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姉と私の信仰恋慕

「ということで、派遣されてやって来ました、君の姉です」
「ま………………まぼろし………?」


夜の暗い闇が辺りを閉ざす。
真夜中の高専付近、入口近く。
そこに私のずっと求めていた人が佇んでいた。

今日も今日とて激務の連続だった。
碌な感謝もされず、使う機会の無い金ばかりが蓄えられていく日々。
募る不信感と苦しみ。善悪の境は揺らぎ、正義感など最早一摘み程度の物と化した。

灯りの無い日々だった。
どこまで行っても晴れぬ闇の中を彷徨い歩く毎日だった。
あと何回、何日、何分、あらゆることに耐えたら終わるのか。そればかりを考え、思考は淀んでいく。

見えなくなった真の最強の背中を追うのも、後輩に気を配るのも、姉を求め愛すのも疲れてままならなくなっていた。

そんな私の前に現れた都合の良い幻に、思わず苦笑してしまう。
とうとう姉さんの幻覚まで見るようになったなんて、私はもう駄目なのかもしれない。

それでも、幻でもいいから縋りたかった。
愛を口にして欲しかった、抱き締めて欲しかった。
貴女からの「頑張ったね」と、その一言があれば私は報われるのだから。

手を伸ばし、愛しい幻覚に振れる。
頬を撫で、髪を梳き、抱き寄せる。
随分都合の良い幻覚らしく、温かさが感じられて泣きそうになった。

「幻でもなんでもいい、姉さん…会いたかった…」
「現実なんだけどなぁ」
「そうだね、この苦しい日々は現実だ。どこにも逃げられやしない」
「う〜ん、そういう意味では…」

ムニャムニャ、モニャモニャ。

幻の姉さんが何かを言っている。
流石私の見る幻覚だ、声まで寸分違わず姉さんだ。
旋毛へ鼻を寄せれば姉さんの香りもする。姉さんが高専を追い遣られる前に私が贈ったシャンプーと同じ香りもした。

けれど幻、どうせすぐに消える夢。
ならば今しか出来ないことをしておこうと、私は姉さんの顎を掬って唇を寄せようとした。

しかし、その手をペシッと叩かれ、唇を指でムニュッとつままれてしまう。

凄いなこの幻覚…まさに姉さんがしそうな仕草をこうも的確にしてくるとは…。
我ながら物凄く精度の高いの幻覚だ、ちょっと怖くなるくらいに。

感動と恐怖に苛まれていれば、目の前の幻は「傑くんさぁ」と、私の名を呼びながら不機嫌そうな顔をした。

「わざわざ君の帰りを待っていたっていうのに、幻覚扱いは酷いんじゃないかな?」
「ンムゥ?」
「本物だよ本物、本当に会いに来たんだよ」

本物…………………本物………??
ん…………本物…?本物ってなんだ?何を持ってして本物と言うんだ??

あれ……?待ってくれ、ん??私の帰りを待っていたと言ったか??姉さんが?私の帰りを………?それって…………つまり……


瞬間、夏油の脳内に幻覚(ガチ)の新婚生活が流れ出す!!


「お帰りなさい、傑くん」
今日も任務が長引いてしまい帰宅出来たのは真夜中だった。
先に寝てて良いと言ったのに私の帰りを起きて待っていてくれた姉さんは、前ボタンのパジャマを着た姿でとろんとした眠そうな目をしながらも玄関まで出迎えてくれた。私はその姿を見た瞬間これまでの疲れなど吹っ飛んでしまった。流石姉さん、リポビタンDよりも効果がある。新時代の即効性エネルギーとは姉さんのことだ、勿論他人などには使わせないが。
お帰りなさいのハグとキス、それから頭を撫でて貰い私達は共にリビングへと向かった。流石にこれ以上起きてて貰うのは悪いと思い、「シャワーを浴びてくるから、寝ていてくれ」と言えば、姉さんは首を横に振る。

「起きてる、ベッドで待ってるね」

少し恥ずかしそうにそう言って、姉さんは私にもう一度キスをしてから寝室へと行くためこちらに背を向けた。しかし私はもう我慢など出来ず、その背を後ろからギュッと抱き締め耳元に唇を寄せる。「姉さん…」熱を込めた声で呼べば、姉さんの肩が期待にピクリと動いた。そして、まるで仕方無いと言わんばかりに「もう…」と口にしながら身体の向きを変えて私を抱き締める。か細い身体を抱き上げて、私は寝室へと向かって歩き出し……。


「つまり、夜はこれからってことかな?」
「いや、さっさと寝なよ」

キッパリ、バッサリ。
何言っちゃってんのこの子、とでも言いたげな目で私を見上げてくる瞳を見て、やっとこ理解する。

あ、これは本物だ、本物の姉さんだ。
幻覚じゃなくて本物…………本物!?!?

「待ってくれ!!」
「何を待てばいいの?」
「待ってくれ、何で姉さんがここに!?」
「だから、傑くんに会いに来たんだって」

頼むから、待ってくれ!!!

何でだ、どうしてだ、何故姉さんが私に会いにこんな真夜中に高専の入口まで来てるんだ。

え?私に会うために来たの?それ本当?本当だったら紛れもなく「愛」じゃないか、私達やっぱり相思相愛だったんだね、どうしようちょっと泣きそうかもしれない。

姉さん尊い、好き。
毎日結婚したい、一生一緒に居たい、出来れば毎秒愛を伝えたい。

というかもう、監禁したい。
安直だが、鎖で繋いで誰にも見つからない場所に仕舞っておきたい。
私に世話をされて私だけを愛して私だけに触れて私だけを思って欲しい。
グズグズのドロドロに愛して愛して愛して、私が居ないと何も出来ない姉さんにしたい。

遠距離恋愛のせいで伝えたくても伝えられなかった想いが溢れ出して止まらない。
目の前で私を見つめてくる存在から放たれる輝きの眩しさに、クラリとしてしまった。

可愛い、愛しい、好き。大好き。
姉さん、姉さん、姉さん、姉さん。

「姉さん…!!!!」
「グェッ」

あまりの感動に力一杯抱き締める。
何だか潰れたカエルみたいな音が聞こえたが、多分疲れによる幻聴か何かだろう。
改めて触れた姉さんは柔らかく、温かく、泣きそうになるくらい良い匂いがした。
間違い無く、私の好きな人が私の腕の中にいた。

「姉さん…会いに来てくれてありがとう、ずっと会いたかった」
「グ、グルジイ…」
「やっぱり姉さんは私の救いなんだね…私だけの救いだ…」
「ダス、ケデ……グルジィ…」

このまま部屋に持って帰って閉じ込めたいのだが、何か良い方法は無いだろうか。
出来れば合法的な手段で。

やっぱり結婚しかないんじゃないだろうか、結婚すれば全てが上手く纏まる気がするのだが、どうだろう。

うん、ここは一応本人にも聞いておこう。
なんたって、私は姉さん自慢の可愛くて優しくて強くて格好良くて素敵な弟だからね。出来る弟は、ちゃんと本人の了承を得るものだ。

「ってことで、ねえさ………姉さん!?」
「………………」
「な、何でぐったりして…!?さっきまで元気だったはず!?」
「………………」

腕の中の姉さんに声を掛ければ、何故か言葉も無く目を伏してグッタリとしていた。
揺すっても呼んでもグッタリと力の抜けたままの姉さんに、私の顔からは一気に血の気が引いた。
頭の中は大混乱、慌てて小さな身体を抱え直す。

誰のせいでこんなことに……どうしていきなり……折角の逢瀬だったのに。

これも呪いのせいだと言うのか、やはり非術師が呪いを生み出すせいなのか。
だとしたら許せない、絶対に許しておけない。

「………非術師共め…」

姉さんと私の愛の邪魔をしたからには、覚悟しておけ。

お前達はとうとう私の怒りを買ったのだ。
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