姉と私の信仰恋慕
こうしてマイフレンドとの友情を再確認した(もしくは、ラブラブな関係を第三者に見せ付けて来た)少女は、無事に京都からプロデューサーのドライブテクによって帰還した。
そして、帰ってきて早々に忙しい弟を何とか捕まえた彼女は、珍しく目付きを鋭くさせて弟を叱った。
というのも、あれから彼女は考えたわけだ。
「流石に力を込めすぎで、好きな相手の意識を飛ばすのはどうなのか」と。
傑くんは力が強いからな〜で流してはならないことなんじゃ?と思った彼女は考えた。
そして、よくよく考えれば、立派な加害行為であることに思い付く。
善意で会いに行ったのに絞め落とされ、ついでに幻覚だ妄想だと言われる始末も少しばかり頭にキていた。
この先もし仮に、弟に可愛い恋人なんかが出来ちゃったとして、その子にも同じことをしたとしたらえらいこっちゃである。
なので、ここは一発お姉ちゃんの威厳を持って弟を叱ってやろう…という勇気ある思いであった。
ということで、忙しく各地を飛び回り任務をこなす弟を取っ捕まえ…もとい、任務先に顔を出したら流れるようにひっついてきた弟へ向け、姉はお叱りの言葉を言い渡した。
「めっ!」
「はあ……好き」
こんな感じで、彼女はひっつく弟に向けてプンスコ怒ってみせたわけだ。
その間弟は、姉からの愛と心配を感じて癒やされまくっていた。
「…なので、君はもう少し力加減をだね…」
「ん……?待ってくれ、姉さんが意識を失ったのは…私のせいだったのか…?」
「え、うん…そうだけど…」
「非術師のせいではなく?本当に?」
姉、困惑。
何を言っているんだ此奴は、自分の非が何故一般人のせいになるのだ。
わけわからん、やっぱり疲れてるのよこの子。ああ、可哀想に。
心なしか先程から落ち着きが無いようにも見える…と、怒りよりも心配が勝った姉は、弟のおでこに掌を当てて熱があるかどうか測った。
ぴとっ。
姉からの突然のボディータッチが起きた弟は、興奮により頬をポッと赤らめる。
肉体的疲労と精神的限界も合わさり、大好きな姉が自分を心配し、労ってくれているシチュエーションに泣きそうになった。
そりゃもうおめめウルウルである。
ハートはキュンキュン、おめめはウルウル。恋する弟の甘い吐息が吐き出される。
言うなれば、超スイーツモードブラザーの完成であった。
かたや姉は、赤くなった頬、潤んだ瞳、それから熱く吐出された息。そういったものから判断し、やはり弟は具合が悪いのだと勘違いする。
「…傑くん、君は少しお休みしよう」
真剣な顔をしてそんなことを言い出した姉に、夏油は「え?」と声を出した。
「大丈夫、ピンチヒッターを用意するから」
「確かに疲れてはいるけどね、私が居ないと任務が…」
「君はこれから暫く、私とお休みしよう」
「姉さんとお休みだって?」
その言葉に、夏油の眉がピクリッと動く。
姉さんと休み…?
姉さんと………バカンス!?
南の島で、水着デート!?
バカンス&ハネムーンってことかい!?
日焼け止めを塗り合い、白い砂浜で追いかけっこ…かき氷をあーん♡したり、夜は海を眺めながら散歩して…それから…じっくり互いの肌でゆっくり癒やされて…。
彼の脳内は一気に常夏となった。
ハイビスカスが咲き乱れ、照り付ける太陽の日差しが心まで暑くさせる。
勿論、彼の姉は一言もそんなことは言っていない、むしろ一人でゆっくり身体と心を休めて貰おう…私は食事や掃除などを手伝ってあげよう…くらいにしか思っていなかった。
姉の意見を曲解した夏油は、姉にどんな水着を着せようか、夜はどんな服を着せようか、やはり定番中の定番だが白ワンピは着せたいな…というようなことを妄想しながらも、しかしやはり休むわけには…と考える。
天秤が揺らぐ。
姉の水着姿か、正義か。
かつてない程、夏油は悩まされた。
それはもう、思わず奥歯を噛み締める程に。
しかし、やはりと言うべきか、夏油は首を縦には振らなかった。
親友だって、まともに顔も合わせられないくらい忙しくしている。
二年生の後輩だって、容赦ないような任務ばかりだ。
皆忙しいのに、自分だけ休むなんてやはり出来ない。
しかし、姉からの心配も誘いも、心の底から嬉しい夏油であったが、その心の底にあるプライドと正義が、彼に休むという選択肢を与えなかった。
彼は口を開く。
姉からの提案を否定するために。
だが、そんな心理すら見抜いていた姉は、弟が喋り出す前に「分かったよ」と、諦めたように笑って言った。
その笑みは、仕方のない、我儘な弟の願いを叶えてやろうという、好意と甘さが浮かんでいた。
「ならば奥の手を使おう」
「奥の手…?」
「きっと、悟くんと喋る時間くらいは生み出せるよ」
そう言って、彼女は話は済んだとばかりに黒い髪を揺らしながら去って行く。
「また連絡するよ」と、手を振って振り返らずに帰路につく。
そんな姉の背を追い掛けようとするも、夏油のポケットでは次の任務へ急かすための携帯が震えているのだから、プライドと正義を選んだ彼には、姉を追うことなど叶わなかった。
けれど、姉からの愛情を確かに感じ取れた夏油の足取りは軽かった。
だけどやはり、水着とバカンスは惜しくてたまらなかったので、この忙しさが落ち着いたら絶対に誰も居ないビーチに姉を誘おうと密かに計画したのだった。
夏油の夏はこれからだ。
___
後日談。
かくして、私の忙しい日々はある日を堺に終了する。
それは、誰も予想をしていない展開であった。
かの高専襲撃者、姉に纏わり付く害虫、悟をも倒した強者……伏黒甚爾が東京高専へ、臨時講師兼呪術師として派遣されて来たのだ。
彼は言う、「アイツと取り引きしたから、仕方無く」と。
話を聞く所によると、伏黒甚爾は姉さんと、とある取り引きをしたらしい。
その内容は、「月へ行けなかった時も、責任を持って伏黒甚爾を救ってやる。その変わり、ちょっと忙しい若者達の青春の手助けをしてやってくれ」という、私にとっては腹立たしい内容であった。
責任とはなんだ責任とは。
姉さんがどうしてこんな奴に責任を持たなきゃならないのか、全く意味が分からない。
そして何故それに了承して、伏黒甚爾は高専にやって来てしまったのか。
本当に、二人の関係が分からない。
分からなくて、不安になる。
けれど、任務が減ったのは事実だ。
それは伏黒甚爾が来たからというのもあるが、それだけではなく、彼が仲介者を使って高専に依頼が来る前…もしくは、既に来た依頼を別の人物の元に横流しにしているからであった。
このシステムが秘密裏に活用されたことにより、私は久方ぶりに親友と顔を合わせて会話をする時間を得たのだった。
少しばかり髪が伸び、やや疲労を滲ませた悟は、それでもいつもと変わりのない笑みを浮かべてしょうもない話をしてくれた。
新発売の飲み物がとても不味かったとか、可愛い女の子と連絡先を交換したら彼氏が5人も居る奴だっとか。
私はそんな話に、どれ程救われたことか。
ペットボトル片手に隣に座って語り合う。
他愛無い、意味の無い、けれど尊い雑談を。
「絶対姉ちゃんはビキニも似合うって。首の後ろでさ、紐結ぶやつ」
「駄目だ、万が一姉さんの水着を私以外の男が見た時のために、露出は最小限にしておかないと」
「俺も姉ちゃんの水着見たいんだけど、あと海も行きたい」
「………姉さんの生肌は私が守る」
尊い雑談内容その一、姉さんが着るべき水着について。
話をこちらから振っておいて何だが、この話題はするべきでは無かった。
今きっと、悟の脳内には姉さんの水着姿が浮かんでいるはず……駄目だ許せない、私の姉さんの肌を脳内だろうと露出させるなんて、親友であっても許せない。
私以外の男が姉さんについて考えるな、妄想するな、意見を述べるな。
こと姉さんのことについては、私の意見こそが絶対で、私の考えだけが正解なんだから、悟は何も考えなくていい。
いや、もう寝てくれ。そして姉さんのことは二度と思い出さないでくれ。
私は拳を握り締め、覚悟を決めて真面目な顔で言った。
「悟、記憶を消すために殴っていいかい?」
「は?おい、やめろよ絶対やめろ、洒落にならねえって」
「じゃあ今すぐ姉さんの水着についての話は忘れてくれ」
それが無理ならやっぱり殴らせてくれ。
大丈夫、一回で確実に終わらすから。
危険を察知した悟は立ち上がり、ジリジリと私から距離を取ろうとしたので、私も同じように立ち上がって距離を徐々に詰めようとした。
平和な昼下りが終わりを告げる。
緊張感が休憩所に張り詰める。
息を呑み、目線を外さず、互いに互いの動きと思考を読みあった。
仕掛けるべきタイミングを見計らう。
狙うは脳天一撃、3秒後に私から動く。
カウントダウン開始。
3………2…………1…!
利き足を大きく一歩前に出し、握った拳を引いた瞬間だった。
悟の背後から「何してんだお前ら」と、呆れたような声がして、私達は共にそちら側を見やった。
そこに居たのは例の臨時講師、伏黒甚爾その人であった。
彼はダボダボしたズボンのポケットに手を突っ込み、こちらを見て怪訝そうな顔をした後に、ニヤッと悪どい笑みを浮かべた。
「なんだ?喧嘩か?楽しそうだな」
「ちっげーよ、傑が!」
「いや違う、そもそも悟が…」
やんややんや、わいのわいの。
お互いに自らの正当性を主張し合う。
私は勿論、私以外の男が姉さんの生肌について考えた場合の危険性を主張した。
姉さんの生肌について私以外の男が考えを巡らせた場合、それを罪として私は誰であろうと罰を与えなければならないだろう。
何故なら、それが弟のすべきことだから。
私は姉さんを守るためなら、なんだってする。罪無き一般人だろうと、姉さんのためならば…。
「姉ちゃんはそんなこと望んでねえって」
「私以外が姉さんのことを理解しないでくれ!」
「あと姉ちゃんの身体は貧相だから、大概の男は喜ばねぇよ」
「あの貧相かつ貧弱で、弱そうとしか思えない身体が良いんじゃないか!」
「俺、そこまでは言ってないからな?」
というか多分、姉さんはああいう人だから、私がもし仮に一般人を殴ったとしても、「うわぁ」とだけ言って終わるはずだ。
私は姉さんについては誰よりも詳しいんだ。姉さん研究の第一人者であり、姉さん学院姉さん研究科在籍の姉さん博士なんだ。だから姉さんの生態は私が一番知っている。
そんな私の主張に、悟は馬鹿にした態度で「傑が所属してんのは高専じゃん、第一そんな学問ねぇよバーカ」と言ってきた。
それに反論しようと口を開いた所で、私よりも先にかの男が喋り出す。
その内容は、私と悟…つまり、最強の術師二人の怒りを簡単に買ってしまう内容だった。
この日、この瞬間、私達親友の心は一つになる。
「あいつの生肌なんて珍しくもなんともねぇだろ、家の中下着で歩き回ってんぞあのアホ」
「は?」
「は?」
コイツ、今…なんて?
私は悟と視線を交わす。
彼の目を見て、互いに思考と感情を一瞬でやり取りした。
それだけで分かった、それだけで結論付けられた。
私達は、この男を許してはいけないのだと。
不思議と感情は凪いていた。
一周回って冷静な頭が判断を下す。
私は右から、悟は左から。一気に仕留めようと。
辞世の句すら言わせない、許しを請う時間すら与えない。
慈悲などない、救いはない。
何故なら、ここに彼を救うと約束した私の神である、慈悲深き満月の女神は居ないのだから。
だから、信者である私が裁くしかない。
姉が許そうが、法が認めようが関係無い。
私が許さない、それだけが正義であり新しき秩序だ。
親友を殴るはずだった拳を握り直し、私は身体に力を入れる。
殺意と闘志を漲らせ、悪を裁くべく床を蹴った。
………こうしてこの日、呪術高専東京校の一部が吹き飛んだのであった。
そして、帰ってきて早々に忙しい弟を何とか捕まえた彼女は、珍しく目付きを鋭くさせて弟を叱った。
というのも、あれから彼女は考えたわけだ。
「流石に力を込めすぎで、好きな相手の意識を飛ばすのはどうなのか」と。
傑くんは力が強いからな〜で流してはならないことなんじゃ?と思った彼女は考えた。
そして、よくよく考えれば、立派な加害行為であることに思い付く。
善意で会いに行ったのに絞め落とされ、ついでに幻覚だ妄想だと言われる始末も少しばかり頭にキていた。
この先もし仮に、弟に可愛い恋人なんかが出来ちゃったとして、その子にも同じことをしたとしたらえらいこっちゃである。
なので、ここは一発お姉ちゃんの威厳を持って弟を叱ってやろう…という勇気ある思いであった。
ということで、忙しく各地を飛び回り任務をこなす弟を取っ捕まえ…もとい、任務先に顔を出したら流れるようにひっついてきた弟へ向け、姉はお叱りの言葉を言い渡した。
「めっ!」
「はあ……好き」
こんな感じで、彼女はひっつく弟に向けてプンスコ怒ってみせたわけだ。
その間弟は、姉からの愛と心配を感じて癒やされまくっていた。
「…なので、君はもう少し力加減をだね…」
「ん……?待ってくれ、姉さんが意識を失ったのは…私のせいだったのか…?」
「え、うん…そうだけど…」
「非術師のせいではなく?本当に?」
姉、困惑。
何を言っているんだ此奴は、自分の非が何故一般人のせいになるのだ。
わけわからん、やっぱり疲れてるのよこの子。ああ、可哀想に。
心なしか先程から落ち着きが無いようにも見える…と、怒りよりも心配が勝った姉は、弟のおでこに掌を当てて熱があるかどうか測った。
ぴとっ。
姉からの突然のボディータッチが起きた弟は、興奮により頬をポッと赤らめる。
肉体的疲労と精神的限界も合わさり、大好きな姉が自分を心配し、労ってくれているシチュエーションに泣きそうになった。
そりゃもうおめめウルウルである。
ハートはキュンキュン、おめめはウルウル。恋する弟の甘い吐息が吐き出される。
言うなれば、超スイーツモードブラザーの完成であった。
かたや姉は、赤くなった頬、潤んだ瞳、それから熱く吐出された息。そういったものから判断し、やはり弟は具合が悪いのだと勘違いする。
「…傑くん、君は少しお休みしよう」
真剣な顔をしてそんなことを言い出した姉に、夏油は「え?」と声を出した。
「大丈夫、ピンチヒッターを用意するから」
「確かに疲れてはいるけどね、私が居ないと任務が…」
「君はこれから暫く、私とお休みしよう」
「姉さんとお休みだって?」
その言葉に、夏油の眉がピクリッと動く。
姉さんと休み…?
姉さんと………バカンス!?
南の島で、水着デート!?
バカンス&ハネムーンってことかい!?
日焼け止めを塗り合い、白い砂浜で追いかけっこ…かき氷をあーん♡したり、夜は海を眺めながら散歩して…それから…じっくり互いの肌でゆっくり癒やされて…。
彼の脳内は一気に常夏となった。
ハイビスカスが咲き乱れ、照り付ける太陽の日差しが心まで暑くさせる。
勿論、彼の姉は一言もそんなことは言っていない、むしろ一人でゆっくり身体と心を休めて貰おう…私は食事や掃除などを手伝ってあげよう…くらいにしか思っていなかった。
姉の意見を曲解した夏油は、姉にどんな水着を着せようか、夜はどんな服を着せようか、やはり定番中の定番だが白ワンピは着せたいな…というようなことを妄想しながらも、しかしやはり休むわけには…と考える。
天秤が揺らぐ。
姉の水着姿か、正義か。
かつてない程、夏油は悩まされた。
それはもう、思わず奥歯を噛み締める程に。
しかし、やはりと言うべきか、夏油は首を縦には振らなかった。
親友だって、まともに顔も合わせられないくらい忙しくしている。
二年生の後輩だって、容赦ないような任務ばかりだ。
皆忙しいのに、自分だけ休むなんてやはり出来ない。
しかし、姉からの心配も誘いも、心の底から嬉しい夏油であったが、その心の底にあるプライドと正義が、彼に休むという選択肢を与えなかった。
彼は口を開く。
姉からの提案を否定するために。
だが、そんな心理すら見抜いていた姉は、弟が喋り出す前に「分かったよ」と、諦めたように笑って言った。
その笑みは、仕方のない、我儘な弟の願いを叶えてやろうという、好意と甘さが浮かんでいた。
「ならば奥の手を使おう」
「奥の手…?」
「きっと、悟くんと喋る時間くらいは生み出せるよ」
そう言って、彼女は話は済んだとばかりに黒い髪を揺らしながら去って行く。
「また連絡するよ」と、手を振って振り返らずに帰路につく。
そんな姉の背を追い掛けようとするも、夏油のポケットでは次の任務へ急かすための携帯が震えているのだから、プライドと正義を選んだ彼には、姉を追うことなど叶わなかった。
けれど、姉からの愛情を確かに感じ取れた夏油の足取りは軽かった。
だけどやはり、水着とバカンスは惜しくてたまらなかったので、この忙しさが落ち着いたら絶対に誰も居ないビーチに姉を誘おうと密かに計画したのだった。
夏油の夏はこれからだ。
___
後日談。
かくして、私の忙しい日々はある日を堺に終了する。
それは、誰も予想をしていない展開であった。
かの高専襲撃者、姉に纏わり付く害虫、悟をも倒した強者……伏黒甚爾が東京高専へ、臨時講師兼呪術師として派遣されて来たのだ。
彼は言う、「アイツと取り引きしたから、仕方無く」と。
話を聞く所によると、伏黒甚爾は姉さんと、とある取り引きをしたらしい。
その内容は、「月へ行けなかった時も、責任を持って伏黒甚爾を救ってやる。その変わり、ちょっと忙しい若者達の青春の手助けをしてやってくれ」という、私にとっては腹立たしい内容であった。
責任とはなんだ責任とは。
姉さんがどうしてこんな奴に責任を持たなきゃならないのか、全く意味が分からない。
そして何故それに了承して、伏黒甚爾は高専にやって来てしまったのか。
本当に、二人の関係が分からない。
分からなくて、不安になる。
けれど、任務が減ったのは事実だ。
それは伏黒甚爾が来たからというのもあるが、それだけではなく、彼が仲介者を使って高専に依頼が来る前…もしくは、既に来た依頼を別の人物の元に横流しにしているからであった。
このシステムが秘密裏に活用されたことにより、私は久方ぶりに親友と顔を合わせて会話をする時間を得たのだった。
少しばかり髪が伸び、やや疲労を滲ませた悟は、それでもいつもと変わりのない笑みを浮かべてしょうもない話をしてくれた。
新発売の飲み物がとても不味かったとか、可愛い女の子と連絡先を交換したら彼氏が5人も居る奴だっとか。
私はそんな話に、どれ程救われたことか。
ペットボトル片手に隣に座って語り合う。
他愛無い、意味の無い、けれど尊い雑談を。
「絶対姉ちゃんはビキニも似合うって。首の後ろでさ、紐結ぶやつ」
「駄目だ、万が一姉さんの水着を私以外の男が見た時のために、露出は最小限にしておかないと」
「俺も姉ちゃんの水着見たいんだけど、あと海も行きたい」
「………姉さんの生肌は私が守る」
尊い雑談内容その一、姉さんが着るべき水着について。
話をこちらから振っておいて何だが、この話題はするべきでは無かった。
今きっと、悟の脳内には姉さんの水着姿が浮かんでいるはず……駄目だ許せない、私の姉さんの肌を脳内だろうと露出させるなんて、親友であっても許せない。
私以外の男が姉さんについて考えるな、妄想するな、意見を述べるな。
こと姉さんのことについては、私の意見こそが絶対で、私の考えだけが正解なんだから、悟は何も考えなくていい。
いや、もう寝てくれ。そして姉さんのことは二度と思い出さないでくれ。
私は拳を握り締め、覚悟を決めて真面目な顔で言った。
「悟、記憶を消すために殴っていいかい?」
「は?おい、やめろよ絶対やめろ、洒落にならねえって」
「じゃあ今すぐ姉さんの水着についての話は忘れてくれ」
それが無理ならやっぱり殴らせてくれ。
大丈夫、一回で確実に終わらすから。
危険を察知した悟は立ち上がり、ジリジリと私から距離を取ろうとしたので、私も同じように立ち上がって距離を徐々に詰めようとした。
平和な昼下りが終わりを告げる。
緊張感が休憩所に張り詰める。
息を呑み、目線を外さず、互いに互いの動きと思考を読みあった。
仕掛けるべきタイミングを見計らう。
狙うは脳天一撃、3秒後に私から動く。
カウントダウン開始。
3………2…………1…!
利き足を大きく一歩前に出し、握った拳を引いた瞬間だった。
悟の背後から「何してんだお前ら」と、呆れたような声がして、私達は共にそちら側を見やった。
そこに居たのは例の臨時講師、伏黒甚爾その人であった。
彼はダボダボしたズボンのポケットに手を突っ込み、こちらを見て怪訝そうな顔をした後に、ニヤッと悪どい笑みを浮かべた。
「なんだ?喧嘩か?楽しそうだな」
「ちっげーよ、傑が!」
「いや違う、そもそも悟が…」
やんややんや、わいのわいの。
お互いに自らの正当性を主張し合う。
私は勿論、私以外の男が姉さんの生肌について考えた場合の危険性を主張した。
姉さんの生肌について私以外の男が考えを巡らせた場合、それを罪として私は誰であろうと罰を与えなければならないだろう。
何故なら、それが弟のすべきことだから。
私は姉さんを守るためなら、なんだってする。罪無き一般人だろうと、姉さんのためならば…。
「姉ちゃんはそんなこと望んでねえって」
「私以外が姉さんのことを理解しないでくれ!」
「あと姉ちゃんの身体は貧相だから、大概の男は喜ばねぇよ」
「あの貧相かつ貧弱で、弱そうとしか思えない身体が良いんじゃないか!」
「俺、そこまでは言ってないからな?」
というか多分、姉さんはああいう人だから、私がもし仮に一般人を殴ったとしても、「うわぁ」とだけ言って終わるはずだ。
私は姉さんについては誰よりも詳しいんだ。姉さん研究の第一人者であり、姉さん学院姉さん研究科在籍の姉さん博士なんだ。だから姉さんの生態は私が一番知っている。
そんな私の主張に、悟は馬鹿にした態度で「傑が所属してんのは高専じゃん、第一そんな学問ねぇよバーカ」と言ってきた。
それに反論しようと口を開いた所で、私よりも先にかの男が喋り出す。
その内容は、私と悟…つまり、最強の術師二人の怒りを簡単に買ってしまう内容だった。
この日、この瞬間、私達親友の心は一つになる。
「あいつの生肌なんて珍しくもなんともねぇだろ、家の中下着で歩き回ってんぞあのアホ」
「は?」
「は?」
コイツ、今…なんて?
私は悟と視線を交わす。
彼の目を見て、互いに思考と感情を一瞬でやり取りした。
それだけで分かった、それだけで結論付けられた。
私達は、この男を許してはいけないのだと。
不思議と感情は凪いていた。
一周回って冷静な頭が判断を下す。
私は右から、悟は左から。一気に仕留めようと。
辞世の句すら言わせない、許しを請う時間すら与えない。
慈悲などない、救いはない。
何故なら、ここに彼を救うと約束した私の神である、慈悲深き満月の女神は居ないのだから。
だから、信者である私が裁くしかない。
姉が許そうが、法が認めようが関係無い。
私が許さない、それだけが正義であり新しき秩序だ。
親友を殴るはずだった拳を握り直し、私は身体に力を入れる。
殺意と闘志を漲らせ、悪を裁くべく床を蹴った。
………こうしてこの日、呪術高専東京校の一部が吹き飛んだのであった。