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番外編

ミンミン、ジワジワと鳴り響く蝉の大合唱を何喰わぬ顔で聞き流しながら、木陰でペットボトル片手に暑さにやられぐったりとする男の前に立った私は、やれやれと肩を竦めていた。

事のあらましはこうである。
現在季節は夏、炎天下真っ盛り、毎日30度を超すこの夏のクソアチィ時にフリーランスの呪術師である私はマイプロデューサー孔・時雨に呼び出されて打ち合わせをする羽目になった。
まあそこまでは良い、私は比較的暑さには強い方なので、炎天下の中歩くのもそこまで苦痛では無い。
ただ問題は、指定された喫茶店がいつの間にやら閉店していたため、急遽私の分かる範囲の場所ということで落ち合うことになった場所が大きな公園だった…というわけである。

途中キラキラと水飛沫のあがる噴水に気を取られたり、ふわふわと空に大きく浮かぶ入道雲を見て雨の時間を予測したりしながらのんびり孔さんの所まで来た私は、到着早々「お前な………」と覇気の無い声でお小言を受けるハメになった。

「散歩は後回しにしろって毎回言ってるだろ、俺が暑さで死んだらどうするんだ」
「剥製にして飾る」
「分かった、言い方を間違えた。俺が死んだら困るのはお前だけど、それでも良いのか?」
「やだよ、死なないで」
「じゃあ今度からもっと早く来てくれ」

それを言うなら今度から近場まで迎えに来るか、何なら私が居候中の伏黒家に来てくれ。
自慢じゃないが、あんまり東京の街中の構造に詳しく無いんだ。そのへんもっと上手いこと考えて手のひらで転がしてくれ。

暑さでへたる男を前に、私はリュックサックから取り出した竹に燕模様の扇子でパタパタと扇いでやった。
私から送られる風を顔に受けながら、男はやや不服そうな表情を浮かべてみせる。その目にはありありと「なんでお前は平気なんだ」と書いてあった。

平気な理由はちゃんとある。
そもそも私は生存のための環境適応能力がズバ抜けて高い生命体だ。じゃなけりゃ、何百年も地球の食物連鎖による環境サイクルに組み込まれていない。
精神的な生き辛さはあるものの、肉体的には何も問題は無い…むしろ、他の人間達と比べればずっと頑丈な個体である。
そのため、冷熱、極地などなど適応可能なわけだ。

…というような裏事情を一介の仕事仲間に話すのも面倒なので、私は適当に顔の横でピースサインをしておいた。孔さんは白けた顔で私を見ていた。

ちなみに、今ここには居ないが甚爾さんも暑さには強い方である。
アチィアチィとはよく言っているが、それで具合を悪くしたりはしていない。冬も同様にさみぃさみぃ言っているが、わりと平気そうな模様。
冬はね、甚爾さん凄く重宝するんですよ。
ほらあの人筋肉凄いからさ、くっついてるとあったかいんだよね。同じ理由で傑くんも冬場は重宝する。やはり持つべきものは屈強な肉体…もしくは、屈強な肉体を持つ身内ってわけだ。

なので、私から孔さんに言えることはただ一つ。

「もっと鍛えた方が良いよ」
「大きなお世話だ」

そう言って孔さんは立ち上がり、暑さに眉間にシワを寄せながら歩き出した。
私はその後ろをポテポテと着いて行く。

「今回の仕事、難しい?」
「いや、お前なら余裕のはずだ。依頼主とのやり取りは全部こっちでやっておくから、お前は現地に行って仕事をこなしてくれれば良い」

話題が見つからなかったので、一応仕事のことを尋ねれば上記のように返された。

淡々としていながらも、私の実力と性格を正しく評価し、尚且信頼を置いてくれているのが分かる言葉に私は少しだけ嬉しくなった。
こういうとこだぞ、プロデューサー。悪い大人の癖にそうやって等身大の評価をしてくれるから、それが嬉しくて変な仕事を与えられても、評価を下げないようにと頑張ってしまうんだぞ。
全く、少ない付き合いで私のことを理解し過ぎだ、手のひらでコロコロ転がすのも程々にしてくれないと別の仕事相手と仕事した時に、また己の人格的な駄目さを痛感してしんどくなるかもしれないじゃないか。

まあ、そうなったらそうなったで責任を取って貰おう。
地球に居る間は私の面倒を見てくれと、詰め寄ってやろう。

そんなことを企みながら、私達はジリジリと照り付ける太陽の下を歩いて、適当な喫茶店に入った。
カランカランと入店を知らせる鐘が鳴り、女性店員がすぐに「お好きな席へどうぞ」と言うので、孔さんは店の奥側にある席へと足を進めた。
後ろを追って席に付き、メニューを開く。
孔さん曰く、メニューを見て自分で食べたいものを選ぶのも自立への第一歩らしいので、私はペラペラとメニューを何度も捲って考えた。

こういう喫茶店にパッと入ったことが無いので分からないんだが、何を注文すれば正解なんだろうか。やっぱりアイスコーヒーとかが良いんだろうか。
でも残念なことに、私は珈琲より紅茶派だ。ではアイスティーが良いのだろうか…いや、そういう気分じゃないからやっぱり…。

飲み物一つ決めるのに5分近く考え込む私を孔さんは面白そうに眺めている。
この人は私の自立を一番促してくれている人なので、こういう時に口出しは決してしない。
多分、半分くらいはただ単に面白がっているだけなんだろうが、それにしたって暑い中歩いて早く冷たくて美味しい物を飲みたいだろうに、それを我慢して私の選択を待ってくれている所に優しさを感じずにはいられない。
そういうとこだぞ、プロデューサー。
お前がそんな風に雑に扱う時は雑に接してくる癖に、時たま優しさや丁寧さを垣間見せるせいで私は次回の仕事も断れないんだ。明らかに私の取り分少なくない?って金額の仕事でも請け負ってしまうんだ。
クソ、なんて悪くてズルい大人なんだ。

「決まったか?」
「お、オレンジ…」
「クリームソーダとかもあるぞ」
「クリーム…ソーダ…?」

って、なんですか?という顔をすれば、孔さんは「あー…コイツ本当世間知らずだな」という顔を返してきた。

「メロンソーダは分かるよな?あれの上にバニラアイスが乗ってる飲み物だ」
「ああ、見たことはあるかも…」

あれってクリームソーダって名前だったのか。
ふーん…じゃあそれにしようかな、物は試しということで。

悩みに悩んだ末に私はクリームソーダを注文し、孔さんはアイスコーヒーを注文した。
最近孔さんから聞いて知ったのだが、韓国にお住まいの方は冬でもアイスコーヒーを飲む人がわりといらっしゃるらしい。孔さんもそのタイプで、彼は韓国に居た頃はアイスコーヒー一択だったそうな。
私もそのうち、格好良くサラッと「アイスコーヒー、ミルクと砂糖は無しで」とかって注文出来るようになるだろうか。

クリームソーダが到着するまでの間、私は孔さんと取り留めのない会話を重ねる。
我々二人が集まると毎回同じ話題を話してしまう。
その話題とは、甚爾さんについてだ。

最近は暑さを理由に中々働こうせず、ひたすら家でゴロゴロしている友人について報告する。
あの人、寝るかテレビ見るかの二択な生活をしているよ。活動的なこと本当に何もしてない。パンダの飼育員になった気分だ。

「あーでも、3日前に花火はやったなあ…」
「花火か…久しく見てもいないな」
「じゃあ今度一緒にやろうよ、楽しいよ」
「本当に健全だな、お前ら」

そうだね、驚くほど健全に夏を過ごしているね。

一夏の恋…!とか、そういう雰囲気全く無く夏を過ごしている現状を振り返り、確かにぬるま湯に浸かるような平和極まりない日々だなあ…と感じた。

思えば、傑くんと一緒に居た時は傑くんが結構ギリギリなことをしてくるので退屈知らずの毎日だった。本当に暇さえあれば夏だろうが構わずくっついて、擦り寄って、抱き締めあって…要はイチャイチャしていたので、それがスッパリと無くなった今の日々は少し新鮮でもあった。

今更ながら、この夏は初めて尽くしになりそうだ。
初めての環境、初めての巣立ち、初めてのクリームソーダ。
きっと本来はこうやって、人間は少しずつ大人になっていくのだろう。

成長という概念は無縁だと思っていたが、案外そうでもないらしい。
私はこの夏、生命として一皮向けた存在になることを目標に掲げた。


頼んでいたクリームソーダが到着する。
人工着色料でエメラルドグリーンに色付いたソレは、私にはじめてを与えてくれた。
ストローに口を付け、一口啜る。

「ングッッッ」

シュワシュワパチパチと、口の中で無差別に弾ける炭酸を味わうのはいつぶりだろうか。
思わず飲み下した瞬間噎せてしまう。

「…もしかして、炭酸駄目なタイプだったのか?」
「大丈夫、戦いの中で成長していくから」
「駄目だったんだな、お疲れ」

目の前では噎せることなく優雅にアイスコーヒーを飲む男が一人。

私、大きくなったらこういう大人になりたい。
クリームソーダよりも先に、アイスコーヒーを飲めるようになろう。

大丈夫、アイスコーヒーが美味い季節はまだ始まったばかりだ。
ここから成長するぞ。

我が故郷の光よ、どうか応援よろしくお願いします。



………


オマケ 弟編


"プロデューサーからお歳暮を持たされた"とかで秘密裏に高専へとやって来て、さっさとお歳暮を置いて帰ろうとした姉さんを取っ捕まえる。
華奢で薄っぺらな肉付きの悪い身体をギュッと抱き締め、その白い頬に頬擦りをする。
ああ、モチモチしっとりでたまらない、このモチモチからしか得られない栄養は絶対に存在する。アネトウトミン、アネアイシテルニン、アネタミン、アネスキスキウム、などなど……姉は万能良薬、そのうち呪いにも効く。

「姉さん…はあ、、、好き」
「グェェッグルジィ」
「私に会いたくて来てくれたんだよね?全く…やっぱり姉さんには私が必要ということだね、分かったよ、一緒に暮らそう、永遠に」
「ギュワァッ」

ムギュムギュ♡ハグハグ♡
フフッ、姉さんったら久々に弟に会えたのが嬉しすぎて変な声を出しながら喜んでる。
私には分かるよ、弟だから分かる。姉さんの言いたいことは全て伝わっている。
この叫びは「傑くん大好き、未来永劫この世の終わりまで一緒に居たい、早く私と結婚しよ」って意味だ。絶対そうだ、そうに違いない。だって私の魂がそうだと言っているのだから。

改めて姉さんを抱き締め直し、瞼を閉じてその存在を確かめるように強く感じた。
ああ、こうしていると何も不安なことなんて無くなってしまうようだ。流石は姉さん、やはり私達は共にあるべきなんだと実感する。

「姉さん、それで結婚についてなんだが…私としては出来れば卒業してからがやはり良いかもしれないと最近は思っていてね、でも姉さんが今すぐが良いって言うのなら私は別に今すぐだって構わないのだが、」
「………さ、流石に…筋肉は…あ、暑い…キュゥ…」
「え…?姉さん…?」

へろへろへろ〜〜。
突如くったりと身体から力を抜き、瞳を閉じてしまった姉さんは揺すっても頬にキスしても目を開かなかった。

「姉さん!?な、何故いきなり…」
「暑い……弟の…筋肉がこの夏一番…暑い…」
「私の筋肉!?」

まさかの私の筋肉が姉さんの体温を可笑しくさせてしまったらしい、大変なことだ。
でもしかし、いやそれって…もしかして、私の筋肉に興奮してくれたって…コトっ!?
弟の筋肉があまりにも魅力的で男らしくてドキドキしたから体温が急上昇してしまったって…コトっ!?わあ…!!!(デッカワ)

全く…姉さんったら久々に会えたからって弟に興奮するなんて神らしくない…けど、でも良い。それもまた姉さんだ。むしろ西洋の神々は色ボケばかりだからね、もしかしたら外の世界を知って多少そういう面が見え始めたのかもしれない。
姉さんの成長を側で一から百五十億まで見れないのはとても残念だが、それでもこうして私への愛を成長させてくれた姉さんを感じられたのは素直に嬉しい。

はあ…そういうことなら私だって姉さんへの愛欲は常に持ち合わせているのだから、同じだけの物を表に出してあげなければ。
未だグッタリと私に体重を預けている姉さんを優しく抱き上げ、私は自室へと向かった。

このあとじっくり、たっぷり姉さんと熱さを共有し…………たかったが、親友の「姉ちゃんは無事かー!!!」という後輩二人を連れたカチコミに合い何も出来なかった。
姉さんはクーラーの効いた部屋で寝て起きたらいつも通りになっていた。
どうやら本当に暑かっただけらしい。

「いや良いんだ、姉さんが姉さんなら私は何だって…」
「傑くん倒れちゃってごめんね、頭撫でてあげるからこっちにおいで」
「膝枕も頼めるかな?」
「いいよ、おいで」

姉さんによる頭撫で撫で、膝枕付き 弟価格でいつも無料。

うん、姉さんの弟に産まれて来れて良かった。
やっぱり姉さんは最高だ。最高の救いだ。夏も冬も姉さんが側に居てさえくれればそれで良い。
姉さんは春夏秋冬、365日、24時間、いつでも効く。
論文に書いて誰かに取られたら嫌だから絶対学会などには発表しないが、絶対姉さんからは何かしらの重要な栄養素が接種出来る。

姉さん健康法、本当良く効く。
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