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姉と私の信仰恋慕

傑くんに絞め落とされて、目が覚めたら高専の保健室らしき場所に寝かされていた。

まだ眠たいと訴える身体を叱咤して起き上がらせ、仕切りになっているカーテンを勢い良く開く。
なるほど、確かにここは高専だ。
絞め落とされたから運び込まれたのだろうか。
まあ、何でも良いが…あまり長居はしたくない。
何せここに私の居場所は無い、下手に居ると上層部から出頭を命じられる恐れもある。

近くにあった荷物入れには、私の私物が幾つか置いてあった。
それを雑にポケットへ突っ込み、ベッドの下にあった靴を手に持って窓を開けようとして、一旦やめた。

「………傑くんに挨拶だけしてから行くか…」

むしろ、挨拶もせずに居なくなったらどうにもならない最低最悪の状態になりそうだ。
顔を見て話して分かったが、かなり追い込まれているのだろう。酷く疲れた顔をしていた。
抱き締められている時に香ってきた煙臭さに、もしかしたら煙草を吸い出したのかもと思った。
まあ、自分の身体なのだから酒も煙草も好きにすれば良いとは思うけれど、心配する材料の一つにはなる。

私が出来ることなどたかが知れているが、それでもやらないよりは幾分かマシだろう。
一応これでも姉なのだ、誰よりも心配して何が悪い。

そう結論付け、私は学生寮の方へと向かった。


月の明かりを頼りに夜の学校を歩く。
風の音が静かに靡く、青い草木の香りが漂う夜だった。

私は意気揚々と歩いている時、ふと気付く。

「………なんか、いつもと違う?」

ぐるりと周囲を見渡し、違和感を感じ取る。
建物の配置が違う、いや…まず、匂いが違うではないか。
気配が重い、空気が渋い、山の香りが濃い。

携帯を開き日時を確認すれば、傑くんに会った日からまるまる一日が過ぎていた。

「………やられたかもしれん」

携帯を仕舞って夜空を見上げる。
瞬く星々が私を嘲笑うかのように輝いた。

星の位置を読み、自分が今何処に居るのか理解して、舌打ちを堪える。


してやられた、参ったねこりゃ。


東京呪術高専とは似て非なる場所、ここはそう…京都校だ。
どうして京都校に居るのかなんぞ、考えればすぐに思い付く。

…恐らく、傑くんが倒れた私を東京高専の方に運び、彼の目が離れた隙にどこぞの阿呆が京都校の方へ移送しやがったのだろう。
ああ、全く馬鹿な奴も居たものだ…と、私は呆れ返る。

これが傑くんにバレてみろ、犯人は死んだほうがマシな目に合わされるぞ。
いや、何ならもうされているかもしれない。
ああ、あの子は疲れてるのに…余計なことばかり起きる…。

フゥー…っと深く息を吐き出し、思考と感情を収める。
何にせよ、状況はあまりよろしくない。
なんたって京都校の学長はあの喰えないご老人だ、上層部と親しい関係の者達の縄張りになんて好んで居たくない。
捕まったら最悪、自分の正体がバレてしまう危険性だってある。
それだけは困る、あと普通に上層部の方々と私がまともな会話になるわけが無いので、時間を無駄にするのも嫌だ。

なるだけ足音を消して人の気配がしない建物の裏手へと回り込む。

暗がりで携帯を取り出し、アドレス帳から目当ての人物の名前を探し出して電話を掛けた。
ところで、常々不思議に思うのだが、こういう時ってどうして背中を丸めてヒソヒソと話してしまうのだろう。
ヒソヒソ話すのはまだ分かるが、何故背中を丸める必要があるのか。人間の不思議な生態の一つである。
かくいう私も、背中を丸めて声を潜めているのだが。


prrrrr…prrrrr…


『もしもし、どうしたこんな時間に』
「こんばんは、マイプロデューサー。いきなりだけど事件です」
『……一応話は聞く、簡潔的に話してくれ』
「うん、実はね……」

アレアレこうこう、ソレソレどうどう。


電話の相手はマイプロデューサーこと、孔時雨さんである。
何故彼に電話をしたかと言うと、この人実は元刑事さんなんだとか。
だからだろうか、私のヘッタクソなお話も鮮やかな読解力と巧みな誘導力を使って上手いこと話を引き出し、聞いたことをスピーディーに簡潔的かつ分かりやすくまとめてくれる。とても頼もしい相談相手なのである。う〜ん、好きなタイプの人間。

そして反対に、我が優秀なる弟、愛深き…いや、愛重き傑くんに下手に助けて!なんて言ったら、京都校どころか京都そのものが滅びかねないからね。
日本の歴史的価値ある建造物達が私のせいで無に帰すのは避けておきたい。

私はムニャムニャと言葉に詰まりながらも、傑くんに絞め落とされたこと、目が覚めたら一日経っていたこと、京都校に居ることを伝える。

『話は分かった。とりあえずそうだな…一回靴の裏見てみろ』
「裏っかわ?なんで?」
『発信機付いてるかもしれないからな、あと服のポケットとかも一応確認しておけ』

おお…!何だかそれっぽいではないか。
ちょっと格好いいぞプロデューサー。

携帯を耳に当てた状態のまま、靴の裏を見る。
特に何も付いてはいない。では、次…ポケット。

ガサゴソ、ガサゴソ…

「ん?」
『どうした、何かあったか?』
「……紙が入ってる」
『何か書いてあるか?』

ポケットを漁っていたら、折り畳まれた紙を見付けた。
幾らかシワの寄ってしまったそれを丁寧に開き、中を確認する。

ふむふむ………あー…なるほど…そういう…。

「何とかなりそう…かも?」
『…そうか、また何かあったら連絡くれ』
「迎えに来てはくれないの?」
『朝まで粘ってくれれば、何とかな』

流石プロデューサー、凄いぞプロデューサー。
私、今結構無茶で面倒臭い我儘言ったかな?って自分でも思ったのに。なんて頼りになるんだ…。
いや、頼りになり過ぎるんだ…。
そんなだから甚爾さんにこき使われるんだぞ。

『じゃ、おやすみ』
「うん、おやすみなさい」

就寝の挨拶を一つ言い、私は電話を切って携帯をポケットに仕舞った。
それから、片手に摘んでいた紙切れを小さく丸めて口の中に放り込み、ゴクリと飲み込む。
証拠隠滅完了。

さて、では改めて電話をしようか、助けてくれる予定の人へ宛てて。




………





さあ、時間は飛んで翌日のことである。

私は一晩を京都高専で過ごす…のでは無く、電話をした後に程無くしてやって来た黒塗りの高級車に乗って、とあるお家へとやって来た。

でっかい門と、でっかい屋敷と、でっかい態度した人間がわんさか居る家である。
その名も禪院家、マイフレンド甚爾さんの産まれ育ったお家だ。
う〜ん、シンプルに嫌な環境だ。私なら生まれた瞬間術式を使って更地にしてしまっていたくらいに。

そんな禪院家で、一先ず今日はもう遅いから寝て良いと言われ、そういうことなら寝るか…と、一応各方面に軽くメールで連絡をした後に就寝。
翌朝私は、私を助けてくれた人に挨拶とお礼をするため、呼ばれた部屋へと向かって行った。
そこで出会ったのが禪院直哉という、これまた態度のデカい子だったのだが、彼は開口一番私の姿を見て勢い良くこう言った。


「甚爾くん趣味ワッッッル!」
「オ、おはよう…あの、助けてくれて…ありが、」
「なんやこのちんちくりん女、こないな女の何処がええんや…さては甚爾くん、穴さえあったら何でもええんやな?」


よく分からないが、良くないことを言われているのは何となく伝わったぞ。

私に対する罵倒なのか、はたまた甚爾さんの趣味に対する嫌味なのか。
少なくともここで一つだけ確かなことは、私はそこまでちんちくりんではないということ。
至って普通の標準体型だ、強いて言うなら身体が薄いとはたまに言われる程度だ。


一応軽く説明を挟ませて頂きたい。
彼、禪院直哉こと甚爾さん猛烈リスペクト系男子は、私が京都校に拉致られたことを何らかの情報ルートによって知り、好奇心を理由に助けてくれたのだった。
ポケットの中に入っていた紙切れには、彼の名前と電話番号、それから「伏黒甚爾について話をしたい」との記載があった。
ちなみにあの紙切れは、高専内に居る彼の関係者に指示して入れさせたらしい。
どんだけ甚爾さんの話聞きたいんだ、熱意が凄すぎる。まあでも分かる、私も私の友達のこと大好きだし。
閑話休題。


さて、私は会話にならない相手を前に、もう一度口を開いて会話にトライすることにした。
何事も、チャレンジは大切なので。それに、彼の目的はお話し合いだ、このままでは目的が達成出来ない。

「あの、」
「甚爾くんが気に入ってる女や言うから気になって助けたったけど、あかんわコイツ」
「エット、」
「胸も尻もないうえに、愛想もあらへんやん」
「ソノ……」
「しかもなんや、弟は特級術師や言うのに、姉の方はパッとしいひん見た目にパッとしいひん呪力の質してるって、笑えてくるわ」

チャレンジ失敗。

で、でも…助けてくれたことはどうやら事実のようだ。
そこにどんな思惑があれ、上層部に引き渡されずにいられただけマシだろう。そこだけは感謝しよう、そこだけは。他は全く感謝出来ないが。
私、こういう奴苦手。私のプロデューサーを少しは見習うと良い、アイツはとても格好良いワルだぞ。

はてさて、そんな感情があるものの、私はもう一度、今度は目を見てハッキリと「ありがとう」と、口にする。
そうすれば、ベラベラと嫌味を捲し立てていた声は止まり、途端にムスッと機嫌の悪そうな顔付きになってこちらを睨んできた。
睨まれて分かったのだが、やはり彼は甚爾さんと血の繋がりが確かにあるらしい。目付きが大変似ている……と、思わずマジマジと見てしまう。

「なんや、言いたいことがあるなら言えや」
「いやぁ……えっと…」

言いたいこと…と、申されましても。
こういう時に何と言ったら正解なのか分からない。
多分、「甚爾さんと似てるとこあるね」とか、そういうことを軽率に言ったらさらに嫌われる…ような気がする。

なので咄嗟に出てきた言葉は、「甚爾さんは元気だよ」という、当たり障りのない友人についての話題だった。

「それくらい知ってる」
「あ、あと…恵くんも、元気だよ」
「それは別にどうでもええ」
「そ、そっかぁ…」

会話が途切れ、沈黙が降りる。

もうこれ、目的達成ってことにならないかな?
話してみて分かったはずだ、私は別に話したって全く面白くない奴だと。

帰っていいだろうか、駄目かな?
出来ればこの辺りで帰りたい、絶対伏黒家の洗濯物溜まってるだろうから、ちゃんとお洗濯したい。
それに、傑くんに会いたい。
会って、今度は私から抱き締めたい。

なので、私はお暇させて頂くためにもう一度口を開いた。
だってほら、時間の無駄だし。

「……やることあるから、帰って良いかな?」
「…………甚爾くん、マジで何でこんな女が良いんや」

またもや会話チャレンジ失敗。

だがもう用は無い。
私は呆れ返る彼を無視して立ち上がり、無言で部屋を後にしようとしたが、一度足を止めた。

振り返り、大切なことを一つ訂正する。


「私、甚爾さんの女じゃないよ」


その言葉に、つまらなそうに冷たい目をしてこちらを静かに見ていた彼は少しばかり反応を示した。
その目は狐のように釣り上がっていたけれど、物語に出てくる悪役の狐のような厭味ったらしさは無く、つまらなそうな、退屈そうな、それでいて諦めたわけではない瞳をしていた。

そんな瞳をする彼を見つめ、私は事実を語る。


「甚爾さんは、私を女だと思ったことないよ」


何てことのない事実だ。
私は甚爾さんと男女の関係ではないのだから、当たり前の話。
同じ屋根の下に居たとしても、そういった行為を致したことは今まで一度も無い。
無論、これからも無いだろう。何故ならば、彼と私は友人であり、共に月を目指す共犯者だからだ。

だから私は否定する。
私と甚爾さんは例え性別が同じであろうと、年齢が違っていようと、どんな出会いをしたとしても、同じ関係に至り、同じ想いを抱いていただろう。
我々の関係は性別なんぞで繋ぎ止められるものではない、快楽が無いと伝わらない愛情なんかじゃない、もっと深い所で、確かに繋がっているんだ。

引力のように、磁力のように。
互いの心に根を張り合っている。

人間的に信頼し、尊敬しているからこそ沸き立つことの無い肉欲。友情があるからこそ、肉体的に相手を受け入れない。
いや、正しくは"受け入れる必要がない"というやつだ。
私達は、清く正しく仲良し小好しの友人関係だ。
泥臭く無く、爛れていない、かと言って美しいわけでもない、そんな普通の友達だ。


「女やないんやったら、なんなん?」
「ただの友達だよ」
「……アホくさ、さっさと帰れもう」

そう言って、彼はその瞳を伏した。

お許しが出たならば、勿論帰らせて頂くとも。

こうして何の価値にもならない話し合いを終えて、私は禪院家を後にする。

恐らく、二度目は無いだろう。
もう彼は私に興味を持っていないはずだ、だから次は助けてくれやしない。
京都と高専には気をつけてやっていこう。

あと、弟の絞め技にも。
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