う声がしていた。
胸の前に回された手を両手で掴んで、早く早くと引っ張れば、同じ歩調で着いて来る。
背中に感じる重みを伴った温かさだけは、絶対に何があっても手放せないと思ったのだった。
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