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姉と私の信仰恋慕

さあ、ということで始まっちゃいました、神(腐りかけ)VS神(公式信者1名)によるゴッドマッチ。
解説の私さん、これはどう見ますか?
そうですね…相性が些か、悪いような…。

「相性?」
「う、うん……あのぅ、私…ほら、その…」
「こんな時に人見知り発揮しないで下さい」
「七海、落ち着いて落ち着いて」

後輩二人を担ぎ、呪霊の視界からどうにか逃れた我々三人は、状況整理のために話し合いを行った。
作戦を新たに立案しようにも、七海くんも灰原くんも満身創痍なため戦わせることは難しいだろう。
そのため、一先ず先に戦った身として、感じたことや分かったことなどを教えて貰うことにした。

結果、やはりと言うか…事前情報よりも呪霊に成長が見られるようである。
推定一級、その中でも元が神という立場にあったもの。中々に面倒な香りがする。

さて、ここで戦況の整理をしよう。
有り難くも、七海くんと灰原くんの頑張りによって敵はそこそこ呪力を使っている。
そして私という戦力の追加。
先程の手応えからして、私の攻撃は十分通用するようだ。
加えて、帳の中は擬似的な"夜"である。
月は夜の中でこそ煌めくもの、即ち私にとっては殺りやすい環境。まあ、さっきちょっと無理矢理破っちゃったから、時間が経てばこの帳は破壊されるだろうが…。
しかし、帳の一つや二つであれば呪力すっからかんの彼等でも張れるはず。そこは期待しておこう。

さて、かの産土神との相性の問題であるが…はっきり言おう、私の方が不利だ。

何せ相手は土地に根付いた信仰、つまりはこの土地の守護神、地元バフが掛かってるに決まっている。
かたや私は月からやって来たよそ者だ。相手からしたら、よそ者の中のよそ者という扱い。そりゃ攻撃的にもなる。しかも最初に挨拶代わりの弾丸を打ち込んでしまった。
さらに言うと、あっちは全盛期にはそこそこ信仰数があったはず。私は現在進行系で弟以外の信者の存在を認めていない。神レベルではボロ負けである。

この前の一件で、私は自身の中に確かに神格が存在するのを感じ取った。
これが無ければ純粋に呪術師として殴り合えたが、今回はこの神格の欠片が仇となっている。


そも産土神とは、自分の存在する地域に産まれた子を守り、子の成長を助け、一族の発展を願う神なのだ。
本来であれば、歴史ある、とても優しくて頼りになる神様だ。

それにぽっと出の私が敵うはずもなく…新米ザコザコ神格持ちが古参に逆らうなって圧力掛けられたら屈しちゃう。泣いちゃうかも。

「なので…あの、二人には…私を応援して頂きたく……ですね…」
「僕、応援超得意です!」
「具体的にどう応援すれば良いんですか?」
「私のやる気が落ちないように、こう…上手い具合に…」

そう、今から頑張るのは他でもない私なので、私が「ダル…もう帰っちゃおっかな…」ってならないように応援していて頂きたい。
もしかしたら、応援の声があれば少しくらいは「今人気な神様はこっち!」ってアピールにもなるかもしれないし。あわよくばそれで戦意を削がれないかと…。

「沢山応援しますね!」
「死なないで下さいね」
「ありがとう、頑張ってくるよ」

もしかして、後輩くん達…めちゃめちゃ良い奴なのでは…?あと可愛い。

さっきは不発に終わってカッコ悪い姿を見せてしまったが、ここから名誉挽回だ。
たまには本気でやろう、格好いいお姉ちゃんだってことを証明してやろう。

ファイト一発、かますぞ鉄槌。

お姉ちゃん、戦闘開始します。




………





七海は目の前で繰り広げる光景に、我が目を疑った。

駆け抜ける稲妻の如き残像。
流れ落ちる流星群の輝き。

地を抉り、鳴らし、割り、そして空へと舞い上がる一人の女。

呪いの間を切り抜け、飛び越え、ただ真っ直ぐに月の凶器を持ってして襲い迫る。
その背中はありふれた術師の物などではない、今の自分では遠く及ばぬ高みにある背中だった。

止まらない、止まることを恐れない。
迷わない、躊躇わない、一歩たりとも譲らない。
睨み付ける黒い瞳が呪霊を逃さないと訴える。
こちらまで伝わる殺意は、身が震えそうな程に洗練された鋭利な殺意であった。


七海と灰原にとって、夏油の姉の戦いぶりを見るのはこれがはじめてだった。
そして七海は思う、この人ちゃんとやればちゃんと強かったのかと。

クビにされる程度の強さなのだろうと侮っていた。
けれど蓋を開けてみれば恐ろしい程の強さ、それも努力では身に付けられない、天性のセンスと才能を開花させた強さ。
誰だ、この人を弟程では無い大した事のない奴だと言った奴は。
この人は、弟である夏油さんとは違う次元の強さを持っているではないか。


電光石火の輝きが無数に走り、星空を描くように瞬いて落ちる。
落ちた星は呪霊へ突き刺さり、超新星の如き爆発を起こした。

熱風が七海と灰原の身を襲う。
その中で、彼等は必死に喉を枯らして応援の声を挙げていた。


きっと、この応援にあまり意味は無い。


七海は正しく理解する。
彼は夏油や五条よりもよほど正しく、必死に戦う先輩のことを理解していた。

あの人は基本的に、人間全てに興味が無い。
人間も、人間の生み出すものも、喜びも悲しみも、生き死にも、興味を持っていない。
あの人が戦う理由はどこにも無い、だからいつもやる気が無く、失敗しやすい。

けれど、非情ではないのだ。
確かに情はあるんだ、人よりもずっとずっと小さくか細い情だけれど、あの人はそれを決して手放そうとはしない。
芽生えた情を育むことだってある。弟との愛を大切にしている。
だからこそ、自分達の声は確かに届くのだ。

あの人からしたら、自分達の思いなどちっぽけであってもなくても変わらない物かもしれない。
そもそも、ここで私達が死んだってどうでも良かったのかもしれない。
けれど、彼女は私達の声を欲した。庇ってくれた。立ち向かってくれた。

弟の神としてではなく、私達の先輩として戦うために、あの人は私達が居ることを良しとした。

これはきっと、あの人が人として戦うために必要な声援なのだろう。
ならば叫ぶしかない。
祈りでも、赦しでも、信仰でもなく。
ただ、頑張れと思うしかない。


彼等の声が正しく届いたのか、それはこの激戦の中では分からない。
けれど、事実として少女は勝利を呼び起こす。

「月狂条例、第三条、事情の地平線」

少女の指先の上で光が輪を作る。
その中心にあるのは、光すら飲み込み逃さない、あらゆる事情の終焉地。ブラックホール。
ブラックホールの近くにある光は、強制的に全てが重力によって進路を曲げられる。そのため光の輪、光子リングが作り出される。

飲まれたら最後、光も脱出出来ない黒い一粒の黒を、少女は二つ作り出した。

そして今まさに自分を殺しに襲い掛かってきた呪霊に向けて打ち出し、その二つの黒い終焉をぶつけてみせた。

瞬間、辺りが一瞬闇に包まれ、音も消える。
あらゆる事情が感じ取ることだろう、自身の身がさざ波のように揺れ動いたことが。

重力波。
ブラックホールなどの極めて質量の大きい天体どうしが衝突した際に起きる、時空の歪み。
質量を持った物体であれば全てがこの波に飲み込まれるのだ。

呪霊のほぼ真正面、極めて近くで起きた疑似ブラックホールの衝突による重力波は、呪霊を時空ごと歪めて粉々にしていく。

その呪霊が崩れ落ちる様はまるで、星の静かな終わりのようにキラキラと耀いていた。

一つの神の終わり。
それを近くで見届けながら、少女は理解した。
やはり、他人からの感情はエネルギーとして変換が可能であることを。

帳の溶けた空の向こう、真昼の月を見上げて少女は呟く。


「やっぱり、私には傑くんの信仰が必要だ」


神になるため?いいや、違う。

この哀れで惨めな魂を救うために、祈りが必要なのだ。
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