夏油傑による姉神信仰について
「だからね、早く私は傑くん以外の何かを見つけなきゃいけないんじゃないかな〜って思ってだね」
草の根を掻き分け掻き分け、真剣にカッパを探す傑の姉ちゃんはそんなことを喋っていた。
前々からフワフワした奴だとは思っていたが、マジでフワついてるな…傑の気持ちを全然理解していないのはまだ良いとして、カッパ見付けたら傑が離れてくれると思ってるとこがヤバい。
逃して貰えるわけねぇじゃん、頭おめでた過ぎるだろ。
そもそも前提条件が違う。
傑の姉ちゃんは、自分のせいで傑の行動に制限が掛かってしまったりしていると思っているみたいだが、逆だ。
傑が自分の姉をコントロールしてるんだ、愛だの信仰だのを建前に、自分の好きになった女を自分以外の何者にだろうとやりたくない一心で手を尽くした結果が今の状態だ。
傑の姉ちゃんは何も悪くない、今更気付いた所で何もかも手遅れだってだけ、諦めてフワフワし続けてればいい話だ。
そんな話を聞いていれば、背後から声が掛かる。
「楽しそうだね、何の話をしてるのかな」
「げっ、」
「傑くん以外に仲良く出来る相手を見付けたいって話だよ」
「へぇ」
いや、言うなよ。素直か。
あーあー、バカ正直にそんなこと言うから、傑が笑ってんのに笑ってない顔になってしまった。
「私だけじゃ満足出来ないんだ?」
「うん、カッパ欲しい」
だから素直過ぎるだろ、「うん」じゃないんだわ、見ろよお前の弟の目を、光の一切を通さない暗黒眼になっちまったぞ。
「でもカッパは居そうに無いよ、諦めよう?ね、姉さん」
「えー、このキュウリどうしよ…」
「私が食べるから心配しなくて大丈夫だよ」
ほらまた自分に都合が良い方へと誘導した、そんで姉ちゃんはそのことに気付いて無い。
傑の姉に対する包囲網は完璧だ、抜け出す事は不可能。
だが、俺は知っている。
傑の姉ちゃんは他人の感情の一切を気にしないせいで、逆に上手いこと生きられているという事実を。
淀んだ目をした傑が姉の側へと行く。
話を聞いていない姉は、キュウリを片手に持って眉間にシワを寄せていた。
その手を掴み、キュウリを自分の口へと運ぼうとした傑に姉は言う。
「待って、味噌持って来たんだ」
「いや、私は姉さんから貰ったこのままの、」
「私の味噌が食べられないのか」
「食べます」
傑の囲いは完璧で万全だ、だがそれは俺や傑から見ただけの感想。
完璧で万全だろうと、意味が無くなる時もある。傑の姉ちゃんは、俺達の予測を上回る感性を持っていて、俺達には見れない景色を知る人物であるから、そもそも視点が違うのだ。
地に囲いを作ろうと、空から踏み潰されたら終わりだし、対象が屋根を突き抜ける力を持っている場合だってある。
もしかしたら、彼女にしてみれば、弟の敷いた囲いなんて物に大した意味は無いのかもしれない。
居心地が良いから居座っているだけに過ぎないのかもしれないと、そう感じた。
キュウリを弟に押し付け、本人はリュックサックを開いて次々に物を取り出し地面に並べ始める。
「何これ?」
「お茶とコップ、そっちはおにぎり」
「弁当持って来たの?マジで?」
「これが味噌、そんでこれがナイフ」
「十徳ナイフじゃん」
小さいリュックなのによく色々詰めて来たな。
絶対最初からピクニックする気だったんだな、傑は知っていたのだろうか。
気になって視線を傑にやれば、キュウリを片手に握ってポカンと口を開いたまま固まっていた。どうやらピクニック計画を知らなかったらしい。
「姉さん、いつの間にこんな準備を…言ってくれたら私が…」
「キュウリ切るから頂戴」
「あ、うん…いや、私が切るよ、危ないから」
「十徳ナイフ小さいよ?」
「本当だ…」
小さな十徳ナイフが傑の手に渡る。
リュックサックから取り出したプラスチック製の薄くて小さなまな板の上で、キュウリと格闘し始めた傑を放って、姉の方はお茶をコップに移して飲み始めた。
自由人過ぎる、だから見ていて面白い。
未知数な人間は好きだ、傑の姉ちゃんは俺にとっても傑にとっても全容を捉えきれない不思議な奴で、だからこそ惹かれるものがあるのだと思った。
木々の隙間から差す木漏れ日の下、黒鍵のような艷やかな黒髪を風にそよがせながら茶を啜る女は絵になっていた。
傍らでは小さなナイフを使い、大きな身体を窮屈そうに屈めてチミチミとキュウリを切る男が一人。
そんな光景を眺めながら、俺は銀紙に包まれたおにぎりを一つ手に取った。
「傑の姉ちゃん」
「なんだい」
「カッパじゃなくてさあ、俺が友達でいいんじゃね」
「…………なる、ほど?」
首を傾げ、意味を理解しようとする。
いや、言葉通りの意味合いなんだけど。それ以下でも以上でも無いのに、何で若干分かって無いんだ。
あ、いやそうか、そうだわ、コイツ今も昔も友達ゼロなんだったわ。友達の作り方知らな過ぎでカッパに走った奴だったわ、そりゃ今の言い方だと「悪いパターンがある」と思わせたかもしれない。
「俺が友達になってやるよ」
「ならなくていい、私が居る」
「傑には聞いてねぇから」
「いや、私が決める」
「姉ちゃん、傑がー!」
「私以外が姉さんを姉と呼ぶな!!」
めんどくせ〜〜〜!!!
しかも本人はおにぎり食いながら、落ちてる葉っぱを眺めてるし。
話聞けよ、少しは興味持て、せめて傑を止めろ。
「悟は姉さんに悪影響しか無い、駄目だ」
「カッパよりは健全だろ」
「カッパだって私は認めない」
「じゃあ何だったら良いんだよ」
そもそも本人に決めさせろ、何で友人関係までお前が管理してるんだ、気持ち悪い。
そのままギャンギャンと言い合っていれば、おにぎりを食い終わった傑の姉ちゃんはもう一度茶を飲み、味噌の入ったタッパを開きながら言う。
「悟くんは弟の友達って感じがする」
「そのまんまじゃん」
「やっぱりカッパのがいいなぁ」
「俺、カッパに負ける要素ある?」
俺、最強なのに?
顔も良くてスタイルは抜群、街を歩けばスカウトとナンパの嵐、そんで強くて金も持ってて家柄も良くて…自分でもこんなに完璧な人間居ないと思ってんだけど、なんでカッパに負けてんだ俺。
マジで分からん、何も分からん、コイツの精神構造どうなってんの。
なんか、腹立ってきた。
文句の一つでも言ってやろうと口を開きかけた時、傑の姉ちゃんの遠くを眺めていた目がカッと開かれ、いきなり立ち上がると、何処かを指差す。
そちらへ目をやれば、ヒラヒラと飛ぶ小さな生き物が一匹。
「見ろ、ヒメシルビアシジミだ!」
「なんて?」
「近くで見てくる!!」
「待ってくれ姉さん、まだキュウリが…!」
キュウリと格闘中の傑を置き去りに、姉は林の中へと突っ込んで行く。
「俺も行く!!」
「クソ、キュウリが…!」
そして、続くように俺も走り出した。
これはまたきっと草や葉や泥塗れになるだろう、んでサボりも含めて教師に説教される。
けれど構わない、机に向かって教科書開いてたって今更新しく分かる事なんて無いけれど、傑の姉ちゃんについて行けば見たことの無い、知らないものが沢山見られる。
俺とは違う視点で世界を見ているから、だから気になって仕方無くなる。
この人の弟には苦労しそうだからなりたくないが、友達にはなりたかった。
俺の今後の目標、打倒カッパに決定。
草の根を掻き分け掻き分け、真剣にカッパを探す傑の姉ちゃんはそんなことを喋っていた。
前々からフワフワした奴だとは思っていたが、マジでフワついてるな…傑の気持ちを全然理解していないのはまだ良いとして、カッパ見付けたら傑が離れてくれると思ってるとこがヤバい。
逃して貰えるわけねぇじゃん、頭おめでた過ぎるだろ。
そもそも前提条件が違う。
傑の姉ちゃんは、自分のせいで傑の行動に制限が掛かってしまったりしていると思っているみたいだが、逆だ。
傑が自分の姉をコントロールしてるんだ、愛だの信仰だのを建前に、自分の好きになった女を自分以外の何者にだろうとやりたくない一心で手を尽くした結果が今の状態だ。
傑の姉ちゃんは何も悪くない、今更気付いた所で何もかも手遅れだってだけ、諦めてフワフワし続けてればいい話だ。
そんな話を聞いていれば、背後から声が掛かる。
「楽しそうだね、何の話をしてるのかな」
「げっ、」
「傑くん以外に仲良く出来る相手を見付けたいって話だよ」
「へぇ」
いや、言うなよ。素直か。
あーあー、バカ正直にそんなこと言うから、傑が笑ってんのに笑ってない顔になってしまった。
「私だけじゃ満足出来ないんだ?」
「うん、カッパ欲しい」
だから素直過ぎるだろ、「うん」じゃないんだわ、見ろよお前の弟の目を、光の一切を通さない暗黒眼になっちまったぞ。
「でもカッパは居そうに無いよ、諦めよう?ね、姉さん」
「えー、このキュウリどうしよ…」
「私が食べるから心配しなくて大丈夫だよ」
ほらまた自分に都合が良い方へと誘導した、そんで姉ちゃんはそのことに気付いて無い。
傑の姉に対する包囲網は完璧だ、抜け出す事は不可能。
だが、俺は知っている。
傑の姉ちゃんは他人の感情の一切を気にしないせいで、逆に上手いこと生きられているという事実を。
淀んだ目をした傑が姉の側へと行く。
話を聞いていない姉は、キュウリを片手に持って眉間にシワを寄せていた。
その手を掴み、キュウリを自分の口へと運ぼうとした傑に姉は言う。
「待って、味噌持って来たんだ」
「いや、私は姉さんから貰ったこのままの、」
「私の味噌が食べられないのか」
「食べます」
傑の囲いは完璧で万全だ、だがそれは俺や傑から見ただけの感想。
完璧で万全だろうと、意味が無くなる時もある。傑の姉ちゃんは、俺達の予測を上回る感性を持っていて、俺達には見れない景色を知る人物であるから、そもそも視点が違うのだ。
地に囲いを作ろうと、空から踏み潰されたら終わりだし、対象が屋根を突き抜ける力を持っている場合だってある。
もしかしたら、彼女にしてみれば、弟の敷いた囲いなんて物に大した意味は無いのかもしれない。
居心地が良いから居座っているだけに過ぎないのかもしれないと、そう感じた。
キュウリを弟に押し付け、本人はリュックサックを開いて次々に物を取り出し地面に並べ始める。
「何これ?」
「お茶とコップ、そっちはおにぎり」
「弁当持って来たの?マジで?」
「これが味噌、そんでこれがナイフ」
「十徳ナイフじゃん」
小さいリュックなのによく色々詰めて来たな。
絶対最初からピクニックする気だったんだな、傑は知っていたのだろうか。
気になって視線を傑にやれば、キュウリを片手に握ってポカンと口を開いたまま固まっていた。どうやらピクニック計画を知らなかったらしい。
「姉さん、いつの間にこんな準備を…言ってくれたら私が…」
「キュウリ切るから頂戴」
「あ、うん…いや、私が切るよ、危ないから」
「十徳ナイフ小さいよ?」
「本当だ…」
小さな十徳ナイフが傑の手に渡る。
リュックサックから取り出したプラスチック製の薄くて小さなまな板の上で、キュウリと格闘し始めた傑を放って、姉の方はお茶をコップに移して飲み始めた。
自由人過ぎる、だから見ていて面白い。
未知数な人間は好きだ、傑の姉ちゃんは俺にとっても傑にとっても全容を捉えきれない不思議な奴で、だからこそ惹かれるものがあるのだと思った。
木々の隙間から差す木漏れ日の下、黒鍵のような艷やかな黒髪を風にそよがせながら茶を啜る女は絵になっていた。
傍らでは小さなナイフを使い、大きな身体を窮屈そうに屈めてチミチミとキュウリを切る男が一人。
そんな光景を眺めながら、俺は銀紙に包まれたおにぎりを一つ手に取った。
「傑の姉ちゃん」
「なんだい」
「カッパじゃなくてさあ、俺が友達でいいんじゃね」
「…………なる、ほど?」
首を傾げ、意味を理解しようとする。
いや、言葉通りの意味合いなんだけど。それ以下でも以上でも無いのに、何で若干分かって無いんだ。
あ、いやそうか、そうだわ、コイツ今も昔も友達ゼロなんだったわ。友達の作り方知らな過ぎでカッパに走った奴だったわ、そりゃ今の言い方だと「悪いパターンがある」と思わせたかもしれない。
「俺が友達になってやるよ」
「ならなくていい、私が居る」
「傑には聞いてねぇから」
「いや、私が決める」
「姉ちゃん、傑がー!」
「私以外が姉さんを姉と呼ぶな!!」
めんどくせ〜〜〜!!!
しかも本人はおにぎり食いながら、落ちてる葉っぱを眺めてるし。
話聞けよ、少しは興味持て、せめて傑を止めろ。
「悟は姉さんに悪影響しか無い、駄目だ」
「カッパよりは健全だろ」
「カッパだって私は認めない」
「じゃあ何だったら良いんだよ」
そもそも本人に決めさせろ、何で友人関係までお前が管理してるんだ、気持ち悪い。
そのままギャンギャンと言い合っていれば、おにぎりを食い終わった傑の姉ちゃんはもう一度茶を飲み、味噌の入ったタッパを開きながら言う。
「悟くんは弟の友達って感じがする」
「そのまんまじゃん」
「やっぱりカッパのがいいなぁ」
「俺、カッパに負ける要素ある?」
俺、最強なのに?
顔も良くてスタイルは抜群、街を歩けばスカウトとナンパの嵐、そんで強くて金も持ってて家柄も良くて…自分でもこんなに完璧な人間居ないと思ってんだけど、なんでカッパに負けてんだ俺。
マジで分からん、何も分からん、コイツの精神構造どうなってんの。
なんか、腹立ってきた。
文句の一つでも言ってやろうと口を開きかけた時、傑の姉ちゃんの遠くを眺めていた目がカッと開かれ、いきなり立ち上がると、何処かを指差す。
そちらへ目をやれば、ヒラヒラと飛ぶ小さな生き物が一匹。
「見ろ、ヒメシルビアシジミだ!」
「なんて?」
「近くで見てくる!!」
「待ってくれ姉さん、まだキュウリが…!」
キュウリと格闘中の傑を置き去りに、姉は林の中へと突っ込んで行く。
「俺も行く!!」
「クソ、キュウリが…!」
そして、続くように俺も走り出した。
これはまたきっと草や葉や泥塗れになるだろう、んでサボりも含めて教師に説教される。
けれど構わない、机に向かって教科書開いてたって今更新しく分かる事なんて無いけれど、傑の姉ちゃんについて行けば見たことの無い、知らないものが沢山見られる。
俺とは違う視点で世界を見ているから、だから気になって仕方無くなる。
この人の弟には苦労しそうだからなりたくないが、友達にはなりたかった。
俺の今後の目標、打倒カッパに決定。