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番外編

「姉さん、ポッキーゲームをしないかい?あ、ポッキーゲームっていうのはポッキーを使った楽しい遊びで、」
「食べ物で遊んじゃ駄目だって、昨日悟くんに自分で言ってたじゃん」

姉さんの言葉を聞いて、私はその場に膝から崩れ落ちた。
無惨にも持っていたポッキーは手の中で箱ごとひしゃげ、ここに第一回姉さんとしようポッキーゲーム大会(参加者私一名)は終了した。
まごうことなき敗北、やはりこの世に姉に勝てる弟など存在しないのだ。

あまりに偉大、同時に可憐で愛らしい…何者にも代えがたい崇高な輝きを持つ素晴らしき存在「姉さん」は、今日もいつも通り私に容赦が無かった。そんなところが好きだ、例え弟だろうと手を抜かずにいてくれる…これも姉さんが私に与える愛の一つなのだろう。

11月11日はポッキーの日。
いや、正確には棒状の物であれば記念日として成立するためその辺は何でも良いらしいのだが、まあ一番有名なものとしてポッキーを使わせて貰おう。
ポッキーの日といえばそう、ポッキーゲームだ。健全な男子高校生であるため、好きな人とポッキーゲームしたい欲求は勿論私にも普通に備わっている。
私目掛けて迫ってくる姉さんの小さな唇を、ポッキーと一緒に食べてしまいたい…きっと甘くとろけてときめく味に違い無い。そしてそのまま口内全てを味わい尽くしてしまいたい。
そんな健全な欲求を胸に、私は朝一番でポッキーを買いにコンビニまで全力疾走した。コンビニの店員は血走った目でポッキーだけ買っていく私に酷く怯えていたが、どうか許してほしい。普段は品行方正な優等生なんだ、ただ…姉さんのことに関しては自制心が効かない、こればかりは仕方無いと諦めて貰いたい。

しかし、そんな徒労は水泡に帰した。
高専の廊下をプラプラ歩いていた姉さんに声を掛け、ポッキーを取り出してゲームに誘おうとしたが先のような感じで一刀両断された。少し泣きそうだった。

私は片手で痛む胸を抑え、なるだけ可愛い顔をして上目遣いで姉さんを見上げる。

「姉さんは、私が食べ物を無駄にするような遊びをすると思ったのかい?」
「そういう問題じゃないよ」
「じゃあ、どうして?」
「……ん〜」

姉さんは私から視線を外し、瞳を閉じて考えた。
私はその間も姉さんを可愛く見上げ続ける。ちなみに、この構図を硝子の前でやった時は彼女に舌打ちをされて姉さんを奪われた。「お姉さん、私と向こうでお茶しましょう」「…え」「大丈夫です、私が守るんで」「よ、よく分かんないけど格好良いね…」そんな会話を聞きながら、私はあの時少し泣いた。

過去の出来事を思い返して心を痛めていれば、姉さんは私に視線を戻す。そして、なんと私の前にしゃがみこんだ。
ウッ、しゃがむ姉さんも可愛い。こじんまりとしているフォルムが可愛い。多分、全力で抱き締めたら姉さんは重症な傷を負うだろうけれど抱き締めたい。今すぐ腕の中に仕舞い込みたい、私だけの宝物にしたい、そのまま部屋に持ち帰って二度と外に出さないようにしたい。
可愛い、たまらない、すき。今すぐ結婚して同じ名字になりたい……あ、待てよ…もう既に私達は同じ名字じゃないか。ということは…もう私達は結婚していた…?
Q.E.D 証明完了

「まあ、でもポッキーゲームはしたいかな」
「傑くん、また頭の中で私と結婚してたの?その癖そろそろ直した方がいいと思うよ」
「いやでも私達は同じ名字で…」
「親も同じ名字だよ」

だから何だと言うのだろうか。
姉さんの考えが間違っているだなんて万が一にもそんなこと言いたくは無いが、しかし、親が同じ名字だからといって私達が結婚していない可能性は否定出来ないだろう。
そう、私達はきっと私達の知らぬ所で結婚していたのだ。なんとなくそんな気がする。そうだと嬉しいので、そうであって欲しい。切実に。
というような話を姉さんに滾々と説明すれば、姉さんはまた悩み出した。悩む姉さんも可愛い。考える姉さんって題名の彫刻を掘ろうかな…後世に可愛さを伝えるために。

目の前で眉間にシワを寄せ悩む姉さんを、ニコニコしながら眺める。
暫く鑑賞して癒やされていれば、姉さんはパチリと目を開き数度瞬きしてから私に尋ねた。

「つまりだ、傑くんは私とチューしたいってこと?」
「そ、、、、それは、まあ、うん…」
「じゃあしてあげる」
「は?」

えいっ ちゅっ。

それは、一瞬の出来事だった。
眼前に愛しい人の顔が迫ってきたと思ったら、鼻の頭にふにっと柔らかく温かな何かがくっついて離れていった。
何か…だなんて考える必要もない。間違いなく、絶対に、キスだった。

あまりの衝撃に私は腰を抜かし、その場に尻餅をついて座り込む。
足からは力が抜け、体温は急上昇し、鼓動は祭りの太鼓のようにドコンドコンと鳴り出した。
いや、実際脳内はお祭り状態となった。はっぴ姿の悟が「ソーレソーレソーレソーレッ!!」と和太鼓を叩き鳴らし、灰原と七海がサンバを踊りだす。ねじり鉢巻をした硝子が酒を勢いよく煽り、夜蛾先生はエレクトリカルパレードの先頭で手を振り出した。獅子舞だか呪霊だか分からない奴が暴れ狂い、脳内では大輪の花火が打ち上げられる。祝福を告げる祝砲も撃たれ、花弁が舞い、世界に光が満ちて小鳥が歌い出す。
もう、何がなんだか分からなかった。とりあえず今この瞬間、この世からはありとあらゆる戦いが無くなったことは確かだろう。
正しく神の御業、救世主の一手。即ち、姉さんは神。

姉さん、はあ。。。すき、明日もがんばろっ。

「姉さん…」
「なんだね」
「分からなかったからもう一回して欲しい」
「欲張りさんだなぁ」

微かに笑いながら、姉さんはもう一度だけキスをしてくれた。
まるでぐずる幼子をあやすための、優しい優しい触れるだけのキスだった。
それでも私は満足だった。姉さんが私の願いを叶えてくれた、その事実だけで胸がいっぱいで、とても安らかな気持ちに………は、ならなかった。
無理、嘘。全然安らかな気持ちになんてなれない。だって私は幼子じゃなくて健全な男子高専生だから。普通に興奮してるし、今すぐ襲いたいくらい神経が隅々までビリビリしている。
というか、好きな人にチュッチュッされて"抱く"という発想に至らない男がこの世に居ると思うか?いや、いない。絶対にそんな聖人は存在しない。人間はそういう風に設計されてる生き物なんだ。姉さんを除いて。
これ絶対据え膳だろう、そうに決まっている。じゃなかったら可笑しい。私の姉さんが狂っているわけがない、ふざけるな。

ガシッ。
目の前の小さな肩を勢い良く掴み、目をかっぴらく。
こんな時でも普段と変わりなく、相変わらず雲のようにフワフワとした雰囲気を醸し出している姉さんは、私のギラつく瞳にも首を傾げて「次はどうしたの」と言って笑っていた。

いや待て、今のは私の聞き間違いで、実際には「次は…どうしたいの?」だったかもしれない。多分そうだ。
なんだ、姉さんも積極的だったのか。ならば良し、止まる必要はもう何処にも無い。いけ、最後まで。勝負は今だ。

「次はどうしたいかだって?そんなの決まってるだろ、私は姉さんを抱き、」
「正気に戻れ最強パーンチッッ!!!」
「ガァッッッ!!!」
「うわぁっ」

後もう少しでゴールインの瞬間だった。
私は突然振りかざされた暴力によって、姉さん諸共廊下の先へと吹き飛ばされる。瞬間的に、自分の身は二の次に、姉さんが怪我をしないことを第一優先事項として受け身を取った。
殴り飛ばされた頬が痛い、打ち付けた右腕も痛い。けれど、姉さんが無事ならそれで良い。姉さんが生きてるだけで私は救われるのだから。
いや…今のも嘘だ、全然救われたなんて思っていない。何ならガチギレしている。誰だ私と姉さんのスーパーラブラブタイムを邪魔した人間は…地獄に突き落としてやる。今、ここで。

ゆらりと体を起こし、悠々と長い脚でこちらに近付いてくる人間を睨み付ける。
人を殴り飛ばした癖になんだその顔は、やはりこの男はどこまでもふざけているらしい。

「……ふざけるなよ」
「いや、俺からしたら廊下のド真ん中で座り込んでイチャイチャしてるお前ら姉弟の方がふざけんなだわ」
「私達が何処で何をしようが自由だろう!!」
「普通に邪魔だろ、なあ姉ちゃん」
「私以外の人間が姉さんに同意を求めるな!!!」

腕の中の姉さんを抱き締めながら、私はこちらを見下ろす悟に向かって吠えた。
彼はとても面倒臭そうな顔をしながらも、私の腕の中に居る姉さんに手を伸ばしてきたので、さらに抱き込んで阻止してやる。誰にも渡さない、コレは私のものだ。
ギュウギュウ、ギチギチ。
強く強く抱き締め、悟の手に渡らないようにする。

「傑、」
「姉さんに触らないでくれ」
「姉ちゃん、お前の腕で首締まってるけど」
「え………あ、本当だ…」

ギチギチギチ。
言われてから気付く。なんと、私はまたしても知らず知らずの内に姉さんの首に腕を回し頸動脈を塞いでしまっていたらしい。私が気付いた時には、姉さんは「キ、キィ……」という謎の呻き声を挙げながらダウンしていた。
ガクッ。姉さんの首からガックリと力が抜け、そのまま手脚も投げ出される。
神に誓って言っておくが、わざとではない。全くもってわざとではない。私はただ、姉さんを守りたかっただけなのだ。

グッタリした身体をそっと抱き直し、私は力無く項垂れる。
こんな…こんなはずでは…。私はただ、姉さんと楽しくポッキーゲームをしてそのまま眠れない夜を共にしたかっただけだというのに、だというのに、こんなことになるなんて。

「悲しきモンスターじゃん、ウケる」
「やめてくれ」
「とりあえず保健室連れてこうぜ」
「…ああ」

このあとめちゃくちゃ怒られた。
お前自分の姉を締め落とすのこれで一体何回目だと叱られた。
でも目が覚めた姉さんは、やっぱり慈悲深く心の広いお方だったので、私が謝ればすぐに許してくれた。

「姉さん、すまない…いつも加減を間違えてしまって…」
「大丈夫だよ、私の身体は丈夫だからね。風邪だって引いたことないし」
「姉さんが風邪……看病…なるほど、ひらめいた」
「ひらめかなくていいよ」

という感じで、私の11月11日は終わる。
ちなみに、粉々になったポッキーは悟が笑いながら食べてくれた。
来年はトッポを買ってリベンジしたいと思う。次こそは、勝つ。
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