姉と私の信仰恋慕
そんなこんなで、無事に呪霊退治を終わらせた三人は、仲良く帰路を共にしていた。
帰路に付くまでに一騒動……いきなり姉が「服汚れたから着替えるね」と言い出し、ピュアで思春期でラッキー&スケベに飢えている彼等はてんやわんやするハメになったり何だり…。
飢えたうら若き男子高校生にとって、エッチハプニングはそれはそれは魅力的だったが、何せ相手があの凶悪激重シスコンな一面を持つ先輩のお姉さま。生肌を見たが最後、折角救われた命も尽きるというもの。
そういうわけで、彼等はきっちりと目を閉じ、耳を塞ぎ、呼吸も止めてエッチハプニングを乗り越えたのであった。マジ偉い。
「お姉さん、本当に高専に来なくて良いんですか…?」
「今行っても居場所は無いからね」
灰原の心配そうな質問に飄々とした態度で答えた姉には、勿論彼の心配など一欠片も伝わってはいない。
「ですが、我々を助け、呪霊も討伐したのですから…多少は…」
「残念ながら、そんな慈悲のある業界じゃないんだな」
七海の提案も、希望的観測だと他人事のように却下する。
後輩二人は渋い顔を見合わせ、先をズンズンと歩いて行く先輩の背を追った。
「ま、君達と話せるようになっただけでも儲け物だと思うよ」
「あ、確かに!お姉さん流暢に喋ってる」
「今更気付いたか」
「仲良くなれたってことですか!?そうですよね!?やったね七海!」
「………夏油さんに知られたら…」
七海は先のことを考え、急な胃痛に襲われた。
どんなイチャモンをつけられるか分からない、理不尽なのは白い方だけで十分だ……彼はそう思いながら、そっとお腹に手を当てた。
それでもやっぱり嬉しい気持ちもあった。
何せ相手は、高専でも近年稀に見る懐かない生き物ランキング堂々一位の人物、誰がどんなに頑張って声を掛けようとも、餌を与えようとも、全く心を開かず自然と戯れ続けるだけ。そんな相手と仲を育めたのだ、ちょっとは誇らしい気持ちにもなるというもの。
ちなみに言うと、灰原は七海以上に物凄く喜んでいた。
憧れの夏油先輩が大層大事にしているお姉さんと仲良くなれた!やったー!夏油さんの色んな話が聞けるかも!ってな具合である。
「でも、何故いきなり話せるようになったんですか?」
「そりゃ七海、絆だよ!ね、お姉さん!」
「え?いや、別に…」
話せるようになったからと言って、コミュニケーション能力が高まったわけでは無かった。
そう、この少女は元々コミュニケーション能力が低い。そりゃもう低すぎてマントルを突き抜けるくらいには低い。
なので当然、絆とか仲間とかそういうジャンプ作品に必要不可欠な要素が分からない。キズナとはタカラ?何それ?私の宝物はカモシカの毛皮だけど?
「沢山応援されたからかな、可愛く思えちゃっただけだよ」
「え、僕達可愛いんですか?」
「可愛い応援をした覚えはありませんが」
後輩二人の疑問に、少女はフッと笑い声を溢す。
抜かしおる、抜かしおるわコヤツらめ、ハッハッハ………気分としてはこんな感じ。
自分より儚く、弱く、未熟な生命が互いを生かすために必死に藻掻いて抗って、頑張って頑張って頑張って生きようとし、自分という希望に縋って声を張り上げる様は…何ともまあ、見ていて気分の良い物だった。
だから、思わず助けてしまった。
本当は助ける義務なんてもう無いのに、あまりにも頑張っているから助けてしまった。
この、哀れみにも似た上位生命体から下位生命体へ送る慈しみの感情を、彼女は"可愛い"と定義付けた。
言うなれば、人間が犬や猫を可愛いと思ってしまう感情にも似たものである。
なので、彼女は優しく笑ってこう答える。
「君達は可愛いよ、私が救いたくなるくらいね」
その目は、今まで弟を前にした時にしか見せない優しさに満ちていた。
いや、もしかしたら彼女が大切にする友人の前では同じ笑みを溢していたかもしれない。
しかし、それは彼等には知り得ないこと。
少なくとも、七海も灰原も、この笑みが自分達に向けられる日が来るとは全く思わなかった。
そして、向けられた瞬間に思う。
あ、これ……夏油さんにバレたら山に埋められるな…と。
二人は同時に目を合わせ、無言で頷き合った。
この話は自分達だけの中の秘密としよう。
絶対外部に漏らしてはいけない、漏れたら最悪次の人生まで呪われる。
あと五条さんが凄い面倒臭いことになる。
よし、この話はこれでおしまい。
「お姉さん!お腹減ってませんか?何か食べてから帰りません?」
「今……友情パワーを感じたんだが…」
「ね!何か食べて帰りましょ!」
「まあ、私も弟の様子を聞きたかったし、いいよ」
ニコニコ笑顔の押しが強い後輩からの頼みを断り切れず、少女は二つ返事で食事を了承する。
この後三人は遅めの昼食をとった。
リュックに入れっぱなしのおにぎりは、すっかり忘れられていたのだった。
………
一方その頃弟は…。
「……今、姉さんが私以外の人間を可愛がっていた気がしたような…」
姉ラブセンサー(感度MAX)が働いていた。
今、確かに感じた。
私の愛しの姉さんが、私以外の人間…それもきっと男だ、私以外の男を可愛いと思い、可愛がっていたような…そんな気配を察知してしまった。
なんて酷い、私が毎日精神と体力を摩耗している間に、姉さんは他の男とよろしくしているなんて。
やはりこの世界は狂っているのかもしれない。
私と姉さんの愛を引き裂き、祓っても祓っても呪いは途切れることなく現れ、非術師は我々を理解せず、正義も秩序も意味を為さない。
一体自分は、何のためにこんなに頑張っているのだろうか。
誰のために、ここまで苦しい思いをしているのだろうか。
どうして、我々だけがいつも痛みを味わうハメになるのか。
姉ラブセンサー発動により感じ取った、姉が他の男とイチャつく気配を察知した夏油は、坂道を転がるように闇堕ちの気配を漂わせ始めた。
今の彼には圧倒的に魂を照らす光、即ち姉が足りていなかった。
最近寝れないのも、肌艶が悪いのも、少し痩せたのも全ては彼の血中に含まれる"アネ"が足りないせいである。
姉欠乏症、それが彼の患っている病名だ。
今年の夏油は、深刻な姉不足に悩まされていたのであった。
帰路に付くまでに一騒動……いきなり姉が「服汚れたから着替えるね」と言い出し、ピュアで思春期でラッキー&スケベに飢えている彼等はてんやわんやするハメになったり何だり…。
飢えたうら若き男子高校生にとって、エッチハプニングはそれはそれは魅力的だったが、何せ相手があの凶悪激重シスコンな一面を持つ先輩のお姉さま。生肌を見たが最後、折角救われた命も尽きるというもの。
そういうわけで、彼等はきっちりと目を閉じ、耳を塞ぎ、呼吸も止めてエッチハプニングを乗り越えたのであった。マジ偉い。
「お姉さん、本当に高専に来なくて良いんですか…?」
「今行っても居場所は無いからね」
灰原の心配そうな質問に飄々とした態度で答えた姉には、勿論彼の心配など一欠片も伝わってはいない。
「ですが、我々を助け、呪霊も討伐したのですから…多少は…」
「残念ながら、そんな慈悲のある業界じゃないんだな」
七海の提案も、希望的観測だと他人事のように却下する。
後輩二人は渋い顔を見合わせ、先をズンズンと歩いて行く先輩の背を追った。
「ま、君達と話せるようになっただけでも儲け物だと思うよ」
「あ、確かに!お姉さん流暢に喋ってる」
「今更気付いたか」
「仲良くなれたってことですか!?そうですよね!?やったね七海!」
「………夏油さんに知られたら…」
七海は先のことを考え、急な胃痛に襲われた。
どんなイチャモンをつけられるか分からない、理不尽なのは白い方だけで十分だ……彼はそう思いながら、そっとお腹に手を当てた。
それでもやっぱり嬉しい気持ちもあった。
何せ相手は、高専でも近年稀に見る懐かない生き物ランキング堂々一位の人物、誰がどんなに頑張って声を掛けようとも、餌を与えようとも、全く心を開かず自然と戯れ続けるだけ。そんな相手と仲を育めたのだ、ちょっとは誇らしい気持ちにもなるというもの。
ちなみに言うと、灰原は七海以上に物凄く喜んでいた。
憧れの夏油先輩が大層大事にしているお姉さんと仲良くなれた!やったー!夏油さんの色んな話が聞けるかも!ってな具合である。
「でも、何故いきなり話せるようになったんですか?」
「そりゃ七海、絆だよ!ね、お姉さん!」
「え?いや、別に…」
話せるようになったからと言って、コミュニケーション能力が高まったわけでは無かった。
そう、この少女は元々コミュニケーション能力が低い。そりゃもう低すぎてマントルを突き抜けるくらいには低い。
なので当然、絆とか仲間とかそういうジャンプ作品に必要不可欠な要素が分からない。キズナとはタカラ?何それ?私の宝物はカモシカの毛皮だけど?
「沢山応援されたからかな、可愛く思えちゃっただけだよ」
「え、僕達可愛いんですか?」
「可愛い応援をした覚えはありませんが」
後輩二人の疑問に、少女はフッと笑い声を溢す。
抜かしおる、抜かしおるわコヤツらめ、ハッハッハ………気分としてはこんな感じ。
自分より儚く、弱く、未熟な生命が互いを生かすために必死に藻掻いて抗って、頑張って頑張って頑張って生きようとし、自分という希望に縋って声を張り上げる様は…何ともまあ、見ていて気分の良い物だった。
だから、思わず助けてしまった。
本当は助ける義務なんてもう無いのに、あまりにも頑張っているから助けてしまった。
この、哀れみにも似た上位生命体から下位生命体へ送る慈しみの感情を、彼女は"可愛い"と定義付けた。
言うなれば、人間が犬や猫を可愛いと思ってしまう感情にも似たものである。
なので、彼女は優しく笑ってこう答える。
「君達は可愛いよ、私が救いたくなるくらいね」
その目は、今まで弟を前にした時にしか見せない優しさに満ちていた。
いや、もしかしたら彼女が大切にする友人の前では同じ笑みを溢していたかもしれない。
しかし、それは彼等には知り得ないこと。
少なくとも、七海も灰原も、この笑みが自分達に向けられる日が来るとは全く思わなかった。
そして、向けられた瞬間に思う。
あ、これ……夏油さんにバレたら山に埋められるな…と。
二人は同時に目を合わせ、無言で頷き合った。
この話は自分達だけの中の秘密としよう。
絶対外部に漏らしてはいけない、漏れたら最悪次の人生まで呪われる。
あと五条さんが凄い面倒臭いことになる。
よし、この話はこれでおしまい。
「お姉さん!お腹減ってませんか?何か食べてから帰りません?」
「今……友情パワーを感じたんだが…」
「ね!何か食べて帰りましょ!」
「まあ、私も弟の様子を聞きたかったし、いいよ」
ニコニコ笑顔の押しが強い後輩からの頼みを断り切れず、少女は二つ返事で食事を了承する。
この後三人は遅めの昼食をとった。
リュックに入れっぱなしのおにぎりは、すっかり忘れられていたのだった。
………
一方その頃弟は…。
「……今、姉さんが私以外の人間を可愛がっていた気がしたような…」
姉ラブセンサー(感度MAX)が働いていた。
今、確かに感じた。
私の愛しの姉さんが、私以外の人間…それもきっと男だ、私以外の男を可愛いと思い、可愛がっていたような…そんな気配を察知してしまった。
なんて酷い、私が毎日精神と体力を摩耗している間に、姉さんは他の男とよろしくしているなんて。
やはりこの世界は狂っているのかもしれない。
私と姉さんの愛を引き裂き、祓っても祓っても呪いは途切れることなく現れ、非術師は我々を理解せず、正義も秩序も意味を為さない。
一体自分は、何のためにこんなに頑張っているのだろうか。
誰のために、ここまで苦しい思いをしているのだろうか。
どうして、我々だけがいつも痛みを味わうハメになるのか。
姉ラブセンサー発動により感じ取った、姉が他の男とイチャつく気配を察知した夏油は、坂道を転がるように闇堕ちの気配を漂わせ始めた。
今の彼には圧倒的に魂を照らす光、即ち姉が足りていなかった。
最近寝れないのも、肌艶が悪いのも、少し痩せたのも全ては彼の血中に含まれる"アネ"が足りないせいである。
姉欠乏症、それが彼の患っている病名だ。
今年の夏油は、深刻な姉不足に悩まされていたのであった。